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第二十話 白い羽の訪れ

「先生、ありがとう」

すぐ近くにいる先生へ言う。ここ数か月で、先生と言う呼び名はすっかり定着した。

「今さらですね。ですが、わたくしは、ただあなたの背中を押しただけに過ぎません。培った力をどう使おうが、何を成そうがあなたの勝手ですわ」

「それでも、なんだけどさ。どうやって先生に恩を返していけばいいのかな」

「わたくしは何かあなたに求めて教えたわけではありません。そこは何度も言いましたわ。それでも、あえて言うと師匠孝行というのは何が一番良いと思います?」

「師匠を超える事?」

少し考えた後で口にした。正直口にするのは恐れ多く、先生にたまたま攻撃を当てただけの俺が言うにはあまりに遠いものだった。だが、案外この答えは気に入ったようで先生は笑みを浮かべていた。

「良い答えではありませんか。わたくしを超えなさい。あなたの魔法はまだまだ成長します。わたくしは基礎を鍛えたに過ぎません。そこから応用、発展させるのはあなたですわ。アオには、魔法を創造する才能があります。それは疑いようがありません。戦っていて、成長する魔法を見るのが楽しくありました。新しい魔法を創りなさい。それが魔法という技術を進化させる事に繋がりますから」

優しく頭を撫でられる。とても、気持ちがよかった。柔らかな日差しに当てられて、暖かい手が俺の頭を撫でる。疲労困憊の体にはとても良い休養となる。

――先生との修行が終わった

場所も移動して精霊界では無く、人間界。

今は賭けに勝ったとして、膝枕していただいている至福の時間。長かった修行、修行合宿のような時間を思い返す。それは、一瞬のようにも永遠のようにも感じる。そこで培った力は大きい。自分の魔法戦のスタイル。目まぐるしい数多くの魔法の攻防戦。使った魔法、見た魔法は全て俺の作成した魔導書に書き留めた。修行中に作成したものだが、膨大なページになりずっしりと重い。1ページ1ページ魔法に関するデータが載っている俺だけの魔導書。これを作成した経緯は単純。あまりにも先生や、修行を手伝ってくれた他の精霊との魔法戦において使用される魔法の数が多く俺の頭がパンクしてしまったので、本に書きだして自分で確認するためだ。それらは天眼を通して理解し、その発動させた魔法陣や魔力量などを正確なデータとして保存してある。正確に言うと、俺の魔法に関する記憶に同調した本であると言っておこう。ほぼ自動で認識した魔法のページが加わるために、管理が楽で且つ実用的な本だ。

抱えていた魔導書――記憶のグリモアを広げパラパラとページを捲る。これは俺の財産だ。形は無いがかけがえの無い知識。先人が多くの時間をかけて創った魔法達、それらを引き継いだ。俺の役目はそれに改良を加えたり、掛け合わせて新しい魔法を創ること。そして、伝承も少ない古代魔法の管理。古代魔法は一撃で戦況を変えるほどの強力な魔法だ。それを、いくつも記憶した。伝わることの少ないそれをまとめあげ管理することも俺の役目だろう。

そんなことを考えていると、ついつい眠気が襲ってくる。瞼が重く、目を閉じようとのし掛かってくる。

「寝ても構いませんよ」

「そうしたい所だけど、約束があって、人を待たせているんだ。今なら、胸を張って迎えに行ける。会いたいんだよ。クリアさんに」

「ふふ。妬けますわ。でも、迷宮探索ですか。まだ見ぬ財宝やお宝を求めているのですか?あの街にある特異な迷宮に」

「なんで潜るかって言われたら、わからないな。そこに迷宮があるからって一言で納得して欲しいな」

「理由は無いけどやりたい。あなたらしい。ですが、あの迷宮は妙だと思いませんか」

「他の迷宮は知らないから何とも言えないんだけど。先生から見て、あそこは変?」

「ええ、色々と。まずは街中にあるというのが驚きですし、それに魔物の強さですね。奥に行くにつれ強くなるというのはわかります。ですが、初めに出会う魔物と最後に出会うであろう魔物の強さが違いすぎますわ。大抵は最初からある程度強い魔物を配置します。自らの眷属も含めて、そう実力に差がつくのはおかしな事です。まるで、多くの人間を呼び寄せているようで、気味が悪い」

