第十話 フレンドリーファイア
「遅い」
真っ赤なドレスのような服に着替えて、今から戦いにいくために髪をまとめ上げているカーネリアに言われた。
「これでも急いだつもりだったんだよ。髪をまとめるとイメージ変わっていいね。けどツインテールは少し幼く見えるかな。俺は好きだけど」
「うっさい! あんたの好みなんて誰も聞いてないわよ!」
「ごめんごめん」
いつもの言い合いは挨拶のようなものだ。
あまり転移の間で長居するのも気が悪く、依頼と目的だけ伝えて転移の間を離れる事にする。
「ふうん。要は倒さずとも捕えればいいのね」
「でもそれって一層大変じゃないの? ただ倒すよりも手間がかかるよね」
携帯ゲームでも、モンスターを倒すよりもゲットする方が大変だった覚えがある。
「特に問題無いでしょ。あたしが抑えておくから、あんたがその魔法具で捕えなさいよ」
「わかったよ。でも、ちょっと魔法具使う時って楽しいよね」
「覚えたての魔法使う時に似てるのかしら。せいぜい外さない事ね」
「大丈夫でしょ。そんな難しくないし。当てるだけでしょ」
「……どうだか」
カーネリアは何か思う所があるのか心配しているようだ。そんな使い勝手の悪い魔法具でも無いし心配することも無いと思うんだけどな。
転移の間を離れ、17階へ着いた。
この階の床も壁もゴツゴツとした石でできており、足場が良いとは言えない。その上足音は大きく、耳の良い魔物ならば聞こえてしまう。そしてこの階にいる魔物は決して耳の悪い魔物では無いために足音で居場所がばれて待ち伏せされるような事も発生してしまうのだ。
カーネリアもそれを把握したらしく「ふーん」とつれないような言葉を発した後「レビテイト」と唱えて魔法を発動させた。
――その手があったか!
わずかに足を地表から浮かせる魔法。飛ぶわけではないが、風を足場にしているかのように数センチ程度浮いている。これで歩きにくさも地形効果も関係無くなるのだろう。カーネリアに習って俺も魔法を発動させた。
「流石に場馴れしてるね。思いつきもしなかったよ」
「ハァ……一応魔法使いなんだから、色んな魔法勉強しときなさいよ。というかあたしもこういう魔法を教えなかったのが悪いんでしょうけど。良くこの階まで平気だったわね」
「うーん。あんま覚えてないけど、強化魔法で身体能力上げてゴリ押ししてたよ。最速でフロアボスの所まで行って、適当に魔法撃って次―って」
「そんな動物的な戦い方もここまでよ。少し頭使って優位に立ちなさい」
「……善処します」
場数を踏んで体で覚えていかなければ。いつまでもカーネリアが心配するからなあ。
天眼を使用して魔物の動きを把握する。この階のサーベルタイガーという魔物はあまり活動的に動くわけでは無く、座ったり寝たりしている事がおおいように見受ける。実際敵がくると野生の勘と言う奴で戦闘態勢に入るものだからたちが悪い。
その中でも制しやすそうな一体を発見し、それに目標を定めた。
移動し位置につく。
「この先に一体居るよ」
「あたしが動きを制限するから、その隙に捕えなさい」
「おっけー」
再度簡単な打ち合わせをおこなってから、通路を曲がった先に居る敵を目視した。
横になって、大きく腹を上下させながら寝ているサーベルタイガー。幸いにもこちらの様子には気が付いていないらしい。カーネリアの詠唱でバレるかと思ったがそれは杞憂だった。すぐにカーネリアの魔法が完成し、後は発動するだけになる。
「ねぇ、あの魔物寝てるならそのまま捕えるのはダメなの?」
「万が一、近づいていく時に気付かれると接近戦を苦手にする俺は分が悪い」
「それもそうね」
カーネリアが魔法を発動させる。敵との距離は目測で20メートルといったところ。ここまで離れると俺が発動する魔法だと命中率はかなり落ちる。恥ずかしい話だが狙いがあまり良くないんだ。だから小範囲魔法よりは中範囲、広範囲に及ぶ魔法の方が使い勝手が良いんだよなあ。後は弾数を武器に下手な鉄砲数撃ちゃ当たるを地で行くフレイムバレットとか。これは威力は小さいけど、かなり速度と数にこだわった魔法だからそれなりに有用な魔法だ。この前もサーベルタイガー一匹仕留めるために数百発撃ってたらあまりの爆音で魔物が寄ってきて大変な目にあった。
カーネリアが詠唱を済ませていた魔法を発動する。
狙いはぴったり。寝ているサーベルタイガーの周りに炎で描いた円で囲む。
その異様さで起きた魔物は一瞬で戦闘態勢に入るが時すでに遅し。動きを完ぺきに封じていた。無理な強行突破を計るものならば全身火傷で動きは鈍るだろう。流石カーネリア、良く考えられている。
「やるじゃん」
「ふん。当たり前でしょ」
満更でもないと言った様子で鼻を鳴らす様子が可愛らしい。どこか誇らしげだ。
ここまでお膳立てをしてくれたのだから、後は俺の番だ。
手に持つ魔法具であるロープに魔力を少しだけ込める。これで準備は完了。後はこのロープを投げつけるなりして当てればいい。それだけで絡まるように敵の体を捕縛するらしい。
――ガルルルルッ
低い唸り声が響く。この状況で警戒を怠る事無く退治しようと威嚇している。
「ほら、さっさと決めなさいよ」
そう言ってカーネリアは炎の円に近づき、円をより近くでコントロールしている。
