09, まるで異世界のような非日常の世界
「相坂さん」
相坂さんはゆっくりと顔をあげた。
「なぜわたしがあなたと話さなければならないのですか」
どうしてこんなにも相坂しとらは冷たいのだろう。せっかく話しかけたというのに、僕はすぐに180度回転してさようならしたい気分になった。相坂さんも、そんな様子だけでもう視線を手元の本に戻してしまう。他人との会話なんて優先順位がひどく低いんだろう。
「何もないのなら時間の無駄です。あなたの頼みを聞く義務も義理もないのです」
「待った。相坂さん、昨日は何も言わずに僕を連れ出したじゃないか。その代わりに、今日は僕の話くらいは聞いてよ」
相坂さんはあからさまに大きく息をついて、ノートを勢いよく閉じた。
「話さなければならない状況は、嫌いです」
とりあえずスタートラインには立てたみたいだ。慌てて僕は会話をつなげる。
「ええと、昨日はありがとう。僕、七倉さんと会う約束をしていたんだ。急に……連れて行かれて困ったけど」
いきなり話を悪い方向に持って行った気がする。
人付き合いの悪い相坂さんが話を聞いてくれたことといい、今日はなんとなく僕に対して友好的といえないこともないのだけど、好意的とはとても思えなかった。僕も相坂さんに好かれることをした覚えはないから当然なんだけど。
「昨日は動転していたと言わざるをえないのです。それよりも、七倉菜摘のことはもう知っているのですよね」
「どういうこと?」
「七倉菜摘に聞かされましたから」
僕は頷いた。
「相坂さんは七倉さんのことを知っているの?」
「彼女がわたしと同じだということは。それから、延々と聞きたくもないようなことを聞かされました。いえ、聞かざるをえない状況にされました。うんざりです」
相坂さんは溜息をついてから、僕を上目遣いで見つめてきた。視線に刺すようなものを感じた。
「七倉菜摘とつきあっているのですか」
「まさか。でも、ちょっとした捜し物につきあってもらっているんだけどね」
相坂さんの質問に答えながら、僕は相坂さんの様子が、普段目にしている彼女のものとは全然違うことに気づいた。彼女はこんなに雄弁ではないはずだ。
相坂さんの整った顔が僕を見据えた。背の高さは全く違うのに、寒々しいくらいに迫力を感じる。なんだろう、これ。
「けれども、あなたは七倉菜摘に簡単に心を動かされたのですね。どうせ美人というだけで首を縦に振ってしまったのです。それではあなたはあなたではなく、七倉菜摘の手先とほとんど同義にすぎないのです」
「手先?」
相坂さんは静かに続けた。
「あなたは聞くべきだったのです。聞かねばならなかったのです。あなたが何を言われたのかは知りませんが、わたしがあなたに協力しなければならないという決まりはないし、そのつもりもないのです」
協力とはどういう意味なんだろう。僕が七倉さんを頼ることがそんなにもイヤなことなのだろうか? いや、そんなワケがない。
けれども、相坂さんの声が耳の中を反響するたびに、彼女の感情が頭の中に流れ込んでくるかのようで、僕は逃げるどころか反論することもできなくなっていた。
「あなたは知らなければならないのです。思い知らなければならないのです」
また妙な話し方だ。僕の脳内で警告するものがある。
この言葉が絶対におかしい。どうして相坂さんはこんなにも僕に対して命令をするのだろう。
「わたしは干渉されたくないのです。いえ、干渉されてはならないのです。だから、わたしはあなたのように七倉菜摘の下にはつかないのです。ついてはならないのです。あなたのようにならないために」
僕は手にじっとりと汗をかいていることに気づいた。その手を握り直して、ようやく僕は自分の体が元に戻ったように感じた。なんだろう、今のは。
そして、相坂さんからもさっきまでの近寄りがたい雰囲気が消えていた。
「とはいえ、あなたはわたしに話しかけてきた以上、手ぶらで帰るわけにはならないと思うのです。なにか成果を持ち帰らなければならない」
