第一七話 幸運と不幸のアンサンブル
「おい、着いたぞ。アオイ。おい、マスター」
「ん、ああ」
気が付いたら眠っていた。ハーディの声に起こされて目が覚める。いや、目は未だに開かないため、まだ目は覚めていないのかもしれない。
着いたという事はここがエルフの森なのだろう。風で揺れ、擦れる葉の音。静かに流れる清流の音が聞こえる。どうやら深い自然の中に居るようだ。そう思うと何となく空気が美味しく感じられるのは気のせいだろうか。
「何か俺の事呼びにくそうだね」
「名前で呼び捨てんのもどうかと思ってな。マスターって言うのが一番しっくりくるんだが、オレが慣れてねぇだけだ」
「なるほど。あんま気にしないで好きに呼んでいいよ」
「了解。マスター」
「結局、それなのね」
「しょうがねぇだろ。ケジメだ」
「わかったよ。むず痒いけど、慣れる事にする」
契約の主従を明確にするためには呼び方からと言う方針らしい。まだ契約こそしてないものの、しっかりと契約したように動いてくれているみたいだ。
「よくいらしてくださいました。アオイ様」
柔らかな響きを持った声が俺の名前を呼ぶ。
「失礼。どなたでしょう。生憎目が開けられなく、顔を見れませんので」
聞き覚えのない声だ。おそらくは初対面だと思う。
目が見えなくても、何となく相手の高貴な雰囲気が伝わり敬語になってしまった。
「名乗り遅れた事申し訳ございません。ソフィア=エイブルと申します。此度はニーナを助けて頂いたこと、エルフの民の長としてお礼申し上げます。要らぬご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「あ、いえ! そんな!」
エルフの民の長という事はエルフの王様と言う事だろう。先ほど一度ハーディが口にした女王というのはソフィアさんの事を指すのだと導き出し、思わず畏まった。こんな偉い人に失礼な事を口走ってはいけないと思わず固くなる。
「その眼はその際の怪我ですか? オニキスと戦っていたとお聞きしております」
「いえ、この眼は力を使いすぎた反動のようなものです。オニキスとの戦いのときの物ではありますが、大したことはありません」
「ほかにお怪我はありませんか」
「いえ、特に痛むところはありません。大丈夫です」
「目を見せて頂いても」
その申し出に快く頷いた。
すぐにハーディから降りると、目に冷たい手が当てられた。肌のきめ細かさや柔らかさが伝わってくる。
解析に似た魔法を使い、詳しく症状を調べているようだ。
「これは、私ではわかりかねます。オリビア様に伺ってみないと、どうにも」
「オ、オリビアの所まで行くのか!? 大丈夫なのかよ」
「私が頼みこめば、あるいは」
ハーディがソフィアさんに向かって、やめておけだの、殺されるだのと口にしている。オリビアさんって、何者だろう……。
「まず人間嫌いのオリビアが人間に会うはず無いだろ。どうせ精霊界に引き籠って出てこねぇよ」
「そうは言っても、あの怪我は言えばニーナを助けた時の物なのです。その怪我を治すのは当然の責任でしょう」
「わ、わかった。オレも頼み込む。すまん、マスター少し待っててくれ。精霊界へ行ってくる。時間の流れが違うから、おそらく待たせることはねぇと思うが」
「応接室へ案内しましょう。こちらへ」
そう言って、ソフィアさんに優しく手を取られ案内されるままに一室へたどり着く。そこの座り心地の良い椅子へと座らされると、間もなく二人はどこかへ行ってしまった。
何か申し訳ない事したなあ。
自分の技術未熟が生み出した怪我を押し付けたようで申し訳ない。自分の力を使いこなせませんでしたと言っているような怪我なので猶更だ。
その代償が視力を失った事なのだ。これは、治るのだろうか。治れば、いいなあ。
昔読んだエッセイを思い出す。三日間だけ視力を失った経験をしたならば見えている事の素晴らしさが身をもってわかるだろうという内容。実際そうだろう。今の俺は、他人なしでは動く事もままならない。この辛さは筆舌にしがたい。
そんな考え事をしていると、大きな音を立てて部屋の扉が開いた。何となく不安で警戒してしまう。
「ちょっと! 大丈夫なの? アオイ。目が見えないってどうしたのよ。何があったの」
「悪い。ちょっと無茶しちゃった。おかげでこの様だよ。でも、カーネリア。どうしてここに?」
「聞いたのよ。エルフの女王と超問題児が揃って頼みごとをしに来たって。それが何でも人間の傷を癒すためっていうじゃない。しかも強力な魔眼保持者で、視力の喪失っていう珍しいケース。魔眼保持者自体そんな居ないから気になって聞いてみたら、あんたの名前が出てきたのよ」
「なるほど、心配してくれたんだ。ありがとなー」
見えないながらも大体の位置はわかるので、頭を撫でる。
「心配なんてしてないわよ! 様子見に来ただけよ!」
「そうかそうか」
「ムカつく……!!」
戯れるようにいつも通りの言い合いをして、落ち着いた頃。カーネリアが椅子の隣に座って身を寄せてくる。一応彼女なりに心配してくれてるんだろう。とても素直じゃないんだけど。
「オニキスと戦ったって本当?」
「本当。あの闇の大精霊だろ。流石に勝てなかったよ。タダではやられなかったけどね」
そう言ってポケットから取り出すのは鎖の魔法具。グレイプニルと呼ばれるアーティファクトだ。
「そ、それって。問題になってるアーティファクトじゃない!? 取り返したのね。やるじゃないの」
「だろ。ソフィアさんとハーディが急いで精霊界だっけ、に行っちゃうもんで渡し損ねたんだよね。これどうすれば良いと思う?」
「どうすればって。元は精霊王が妖精王に貸し出した物だから、妖精王に返せばいいんじゃないの? 妖精王っていうのは、ソフィア様の事よ」
「精霊王に妖精王、すごい世界だな。やっぱり俺もソフィア様って言うよ。さん付けでまだ敬い足りないよね。ソフィア様に返しとけばいいんだけ。わかったよ」
「全く、相変わらず呑気ね」
「陽気なんだよ」
「能天気の間違いじゃないの」
「似たようなもんだろ」
「それもそうね」
悪く考えたって、良い事は一つも無い。だから、良い事を考えて良い所を見つけるんだ。
「カーネリア。この部屋に、窓ってある?」
「ええ、あるわよ」
「少し、風を感じたいんだ。窓際に連れてって」
「しょうがないわね。ほら、立てる?」
手をつないで立ち上がる。何となく照れくさい。
「手、小っさ」
「普通よ。あ、そこ段差あるから気を付けてっ!」
そう言われる頃にはもう俺は段差に蹴躓いていた。ちょっと! 言うの遅いって!?
