第十四話 怒りと火事場そして開眼
「気になる?」
突然現れたその魔法使いに、動揺を隠せない。かなり高位の魔法使いと遭遇してしまった。まさか、狼とすれ違ったとでも言うのだろうか。あの狼に限ってそんな事は無いと思う。狼の目を掻い潜ってここまで来たのだろう。
「ねぇ、聞いてるんだけど」
男にしては高い声。もしかしたら、子供なのかもしれない。そういった人物像の把握から行うため慎重に言葉を選ぶ。
「そりゃ気になるさ。それよりも、気になることがある。どうやって此処まで?」
「そりゃ簡単だよ。普通にここまで歩いてきただけ。あの犬の嗅覚にもひっかからないようにね」
「芸当だな。俺には無理だ。で、何しに来た?」
「そりゃあ、目的は一つでしょ。邪魔者を見に来たんだよ。こそこそと動き回って、出会っても殺すんじゃなくて眠らせるだけ。甘いネズミが居たから何するかと思っていれば、まさか魔法陣を消されちゃうとは思わなかった。何で?」
「……何が?」
「何で殺さなかったの? 敵でしょ?」
「殺すまでも無いと判断しただけだ。見つかるつもりも毛頭無かったからな」
「ック、あれでコソコソしてたつもりなんだ。それに、とってもきれいな考え方」
バカにするような笑いが癪に障る。気持ちの悪い笑い方。人の感情を逆なでするのは得意らしい。しかし、おしゃべりな性格は好都合。魔眼で相手のステータスを把握する。
「なーに見てるの?」
――ステータスが、見えない。
こんな事始めてだ。それに俺が見たことをしっかりと把握している。
「あ、当たり?やっぱり、解析の魔法を使える魔法使いかと思ったけど、解析は能力だったか。なるほど、面倒くさい。殺しとこうか」
その瞬間、大きな揺れが起こる。恐らくはこの洞窟の奥で狼と何かが戦闘を行った余波だろう。
「やっぱり、一瞬しか持たないか。あの役立たず」
役立たずと罵ったのは、恐らくは仲間の事だろう。あの顔に傷のあるリーダー格の男。どうも言葉が奇妙に感じた。
「……仲間だろ?」
「まさか。面白そうなことをするもんで、ちょっとだけ手伝ってただけ。まず、ニンゲン程度と同レベルと見ないでほしいわ」
「つまり、自分は人間では無いと」
「この恰好取っているとしょうがないか。しょうがない、どうせあなたすぐ死ぬでしょうし見せてあげるわ」
魔法使いが黒く深い闇に飲み込まれる。飲み込まれたというよりは体から湧いて出たというような出方だった。嫌な予感と恐怖が湧く。徐々に姿を元に戻しているのだろう。あるいは変装の魔法を解いているだけかもしれない。が、時間がたつたびに刻々と感じる魔力の量が増え、空間を支配する。
闇が晴れ、現れたのは妖艶な雰囲気を纏った黒い髪の女。黒い髪と対照的に肌は雪のように白く、黒いドレスがさらにそれを引き立てている。上品さの中に妖艶さを踏まえた、艶やかな女。ただしその身に含む魔力は尋常じゃない量。
「うふふ、怯えないで。可愛らしい」
その姿になった瞬間雰囲気も大きく変わった。まさか、男と思っていた魔法使いが女だったり、そして人では無かったりと混乱が大きい。
そしてまずいことに何らかの魔法をすでにかけられている。
目を見た瞬間、体の自由を奪われた。俺の視界は常に女の目を見続けている。赤い瞳に捕らわれてしまったかのようだ。
「そんな真剣に見つめられると、恥ずかしいわ」
一歩、一歩と寄ってくる。俺はその間、指の一本も動かすことができなかった。
細い腕が俺の首に回った。息のかかる距離まで顔を近づけられる。
「良く見ると、可愛いじゃないの。もったいない。食べちゃいたい」
唇を下で舐める動作に、理性が負けそうになる。肉薄するまでに近づいたために感じる豊かな胸の柔らかさや、女特有の甘ったるい匂い、そして妖艶な仕草が俺の男を刺激する。
まずい。これも魔法だ。寸でのところで高ぶる自分の感情に違和感を感じた。もう少しでこの女を押し倒しそうになる衝動に歯止めを聞かせる。理性が負けてしまいそうになり、唇を噛んで立ち直らせた。
「まぁ、すごい。頑張るのね。従った方が良い事できたのに」
惑わされるな。
自分への戒めを強めて、念じる。
転機とならないかと、スキルを発動して少しでも情報を得ようとするがそれは叶わないでいる。何故だッ
「あなた、普段人の事は見るくせに自分が見られる事は考えていないの?ダメよ。それじゃ。常にみられる事を意識しないと。それとも、その能力があなただけの力だって自惚れちゃった? うふふ」
この女、俺の頭の中を読んでいるのか。俺が頭で思ったことに口で答えている。
「そう、正解。ビックリした? 大丈夫。好きな子とかは、思い浮かべなきゃわからないから、思い浮かべちゃダメよ? あら、あらあら。うふふ」
「うわああああああああああ」
殺せえ、殺してくれぇ……
ダメだと言われるものを、そのままでスルーすることはできなかった。ダメと言われればつい、想像してしまうのが人間の本能なのでは無いだろうか。
「綺麗な子。スタイルも良いわ。戦ってる様子が思い浮かべるって事は冒険者ね。こんな子に優しくされちゃそりゃコロっと惚れちゃうわよね。わかるわ」