僕はさっきまで心の中で相坂を疑っていたことを反省した。なんだ、話してみたら分かってくれるじゃないか。
「そ、そうなんだよ! といっても、僕は相坂さんに何をすればいいのかも分からないんだけど、七倉さんは相坂さんをどうにかしようなんて思っていないよ。だから、せめて話だけでも聞きにいってみてよ。ほらっ、昨日はいきなり帰っちゃったしさ」
「あれは七倉菜摘が司聡太に用事があったのに違いないですから」
なぜか七倉さんには因縁があるみたいだけど、無愛想だから誤解を生んでしまうのかもしれない。よく考えてみたら元々の原因は僕の持っている祖父の箱だ。それを開けてほしいだなんて面倒なことに関わり合いになりたくないのは当然で、僕だって七倉さんの助けがなければ、相坂さんに話しかけることだってやらなかったに違いない。
だから、僕は彼女の気持ちが分かったような気分になったんだ。
相坂さんは少し考えてから平坦な声色で言った。
「責任を負わなければならないというのはとても辛いことですね、司聡太。七倉菜摘を巻き込んだのですから」
「う、うん。そうだね……」
そうだ、僕は七倉さんを巻き込んでこんなことをやっている。ひょっとして同情されているのだろうか?
相坂さんの声はとても綺麗に聞こえて、不意に僕はこんな彼女と会話しているのが楽しくなってきた。クラスの男子でもこれだけ話したひとはいなかった。
でも、彼女の話すその言葉はどこか深淵なものがある気がする。
「この世界は誰でもそうなのです。責任は、押しつける人間と負わなければならない人間とに分かれているのです。強者は弱者に押しつけ、悪人が何も知らない善人に押しつけるものなのです。とても不条理で、不愉快なのです。けれども、誰かが責任を負わなければ世界はうまくまわらない。そうでなければならないのです。仕方ないことです」
ひょっとしたら、僕はいまとんでもない相手とコミュニケートしようとしているのかもしれない。話は合わせておくけれど。
「それは……、まあ、そうかもしれないね」
「あなたも、理解しているのかどうか分からないけれど、わたしの様子を探ることを頼まれたせいで、失敗をしたら責任を取らされるのです。取らなければならないのです」
僕はこっそり苦笑した。
ほとんど初対面の相手にこんな話をするようじゃ、クラスメートにほとんど話しかけられないのも無理もないよなあ。とはいえ、面と向かってこんなことを話されると僕もちょっとだけ考えてしまう。
たしかに、誰もがみんな責任なんか取りたいとは思わない。背負い込んだとしてもプラスかマイナスでいえば絶対的にマイナスだ。
「七倉菜摘も、あなたに私を説得するという責任を押しつけたのです」
「それは……違うよ。そりゃあ、僕だって全てを理解しているわけではないけれどさ、七倉さんはとても一生懸命だから、僕も応えたいと思っただけで。それに、責任といっても僕がどうにかできないほど重い責任でもないよ」
もともと何をすればいいのかも分かっていないけれど、僕は七倉さんに助けられている。七倉さんは僕を過ぎたくらいに褒めるから、ちょっとだけ責任を感じてしまうことはあるけれど、それでも僕は七倉さんの期待には応えたいと思っている。
相坂さんはわずかに頷いて応えた。
「分かっています。それで彼女が喜ぶのならと引き受けたのですね。いえ、引き受けなければならなかったのですね。それは理解できることなのです。責任といっても私の説得などできないことではないと考えるのは理に適っているのです。それで七倉菜摘の笑顔が見られるなら安いものだと考えるのも」
相坂さんは僕の考えていることをまるで見透かしているようだった。もっとも、僕は僕なりに正直に日常を送っているつもりだから、推測するのも簡単なのかもしれない。
そう思うと、七倉さんなら相坂さんの反応くらい推理できたんじゃないだろうか?
