第二十二話 夢と愛と現代魔法
急いで転移の魔法を使って、転移の間へと移動した。
「ったく、何やってんだか」
「ごめんごめん。少しだけ用事が、ね」
そう言って、手の中にある物を持ち上げる。それは、花束だ。白の大きな花弁の花を中心にいくつかの小さな花がその美しさを引き立てている上品な花束だった。
「まったく大した奴だよ。……会うってさ」
「よしっ」
思わず安堵する。やっぱり会ってくれなかったらどうしようと不安はあったからだ。
「オイ。頼むから妙な事言うんじゃないぞ」
「大丈夫だよ。言葉と態度には注意を払うから」
「ならいい」
転移の魔法が使われる。
景色が変わり移動が完了した。
太陽が明るく頭上で笑い眩しい日差しの中に白い石畳というのは目に痛いぐらいの光が襲ってくる。辺りは豪勢な屋敷と言われる建物が数多く存在する。それらは全て高級レンガを使い、屋根や装飾もかなり凝っている。そんな中の一軒の屋敷。白を基調にした壁に、光を取り込むための大きな窓がいくつも存在している家。家の外見が左右対称になっているのはこの家だけでなく高級な屋敷特有の性質だ。辺りを見回していると、遠目に城が見えた。何の城だと疑いたくなるがそこに王様が居るのだ。城なのだから当たり前だった。城があるという事は、ここが王都だと言う事を意味している。迷宮のある街から、かなり離れているが間違いないだろう。
王都エリン。この国で一番大きな街だ。俺は今、そこにいた。
「あんましキョロキョロすんな。エリンの貴族街は初めてか?」
「初めてなんだよ。すごいね。城がある」
「王都なんだから当たり前だろ……。実はすごい世間知らずだろアンタ」
「か、かなり」
だって迷宮以外の街なんて最近まで知らなかったんだから……。今度からハーディに乗って色んな場所案内してもらおう。
「まぁいい。行くよ」
そういって貴族さんが住む屋敷へと入って行った。
「ちょ、ちょっと! ここ、まさかクリアさんのご実家!?」
「マジで知らなかったのかよ!? ったく噂にもなってたろうが。まぁ、そういうことだよ」
「へえ。いいお家だなぁ」
「おい。能天気野郎。何しに来たか忘れてねえよな」
「ん、ああ。もちろん」
「……ったく」
悪態をつきながらもシルヴィーは先へ進む。正面玄関から屋敷へと入り、使用人さんといくつか言葉を交わして二階へ。赤い絨毯が敷いてあり踏むと沈むほどの弾力を持ったそれはとても高級そうだった。多くある部屋の中の一つ。二階の端にある部屋に辿り着く。
シルヴィーが無言でここだと合図してくる。勝手に行けという事だろう。
コン、コン、コン
三度ノックを行う。
「クリアさん。 アオイです」
少しの静寂の後に小さな声で「どうぞ」と返ってくる。
やけに重く感じる扉を開けた。
部屋は青と白を基調にした落ち着いた部屋。窓が開けられているために、風が部屋を通り過ぎる。その風が寝台の上で上体を起こしている女性の髪を優しく揺らした。ほぼ全身、包帯に覆われていた。顔も例外では無い。
「これ、お見舞いです」
「ありがとうございます。後で飾らせてもらいますね」
クリアさんに花束を渡した。使用人さんが花を下げていく。すぐに花瓶を用意して花を飾るのだろう。
そんな光景に目を奪われている間もクリアさんはずっと俺を見ていた。
「強くなりましたね」
優しげな声が届く。その姿は変わってしまえどクリアさんだった。
「良かった。君にそう言ってもらうために頑張ったんだよ」
クリアさんは悲しげに顔を歪ませた。
「……ごめんなさい。約束は果たせ無さそうです」
唇を噛んで、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「私が注意を怠ったせいです。気を許せない仲間と組んで背中を預けたのが間違いだと気づくのが遅かった。もっと早くあなたに会えていたら……」
自身の怪我を見て言った。後悔しているように見えた。
「……初めて会ったときの事覚えてる?」
「ええ、覚えていますよ。転移の間でした」
「そう、いきなり転移してきて俺に寄りかかってきたんだよね。それで、その時も怪我してた」
「あ、あれは! その、不注意で……」
「足を怪我してて、俺が治したんだよね。それが出会いだ。今と似てると思わない?」
何を言わんとしているか察したようだ。楽しそうに話していた目が伏せられ力なく首を振るう。
「……無理です。今の魔法では治らないと、そう言われました」
随分と気が滅入ってしまっているようだった。
「クリアさん。一つだけ、質問いいかな」
頷き、俺を見据えるクリアさんに聞く。
「もう一度、剣を握りたい?」
もし心が折れているならばそれまでだ。
「握りたいに決まってるじゃないですか! 何故、そんな事を言うんですか。あなたがそこまで強くなったんです。その隣で、私の剣を活かしたかった……! あなたと共に、戦いたかったッ!」
「でも、でも」と言葉が続くがその続きは発される事は無く、涙に代わって流れ出ていた。
「良かった。剣は折れていないみたいだ。力を貸すよ。俺が、君の傷を治す」
「だから、普通の魔法では……!!」
「生憎と俺は普通の魔法なんて使わないんだ。普通の魔法使いじゃ無いからね。大丈夫、俺を信じてほしい」
