第十五話 天眼の力
――今までの眼とは違っていた。
何が? と質問されると漠然と情報量がと答える他が無い。けど、その情報量は増えた。おそらくは能力自体も強力になっている。先ほどまでは看破する事が出来なかった目の前の女のステータスやスキル、それらが俺の目を通して情報として入ってきた。
「精霊だったか。どうりで最初の接近に気付けなかったわけだ。実体化してなかったんだろ」
初めて、女の目に恐れの感情が映る。図星のようで、一際増して視線の鋭さを増した。
「面倒なことになったじゃないの。でも、それで強くなったつもり?笑わせないで、あなた自身は何も変わっていないのでしょう?」
目を通して自分のステータスを把握する。その中で特筆すべき変化は一つ
――天眼Lv2
そう表記されたスキルが付け加わっていた。効果の違いなど今さら知る事も無い。既に発動し、使っているのだから。
基本は変わらず、見透かす力。魔法しかり、魔法具しかり。注意して自分の体を拘束しているアーティファクトを見てみるが、それも見ることができた。かなり詳しく情報が浮かび上がる。
「オーバーライト」
魔法に対する干渉。それには絶対的な理解が必要だ。干渉する場合は長い時間解析し、糸をほぐすようにしてゆっくりと魔法に干渉していくのが通俗的な干渉。しかし、俺は違う。何といってもこの天眼のスキルにより、今となっては高位の魔法具――アーティファクトですら理解することができる。つまり、干渉できない魔法など無い。そう言い切れるほど、能力が高まっていた。
鎖に対する上書きを瞬時に行い、拘束を外した。
「……なによ。それ」
外すだけでは無い。鎖を手繰り寄せて手にし、魔法を弄る。鎖は生き物のように飛び上がりやがて大きく長くなった体をネックレスのような長さになるまで小さくした。これが、魔法を発動する前の魔法具としての「グライプニル」という魔法具の大きさだ。それが今、俺の手にあった。
「それは許せないわよ。安いオモチャじゃ無いの、返しなさいっ!」
焦った精霊が魔法を唱える。闇の精霊らしく得意な魔法を撃ってくる。闇の中級魔法、それをこれほどまでに詠唱及び発動時間を短縮して撃つ。そこには少なからず魔法の練度がうかがう事ができた。闇の精霊と言えど、魔法に対する姿勢は真摯な物なのだろう。
――イミテーション
理解し、学び、使用する。即ちこれは模倣である。
かの精霊が長い年月をかけ、経験を積み詠唱の短縮を行った闇の魔法。それを、全く同じ精度で同時に撃ち放った。
そこから起こりうる現象は相殺。同じ威力で同じ精度の魔法を撃てばそうなるのは明白だ。
「なっ!? ~~~~ッ」
声にならない悲鳴を上げた。何が起きたかというのはしっかりと判断できたようで、魔法を使うのをためらうそぶりを見せる。だが、彼女に肉弾戦の選択肢は無い。精霊というのがそうなのか、それとも精霊の女性がそうなのかもしれないが肉体のステータスは高いと言い難い。必然、魔法を撃つという選択肢を取る。では、どういう魔法を使うのだろうか。
「後悔しなさいっ!」
女の精霊は莫大な魔力を操り出した。
流石に判断が早い。相手と俺の差は使用できる魔力の量。それにより相手には使用できて俺にはできない魔法というのが生まれる。それが上級魔法や古代魔法と呼ばれる魔力消費が激しい魔法。闇の精霊が使おうとしているのは後者にあたる古代魔法と言われる古い魔法だ。古代魔法というのは人間には使えないと言われている。そこには魔力量の制限がかかるからという理由のほかに適性が無いからという二つの理由から成る。
古代魔法はその威力も凄まじい。大規模な戦争時、古代魔法が戦局を左右するほどに広範囲かつ高威力の魔法だ。
それを今、目の前で俺一人に使われようとしている。こうして思慮している間にも魔法陣は空中に現れ、魔法が完成しようとしている。
黒い色の幾何学模様が並んだ魔法陣。それらの意味をすべて理解した。ならば、できる魔法が一つある。
「オーバーライト」
相手が構築している魔法の上書き。それを、魔法詠唱中に行った。
魔法と言うのは発生する言葉や、魔法陣に意味を持つ。得に魔法陣などは緻密な情報の塊であり少しでも崩れてしまうと狙ったような効果がでないような代物だ。俺が知っているもので例えるならば、プログラミングで例えるのが近いかもしれない。俺が上書きするのは魔法陣の主要機能や、その構成を少しいじり魔法陣を消滅させる行為。C言語で言うとセミコロンを全て削除するような行為。あるいは、全角でスペースを入れられるような行為だ。
それで魔法陣は意味を失い、本来の効果を発揮できなくなった。注ぎ込んだ魔力は全て空中へと霧散する。
