第十一話 囚われた狼
リアルではない。それだけはわかったけれど、妙に現実のような場所。ああ、わかった。俺は今、夢を見ている。
夢と言うのは、夢と分かるものだ。そしてその中では芝居や演劇以上に奇妙な内容が繰り広げられる。この夢もどうせそうなのだろうと思っていた。
場所は……どこかわからない。時刻は夜、深い雲が立ち込める中でも満月が世界を照らしている。その視界の中、銀色の光がチラついた。
崖の上、そこをよく見たいと思うと視界がそこをアップに抜き出した。
こいつは、何だ。
存在が異端だ。
俺の目に映ったのは、白銀の大狼。
蒼い瞳が光に反射し美しく光るが何かを見据えている。何を見透かしているのかと疑いたくなる。
ただの狼では無いという事はわかった。ただ、それが何でかと言われるとうまく答えることができない。神聖やカリスマそういうものを狼の中に垣間見たのかもしれない。
――オオオーンッ
気高く鳴いた。俺の耳には叫んだように聞こえた。来い、と何かを呼び出したように解釈する。
狼は何を見ているのだろう。
その答えが現れた。
森に隠れて見えなかったが、そこに穴がある。おそらくは洞窟。そして、そこからいくらか人が出てきた。その数は五人。
あれは、冒険者じゃないか?
剣を携えた男が四人、そして杖を持った魔法使い風のこれもまた男だ。その五人が穴倉から出てきた。根城にでもしているのだろう。
気になることがある。おそらく、この狼は咆哮により接近を伝えたのだ。でも、何故? 襲う前に宣戦布告をする習慣があるのだろうか。まさか、魔物がそんな理解を持つとは思えない。
魔物に出会った冒険者は当然、その討伐にかかるだろう。しかし、両者の間にはかなりの距離がある。ここで動いたのはやはり魔法使い。超遠距離といわれるレンジでも攻撃できるのはここでは魔法使いだけなのだ。
魔法使いが詠唱を始め、魔法を完成させて使用する。
オオカミが足場にしていたのは、崖とは言え岩の上。その岩が鋭利な針となってオオカミを貫かんと突く。ロックニードルの魔法だ。詠唱が早く、狙いも正確。良い腕をした魔法使いだ。おそらくそれなりに腕をもったチームなのだろう。
オオカミは自身を貫こうとする針を避ける事もしなかった。ただ、意に介さ無いという様子ですべてを食らっている。
いや、いや!?それはダメだろ!?
オオカミは為す術無く貫かれた。そう思った、が違った。その様子は変わらず、全てのロックニードルを受けたにも関わらずダメージは入っていなかった。高い魔法抵抗能力が誇る技だ。この銀狼はかなり高位の魔物だろうと予測がつく。
魔物は高位になればなるほど、その知能が上がり能力も高くなる。魔法を完全にレジストするほどの高い魔法抵抗は初めてみたが竜のウロコを思い出してほしい。あれも似たような事を起こす事ができる。並みの剣ではその強靭なウロコを貫く事ができず、剣が刃こぼれする。そして魔法を撃とうが、その衝撃は竜に伝わるかもしれないが、かなりの大部分はウロコに防がれてしまうのだ。
それに似た現象が目の前で起こったのだ。おそらくは知能も高い。魔物という分類には入るだろうかもしれないが相手にしたくないものだ。
だが、冒険者はそれを狩ろうと目論んでいる。
魔法が聞かないという事はわかってもなお動じず、冷静にオオカミと対峙する。この冒険者たちはどう動くのだろうか。
男のうち一人が弓を構えた。矢を放つ。その矢は放物線を描き、オオカミ、では無くその足場に当たった。下から上へと矢を射がけたものだから、外してしまったのかと思った。その瞬間、オオカミの足場が爆発した。あの矢は爆発の魔法もしくはそれに似た魔法をかけていたのだろう。そして狼では無く足場を奪った。高低差があるままに対峙するのを嫌ったのだろうか。
男のうちの人が、ここで何か口にした。他の男は頷き各々、距離を取って待ち構えている。間違いない、今発言をした顔に傷がある男。あいつがこのチームのリーダーだ。よく纏まっている。