「うわ、っと」
「ちょっ!? 」
手を繋いでいたせいだろう。カーネリアの手を引っ張り体の支えようとしようしてしまった。細身で小さなカーネリアでは俺を支えられるわけも無く、共に体勢が崩れてしまう。カーネリアを下敷きにしてしまうのだけはまずい。本当に潰れてしまうとうまく覆いかぶさるように転ぼうとする。危険なのは膝、頼むからカーネリアに当たらないでくれ。
うまく膝が何もない所に着き、そして手を床につける。狙った通りにカーネリアに覆いかぶさるように転ぶ事ができたのでは無いかと安心した。が、渋滞な事実に気が付く。床だと思っていたものが、わずかな柔らかさと熱を持っている。ああ、なるほど。なるほど。
――これは、やらかした
「きゃあああああああ」
予想通り、悲鳴が上がる。もちろん、カーネリアの。俺は触ってしまったのだろう。床では無く胸を。
「さっさと退きなさいバカァーーーッ!!」
「ごめんなさい。本当、ごめんなさいーーーー!!」
悲鳴を聞いたからだろう。扉が開く音がするけど、そんな事に気を取られている暇な無い!今は弁解を!弁解を!!
「カーネリア。落ちついて聞いてくれ。わざとじゃない。重要なことだからもう一回言うけどね、わざとじゃない!」
「うっさい!触ったでしょ!というか早く退きなさいよ!見えて無いからわかんないかもしれないけれど!」
「聞いてくれ!故意じゃないという事は理解してほしい。偶然なんだ。だからこれはセクハラじゃない。決して違う。冤罪では無いけど、違うんだよ!!」
「触ったことに違いは無いでしょうがーーー!!」
そう言って蹴り飛ばされて無理やり引きはがされた。カーネリアが立つ気配を感じる。そこだっ!!
「足にしがみつくなーーーっ!」
「胸触ったの怒ってるんだろ。なら、代わりに、俺の触っていいから。俺の胸触っていいからーーー!」
「そういう問題じゃないでしょう!触られた重みが違うでしょう!」
「何が違うんだ。俺と君の胸の重さは質量で言うと同じだ。むしろ俺の方が重いかもしれない!」
「一度死になさいバカーーーーッ!!」
カーネリアが許してくれるまで離すものか。その場で和解せねば後に響くんだよ……!!
「コ、コホン」
静かな咳払いで、この空間に第三者が居ることがわかった。物凄く恥ずかしい所を見られてしまったのでは無いか。カーネリアも、言ってくれればいいのに! あ、さっき何か言いかけてた気がした。悪いのは俺だった。
即座にカーネリアから離れて、姿勢を正す。
「失礼。私としたことが、取り乱しました。ははっ」
「あんたの移り身の速さと胡散臭いキャラに驚くけれど、そっち窓よ。ソフィア様達は、あっち」
そう言って、俺の体の向きを約90度変えてくれるカーネリア。俺はどうやら見当違いの方向を向いていたらしい。
「こ、これは失礼を。う、うわああああ!!」
「ちょっ、段差の存在忘れてたでしょ!?」
さっきは蹴躓いた、が、今度は踏み外した!
踏ん張りがきくはずの予定だったが、そこに足の置き場は無く転落する。前傾姿勢のまま、飛び込むような形になって落下する、が腕を床に正確に出せば大事には至らないだろう。綺麗に着地できるはずだ!
うまく着地した!
だけど、ここがどこかわからない。何故か俺の首から背中にかけて布の存在が確認できた。カーテンの中にでも入ったか?
「バッ、バカッ!」
不味い。不味い。
殺気を感じる。動くと、俺は殺される。何故だ。何故、俺が!
「そんなにわたくしのスカートの中を覗きたかったの? いやらしい」
俺の頭上から、声がした。
今の状況を、完璧に把握した。把握してしまった。俺は首を傾けるだけで、絶景を見ることができる。しかし!しかし、だ!それは目が見える状況。
女性のスカートの中に首を突っ込むという大きな行為をした。もはやそこから下着を見るという行為は俺が今している行為に比べれば容易い行為なのだ。そこに躊躇は無いと言うのに!
――人生最高の幸運は、人生最高の不運によって打ち消された
そんな、そんなの悲劇じゃないか。
今だけで、今だけでいい。俺の眼よ。
――開けッッ!!開けーーーッ!!
「見えたあああ!! ……黒ッ!」
「お死になさい」
頭を思い切り踏みつけられた。
お読み頂きありがとうございます。
読んで頂けるという事が私のモチベーションになっています。ありがとう。




