第十九話 精霊の王
人間が足を踏み入れてはいけない世界のため、そこに存在する人間は俺だけだ。
「ここが精霊界か」
少しの違和感を感じる。何が違うと言われれば、魔力の濃さとでも表現すればいいのだろうか。感じる魔力の量が多い。精霊というのは魔力と共に生きているのだろうかと思うほど。いや、事実その通りなのだろう。精霊は実体化する際にも魔力は要る。しかし、人間のように食事や睡眠などを必要としない。その代わりは何だろうと言うと、きっと魔力なのだ。人間が息を吸うように魔力を体に取り込み、体を維持しているのだろう。そうして魔力と密接な関係にあるためからか、その体が秘める魔力の量の多さは驚くしかない。俺を含め人間とは、魔力保有量が違うのだ。ここで暮らせば、少しは魔力が増えるだろうか。
精霊の気配を感じる。実体化して居ないため目では捉えられない。しかし、その好奇な視線は感じる事ができた。
「さあ、始めましょう」
精霊王が顕現する。その身に魔力を惑わせ、雰囲気ががらりと変わる。戦闘態勢に入ると言えばいいんだろう。魔力が溢れてくる。感じ取れる魔力だけでも俺の数十倍に上るほどの莫大な量の魔力を包括していた。
「アオが自分の足りないものは理解していて?」
「そんなのありすぎて数えきれないよ。魔力量、魔法の展開のスピード、狙いの正確さ、防御魔法の少なさ、近接対応能力。おそらく俺は基礎というものができてないんじゃないかな。魔法を使えてはいるけれど、使われている感じ」
「あら、思ったよりもわかっているではありませんの。ええ、そうですわ。あなたの魔法は非常に無様でもったいない」
わかってはいたけれど、無様という言葉が重く突き刺さる。非常に課題が多い、必死にやらねば。
「あとは、心ですわね。もう少し落ち着きと打たれ強さが欲しい所です。魔法は心と聞いたことはありませんか」
「無いが意味は見当がつく。魔法にはその時の心持が素直に表現されるんだろ。焦ると雑に、荒々しい魔法になる。それは経験した事がある」
いつぞやの迷宮を無理に降りた時、威力だけを求めて全体を焼き払うような火の魔法の運用をしていた。あれは無様と言われてもしょうがないと自分で戒める。
「常に冷静に。怒る事はあるかもしれません、ですが静かに怒りなさい。怒りの感情だけは非常に厄介でコントロールしにくい上に感情に表わしてしまうと付け入る大きな隙となります」
今までの行動をすべて見ていて、今も俺の心を見透かされていたのでは無いかと思うほどに的確な言葉。
冷静沈着 明鏡止水 神色泰然 泰然自若 八面玲瓏
俺に足りないのはこのような言葉だと気づかせてくれる。知っていたが理解していなかったという所だ。自分のふりを見て自分を直すようだと、まだまだだ。
「あら意外。見かけほど馬鹿では無いようですね。安心しました」
口角を上げて、挑発的に言葉を放つ。オリビア様はこういう嗜虐的な表情が良く似合う。生粋の女王なんだろう。名実ともに。
「さて、基礎から魔法を勉強していきましょう。と思いましたけれど普通にやるのも面白くないと思いません?」
「そう、かな」
「ええ、ですので少しだけ緊張感を出しましょう」
「どうやって?」
「賭けをしましょう」
挑戦的な目で見られる。売り言葉に買い言葉では無いが、提案は面白い。上達には緊張感や失う物があれば良いというのは問題かもしれないが、そうすることでモチベーションになる上に結果として上達するというのはあるかもしれない。
麻雀をやっている時もそうだったと思う。ただ遊んでいるときは、自分があがる方が楽しく多少リスクを背負ってでも手をつくりに行きたくなる、が、何か罰ゲームなどがあれば別だろう。必死に捨て牌を見てリスクを最小限に、必死に勝ちにこだわる。そうなると真剣味を帯びてくるようになる。すると、結果的に上達した経験がある。
「いいよ。でも、何を賭ける?」
「そうですね。失う物が大きいほど、必死になるとは思いません?」
「そ、そりゃそうだけどさ」
「なら、あなたの大事にしているものを貰います。目を閉じなさい」
嫌な予感を感じながら言われるままに目を閉じる。
魔法の発動を感じた。しかし、目を閉じていろという事だろう。気になって仕方がない。
「ええ、良くできました。何を失ったか、わかりますか?」
「いや、わかるわけないでしょ」
「では一つ質問です。あなたは何故、強くなろうとしているのですか?」
「そりゃ当然」
――――あれ、何故だっけ?
