第一話 出会いそして約束
処女作です。よろしくお願いします。
「殺して」
いきなり現れた少女に、そう嘆願された。
「お願い」
消え入りそうな声で言われる。
その少女自体も、どこか夢幻のような存在感の薄さを持ち、風が吹いてしまえば消えてしまいそうな蝋燭の火のようだった。風前の灯火のよう。
火を連想したのは、この少女の風貌のせいだ。
火を思わせる紅く燃えるような、長い髪。意志の強い瞳に宿った、魅入りそうになる、紅い瞳。
今、俺が何もしなければ、この子はきっと消えて居なくなってしまう。そんな予感がした。
――それは、勿体無い
この少女はこんな所で朽ちてはいけない。
だから俺は殺してという少女に向かって、生きろと言った。
ギルドと言われる冒険者の組合がある。ここには、冒険者に必要な物が揃っている。傷を癒す薬草、迷宮の地図、冒険者に対する依頼。冒険や探索に困ったらギルドへ足を運び、情報や物を仕入れて再び出発する。ギルドというのはおおよそ、そんな所と認識してもらって構わない。
迷宮とは言うのは少し前までは聞きなれない単語だったけれど、今では馴染みのある単語になっている。迷宮へ行く理由は様々だ。探索が目的だったり、未だに眠る古代の宝を求めたり、またはそこに出現する魔物という生物を殺すことが目的だったりする。
「アオイさん」
ギルドの受付に居る受付嬢が、俺の名前を呼んだ。
「こちら、発行したギルドカードになります。ギルドの組合員を証明し、迷宮への探索許可証にもなり、他にもギルドが提供するサービスを受け取る事ができるようになります。迷宮での素材の売買を始めとしてギルドが経営する宿屋等、ぜひご利用ください。万が一、紛失された場合は私共にご相談下さい」
「ご丁寧に、どうも」
「それでは、アオイさんにご武運があらんことを」
受付を離れると、すぐに「次の方」と言う声が上がる。ギルドはいつも人に溢れている。
手渡された、免許証を思わせるようなカードに目を通す。名前はもちろん、年齢、そして自身の強さを表しているステータスが描かれている。大まかに身体能力を構成する筋力や敏捷などの項目にわかれ、それぞれに数字で自分のスペックが目に見えるようになっている。その他にもスキルと呼ばれる表記がある。能力や技術または使用できる魔法がスキルという呼称に改められて、明確に表記されるのだ。
つまり、これ一枚を見るだけで自分を正確に把握する事ができる。他者もしかり、ギルドカードを見せてもらえれば、その人がどのぐらいの強さでどのような戦い方をするかわかってしまう。取扱いを慎重にする必要があるのは言うまでも無いだろう。
町のはずれにある人気の少ない公園のベンチに腰を掛ける。
「おい。カーネリア」
「……何よ」
精霊がいささか不機嫌そうな声を上げて姿を現した。
カーネリアの姿は俺にしか見えない。彼女の力が弱まってしまっているため、実体を持つ事ができないからだ。それでも、霊体となって姿を現してくれた。零体にもなっていない状態があり、その時は俺も何をしているか知る術はない。
「言われた通りにギルドカードは手に入れたよ。数字が書いてあるんだけど、これってどう?俺、強い?」
隣からギルドカードを覗き込んで来るカーネリア。
「うわぁ、ひどい」
侮蔑を含んだ声で言われる。
「どういう事!?」
「わかりやすく言ってあげる。身体能力は少年レベル。だけど、魔法使いとしてなら問題無くやっていける、かな。って!? 魔力もだけど、この知識の数字どういう事よ!?」
「なになにー、俺、頭悪い?」
「バカだけど知識は豊富って事がわかっただけよ」
「いま、褒め言葉と罵倒を同時に受けたよ、こんなの初めて」
何よこれ、とカードに記されている俺の極端に低いか高いかという数字に悩んでいた。
「予定通り、俺が君を使役するって事でいいかな。カーネリア」
「仕方無くね、仕方無く。本当はあんたみたいなバカで、弱くて、ちっぽけな人間の魔法使いなんかに使われる精霊じゃないんだからね」
「よし、契約続行決定。君の条件は、力を取り戻す手伝いをすることでいいね」
「契約ってのは、対等な立場で行われるものでしょう。あんたの条件も言いなさいよ。与えられるだけってのは居心地悪いの」
カーネリアの言う通りだ。両者に益をもたらす契約にしようと考えて、思いついたことを口にした。
「俺を、一人前の魔法使いにしてくれ。元いた世界から、この世界に来たっていうのは前言ったと思う。世間知らずな俺だけど、生きていくためには何かしら力が必要だから、俺に魔法を教えてくれ」
「わかった。約束する。でも、あくまであたしのためなんだから! あんたのためじゃないんだからね!」
「はいはい」
「ムカツクッ」
実体が無いために、叩こうとしている姿もすべて俺の身体をすり抜けて衝撃は無い。
「ははは。無駄無駄」
「実体化できるようになったら間違いなくまず殴る。何と言われようとあんたを殴る!」
「じゃ、早く殴ってもらえるように頑張らないとな」
「うわ、気持ち悪い」
「そう言うなって。ほらほら! 対等な契約とはいえ、俺から魔力をもらってるカーネリアはまだ俺無しじゃ生きていけないだろー」
「うっさい!バカーッ!」
「あっはっは」
半透明な小さな体で一生懸命に俺を攻撃しようとしている。俺はカーネリアに魔力を分け与えている。そうでなければ、カーネリアは消滅してしまうのだ。何でも弱くなりすぎて自分の体も維持できないという事だそうで。彼女には彼女なりの理由があるのだろうと思って詳しくは聞いていない。だけど、カーネリアが力を貸してくれることもだが、この世界で一人ではないという事がすごく頼もしく感じることができる。
俺はもともと、日本で大学に通っていた。その日々が続いていくと思っていたが、突然、何もかもを捨ててこの世界に飛び込んでしまった。今いる世界はあまりにも、元居た世界とかけ離れていた。魔法があり、魔物がいて、迷宮があり、精霊がいる。何一つとして見るまでは信じられなかった。だけど、慣れた。それがこの世界の常識なのだと。それに適応せねばと。
この契約で助かったのは、俺の方だと言いたかった。
カーネリアとは出会って数日だが、常識や知識的な面でも俺を支えてくれている。
そういった感謝をこめて、口にした。
「カーネリア。俺、頑張るから」
「あっそう。勝手にすれば?」
……可愛くねえ!!
「はぁ」
一つため息をついて、気持ちを切り替える。
「行くか。迷宮へ。行けば何かわかるんだろ」
「たぶんね。あたしの力を感じるの、何階はわからないけど必ず迷宮にある」
「最下層は未だにわからない迷宮、か。悪いな、一階からだからすごい時間がかかる。それに、途中で死ぬかもなー!」
「大丈夫。あんたが死んだら次の奴に乗り換えるだけだから、安心して死んでいいわよ。それに精霊と人間は時間の感覚が違うのよ。あんたみたいな人間の一生は、精霊にとっては一瞬よ」
「ひどい事言ってるよ! それ!」
「死なない程度にゆっくりでいいから、頑張りなさいって事よ。察しなさい、バカ」
「わかったよ。頑張るよ、俺」
「はいはい。ほどほどにね」
そう言って街の中心にある、迷宮へと足を運んだ。
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