99, 久良川惣社の御守りについて
「どういうことでしょうか?」
「相坂さんは普段、とても自然に能力を使っている。それは相坂さんの外見そのものが魔法みたいにほかの人を捉えてしまうからだけれど、そんなふうに、ほかのひとに対してごく自然に影響を与える能力でも、きちんと因果関係がある。相坂さんと出会ったこともないひとが相坂さんのことを好きになるわけじゃないし、すれ違っただけで誰もがみんな能力の支配下に置かれてしまうわけでもない」
「ひと目で、ということはあると訂正しなければならないです」
相坂さんが憂鬱そうに付け加えた。つまりはそういういことが過去にあって、それを思い出すことはあまり気分のいいことではないみたいだった。
相坂さんは自分の可憐な容姿をしっかりと自認しているけれど、それをむやみやたらに外面に出したがらない一面もあった。それでも、たぶん一目惚れで相坂さんの虜になってしまう男のひとがいたのだと思う。
僕は頷いて、話を続けた。
「以前、僕や僕の友達の双嶋くんが相坂さんの能力にかかったこともあったけれど、それは相坂さんのクラスメートだったからだ。つまり、相坂さんに近いほど能力が強いわけでもある。そうなると、僕は相坂さんの能力は、ソナーみたいに相坂さんを中心として発せられているんじゃないかと思ったわけ」
「そうなるとどのようなことを考えなければならないのですか」
「うん――、まず、相坂さんの能力が人混みのなかでは使いにくいということ。これは当たり前だけれど、相坂さんのことを見ることができなければ、相坂さんが可愛いかどうかが分からないんだ。
それなら、いま相坂さんは僕に不思議な能力が使われていると言っていることは、この人通りの多いお祭りのなかで、目に見える範囲に犯人がいるということになる」
「いるのでしょうか?」
相坂さんはちらりと僕に一瞥をくれたけれど、僕はあっさりと首を横に振った。
「もちろん、いないよ。さっき僕が相坂さんの能力を心配したけれど、この暗がりで、お祭りのなかでたったひとりの人間を見つけるのは簡単じゃないよ。できるとすれば、人間離れして夜目が利かないといけない。
ただ、それだと相坂さんが『僕に能力が使われている』というのはおかしいんだ。僕のことを監視するとしても、それは僕自身が能力の影響を受けているわけじゃなくて、能力者が自分の能力を使っているだけなんだから……。まさか、複数の能力者が僕たちのことを狙っているわけじゃあないんだよね?」
「もちろんです。弱い能力を複数の人数で頭割りしてしまえば、それはもう、聡太に手を出すことすら敵わないと言わなければなりません」
これも相坂さんなら間違えることがない事実だった。単純な能力の強さという面でも信頼の置ける相坂さんだけれど、空間を支配してしまうという相坂さんの能力の側面も、この場所に強力な能力者がいないという証拠だった。
それなら、僕が考えられる可能性はもうひとつしか残っていなかった。
「じゃあ、僕自身のどこかがおかしいんだ。相坂さんが違和感を持つようなことが僕の中にあって、何らかの影響を及ぼす原因があるんじゃないかなと思うんだ」
「でも、聡太自身がおかしいというわけではないと言わなければならないのです」
もちろん、僕自身は自分のことをおかしくなっているなんて思っていなかった。意識もはっきりしているし、誰かに操られているつもりもなかった。
「僕の心身に影響を及ぼさないような能力なら、僕に使われている能力がそれほど強くないものだということと整合的だよ」
「そのとおりだと言わなければならないのです……」
相坂さんはじいっ……と僕のことを見つめた。
自分のことではあるんだけれど、僕自身はさっぱり心当たりがなかった。本当にいま僕は異能の力を使われているんだろうか?
分からない。
でも、僕の代わりに答えを出してくれたのは相坂さんだった。
「そうでした、聡太」
「どうしたの?」
相坂さんは近くのリンゴ飴の屋台に近寄ると、二本買って片方を僕に渡した。その表情はちっとも深刻そうでなくて、すこし考え込んでいた僕はどこか安心することができた。
相坂さんは指揮者のようにリンゴ飴を振り回しながら、楽しそうに言った。
「ここは神社でした。お祭りなので、すっかり忘れていました」
***
いつしか、僕は相坂さんがとても不思議な目をして僕のことを見つめているのに気がついた。どうしてなのだろう……。そのことは僕には全く分からなかった。
ううん、それは正しくなかった。
僕は相坂さんがどうして僕のことを見つめているのか、その事実そのものが分からなかったんだ。僕の目は、相坂さんの言動が不自然なことを捉えていたけれど、それよりもどこからか聞こえてくる祭りの音頭や、笛の音や、電柱同士を結んでいる提灯明かりや……そういったものを捉えて離さなかったんだ。
「聡太」
不意に、僕は名前を呼ばれて振り返った。
***
「聡太」
不意に、僕は名前を呼ばれて返事した。
「どうしたの、相坂さん」
「この七倉本町にはとても多くの能力者がいるわけです。それは聡太が考えているよりもたくさんの人たちの暮らす町で、聡太がこの春夏に目にしたように、たくさんの独特の風習があると見なければなりません」
「うん、きっとまだまだたくさんあるのだと思う」
僕は目の前を歩く相坂さんを見失わないように注意しながら歩いた。
相坂さんは社のほうに向かって歩いているようだったけれど、実際は人通りの途切れた合間を縫うように進んだので、どちらに向かっているのか判然としなかった。
「ここは神社です。久良川惣社、わたしはあまり詳しくないと言わねばならないのですが、七倉菜摘に尋ねればとても歴史のある神社だと説明してくれるでしょう。
さて、神社といえば祓いや禊ぎと呼ばれる神事と強い関わりがあります。穢れを取り除くわけですが、これは異能の力と無縁ではありません――この久良川においてだけ、ではありますが」
「ひょっとして、能力を祓うことができるの?」
僕は思わず声を大にして尋ねた。相坂さんは僕のほうを僅かに見返しただけで、人混みの中でお互いを見失わないようにしながら歩き続けた。
「そのとおりです。異能の力を無効化する能力……それが存在しているのです。もっとも、誰がそのような能力を持っていて、それがどういう原理でそうなっているのかはわたしは知らないのです。でも、惣社で売られているお守りにはそのような効き目があると耳にしているのです」




