第十六話 魔力と理論
絶望的にまで膨れ上がった魔力で発動された魔法が俺を襲う。詠唱時間含め発動までの時間は驚くほど長かったとはいえ、目の見えない俺に対抗する手段はおろか避ける手段も無かった。
発動した魔法――おそらくは古代魔法が俺を襲おうとしている。
身の毛がよだつほどの死の気配。暗い、暗い気配が俺のすぐ傍に這い寄ってくる。視界が無くなった今、他の感覚でその魔法を感じているが、それはおぞましいものだった。俺の心の中で不安が刺激され鬱な気分になろうとするほどに心に響いた。
そこにあるものは、絶望。
避ける事の出来ない死の宣告。お前は今、死んだと言われているような気分になる。
受け入れよう。力一歩足りなかったと。俺の弱さは自らの魔力量の無さ。これが俺の魔法を使う上での大きな制約となっている。魔法の世界は才能というのは、こういう事なんだなあ。
衝撃があった。闇が俺を襲ったのだ。
そこで異物は許されない。光はもちろん、闇以外の存在は許さないというように俺の体が闇にのまれていく。
体が千切れ、焼かれ、凍らされたような様々な痛みが瞬時に起こる。耐えがたい不快感。意識が遠くなる。あまりの痛みに耐えられない体が生命活動を停止させることで痛みを止めようとしているのではないかと思う。
――悪い、カーネリア。迷惑ばかりかけた
――そして、クリアさん。あなたとチームを組む事は叶わなさそうです
思い返すのはこの世界での出来事。それが走馬灯のように思い返され、生への執着を呼び起こした。
やり残したことが多すぎる。まだ死にたくない。
――――否、死ねない。
カーネリア、クリアさん、あの狼との約束もある。それらを反故にするのは、嫌だ。
全力で魔法障壁を張り、傷ついた体を治し、古代魔法で魔力の回復を測る。それらを全て同時に行う。
――マルチスペル
先ほど敵であるオニキスが見せた技。それを模倣したのだ。
そのおかげで一瞬で体勢を立て直すことができた。
ここからだ。
本能が理性を上回り、勝手に行動を起こした。
魔法障壁と魔力回復の魔法を同時併用し、周囲から集める魔力をありったけ魔法障壁へ注ぎ込んだ。魔力障壁は本来初級魔法や頑張って中級魔法、その程度の魔法を防ぎ威力を減衰させる防御魔法。それに自分の許容量を超える魔力を注ぎ込んだ。
基本的に魔法は注ぎ込んだ魔力の量だけの働きをする。それがどんな属性だろうと変わりは無い。攻撃なり防御なり、魔力の量とその魔法の効果は少なからず比例するのだ。つまり、相手の攻撃魔法に使われた魔力を上回る量を防御の魔力に使えばその魔法を喰らう事は無い。そして周囲から魔力を集めて魔法障壁を強大な物にするこの防御魔法。この理論は魔力の上限を知らない。魔法使いが操る魔力の量を超えて魔力を使う事ができる事になることになる。つまりこれは、全ての攻撃を防ぐ盾だ。何者にも貫くことができない盾。それが、俺が無意識のうちに使った俺の知恵の結晶。その魔法に名前を与え、魔法を顕現させる
――『イージス』
声を高く宣誓する。
――ここに、最強の盾が成る
それは力強く俺の前に立ちはだかり、迫りくる闇を全て打ち消した。古代魔法の強大な力を誇る一撃を全て受け止めたのだ。
「よしっ!」
盲目ながらも力の奔流が終わった事は確認できた。オニキスの顔が見てみたい。きっと驚きを隠せずに居るだろう。彼女は今の一撃を勝負所と見て、全魔力を使った魔法だった。彼女に残った魔力は少ない。
「参ったわ。今のを防がれるのは予想外よ。純粋な称賛に値する魔法よ。ええ、だから。あなたはここで消しておいた方が良さそうね」
その声からは余裕が失われている。焦りと怒りが込められていた。
俺の目が見えない事に挑むのは接近戦。闇を形にし、鋭い武器にするのはオニキスほどの魔法使いになれば問題なく行う。身体能力に差はなくとも、目の見えない俺に対しては勝つ見込みは十分にあるのだろう。事実俺は、魔法戦ならば防ぐことはできるが、接近された一撃に対しては反応する事ができないだろう。
「そこまでにしておけ。オニキス」
俺とオニキス意外にもう一人がこの空間に現れた。誰かの見当はつけ難い。
「チイッ」
軽快な足取りが俺に迫ってくる。恐らくはオニキス。何らかの武器を片手に俺に迫っている。
