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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
13,ふたりの七倉さん(後日修正予定)
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92, 楓さんの答え合わせ

 そういえば、七倉さんは起きたばかりで朝食を摂っていなかった。僕たちはそれまでに分かったことがひとつまとまると、食堂へと足を運んだ。


「分からないことはたくさんありますが、司くんは本質的なところを見抜きました。楓さんもきっとびっくりします」

「そうかなぁ。楓さんは何が起こっても動じないような気がするけど」


 京香さんを部屋から呼び出したあと、七倉さんはふわふわと歩きながら言った。さっきは京香さんのことを疑って推理をした僕たちだったけれど、


「楓さんがそう見えるからこそです。そもそも、司くんは何の力も持っていないのに能力に気づいたことだけでもびっくりするようなことなんです。この世界が現実とは違う空間だなんて、本当なら絶対に気がつかないことです。むしろ、気づかれたら相手は絶対に怒り出してしまいます。軽々しくは使えない能力のはずなんです」


 その理屈はすぐに理解できる。もしも僕が能力のことを何も知らないとして、その僕を異空間に閉じ込めたとしたら。

 おそらく、ほとんどの場合は結界なんて信じられないだろうけれど、時間が経つにつれて不審に思うことは増えていくだろう。そして、もしもその事実に気づいたら良い感情を抱かないと思う。外に出られない閉じた世界に閉じ込められて、喜ぶひとはたぶんいない。


「ただ、この館全体が異空間だという証拠はあるのですか」


 僕たちの会話を黙って聞いていた京香さんが、慎重に僕たちに尋ねた。


「楓さんが出られないとおっしゃられていたこと、この館から出るための手段、とくに跳ね橋を動かす機械室をこれまで目にしていないこと、私たちの能力が抑えられていることなどが証拠です」

「申し訳ございません。本来ならば私が気づくべきところでしたのに」

「楓さんの能力もきっと抑えられていたでしょうし、楓さんにはこの島にいる誰もが敵いません。だから、京香さんが気に病む必要はありません」


 京香さんは七倉さんに謝罪してから、優雅なドレス姿で七倉さんの後をついて行った。それを見て僕はなんとなくだけど引っかかるものを覚えた。

 なぜだろう。もちろん、京香さんの格好におかしいところはないし、姿形も同じだ。ひょっとしたら、都さんが京香さんに化けているかもしれないという不安感がそうさせているのかもしれない。ただ、京香さんが本物かどうかを見分ける術はなかったし、もし偽物だったとしても今の僕たちにとって害があるのかどうかも分からない。

 食堂では、まるで僕たちが来るタイミングが分かっていたみたいに、楓さんと恋ヶ奥さんが待ち受けていた。たぶん、僕たちの行動に関する情報が漏れていると思う。


「何か分かりましたか?」


 楓さんが和やかな様子で尋ねてきたので、僕たちは気楽にテーブルに着くことができた。


「楓さんに確かめたいことがあります」


 僕が何か言う前に七倉さんが切り出してくれて、細かい説明も含めて全部七倉さんがしてくれた。随所に、僕が気づいたことに関して「すごいです」とか「司くんがいなければ分かりませんでした」とか付け加えるので、僕は少しだけ気恥ずかしかった。間違っていたらどうしよう。

 七倉さんが説明をしている間、楓さんは目を閉じて、僕たちが分かったことの説明――この世界が楓さんの作り出した異空間であることを聞いていた。傍らには恋ヶ奥さんがいて、冷めた目をして七倉さんのことを見つめていたけれど、当の七倉さんはそれを咎めるようなことはなかった。

 自信はあった。けれども、楓さんから返ってきた言葉はひと言だけだった。


「……不足です」

「間違っていますか?」


 僕はびっくりして聞き返したけれど、楓さんは首を横に振った。 


「いいえ、この世界が異能力によって作り出されたことは正しいです」

「それでは、何が足りないのでしょうか」


 楓さんは七倉さんに一瞥を与えてから言った。


「司様が気づかれたことはお見事だと思います。異能の力を持たずして、ご自分が能力の影響下にあることをお気づきになられることは、容易なことではないとお察しいたします。その推察どおり、この空間は異能の力による影響を受けています。

 いまこの館をたたきつけている雨は、その空間の証拠です。この館の敷地では、今日も私たちがよく知る、この国の至る所で見られる八月らしい夏空が広がっております。もちろん、大規模な低気圧が襲来したにもかかわらず、恋ヶ奥さんや式島さんが何の準備もしていないわけではありません。それは、嵐などというものが到来していないからです。

 また、この屋敷の四方が険阻で、いまその全ての経路が封鎖されていることは、この館の土地全体がひとつの箱になっていることも確かです。やはり、この島の高台に建てられた館の立地は、ひとつの結界を形作るのに好都合でした。

 もちろん、あからさまに特殊な状況を作ることによって気づかれやすく意味もあります。これは趣向です。いにしえの七倉の城を想定いたしました」

「なつ姫さまの時代の再現でしょうか?」

「再現などというほど忠実ではありませんけれど。でも、久良川の陣屋と重なって、私は気に入っています。もうひとりの菜摘もそのようなことを申し上げましたでしょう?」


 それは昨晩の偽物の七倉さんが、あの和屋敷が久良川本町の七倉さんの家に似ていると言ったことを指しているのだと分かった。きっと、ぜんぶ楓さんが教えたことだったんだろう。楓さんは昔、七倉さんの家に頻繁に出入りしていたらしい。


「それらは全て正解です。でも、私が拝見しますと、未だにおふたりはこの異空間から抜け出したように見えません。司様がそこまでお気づきになられたのなら、抜け出さなければ」


 楓さんは口元を袖で覆って、小さく笑った。僕には分からないけれど、とても面白いことだったみたいだ。ただ、楓さんの言うことはもっともだったけれど、僕は困ってしまった。

 分かっているけれど、僕自身の力だとどうやっても抜け出せない。

 そして、それができるとすれば僕の隣に座っている、七倉さん以外にいなかったんだ。

 七倉さんは楓さんのことをじっと見つめていた。それは七倉さんが楓さんの余裕に怯むような目ではなくて、楓さんの真意がどこにあるのかを察して、自分がどうすればいいのかを考えているように見えた。


「では、私が鍵を開けることができれば、楓さんから司くんに謝って頂けますか」

「謝る?」

「はい、司くんは勝手に能力の影響下におかれました。もちろん、司くんは異能の使い手のことをご存じですし、私たちが能力を使ってもあまり怒られないです。でも、本来ならば司くんを勝手にこの館に閉じ込めるような力を使うことは、七倉の力を正しく使っているとは言えないはずです」

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