待て。それは忘れてはならない。約束。そう、約束があったんだ。確か、えっと誰かと……。
「やりやがったな」
「あら、忘れてしまったの? 大切な約束なのに。相手がかわいそう」
「何が条件だ」
「わたくしに一撃、魔法を当てなさい。それで返してあげますわ」
紫電が走る。反応する事もできないような速さでの詠唱と発動。それがオリビア様へ襲いかかる。完璧な奇襲が決まった。
雷が当たる瞬間、魔法障壁が発動した。
ちょっと待て。
かの女王は俺の魔法に反応はしていない。なのに魔法障壁が出たということは
――常時展開型魔法障壁
常にその身を覆うバリアがあるという事だ。
「あら速い。けど、残念ね。あと、感情を抑えなさい」
落ち着いていられなかったのは事実。加えて、この障壁を突破する事も難しい。
「ふう」
息を吐いて一度落ち着く。これで良い。必ず手はある。
「先生。一つ質問だ。賭けってのはお互いに何か出し合うんじゃないか?」
「そうですわね。では、あなたはわたくしに何を求めます?」
「な、何でもいいの?」
初めて嫌がるそぶりを見せたオリビア様。豊満な胸を初め肉付きの良い体を舐めまわすように見ながら言ったからだ。
「っく。わたくしが一方的に賭けさせましたから、何でも構いませんわ」
「流石。良い心構えだなぁ」
忌々しげに胸を隠すように腕を組み睨みつけてくる。案外、弄る事はあっても弄られ慣れてないのかもしれない。これは面白い。
「じゃ、膝枕で」
「それだけでいいんですの?」
「なに?もっと違う想像してた? いや、実際そこまでしかした事ないからそれ以上はちょっと……」
「っく。可愛い。もっと進んでも構いませんわよ?」
「いや、遠慮しときます」
「では、そういう事にしておきましょう」
賭けは決まった。後は一撃あてるだけだ。
「一度理論などから学ばせようと思いましたが、まずは実戦といきましょう。実力の差を思い知らせた方が素直に言う事を聞くでしょうから」
不意を突けば当たるとか思っていた。そんな安直な発想は通じないと一瞬で悟る。戦闘態勢に入ったオリビア様に勝てるビジョンが見えない。肌で感じる魔力の多さはあった。が、あまりに溢れ出す魔力が多く、オーラのように魔力を纏っている。
――これが、精霊の王
数多くいる精霊の中の王。それはただの冠では無い。確実な実力に裏付けされている。もしかしたら精霊の王というのは実力で決まるのではないか。もっとも大きな力を持つものが上に立ち、導くのではないだろうか。そうすると、精霊王は最強の称号となる。あのカーネリアや闇の大精霊オニキスよりも力で勝る存在である。
今の俺では相手になるはずがない。だけど、全力で行こう。相手に実力を測らせるために、後で俺の成長を実感するために。その胸を借りて学ばせてもらおう。
そして、絶対に取り戻す。
俺が強くなる原動力を。破ってはならない、約束を。
「いきます。よろしくお願いします」
「良い心がけです。来なさい。死なない程度に、体に刻みこんで差し上げますわ」
優しげに微笑みを浮かべるオリビア様に全力で魔法を放つ。長い修行がスタートした。
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