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第一八話 師弟の間柄

「あっはっはっは」

笑うしかない。笑う事しかできない。

今この部屋にいるのは俺を含めて5人。

白銀の狼、ハーディ。今は小型犬ぐらいの大きさになって俺の一歩後ろで座っている。体の大きさを自由に変えられるらしく、最初に見たサイズとは大きく異なる。体の大きさを変えられるって便利だなあ。俺も今小さくなって逃げたいよ。

そして、カーネリア。赤い髪をツインテールに縛り、淡い白のシャツに短い黒のスカートという私服で居る。だが、その眼はいつにもましてキツい輝きを放つ。俺の行為に怒ってるんだろう。だけど、カーネリアよりまずいのがおそらく一人。

俺の頭を踏みつけた人物。

名をオリビア。精霊王だと聞いた。

柔らかな光を浴びた森を想像させるような緑の髪を腰までたらし、上品な淡い色で決して派手では無いがドレスとローブを足して割ったような衣服。カーネリアも戦闘の際は着ているので、これが妖精の衣装なのだろう。それを着ている。

その瞳は細く、俺を睨んでくる。しょうがない。事故と故意を合わせて下着を見たんだから。

その隣に凛と立つのはエルフの長であるソフィア様。妖精王という呼び名を持つ偉い方。あまりピンと来ないけれど、高貴な雰囲気を醸し出しているのはわかる。それでも眼差しは常に優しげで慈愛に満ちている。エルフらしく、ピンと伸びた耳に太陽の光を色にしたような金の髪を流し、美しい顔立ちをしている。

5人も居るのに、ものすごく静かな空気が流れている。いや、原因は俺の行動なんだけどね。

さきほどから、俺はチラチラと顔を上げて様子を見ているが土下座の体勢を変えない。全力で謝罪の最中だ。何も反応が無くて困っている所。土下座の文化が理解されないのはわかる。だけど、何か言ってくれてもいいじゃないですか。

「はぁ。オリビア様。あたしからもお詫びします。コイツ、バカなんです」

カーネリアが俺の隣に移動し、頭を下げる。

カーネリア、お前って奴は……!

「ええ、もういいです。でも、カーネリア。あなたがそこまでその男に肩入れする理由はなに? わたくしはわかりません」

「このバカは一応、あたしの契約者なんです」

「この男が……。あなたを救ったというのもこの男という事よね」

「ええ、残念ながら。ほら、いつまでその変なポーズしてんのよ!さっさと起きなさい!」

「一応俺なりの謝罪のポーズだったんだけど」

カーネリアに言われて顔を上げると正面のソファーに座り足を組むオリビア様の姿が目に映る。

「で、目は見えてるんですね。アオ」

アオと言うのは俺の事だろうか。いやきっと俺の事だ。

「お陰様で。目も黒く無事に……って、うわああ! 蹴らないで!」

黒いという言葉はタブーのようで、言った瞬間蹴りが飛んできた。長い生足が目の前にあるだけでも目の毒だというのに。

「わたくしは魔眼の治療と言う名目でしかたなく此処に来たはずだったのですが、もう帰ってよろしくて?」

「あー……。オリビア様、迷惑かけて申し訳ありませんでした」

「ふん。少しはわかってるじゃないの、アオ。ただ、気軽に話しかけないで頂戴」

口を紡ぐ。どうやらオリビア様とやらは、とても気難しい方のようだ。

「そう、それで良いの。あなたと話す事は無いんですから」

どうも、性格的にキツい所もあるのだろうけれど、それ以上に嫌っているのは人間だろう。そんな気がする。精霊からするともしかして人間というのは良い風には映らないのかもしれない。それはきっとエルフの目から見ても同じだ。人間によってエルフの子供が攫われた直後であれば猶更に感じる。