「……迷宮は前提としてつくったやつが居るように聞こえるんだけど」

「迷宮と言うのは人間が作った言葉でしょう。本来は宮殿や城のように魔人の類が隠れるためのものですわ」

「あの迷宮にも魔人が居るのか」

そう口にした瞬間先生の表情がわずかに曇る。一瞬だけ、目を細めたのだ。

「いえ、あの迷宮には……。やめておきます。わたくしの口から言うものではありませんでしたわ。……アオ。あなたに一つ、お願いがあります」

真面目な話だ。立ち上がり、オリビア様を正面から見据える。

「あの迷宮の最下層に達してください。そして、その主を倒して欲しい。勝手な願いだと、わかっています。ですが、わたくしは迷宮に入る事が叶わず、手を出せない。しかし、見過ごせる問題では無いのです。ですから、弟子であり友であるアオに頼みたいのです」

初めて、気高き女王が頭を下げた。

その姿を信じられない思いで見る。先生は人に頼みごとをする事はあれど、それは部下に命令するように一定の強制力を持つ。だから、頭を下げるというのは似つかわしくない。それほど、重要な事なのだと心に刻む。

「いいよ。約束しよう」

お互いの小指を絡ませた。

「……これは?」

「約束のおまじない。これやっとくと、俺が意地になって約束を果たすんだ」

「ふふっ、なんですか、それは。では、約束してくれますか?」

「約束します。あの迷宮を踏破すると」

小指に力を入れて誓った。これでまた、新しい約束が加わった。

もともとあの迷宮は俺が最深部に到達しなければいけないと思っていた。不思議とそれは俺だけでは無く、周りも望んでいる事になりそうだ。あの迷宮には何かある。それも、良い事ばかりでは無いだろうけれど、俺はそれを知りたい。

「随分、頼もしくなったものですわ。あれだけ頼り無い人間でしたのに。だから、人間は面白いんです。良くも悪くも、すぐに変化する。興味深い事ですわ」

「ありがとう」

「いえ、事実ですわ。実力から言っても高位の魔法使い。並みの精霊ならば、超えてしまっています。それを正しく認識してください。決して高慢に、力に驕らないように」

「俺がまたそんな事になったら、止めてくれる仲間がいるから。前もすごい怒られたんだよ」

「ふふっ。それがあなたの想い人ですか?」

「想い人って、そんな!」

「照れなくても結構ですわ。アオは隠し事が苦手ですもの。約束は果たしに行かなくていいのですか? きっと、待っていますよ」

「そ、そうだよ!行かなきゃ!はやく会いたいんだ」

そう思い立った瞬間、喧噪が聞こえた。

「あら、残念。来客みたいですわよ」

勢いよく部屋の扉が開く。

「良かった! 生きてやがったか!」

「遅すぎるわよ。人間界に居たっていうのに、待ちくたびれたわ。けど、それなりに成果はあったようじゃない。見違えたわね」

「ハーディ! カーネリア!」

つい懐かしくて二人に駆け寄った。ハーディは本当に久しぶり。俺を信じて待っていてくれたのだろう、一度も修行中に顔を見に来なかった。一方カーネリアは時々様子を見に来てくれていた。言葉は交わしていないけれど存在には気づいていた。