爆発の余波で視界を悪くしていた土煙が晴れる。
オオカミは空中に制止していた。
地面や何かとの接点は無い。完全に空中で制止しているのだ。この狼の四肢は風を掴みそれに乗る事ができるらしい。
「ニンゲン。今なら許してやらん事は無い。さっさとニーナを返しやがれッ」
銀狼が言葉を口にした。完全に言語理解し操っている。俺の知っている魔物と明確な差異があった。どういう事なのだコイツは。この狼は一体何なんだ。
「あのガキか。断る。あれは俺らの商売道具だ。奴隷として働いてもらう。ックック、まぁ子供とはいえ女だ。今から仕込めばさぞ良く奉仕してくれるだろうよ」
下種な笑いが上がった。人間の側から、それが上がってしまった。
俺は何と言う思い違いをしていたのだろうか。魔物を無条件に敵と考えてしまっていた浅はかさに腹が立った。
今の話を聞いて理解する。この狼は誰か攫われたのだ。それを追いかけてきたのだ。おそらくニーナという少女。それがオオカミをここまでさせる理由なのだろう。
オオカミが怒りを露わにする。牙をむき出しに、目を大きく獰猛に見開いた。
「貴様ら、全員殺してやる」
銀の閃光が走る。空中を縦横無尽に、人の目では追えないような速度で肉薄する。その動きは微かに光る軌跡のみで把握できた。
一人、やられた。
いきなり吹き飛ばされて、少しの痙攣をした起こした後に動かなくなる。
こんな速度、どう対処するのだろうか。
これは完全にオオカミ側のワンサイドゲーム。銀狼はただ高速でヒットアンドアウェイを繰り返し行えば、それだけで決着は着く。それは誰にも止められない。人の身では、何をされたかもわからないだろう。
だが、この状況下におけるこの男たちの落ち着き様は何だ。仲間が一人やられ自身の命をも危険にさらしているというのに、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべているのが気持ち悪い。何だ、何を企んでいる。
魔法使いが動いた。どこかから取り出したのは一つの魔法具。鎖の魔法具だった。
――何を、しているッ!?
一人、オオカミにやれらた仲間がいた。そいつに魔法をかけていた。詳しくはわからない。だがそれは、おぞましい魔法。まだ微かに息のある仲間は、それで絶命していた。
まるで生命力を吸い取るがごとき魔法。
――こんな魔法が、許されていいはずがない
俺の胸に怒りが湧く。一人の魔法使いとして、禁忌を犯したであろう魔法使いに腹が立たないわけがなかった。
無心に狼の立場にたって応援していた。友人、知人を攫われ、それを取り返しに来たのだ。俺の判断の中で、正義はこの狼にある。
「貪り食えグレイプニル」
地面から太く、強大で禍々しい鎖が生えた。それは一心に狼を狙い追いかける。しかし、易々と捕まる狼では無かった。持ち前の速度をいかし、鎖を振り切ろうとしている。鎖は、どこまでも伸びてどこまでも追いかけていた。次第に速度を増していく。オオカミは逃げようとしていた姿勢を変えた。この魔法の元を絶てばいいと気が付いたのだ。すぐさま魔法使いへと方向を変え、高速で襲いかかる。
皮肉にも、それは読まれていた。堅牢な岩で作られた大きな壁がオオカミの行く手を遮ろうとしていた。オオカミは空中で制止し、再び距離を取ろうと下がろうとしていた。だが、皮肉な事だ。今まで避け続けていたせいで鎖は際限なく伸びており、それは地面はおろか空中に網のように張り巡らされている。包囲されてしまっていたのだ。追い詰められていた。なおも逃げようとして、無理やり鎖の合間を縫い逃げようとした所で誤って鎖に触れる。その瞬間鎖は収束した。銀狼の体に巻きついて完全に四肢を拘束してしまった。
「オオオオオオオッ!!」
悲痛な、自分の無力を告げる叫びが夜の闇に木霊した。
お読み頂いてありがとうございます。
何となく空を見上げれば良い月が笑っていました。そこから触発されて、今回登場するのは月が似合うイメージを持った狼のお話でした。