心を静めて、想像を止める。この女のやる事に良い事は一つも無い。
「……ふう」
「あら、残念。もう少しでこの記憶奪えたのに」
クスクスと笑うその様子はイタズラをしたような表情で、やっていることはイタズラで済むレベルでは無い。
「つまらないわね、あなた。でも面白い」
圧倒的な力の差、力量で劣り、言葉の戦いでも数段劣る。これが今の現状だ。いつも頼り切りの天眼の力が使えないだけで冷静になれなくなる自分が情けない。
「少し、私と踊りましょう。ほら、構えなさい。面白かったら生かしてあげる」
密接していた体を離して、距離を取る。
魔法戦を行おうという事だ。
「お先にどうぞ」
先手必勝、不意を突かせてもらう。
「フレイムバレット ラピッドファイア」
弾速を更に上げるように改良した炎弾の魔法。詠唱時間も発動もさらに短くなり、発射速度も速いこの魔法。不意を突かなくても避ける事はできない一撃を見舞う。それも、数百発と言う単位で撃ち続ける。
小さな爆発とはいえ連続して起こるのだ。大気は震え、爆発音で鼓膜がいかれそうになる。
撃ちやめた頃には、土埃が舞い女の姿は見えなかった。
そんな視界も風が吹き一気にクリアになる。女が風を起こして視界をとったのだ。
「速いだけね。全然ダメ」
お返しと言わんばかりに、女が魔法を放つ。それは雷撃の魔法、視認はできた。できた、が、避けられるはずが無いッ。
雷が我が身を襲い、思考が停止する。気が付いたら地面に倒れ、足は自分の意志と反して痙攣していた。
焼け焦げた匂いだけが鼻をつく、まさかそれが自分から発されたものだとは思わなかった。
「あら、まだ意識あるの? 意外に丈夫ね」
自分の体に治癒の魔法をかけ、どうにか動けるようになるまで回復する。
気になるのは女の行動。どうやら、俺が回復するのを待っていたというように、余裕の態度で待ち構えていた。
「まだできる? わぁ、格好いいわ」
再び、立ち上がる。
余裕を噛ます女に一矢報いたかった。それが何でもいい、魔法の一撃でも顔を殴る事でも良い。ただ、それだけだった。
「オイッ!? 大丈夫か!?」
入口に居たのは、あの狼だった。良かった。無事にエルフの少女――ニーナって言ったっけ――助け出せたんだな。
「あら、逃がさないわよ」
女が鎖を手にした。再びアイツを拘束する気なのだろう。何としてもそれはさせん。
「ファイヤーウォール」
部屋の入り口を塞ぐように火の壁を作った。この女に効果があるかは正直わからない。けれど、視界を塞ぐことはできた。
「来るんじゃない。荷物抱えてさっさと逃げろバカ犬」
炎の向こうに呼びかけた。
「すまねぇ。恩にきる!」
すぐに気配が遠ざかるのがわかった。これで一つ、安心した。
「やってくれるじゃない」
女の顔から、余裕が消えた。いや、怒りを露わにしたために余裕と言う仮面がはがれたのだ。やはりあの手の拘束の魔法具の性質上、視界が重要になるのは知っていた。それを使っただけだ。
「グレイプニル」
鎖が現れ、俺の四肢を束縛する。
体に力が入らない。
まるで鎖に力が押さえつけられているかのように、力が出ないのだ。おそらくはこの鎖の能力の一つなのだろう。本当に厄介な品だ。
「やっぱり、あなたかなり極端な魔法使いね。攻撃の術は多く知っているのでしょう。それに、かなり術も考えられている。だけど、防御がなってない。だから易々と雷の初級魔法も食らうし、自分の心も読まれる。情けなーい」
自分でも、その一面を知っていた。が、それをあえて言葉にされると中々くるものがある。おそらくはそれを狙って言葉にしているのだ。
「あまりにも弱い。自分の力すらうまく使えず、頼りの能力がなければ無力。ああ、情けない。こんな弱い魔法使いに期待する人はよっぽどの見る目の無い人ね。そう、例えばあの犬やそれに、あの子よ」
誰を指しているのかは、一瞬で分かった。
「あの冒険者の綺麗な子。かわいそうだわ。雄として優秀とは言い難い子に期待を寄せてしまってるんですもの」
自分の事ならば、まだ耐えれたかもしれない。
「あの子も、それだけの冒険者って事よね。その程度ならば冒険者やるよりも娼婦として体を売った方がお金も稼げるでしょうし。うふふ」
あまりの怒りに、思考がクリアになる。怒りは思考を犯すものだと思っていたが、度を越した怒りは思考をクリアにし体に活力を与えるらしい。
これが、怒りの力か。大切なものを汚された気分になり、未だに胸の奥底から熱い炎が湧き出る。
――応えろ
怒りの感情は素晴らしい。こんなにも力を与えてくれる
――応えろ
力を奪われた筈の体に力が宿り、まだ戦えると言う
――応えろ
怒りが俺の原動力となって、体から魔力が溢れ大気を揺るがす。
あまりの魔力の多さに俺自身が驚く。俺の体のどこにこんな魔力が潜んでいたのか。おそらくは、火事場の馬鹿力のように何らかの拍子で自分の限界の枷を外したのだろう。それが死の淵や怒りといった感情がトリガーとなるだけの話だ。
ゆっくりと目を閉じる。そこに一番力を感じた。魔力を集め、注ぎ込む。
――目を開く
――情報が頭になだれ込んで来た。
お読み頂きありがとうございます。