「どうやら俺はここに居ないほうが良いようだから、すぐに帰るよ」

「そんな! アオイ様!」

声を出したのはソフィア様。俺なんかでも様とつけてくれるのが、恐れ多い。

「未だお礼もできてないのです。それに、お疲れでしょう。魔力もかなり消費されているように見えます。ぜひ療養されていってください」

ありがたい申し出。だけど、疲れているのは精神だけ。肉体も魔力も魔法で治せる。

周囲の魔力を肉体に取り込み自身の魔力とする。古代魔法の魔力回復の魔法。

「ウソ、でしょう」

今度声を上げたのはオリビア様。一体なんだと言うのだ。

「魔力もどうやら回復したようですので。ご迷惑おかけしました。あと、これ。オニキスの手から奪った物です。元はソフィア様の所有物と聞いたのでお返ししておきます」

そうして渡すのは鎖のアーティファクト。

「これは! アオイ様、本当に何と申し上げればいいか」

「いえ、お気になさらず。すみません。それでは」

俺と顔を合わせようともしないオリビア様が居ると、気まずいのは俺だけでは無い。その原因が俺に無くても、人間にあるというのならば素直に退散するまでだ。

カーネリアにだけ、先に帰るとウィンクするが睨まれた。ごめんなさい。

「お待ちなさい」

静かな威厳ある声で言われる。

「あなた、本当に人間? 魔人の類では無いの」

「純粋な人間です。生まれは少し違いますが」

「わからないわね。何故アーティファクトを返すの? あの犬のために、エルフの娘のためにオニキスと命を賭して戦うの。あなたの行動は、理解に苦しむ」

何と答えればいいのだろうか。取り繕う言葉もあるが、素直な心を吐き出す事にする。

「理解はされなくて良い。君の言いたい事はわかる。人間は自分を中心に考え、自分の利益を最大化するためならば善悪を選ばないと思っているんじゃないかと思う。だから、エルフの人間を攫い売ろうとする。人間は同じ人間に価値をつけて売りとばす。この世界で、人を攫って奴隷として売る奴を見て、俺も思ったよ。こんなクズみたいな考え方をする人間がいるのかと」

自らの独りよがりな主張を続ける。

「俺はそんなのにはなりたくないから、自分の理性が判断する善悪に素直に従ってるだけだ。ハーディやニーナを助けたのも、アーティファクトを返したのもそれが理由だよ」

「はぁ。あんたのその物事をきっぱりと言い切る所は好きよ。ただし、相手を少しは考えなさい」

「え、不敬罪とかって……ある?」

横目でオリビア様を見る。表情が柔らかい。感心したように、口からほうと息を出していた。俺の見る目も変わっただろうか。いや、人間を見る目が少しでも変わったら良いな。

「ええ、死刑に処します」

「ウソっ!?」

「ふふ。冗談に決まってるではありませんか」

「オリビア様がいうと冗談に聞こえないんだけどなぁ」

どこか穏やかになった雰囲気のオリビア様が言う。

「人間を誤解していたとまでは言いませんが、少なくともアオ、あなたの事を他の人間と同じと思っていたのは改める事にしましょう。流石、カーネリアが惚れこむだけはある」

「ほう?ほーう?」

ニヤニヤとした笑みを浮かべ、カーネリアを見つめる。

「勘違いすんなバカ!人間と契約する事を変な解釈しただけなんだからっ!」

「そういう事にしておくよ」

「そういう事以外の意味ないわっ!」

真っ赤に顔を上気させたカーネリアを弄っていると、オリビア様が口を開く。

「カーネリアの事でも、あなたに礼を言わなければいけないのでしたね。アオ、ありがとう」

「別にいいよ。何か調子狂うな。人間、嫌いじゃないのか?」

「ええ、嫌いです。でも、アオの事は別に考える事にします」

「嬉しいよ、オリビア」

「調子に乗らないで。それは許しませんわよ」

オリビア様は瞼に皺をつくって笑っている。その姿は、美しく可憐であった。とても怖い人だけれど、悪い人では無い。そう思える。

「アオ。カーネリアと面白そうな約束をしているようですね?」

「約束? ああ!そうそう、魔法を教えてもらってる。一人前になるまで」

「それは、カーネリアが師とは違うのですか?」

「そりゃ、教えてもらってはいるけどパートナーって感じかな。明確な師は居ないな」

オリビア様の目が怪しく光る。

「何故、アオは魔法を知り、使おうとしているのですか?」

「魔法を使えて理解できたから。できることをやってるだけ。やってる内に楽しくなって、できる事を増やそうとしてるんだよ」

「もう一つ。アオは何を望みますか」

「一人前の魔法使い。いや、一人前じゃ駄目だ。その程度じゃ釣り合わない。魔法使いとしてナンバーワン。最強の魔法使いかな」

「ふふ。思ったよりいい答えではありませんか」

「そうなんだよ。強くならなきゃいけない理由があるんだよ」

忘れられない約束。強くなって迎えに行くと。その約束に救われた事もあった。拘ってしまった事もあった。だけど、その約束だけは果たしたいんだ。

「一つ、提案があります」

相変わらず何を考えているのかわからないが。強く、真剣なまなざしで俺を射抜く。

「わたくしを師と呼ぶのならば、アオに魔法を教えましょう」

「「なっ!?」」

数人の声が重なる。俺とオリビア様以外の声だ。驚愕の感情を声だけでは無く、顔にも出していた。

「本当に良いの? 魔法ってかなり機密性の高いものだって思ってるんだけど」

「ええ、良いです。その代わり、わたくしの事は先生と呼びなさい」

カーネリアの顔を一瞬窺う。優しく頷いていた。

「学びなさい。精霊王の名前は伊達じゃない、魔法使いとして最高峰の位置にいるわ。存分に学んできなさい」

「さんきゅ」

カーネリアに感謝を伝えてから、先生と向かい合う。

「よろしくおねがいします。先生」

「ええ、こちらこそ」

「オイオイ、マジかよ」

思わずハーディが口にしていた。

「マスター。しっかりやれよ。そいつ尋常じゃ無く厳しいぞ」

「そんな気はしてたよ。ありがとな」

ハーディも気にかけてくれているようで、声をかけてくれた。

「アオ。すぐにでも強くなりたいですか?」

「そりゃ、早い方が良いかな」

「では精霊界を使いましょう。幸いあそこなら邪魔も入る心配も無いですし、時間の流れが遅い。長い間修行しても、こちらではその十分の一ほどで済みますよ。良かったですね」