七倉さんは、相坂さんが僕と手を繋いだことに怪訝な表情をしていた。それから僕に相坂さんのことを推理してほしいと言った。でも、相坂さんはそれに答えるつもりはない……。こんなことくらい、推測できそうなものじゃないのだろうか?
じゃあ、相坂の件を依頼された僕は何なのだろう?
責任だけ押しつけられたということなのかな?
不安になる僕を前にして、けれども、相坂さんは落ち着いた声で答えた。
「心配しなくても、その責任はわたしが負ってあげます、司聡太」
「えっ……」
「説得する責任を背負わなくていいということですよ」
「つまり、七倉さんのいうことを聞いてくれるの?」
「期待どおりになるとは限らないですが」
思いがけない返事に、僕は自分の耳を疑ったくらいだ。話は遠回しだけど、相坂さんは相坂なりに僕の立場を考えてくれていて折れてくれた。
「ありがとう! 相坂さん、助かるよ」
僕は手を取って分かち合いたいくらい喜んだ。
なんだ、話しかけづらいだけで、相坂さんはとってもいい子じゃないか。
僕は胸のつかえがおりたような気分になった。相坂さんの頼みとあれば、どんなことでも聞いてあげたいような気分だ。
「その代わりに……といってはなんですが、別のモノを負ってもらえますか?」
相坂しとらが微笑んだ。
――微笑んだ?
「本当に何も聞かされていないのですね、司聡太。もっとも、七倉菜摘が何を知っているというわけでもありませんが、それでも、あなたはもう少し聡明になるべきです。ならなければならないのです。でないと、足をすくわれるのです」
強烈な圧迫感を受けた。そのせいで、僕は思わず顔を逸らしてしまう。
強い風が吹いてきたみたいだ。そんななか、相坂さんの声だけが明瞭に聞こえる。
とても楽しそうな声が。
「ああ、そうでした。まずは場所を変えなければならないのでした。先ほど私は言いました。『この世界では責任を取らなければならない』と。それはさっきまでの世界でなければならないのです。もう、この世界とは違う世界なのですから」
僕はもっと相坂さんの言葉遣いの違和感に注意すべきだった。
僕は、これまで相坂さんのような女子を何人も見てきたつもりになっていた。話したことがあるかどうかは別にして。そして、僕みたいにクラスの隅で座っている、物静かな人種だと思っていたんだ。
それは間違いだった。
相坂さんは普通の女の子じゃない。
七倉さんと同じように。
初対面の男子を手を繋いででも連れ出そうとする女子が、普通の女の子であるワケがない。
だから、相坂しとらのことなんて、僕はすっぱり忘れてしまうべきだったんだ。相坂さんが僕に気があるなんてことはあるわけがない。手を繋いだ理由なんて本当は何だっていいはずだったんだ。入学して数週間で僕に恋をする女子なんているわけがない。
僕の知っている常識的な世界では、ごく平凡な男子はごく平凡に生きていくべきであり、七倉さんがどんなに綺麗なひとでも、そんなひとが僕に頼み事をするなんて何の裏もなしにありえないんだ。
「ここはもう、責任をとらなければならない世界ではないのですよ、司聡太」
相坂さんは歌うように宣告する。
「だいたい、何の意味もなく命令形で話をする女の子なんて、常識的にありえないのです。そんな特別な話し方をするのなら、何かの意味がなくてはならないのです。そうでしょう?」
僕は気がついた。相坂さんは問いかけているように話をしているけれど、実際にはそれは命令なのだということに。
「わたしに干渉するのなら、ひどい目に遭わなければならないのです」
風が止んで、やっと僕は落ち着いて周囲を確認することができた。
当然だけれど、そこには教室の風景がある。
ただし、僕と相坂しとら以外には誰もいない教室が。
僕が相坂さんに話しかけたのは放課後の教室だった。別にひとがいない時間を見計らってもいないし、むしろ他の生徒がいてくれたほうがなんとなく安心できたくらいだ。
けれども、今は誰もいない。