「良い面構えになったじゃねぇか。まぁ、まだオレには釣り合わねえけどな」

「この野郎」

力強く頭を撫でる。それをハーディは目を細めて気持ちよさそうに受け止めていた。

「ふーん。少し背伸びた?」

「あはは。そんな急に変わらないよ。背が伸びたと思うなら、俺の様子が落ち着いたのかな?」

「なるほど。それで、ね。これで堂々と彼女をチームに勧誘できそうね」

「それを決めるのはクリアさんだからな、あっけなく振られるかもしれないよ」

「安心しなさい。初めて迷宮に入ったときに見てた彼女の背中は、もう並んでるわよ。あなたが気づいていないだけなんだから」

照れて、つい自分の首の後ろに手を回していた。

「あれ、カーネリアももしかして強くなった? 魔力量が増えてる」

「そりゃ、あなたが頑張ってるのにあたしが何もしないわけにいかないでしょう。まだまだ、負けないんだから」

「そりゃなあ。俺は広く浅くしかやってないから、ずっと火の魔法を使い続けて極めた奴と張り合えると慢心はしてないよ」

「あら、よくわかってるじゃない」

カーネリアは腕を組み、強気な姿勢のまま答えていた。

実際、今ならばわかる。一番近くで見ていたカーネリアの凄さを。前はあまりに遠く、想像にすらつかなかったけれど、今はその背中を遠くに見る事ができている。

「何よ。ニヤニヤして、気持ち悪い」

「なんでもねーよ」

何気なくそう答える。このやりとりも久しぶりで、懐かしかった。良かった、何も変わって居ない。

もう一人新たに顔を出した。妖精王、ソフィアさんだ。

「アオイ様。お久しぶりです。成長しましたね」

「お久しぶりです。おかげさまで、どうにか」

やんわりと微笑む姿は非常に絵になる。ソフィアさんも俺の事を覚えていてくれたようで嬉しかった。

「オリビア様。わたしの方から渡しても」

「ええ、構いませんわ」

そう言ってソフィアさんは、緑のロングコートと白銀の杖を何もない所から取り出す。空間魔法で空間を作っていたのだろう。生活に便利な魔法だ。

「アオイ様。遅ればせながらお礼をさせてください。ニーナを救ってくれた事、命を賭して戦ってくれたことに感謝を。受け取ってください。アオイ様の為に、多くの民が喜んで力を貸してくれました」

「これ、本当に受け取っても良いんですか」

「ええ、どうぞ。少なからず、オリビア様のお気持ちも入っていますよ」

「ソフィア! それは言わなくて良いではありませんの」

「一応、伝えておかないと行けないと思いまして。アオイ様の門出に相応しい装備をと提案されたのはオリビア様ですから。私はそれをお礼として用意したに過ぎません。どうぞ、受け取ってください」

ソフィア様と先生を見つめる。目頭が熱くなった。

「ありがとう。本当に。ありがとう」

魔法使いが好んで身に着けるような長いロングコート。緑を基調にし、落ち着いたデザインで上品。しかし、選び抜かれた素材にしっかりと付与され魔法具となっている。効果は防御に特化したものだ。元々防具のカテゴリに入るロングコートだが、恐らく性能だけなら、分厚いフルプレートの鎧を楽に超える。それに加えて強力な魔法抵抗力を持っている。そして、軽く動きやすい。使用者の事も考えた逸品。

もう一つは杖。白銀に薄い青の輝きを持つ。これはミスリルと呼ばれる魔力伝導率の高い貴金属の特徴だ。それを贅沢に使い、杖の先には緑色に輝くかなり等級の高い魔石がついている。ランクとしては最高ランク。ここまで魔力の込められた魔石なんて見たことが無い。どうやって加工したのかもわからないほどの物だ。柔らかな光を包括した翡翠色の魔石を見ていると、どうしてもオリビア様を思い浮かんでしまう。

「まさかこれ、先生の魔石?」

「力を削って出来たものではありませんわ。余剰魔力を固めた小さい魔石を、歳月をかけて大きくしたものですから気になさらず」

「ありがたく受け取ります」

自分が多くの人に支えられている事実を実感する。これだけの物を仕上げてくれたソフィア様。自ら魔法を教え、鍛えてくれたオリビア様。力の無い俺に付き合ってくれたカーネリア。その牙を俺の為に振るうと約束してくれたハーディ。そして、俺を立ち直らせてくれたクリアさん。