「へえ。そりゃいいな」

「ですが、わたくしは妥協が苦手なのです。わたくしが認めるレベルになるまでは、絶対に帰しませんので」

「それ、どのくらい向こうに居るわけ?」

「アオの頑張り次第ですよ。会いたい人がいるのならば、精々、寿命を迎えないように頑張りなさい」

「なるべく早く帰れるように頑張るよ。俺の時間は戻ってこないから。戻って来るころには皆に忘れられないように頑張るよ」

「ええ、良い心がけですわ。では、先にいってなさい。間もなくわたくしも向かいます。さっそく修業を始めましょう」

いきなり足もとに魔法陣が浮かびあがり、転移させられた。

「うわ、ちょっ!待って!そんないきなりっ!」

俺の声も届かず、精霊界へと足を踏み入れる事になった。







「オリビア様。説明をお願いしたいのですが」

カーネリアが口にした。彼女らしくなく、その表情は弱気。不安に駆られているようだ。

「ええ、理由はいくつかあります。でも、一番大きいのはわたくしが彼を気に入ったこと。二番目に、魔法使いとしての潜在能力の高さですわ」

「いいのですか、オリビア様。アオイ様は友好的とは言え人間ですよ」

「ええ、理解しています。ですが、彼にはカーネリアもついています。問題も無いかと。あなたも、随分と気に入っているようね」

「そ、それは! あたしの契約者ですし、それなりには。潜在能力と言えば、アオイが古代属性への適性を持っている事は見ましたよね」

「ええ、あれが決め手です。彼ならばどんな魔法でも使いこなせると思いました。見ましたか、彼が使う魔法。わたくしがやっても同じようにはいきません。まるで魔法が喜んでいるかのように彼に力を貸している。面白いではありませんか」

その表情は、楽しげに微笑んでいた。

「聞いたことがあります。古い文献に魔法に選ばれたような才気煥発な魔法使いの呼び名があるんです」

――――『天元の魔法使い』

カーネリアが口にする。言ってから、それを否定しようと首を振った。

「そんな、あれはおとぎ話のような」

「ですが、アオイ様を見ているとわかります。彼は魔法を好み、魔法も彼を好んでいる。恐らく、属性魔法もかなり広く使えるのでしょう。どうですか、カーネリア様」

「……魔法で適性が無いために使えないものは確認してないわ。恐らく、全ての属性を使用できるんじゃないかと思います。でも魔力量がどうしても少なくて、魔法使用に障害が」

「そこは、わたくしが鍛え上げますわ。魔法使いに必要な心の強さも同時に」

「はぁ。わかりました。信用します」

「それは、わたくしを? それとも、アオをかしら?」

「どちらもです!」

「うふふ。それではカーネリア、しばらくアオを借ります。ソフィア、あなたにはお願いしたいことがあるの」

そう言って、精霊王は妖精王にいくつか頼みごとをして精霊界に向かった。

「どう転ぶか、わかったもんじゃねぇな」

ハーディが悪態をついて呟く。

「本当ね。意外な事と言えば、アオイの使い魔になったんですって?」

「ああ、挨拶が遅れたな。『炎王』何かとよろしく頼む」

「あんたと敵にならずに済むなら、それ以上にうれしい事は無いわね」

「ふん、前は良く戦ったもんだがな」

「あんたが森の結界割ったりするからでしょうが。それに魔人と間違えてあたしを襲ったこともあったでしょう」

「そんな事もあったか。すまん、水に流せ」

「どうして男ってこう勝手なのかしら。いいわよ。忘れてあげる。味方ならこれほど頼もしいものも無いしね。そういや、あんたエルフの娘助けるために戦ったんだって?どういう心境の変化よ」

「う、うるせえよ。オレはこの森が好きなだけで、荒らす奴が許せなかった。それがいつもオレに話しかけてくるガキを連れてっただけだ。ついでに取り返しただけで、他意はねぇ」

「ふーん。素直じゃないのね」

「うるせぇ。おい、テメェもテメェだ。数年もどこに消えていやがった。それに、その力の落ちっぷりは何だ」

「それ、話すと長くなるんだけど」

「どうせオレらはマスターを待つしかねぇんだ。少しぐらい長話したって問題ないだろ」

「はぁ。それもそうね」

そう言って、使い魔と精霊は主人の帰りを待つのであった。


お読み頂きありがとうございます。

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