それに、僕には直感的に先ほどまでいたフツーの世界とは違う場所なのだということが分かった。どうして分かったのかは説明できないのだけど、少なくとも、口元だけで微笑している相坂さんを目の前にしたら、まともな状況じゃないのは確実だった。
「どうせ、わたしやあなたは教室の中では目立たない存在なのです。神隠しに遭ったくらいでは気づいてもらえないのも道理なのです。あなたがそんなにも落ち着き払っているように見えるのもその証拠です。どこか冷めていて、感情を表現するのが苦手なのです。だからこそ地味でいなければならないのですが、わたしは不満です。あなたにはあなたの置かれている状況をきちんと理解していなければならないのです」
そう言うと、相坂さんは左腕を掲げて、夕暮れを映し出した窓にかざした。
それから、ぽつりと一言。
「割れなければならないのです」
正確には、相坂さんの声は最後まで聞き取ることができなかった。だから命令形の部分は僕の補完だ。語尾の部分が聞こえる前に教室の窓が、衝撃波を受けたように一斉に破砕した。
「うわっ!」
僕は思わず叫び声をあげてしまう。手で顔をかばう。
ガラスの粉じんがあたりを舞って、爆発音が耳を襲った。
けれども、痛みは無かった。
恐る恐る目を開けてみれば、ガラスの破片は窓のすぐそばに散乱していたけれど、それらが僕に降りかかることは一切なかった。
彼女は満足げな様子ですらあった。
「この世界では、わたしが命令をすれば、何にでも影響を及ぼすことができるのです」
いやいやいやっ、いくら相坂さんが一筋縄ではいかないといって、僕を異次元に連れていって謎の能力バトルをするなんて聞いていない! しかも相坂さんの思い通りになる不思議空間なんて!
そんなふうに動揺したところで、お約束どおり僕は頬をつねったんだ。痛い。
「残念ですけれど、夢ではないのです。というよりも、勝手に夢ということにされて逃げられても困るのです。わたしはこれでも嘘や間違ったことを言っているつもりではないのですから」
次に試したのは、教室から出ることだった。
僕は相坂さんに構わず、いつもそうしているみたいに扉に近づいて開けようとした。
開かない!
強力な接着剤で塗り固められたみたいにびくともしない。だいたい、さっきまでこの扉は開いていたはずなのに、鍵が掛けられているどころか完全に固定しているみたいだ。
誰だ、僕と相坂が教室に残っているのに外から鍵を掛けたのは! と思って内鍵を探ってつまみを回してもひとつも手応えがない。
窓にも同じことをしたが、だめだった。
相坂さんはそれを見て面白そうに言った。
「あなたは、わたしと話さなければならないのではなかったんですか?」
僕はだんだんと怖くなってきた。
こんな、こんなことがあってたまるのか。
いま起きている状況を考えると、相坂さんは実は空間を操る不思議能力者であって、この教室に閉じ込められているのはその能力を使用されているからだ……なんてことになる。
七倉さんが言っていたよりも、ずっと能力の幅が広い。
僕はひとまず脱出を諦めて相坂さんに向き直ってから、つとめて冷静に訊いてみた。
「相坂さん、きみはなにものなの?」
「とてもふつうの女子高生にちがいないのです。たしかに、七倉菜摘にすれば強力な能力者に見えるのかもしれませんが」
僕は咄嗟に考えて言った。
「ひょっとして、相坂さんは空間を操る能力を持っているの?」
「3割くらいは正解ですが、残り7割はハズレ。愚かしいことにほとんど的外れですね。まず、わたしの力ですけれど、空間を操るなんて曖昧で非現実的な能力ではないに決まっています。わたしはただ単に、正直に言葉を翻訳しているだけなのですよ」
「翻訳?」
「ごまかしを無くすということなのです。この世界の言葉は曖昧な表現にあふれているのです。もっと勉強をしないと受験に合格できない、という言葉は、とにかく勉強をしなさいという命令です。なのに、後者を使うのは両親くらいのもので、赤の他人である教師は前者の言葉を使います。これと同じようなことがそこらじゅうで溢れかえっているのです。本当は命令しているだけのことを、ただぐだぐだと長ったらしく言うだけの、たいへんムダなことをですね」