今のは俺を確実に殺そうと、全力を出していたようだ。先ほど狼が捕らわれ奪われていた生命力や魔力、おそらくはそれらをほとんど使い切ってしまったほどだ。これだけ高位の精霊でも古代魔法を使うにはそれだけ大変なことなのだと言うことがわかる。
「……化け物が」
「お互い様っていう所だと思うけどね。闇の大精霊オニキス」
「軽々しく名前を呼ばないで」
「失礼。闇の女王」
「本当に腹が立つ男ねっ!!」
感情に振り回されるように雷の中級魔法、土の中級魔法と多様な魔法で攻撃してくる。だが、そのどれもが発動する前にはどのような魔法で、それはどこに飛ぶか、そしてオニキス自身が何を狙っているかという事まで手に取るようにわかった。そこまでわかっているのだから避ける事など造作もない。放たれる魔法に対して取るべき最良の行動を導き出す。時には魔法障壁で防ぎ、魔法陣を消滅させ、自分の脚で避ける。
俺を殺そうと放たれる魔法は全て一撃必殺の魔法。土を抉り、紫電が襲い、闇が俺を飲み込もうとする。その全てを悉く避ける。そこに楽しみを見出していた。
相手は熟練の魔法使いで、その多様な攻撃には頭が下がる。俺の視界を把握し、視界の外から俺を突き殺そうと延びてくる鋭い岩の針など何度も驚き、感心した。ある時は、魔法を一つだけではない。多重詠唱と表現すればしっかりくるだろう。複数の魔法を同時に使い俺を追い詰めようとしている。それを使い始めてからは、ひと時も息を抜けなかった。
おかしな感情が湧きあがる。
こんな生死の境の状況で笑いが起こる。
――楽しくて、仕方がないのだ。
「はぁっ」
怒気を込めて放たれる闇の魔法。もはやそれには最初の勢いと正確性は抜け去っていた。魔法障壁で受け流し、凌いだ。
「何でっ、攻撃しないの!?」
「何でと言われても君に通じる俺の攻撃魔法は無いから。だから撃っても無駄ってのは知ってるから」
「嫌味な男!」
その声と共に闇の魔弾が放たれる。
「無駄だって」
魔法障壁を角度をつけて生み出し、弾く、
「随分と上から見られたものね」
「残念ながら、立場的には同じぐらいだ。お互いに攻撃の手が無いという状況でどうしようも無い。かといって君の方は魔力切れするような魔力では無いだろ」
「その余裕、むかつくわ」
「どうも。ムカついてんのはお互い様だ」
「あら、気が合うじゃない」
「あわねーよ!?」
そんなことを言いながらもしっかりと大魔法が飛び交っている。今の魔法は俺の上の天井を砕き、生き埋めにしようと企んだ一撃だった。魔法陣を消すことでどうにか対処する。俺が少しでも魔法の意図を理解し損ねた瞬間、俺は負ける。実際俺に向けた魔法でなくても天井や地形を利用して攻撃してくる魔法が山ほどあった。それらを自分に向かったものでは無いからと見過ごしてしまった瞬間に殺される。これが戦いなれた魔法使いの戦い方か。
俺のミスを誘うようないやらしい戦い方。もはや、この域の戦いになると読み合いと言った方が良いのかもしれない。一つでも読み違え、処理を間違えると負け。そういった高次元での戦いが起こり、自分がそれを行っていると言うのは驚きだった。
この目が無ければ、俺はこの戦いをする事ができなかっただろう。易々とやられていたのは明らかだ。この目があるから戦える。目の恩恵を改めて自覚した。
――不意に、目が痛んだ
気のせいだ、と気にしないようにして魔法戦を続ける。相変わらず怒涛の勢いで使用される魔法。目の事を気にする暇なんて無いんだ。
――鼓動のたびに、視界が揺れる
恐らくこれはレッドシグナル。痛みと言う形で目の使用をやめろと体のセンサーが訴えかけている。だが、今やめれるか!?
――視界が赤く染まる
どうにか魔法を避ける。見て、理解するのもやっと。痛みなどに脳を使うスペースなど無いんだ!
――プツンッ
テレビの電源を切るように、視界が暗転した。
意識はある。おかしいのは視界だけ。
――――目が見えない
――――視力を失った
魔法を食らう。食らったのはおそらく魔弾。それを直撃。
「がはっ」
地面を跳ねて転がる。呼吸が止まり、息ができなかった。
「うふ、うふふ。あはははは」
余裕に満ちた声で笑いが上がった。
「あら、あらあら? どうしたの? はやく立ちなさい? 立たないと、死ぬわよ。うふふっ」
言葉と同時に強大な魔力を感じた。俺を確実に消そうとする魔法だろう。どこにそんな余力があったのかと思う。今までで一番多くの魔力を使っている。古代魔法の系譜だろう。俺が今そんなものを目の前にできる事は……何一つ無かった。
「うふっ。それじゃあ、バイバイ。また逢えたらいいわね」
――『闇の息吹』
膨れ上がる闇の魔力の奔流が俺を襲った。
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