真剣に、目を合わせて向かい合う。自分が本気だとわからせるために。
「……わかりました」
納得してくれたのだろうか。でも、チャンスはもらった。できる限りの力を尽くす。
「ごめん。怪我したところ全部見せて」
そう言って足にかかっていたシーツを捲り、露出させる。
一度目を閉じる。普段は自分で制御して押さえつけている魔眼の力を解放する。
状態を完璧に把握した。後は魔法の組み立てだ。
魔導書に目を通す。使えそうなのはどれだ、そう考えながら口を開く。
「今、何となく感じてるんだけど。俺は、この瞬間のために居るんじゃないかって」
基礎となる魔法陣を発動し、構成をいじる。
「俺の魔眼も俺が勉強してきた魔法も、全てがこの一瞬のためだったんじゃないかって思うんだ」
体の自然治癒能力を最大限に発揮し、その効果を促し強化する。それだけで良い。人間の体の持つ力は強いから。
――ああ、良かった。この瞬間が俺の居る意味となる
わけもわからない場所で生きる事を余儀なくされた俺だけれど、この人を助けられたならその意味は大いにあったと言える。胸を張って、生きる意味はあったと言える。今が俺の人生で最高の一瞬になる。
アスリートが自身の最高の記録を出す一瞬を求めるように。棋士が神の一手を目指すように。
――自分の技術の集大成を発揮できる時、俺の最高の一瞬は今だ
魔法を発動させる。
既存の魔法では無い。ベースは古代魔法の『再生』だけれどそれだけでは不十分。古代の優れた魔法に近代の先進的医療の知識を兼ね合わせて初めて成せるその魔法。
――例えるならば、それは
――――『現代魔法』
激しい閃光が目を開けさせる事を困難にする。それでも、目を開けて微妙な修正を行いつつ発動させる。ドット打ちで絵を仕上げるように、何度も何度も繰り返す。永遠に思えるような時間の中で何度手を加えたかわからない。だが、確かに手応えはある。魔法陣が消え、魔法の終了を意味した。
状況が飲み込めないらしい。
寝台の上で困惑しているクリアさんに手を差し伸べる。少し怖気付きながら手を取った。その手を引っ張って、立たせる。
「えっ」
驚きの声はクリアさん本人の口から出た。
自分が自然に立てる事が嬉しいんだろう。次第にその顔は笑顔に変わった。
「アオイさん! 私、私!」
「よかった。よかった。本当によかった」
銀張りの鏡の前まで歩き、自分の姿を確認していた。顔に及ぶ火傷の痕も綺麗に消えている。運動障害も残っていない。動きにも支障は全く無い。
その姿を確認して、安心したのだろう。両手で顔を覆い、涙を流していた。
思わず、俺も嬉しくて涙が出てくる。
二人で寄り添いあって、泣き合った。何をやっているのかわからないけれど、喜びを分かち合っていたんだと思う。落ち着いて、赤く腫らした目をしているクリアさんを見る。
その姿は凛として、美しかった。
――今なら言える。
「クリアさん。俺とチームを組んでください」
その誘いにクリアさんは花が咲くような明るい表情を浮かべる。
「はい。喜んで」
――やっと叶った
色々な事があった。だけど、胸に刻んだ約束をやっと達成する事ができた。
何度もこの瞬間を胸に抱いた。
何度も夢に見た。
現実にそれが叶った。
夢みたいだ。
「あの、アオイさん」
ゆっくりと俺の方へ歩みを寄せるクリアさん。そこには少女のような可憐さがあった。何か恥ずかしがっているようにも見える。言葉が閊えているんだろうか。
「ん?」
小首をかしげ優しく応える。
口よりも先にクリアさんの体が動いた。俺のすぐそばまで来て背伸びをするところまでは確認した。そして、口が開かれる。
「……大好きです」
――完全に不意打ち
目の前にクリアさんの顔がある。息がかかりそうな距離、では無くかかっていた。
暖かいとか柔らかいとか、よくわからない感触を感じる。
顔が離れた。
そこでやっと気が付いた。
キスをしたんだと。
一気に後悔した。俺の馬鹿。なんで、なんでもっと味わっておかなかったんだ。ファーストキスがいつの間にか奪われて終わってましたとキスの味も何かに例えられないのは嫌だ!!
「あの、もっかい良いですか」
情けなくも懇願した。
無言で頷き、目を閉じるクリアさんが愛おしくてたまらなかった。
その顔に近づき――――
「コホンッ」
――――慌てて距離を取った
まずい、完全に忘れていた!
「アンタら、アタシの事完全に忘れてたろ。いや、わかってる。謝るのはアタシの方だって。それじゃ」
そう言ってシルヴィー自身も顔を赤くし、速足で部屋を出ようとしていた。
「ごめんなさい! 失念してました」
「イヤはっきり言われても、困るんだけどな。……クリア、良かったね」
「ありがとう、シルヴィー。迷惑かけました」
「言われるほど面倒みちゃいないよ。オイ、アオイ!クリアを泣かせたら殺してやるからな。覚えておけよ」
「その前に俺が殺されるっての……」
「それもそうか。クリアにゃ勝てないからな。黙って尻にしかれとけ」
「それ、どういう事ですか?」
三人が同時に笑いあう。その笑いは屋敷の使用人にも伝わり安心を与えただろう。
俺たちは、しばらくの間笑いあっていた。
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