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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
14,相坂しとらの逆理逆説
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97, 相坂さんのちょっとした忠告

 相坂さんは小さな巾着を取り出して、手の中でもてあそんだ。なんだか、僕の目には特にその仕草がとても可愛らしく写った。


「そういうわけですから、七倉菜摘にはお土産話を持っていかなければならないのです」

「うん、そうだね」


 まだ空は明るいと思っていたけれど、8月の暮れの空は僕が思っていたよりも早く、夜のとばりが降りようとしていた。まだ夏はちっとも終わろうとはしていないけれど、少しずつ昼の時間は短くなって、虫の音が鳴る夜の時間が長くなっていた。

 道の両脇には提灯がともり、七倉のバス停や、久良川の町じゅうから人が集まり始めていた。僕は相坂さんを見失わないように気をつけながら、久良川の惣社に向かって歩き出した。


***


「可愛いね」


 ちょっとだけ照れくさくなりながら僕が言うと、相坂さんはふんわりと笑った。道の両脇には提灯が並び、とてもたくさんの人が久良川の神社に向けて流れ始めていた。僕はその流れの渦が、わずかに弱まった風の吹き溜まりのような場所で、相坂さんと一緒に立ち止まっていたんだ。

 僕はぱたぱたと内輪を振りながらキョロキョロと周囲を見回した。周囲にはいくつもの露店が並んでいて、夜になっていてもとても明るかった。けれども、道行く人の顔は不思議と見分けがつかなくて、僕はどこか知らない空間に迷い込んでしまったかのようだった。


「どうしたのですか?」


 相坂さんが尋ねたので、僕は曖昧な相づちを打った。


「うん……」


 僕は気もそぞろで、どうにかしてこの人混みの中をくぐり抜けないといけないと思っていた。僕は相坂さんの巾着を持っていない方の手を握りしめて、また前に歩き出した。


***


 人の流れに逆らわないで歩いたから、僕たちはすんなりと神社の境内までたどり着いた。惣社はこのあたりで最も大きな神社で、今は町中にほとんど吸収されてしまったけれど、それでも大きな敷地と立派な社屋を抱えた大社だった。

 もっとも、僕はこの久良川に引っ越してきてからというものの、社には来たことがなかった。なにしろ、僕がいつも往復している家と高校からは方向がまるで違う。もしも惣社に来ることが多ければ、僕は高校に入学するよりも前に七倉さんのことを目撃くらいはしていたに違いない。

 それは相坂さんにしても同じことで、相坂さんが通っていた中学も惣社からはかなり離れていたんだ。

 境内の開けた参道までたどり着くと、相坂さんは僕の目の前に躍り出て、くるりと一回転してから上目遣いに僕を見上げた。


「聡太、どこから巡りましょうか」

「うーん、そうだなぁ……」


 僕は腕組みをして悩むようなつもりでいたけれど、すぐに相坂さんがその体躯のわりには想像もつかないほどよく食べることを思い出した。


「せっかくだから、何か食べようか」


 相坂さんが猫みたいな目をして、巾着をくるくると振り回した。

 お祭りだと言っても、町中のことだったから派手なパフォーマンスのようなものはなかった。小さな花火くらいは打ち上げてくれたかもしれないけれど、それよりも僕たちは食い意地が張っていた。焼きそばだったり、フランクフルトだったり、鯛焼きだったり、相坂さんがぱくんと食いついてしまうものはたくさんあった。

 指についた食べかすを舐めとる相坂さんは、なんだかとても楽しんでいるみたいで僕はとても安心したんだ。


「どうしたのですか?」


 相坂さんは僕の顔を見て、それから可愛らしく小首を傾げた。


「ううん、なんでもないよ」


 もちろん、僕は相坂さんに心配されるようなことを考えていたわけじゃなかった。なんとなく、新学期に入ると相坂さんがこうして楽しそうにしている姿が、またあんまり見れなくなるんだろうなと思って、それが少し残念に思っただけで。

 けれども、相坂さんは僕のことがなぜか気になったみたいで、僕の周りとくるくると回って僕のことを背中から観察したり、左手のほうからじいっと見つめたりした。


「な、なに?」

「ん――」


 相坂さんはなかなか事情を説明してくれなかった。

 もちろん、こんなふうに相坂さんがそのちょっと猫っぽい目で僕を見つめるときは、僕にどこかしらおかしいところがある時だったから、今回もまた僕のどこかで能力の影響下にあるんだと思っていた。

 でも、相坂さんは唇をとがらせながら僕をひとしきり観察した後で、結局首をひねった。


「よく分からないと言わなければならないのです」

「分からない?」

「なんとなくおかしい気はするのですが」

「でも、何かの能力の影響を受けている?」

「だと思うのですけれど」


 これは僕にとって安心するようなことだけれど、相坂さんの口調や様子には、まるで深刻そうなところがなかった。少なくとも、僕の身に危険が迫っているから今すぐにでも犯人を見つけ出さないといけない! ……というわけではないみたいだった。


「ほんの微かです。けれども、誰かが聡太に能力を使っていることは確かです。もっとも、あまりにも弱すぎて影響を及ぼしているとはいえませんから、放って置いても良さそうです。でも、聡太は覚えていてもいいと言わなければならないのです」


 相坂さんの言葉にはかなりの信頼があった。今まで外したことがない。もちろん、相坂さんだって、どんなことでもできてしまう万能の魔法使いというわけではないけれど。


「せっかくですから、お祭りが終わるまでに答えを考えると嬉しいです。そうすると私も考えなければならない、という心配をしなくて済むからです」

「うん――、といっても何のヒントもないようじゃどうしようもないけれどね」

「まあ、何も分からなくてもいいのです」


 相坂さんは目を糸みたいにして笑った。


「聡太が考えていると言うだけで私は安心ですと言わなければなりません」


 相坂さんはそう言うと、またくるくると踊るように回った。せっかく相坂さんに教えてもらったことだけれど、相坂さんにすらほとんど分からないような、ほんの些細な能力が相手じゃ、僕は手の出しようがなかった。

 ただ、僕ができるとしたら相坂さんの言葉を意識しておくだけだった。そして、ひょっとしたら相坂さんか、それとも僕が何かのきっかけに気がつくかもしれないということを期待するだけ。


 うーん、それにしても心当たりがないなあ……。

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