思いを胸に込めて、緑のコートを羽織り、白銀の杖を手にする。

「良くお似合いですよ。これで形も分相応になりましたね。良く着こなしていらっしゃいます」

「ありがとう。ソフィア様」

「お礼を言うのは私達の方なのですから、そんな事おっしゃらないで下さい」

袖を持って、大きさを確認したりするが丁度良い大きさだった。

「着られてる感じが出るかと期待したのに、残念だわ。似合うじゃないの」

「ひどい言い方だな」

魔法使いらしい形が手に入り嬉しかった。目を閉じれば浮かぶ白い鎧に剣を携えた美しい剣士の姿。その隣に今の俺は並べるだろうか。

「ほら、そんな顔してないで行くとこ行きなさいよ」

カーネリアが気を使ってくれたのだろうか。または、俺が逢いたくてウズウズしていたのを見かねたのかもしれない。

「行っていいわよ。というか、さっさと行きなさい」

「ふふ。逢いたくて堪らないって顔してますわよ。はやく行って差し上げなさい」

カーネリアとオリビア様が促してくれる。

ハーディもニヤニヤと笑いつつ、後で聞かせろよと耳打ちされた。

ソフィア様も何となくだけど、事情を察してくれたのだろうか。優しく手を振り見送ってくれる。

「ごめん。ありがとう! 行ってきます!」

転移の魔法を使って、すぐに移動する。移動先は転移の間。ここに出ると、クリアさんが迷宮に潜っている時を受付で確認する事ができるから便利なんだ。

久しぶりの迷宮の雰囲気を感じた。

迷宮独特の澱んだ空気を吸い込み、薄暗い転移の間に居る冒険者を見る。どこか懐かしい。それほどまでに迷宮を離れていたんだ。元々長く迷宮に居たわけじゃないから、迷宮での動き方など忘れてしまいそうになっている。

転移の間に居る冒険者の視線が俺へと刺さる。どうやらこの魔法使いの恰好は悪目立ちするらしい。

転移の間でチームが一つ入ってきた。その姿は初めて見たが、紋章を見てチーム名が俺の記憶に引っかかるほど有名な所。白い羽が平和の象徴と言わんとしているように、薄暗い部屋の中でも目に付いた。

――ホワイトフェザー

ブルーローズとホワイトフェザー。この街の迷宮を踏破しようとする数多くのチームの中でもトップを走る二つのチームの一つ。ホワイトフェザーの特徴は人数が多い事だ。迷宮に潜るときは数名のチームを複数構成するが、階の主に挑戦するときは全員で挑戦するという確実性が高く集団線を得意としている。ブルーローズが個人の能力主義で集まる少数はチームなのに対し、こちらは戦術を持って全員が一丸となるチームだ。

今は恐らく階層の探索なのだろう。5人のチームで動いている。軒並みステータスは高く、前衛2人後衛2人遊撃一人という構成で自由が利きバランスが良いチームだ。前衛の鎧を着こんだ戦士と後衛の二人は高いステータスを持っているが、何故かこの遊撃のスタイルを得意としそうな一人はステータスが飛びぬけている。この人がこのチームのリーダーだろう。短剣と投擲物を主体とした戦闘スタイルを取るこの人物は非常に厄介な存在となりそうだ。

その人と目があった。

小柄な体に、ピンクの髪をツインテールにした少女。相変わらず相手に威圧感を与えるほどの目つきの悪さだ。

「オイ、久しぶりだな。今までどこほっつき歩いていたんだよ」

「げぇ。シルヴィー、さん……!」

相手も俺の事を覚えていたようで、見つけた瞬間に距離を詰めて話しかけられた。

ブルーローズの一員で、クリアさんと一緒に居るところをよく見かけた人だ。

「相変わらずバカっぽい面しやがって、その様子見るとしばらくどっかで力積んでたんだろ。最近迷宮に入った形跡も無かったしな。一応、アンタの事は何度か探してたんだ」

「俺を……?どうして?」

「その様子じゃクリアの事も何も知らねえんだろ?」

嫌な予感が全身を走った。


お読み頂きありがとうございます!

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