――突風が吹いた
何かが強烈な勢いで壁に叩きつけられる音が響いた。
「……っく」
苦しげな嗚咽を漏らすのは女の声。今叩きつけられたのはオニキスだろう。もう一人は俺の前に立ち、オニキスから俺を守るように立ち回っている。
「おい、大丈夫か。お前のおかげでオレとニーナが助かった。約束だ。テメェの力になってやる」
ああ、この声はあの銀狼なのだ。
忠義を尽くすこの銀狼は俺を助けに戻ってきてくれたのだ。
「さて、ニンゲン。いや、ニンゲンと呼ぶのはあれだな。名は?」
「アオイって言う。ハーディありがとう」
「アオイだな。お前はオレの主だ。オレの牙、存分に使え」
「ああ、頼りにしている」
約束通り俺に力を貸すという事だろう。誠実なやつだ。
「あなた、そんな魔法使い程度に力を貸すつもり!?あなたともあろうものが、本気なの!?」
「マジだ。俺はこいつの使い魔になる。危険を犯してまでコイツは俺を助けてくれたんだ。そのおかげでテメェが連れ去ったニーナも助けられた」
「わたしが連れ去ったわけじゃないわよ。わたしはあの男たちに少し力を貸しただけだもの」
「森の結界を破るなんて馬鹿げた真似しやがって。そしてアーティファクトを盗み出したんだ。タダでは済まさんぞ、オニキスッ!」
「あら、失礼しちゃうわ。迷惑を被ったのは私の方よ。私はアーティファクトだけ盗めれば良かったのに、エルフの娘まで盗んじゃうんですもの。勘弁してほしいわ。正体を明かすつもりも無かったのに、この子のせいでバレちゃうし、ほーんと良い事ないわ」
「勝手なことばかり言いやがって、殺してやる」
「あら怖い。殺される前に逃げるとするわ。アオイ、あなたの事は忘れないわ。次、私の前に立ち塞がったら容赦はしない。でも、あなたの事は好きよ。わたしと手を組むなら歓迎しちゃう」
「断る。何されるかわかったもんじゃない」
「あら、振られちゃったわ。残念。それじゃ、アオイ。あの可愛い子によろしくね」
「お前にッ!何も!関係ないよね!」
「アオイの焦る姿が見れるんですもの。弄りたくなるわよ。それじゃ、また逢いましょう」
「二度と逢うかッ!」
妖艶な笑い声だけを残して、オニキスは消えた。
「フン。相変わらずわからん奴だ」
「本当に。明らかに加減して魔法使われたよ。古代魔法も使われたけど、今思うと妙だった。かなり加減した上で俺を殺す気は無かったように思ってきたんだよな。もう少し高いレベルの魔法を使えるはずなのに使わないし。まるで俺が測られたみたいに思えたよ」
「オレを生かしたのも気に食わんからな、何を考えてるのかわからん。何はともあれ、無事でよかった。あ? 目どうしたんだ、潰されたか?」
「いや、スキル使いすぎて自滅した」
「どんな魔眼だよそりゃ。普通の怪我じゃねぇのか。治るのかよ、それ。オレは魔法詳しくねえからな。治す術も知らねえし。……よし、森に行くか」
「森? どこだそれ」
「エルフの森だ。あそこなら治療法知ってる奴いんだろ」
「おい、それで問題になったりしないよな」
「大丈夫だ。連れて来てもいいとは女王が言ってた。ニーナの礼の一言でもするんだろ」
「そっか。少し疲れた。そこで療養させてもらおうかな」
「ああ、それが良い。オニキスと戦って五体満足な人間なんて、珍しがられるぞ。オレの背中に乗れ」
「すまん、助かる。で、背中どこだ」
「ったく、しょうがねえな」
パクリと口でくわえられて、背中に乗せられた。一瞬食われたと思って焦った。
「食わねえよ。人間なんざ食ってもうまくねえだろ。食った事ねえけど」
「そりゃ良かった。よろしく頼む」
「おう。すぐに着く。少しだけ大人しくしてろ」
そう言うとすぐに揺れた。風を裂き、ものすごい速さで動いているのがわかる。その割には揺れない。何らかの魔法を感じる。恐らくは風除けの魔法だ。俺に配慮してくれているのだと、優しさを感じた。
心地よく暖かい背に揺られて、安心感に駆られると眠くなった。
すまんハーディ。少し、寝るよ。
少しだけ揺れる背は、寝るにはちょうど良かった。
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