僕も何度となく言われた言葉だ。たしかに、それは命令に近い言葉なのかもしれない。
「たとえば、セールスマンが客の選んだ商品よりも高い商品を、こちらのほうがいいですと薦めるのも、実際には命令のようなものです。どうせ自分のお給料が高くなるのだから、客にこっちを買えと命令しているのです。詐欺師はもっと悪質なのです。彼らは笑顔と話術を駆使しているのですからもっと悪いのです。それから、医師がたくさんお金のかかるお薬を薦めてきたら、それは命令だということはあなたにも分かりますね。医師に反論できる患者なんていませんから。そうやって人間は自分の欲のために他人を命令して従わせようとしているのですよ。そして、騙されて従わされた人間は、お金のために働かなければならないのです」
既に、相坂さんの顔から笑みは消えていた。
相坂さんの手はぎゅっと握られたまま、かすかに震えている。それで僕は、相坂さんがとても怒っているのだと分かった。
「わたしが七倉菜摘に、あなたを連れてきてほしいと言われたときの気持ちが分かりますか」
僕にはその気持ちは分からない。
「司聡太を連れてこい、と言えばいいのです。司聡太を連れてこなければならないと。それを言えない人間は嫌いです。わたしは連れて行ってやりました。無理矢理に手を引いてね。手を繋いだのは七倉菜摘へのあてつけだったのです、司聡太」
僕は思わず訊いた。
「……どうして七倉さんをそんなに嫌っているの?」
「七倉菜摘がわたしに話しかけてきたときも、わたしの力を貸してくれと言いました。それは明らかに命令です。七倉家は名家なのです。その権力を使って、わたしのように何の後ろ盾を持たない人間を入らせようとしているのです。もう分かったでしょう。わたしはそういう手を使って、他人に命令をする人間が、この世でいちばん嫌いなのですよっ!」
それはほとんど叫び声に近い声だった。
なんというべきか、とても場違いなところへ来てしまったような気まずさを僕は覚えてしまった。
なにせ、相手は空間を操ってしまうくらいに「命令」をしてしまえるのだ。その能力が物理法則を無視しているうえに、とてつもなく非現実的なのはこのさい目をつぶろう。本当なら、僕は驚喜して相坂にその能力の仕組みとか使い方とかを聞きたかった。
なのに相坂さんは僕がうらやむような能力を持っていながら、それを喜んでいるようには見えなかった。
こんなこと聞いていないって!
「これで七倉菜摘との縁も切れると思ったら、今度は司聡太自身がわたしの所へ来て、無理をして顔に笑顔なんか貼り付けながら同じようなことを言っています。だからわたしは怒っているのですよ。当然のことでしょう?」
いまや相坂さんは僕に対して敵意をむき出しにしていて、説得なんかできそうもなかった。
「あなたはわたしの世界から出て行けなければならないのですっ! いますぐにっ!」
今度はなんのモーションもなく、教室内が嵐のようになった。風なのか衝撃波なのかは分からないけれど、僕は一瞬で吹き飛ばされて、教室の壁や床にたたきつけられ、椅子や机が飛び回って僕を恐怖させた。
なんていうむちゃくちゃな能力だ、反則だ!
そんな抗議もできないくらいにもみくちゃにされて、意識が飛びそうになる。
目も開けていられない。唯一分かるのは、相坂さんがこんなことを言ったということだけだ。
「次、同じことをしたら、わたしはあなたを殺さなければならない。不幸な事故によって。それが嫌ならばあなたは沈黙を守らなければならないのです。わたしの素顔を見たひとは、みんな」
平凡な日常を送ることだけが生きがいの僕に、そんな殺害予告なんか発しないでくれ!
僕は相坂さんに何か言おうとしたけれど、それができないままに気を失った。