ここまでされればもう外すことは無い。俺の投擲物の命中率など関係なく当たるはずだ。
「よし」
言葉で自分を鼓舞して、ロープをゆっくりと投げる。ロープは俺の手を離れ空を舞い向かって行った。
――――なぜかカーネリアの方へ
「へっ? わっ! きゃあああ!」
甲高い悲鳴が上がり、魔法具はカーネリアを縛り付けた。幾重にも重なるロープはその細い体を縛り付け、身動きを許さない。
そしてカーネリアのコントロールが失われた今、魔物に自由が戻った。この好機を逃すはずも無く襲ってくる。
――これはマズイっ
即座に発動させるのは風の魔法。
風の初級魔法で風の塊を魔物へ飛ばし、襲いかかろうと空中へと飛びかかっている体を壁に叩きつける。こんなものでやれはしない。時間を稼いだだけだ。
次に強化魔法を幾重にも自分に重ね掛けして、カーネリアを楽に担ぎ上げて魔物に背を向ける。
「バカじゃないの! バカじゃないの!? バッカじゃないの!?」
感情此処に高まれり。カーネリアが憤慨していた。
「ごめん。本当にごめん」
全力で走りながら答える。後ろを魔物がついてきてしまっているのは音で感じ取れた。
「信じらんない。あんたがまさかこんな事やらかすとは思わなかったわ。もう魔法使いやめなさい。あんたはそれだけの事をしてる。魔法を味方にぶつけるなんて最悪の行為よ」
――フレンドリーファイア
そのまま味方に攻撃を与えてしまう事だ。これは最大の禁忌であるという理由は言わなくてもわかる。俺は今それをしてしまったという事実が重く圧し掛かった。
魔法は範囲も広く制御も一流の魔法使いで無ければ完璧とは言い難い。俺が普段使ってる魔法だって思った通りに狙ったところに飛んでいかない事なんてざらにある。だからこそ気を付けなければいけないのは味方に攻撃に当たる事だったのに、俺はそれをしてしまったのだ。
正直許される事じゃない。場合によっては味方の命を奪うんだ。
「はぁ……もう。やられたのがあたしで良かったわ。いいわね。やってしまった過ちの大きさに気づきない。で、二度しない事。いいわね」
「ああ、心しとく。ごめんな」
一時は怒ったものの、すぐに許しの態度を取れるカーネリアを尊敬する。本当に良い相棒だよ。
「いいわよ。別に怪我してるわけじゃないし。屈辱的な恰好してるだけだから」
「……ごめん」
「いいから!さっさと速度上げなさい!後ろ迫ってきてるわよ!」
そう言われて強化に費やす魔力を一気に増やす。これで引き離せるだろう!
「まだ! まだ足りない! 差が開かない!」
カーネリアがわざわざ後方に身をひねって教えてくれる。
流石に足が速い! 簡単に引きはがさせてはくれないか。
「っちい。安眠を邪魔して怒ってんのかな!」
「そりゃ誰でも起こるでしょ。あたしでも怒るわよ。でもそれだけじゃ無いみたい」
ちらりと一瞬だけ魔物を見た。その様子は怒っていると言うよりは興奮しているようだった。
「あ、わかった。カーネリア、下着の色何色?」
「はぁーーー!? その質問に何の意図があるのよ!? 説明しなさい。わけによってはタダじゃおかないわよ!」
「いやほら、赤い色は興奮させるって言うじゃない。だから下着の色が赤でアイツ興奮してんじゃないかと」
「え、そうなの? だから……って、絶対そうじゃないでしょう! アタシの下着の色より髪とかもっと赤い色はあるわよ!」
「なるほど。 赤か」
「タダじゃおかないんだからーーーー!!」
「あ、勘違いしてた。赤色で興奮するのって牛じゃん。あいつネコだろ。ならネコの本能だ。動くものを追う性質があるんだよな」
「絶対許さないんだからーーーッ!!」
「なんで!?」
その後はカーネリアが真後ろに向かって爆発の魔法を放ちサーベルタイガーはそれで気絶してしまった。
荷物のように担いでいたカーネリアを地面に降ろし、文句を言われながらも魔法具を外して気絶した魔物を拘束した。魔物を持つのは気が引けるのに加えて重い事からすぐに転移の間へと戻る。
「これ、お願いします」
「お疲れ様でした。これが依頼達成の証明書となるので、受付でお見せ下さい」
そういった事務的な手続きを終えて後は受付へと行くだけ、なんだけれど。
「ねぇ、カーネリア。無言で居るってものすごく怖いんだけれど」
「……ふんっ」
とってもご機嫌斜めのようだ。
「あの、魔法具の件は本当に申し訳なく……。二度としないと誓いますので、その」
「もういいわよ」
「あ、もしかして下着の方? 俺はね、カーネリアは赤も似合うけれど大人っぽい黒も良いと思う」
「誰もそんな事で悩んでないわよっ!」
拳が飛んでくるが無条件で受け止める。ぐはっ。
「くふふ。すっきりしたわ」
「あっはっは。ごめんな」
「ええ。だけれどこれは冗談じゃなく二度としない事」
「うん。わかってる。ありがとう」
「……そこでお礼言うのは卑怯よ。怒れなくなっちゃうじゃない」
「悪い悪い」
本当に心には刻み込む。
味方に魔法を当てるのは絶対に許されない行為なのだと。それは取り返しのつかない事になるんだと。
――深く深く胸に刻み込んだ。
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