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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
13,ふたりの七倉さん(後日修正予定)
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85, 3日目の朝

 翌日も朝早くに目が覚めた。昨晩のことが気になっていたし、昨日もそれほど遅い時間に床についたわけではなかった。朝の身支度をしながら、どのくらいの時間に食堂に行けばいいのか考えているとノックの音が聞こえた。ひょっとすると、恋ヶ奥さんか式島さんが時間を教えてくれるのかもしれないと思ったんだけれど、そこにいたのは他でもない楓さんだった。

 いつもと同じように着物に身を包んでいる。楓さんは、僕が扉を開くと深々とお辞儀をして、とても不思議なことを言った。


「おはようございます。司様、今日は昼間のうちから雨になりますから、何かお調べになることがございましたら、午前中のうちになさってください」

「ずいぶんいい天気に見えますけど……」


 この日も真夏らしい雲ひとつない晴天だった。太平洋上にあるこの島では、8月は雨の降らない厳しい日照りばかりが続くみたいだった。もちろん、水平線の向こうまで入道雲も見えない青い空が広がっている。


「ええ」


 けれども、楓さんはにこやかな表情を崩さないで続けた。


「でも、午後にはひどい雨が降り出しますから、屋敷の外に出ることは難しくなるかと存じます。今日は部屋でおくつろぎになったり、菜摘と一緒に遊ばれるなどされるのが良いと思います」

「分かりました」


 もちろん、それはとても不思議な物言いだった。いつも楓さんの言葉には説得力のようなものがあって、的を射たことを言っている。だから、雨が降ることもきっとそのとおりなんだろう。ただ、ひょっとすると、楓さんが雨を降らせるのかもしれないと思った。


「そういえば、楓さんの知り合いが出かけていたはずですけれど、雨が降っても大丈夫なんですか?」

「都でしたら今日の朝早くに館に戻ってきました。でも、都はとても変わっておりまして、司様にはなかなか挨拶をすることができないかもしれません」

「……姿を変えることができるからですか」


 楓さんは頷きも首を振りもせず、にっこりと微笑んだ。


「司様がお考えになっているとおりです」

「そういえば、都さんがこの屋敷に戻ってくるには館の前の跳ね橋を下ろさないといけないはずですけど、夜のうちに跳ね橋を下ろしたんですか」

「いいえ、跳ね橋はそう自由に下ろすことはできません。夜間は安全のために向こう岸に警告灯を灯して通行止めにするように設備が整えられております。暗闇の中で坂を上がってきた車が谷に落ちてはいけませんからね。それに、昼間に跳ね橋を上げるときには菜摘にも知らせますから、司様が気づかないうちに跳ね橋が上がっていることはないでしょう。

 ですので、都はもうひとつの道を上がってきました。跳ね橋の脇の崖にある、小さな通路のことです。かなりの悪路ではありますが、天気が良い日が続けば歩くことはできるのです。ただ、本日は雨が降りますから、その道も使用することはできなくなります」

「都さんは奥の部屋にいるんですか?」

「いいえ、今は出かけております。屋敷のどこにいるのか……、もしよろしければ司様もお考えになってください」


 一応、楓さんは僕に問いかけたわけではないけれど、それは楓さんからの新しい課題に違いなかった。楓さんはそれだけのことを告げ、早朝に僕の部屋を訪ねたことを詫びて、自室へと戻っていった。

 たぶん、僕が目覚めたことを分かっていてこのタイミングで扉をノックしたんだろう。何の根拠もないけれどそう思った。

 カーテンの外から漏れる朝日をもう一度見たけれど、まるで雨になるとは思えなかった。けれども、僕はもう今日は館から離れる気にはなれなくなっていた。それに、この館はかなり広かったから、楓さんの言うとおり屋内でくつろいでいても何の苦にもならなさそうだった。


 楓さんが去ってから10分くらい室内で考え事をしてから、僕は前に読んだ推理小説を思い出して、この館と屋敷の敷地内の見取り図を書き残すことにした。そのために、まず僕は館の外に出て都さんが歩いてきたという海側へと降りられる通路を調べないといけない。

 僕は食堂に寄る前に館の外へ出て、跳ね橋の右手にある、館から海側へと降りる細い階段を見つけた。


 その通路の状態はあまり良いとはいえなかった。遠い昔には踏み固められてられていたのかもしれないけれど、長い時間の経過によって風化したり崩れてしまったりしている部分がとても多かった。それに、石段はところどころ壊れていて、破片が転がって谷底に落ちてしまった部分もあった。通路は一人が歩くには狭くなく、谷底の方向も崖ではなく斜面なので、大きく体勢を崩さなければ落ちてしまうことはない。


 けれども、雨が降れば歩くことはできないように思えた。足元が滑って歩けないような箇所があるし、海岸までは少なくとも30分はかかる距離があるはずだった。実際、館の敷地からは海を見下ろすことはできたけれど、港までは見ることができない。


挿絵(By みてみん)


 この館はほぼ四方を急峻な崖、または傾斜で囲まれている。出口は3カ所あるけれど、そのうちひとつの跳ね橋は上がったままだ。ふたつめの入り江は、出入りの困難な海なので除外していい。みっつめの山路も雨天では使用できないし、晴天時でもかなり厳しい道のりになっていた。


「役に立つかな……」


 書いてはみたものの、僕はこれをアテにしていたわけじゃなかった。

 たとえば、昨晩、和屋敷の中で僕が見たふたりの七倉さんの姿を思い出しても、僕は七倉さんの正体について何の手がかりも得られないことが分かる。


 まず、僕と一緒に和屋敷に入った七倉さんが偽物だという可能性はありうる。たとえば、玄関の扉に鍵が掛かっていたかどうかを僕は確認していない。屋敷の中では鍵の掛かっている場所はなかった。それに、もし鍵が掛かっていたとしても、楓さんが前もって開けることが可能だ。ニセモノの七倉さんは楓さんの跡を追っていくだけでいい。


 もちろん、楓さんと話をしていた七倉さんがニセモノだという可能性もある。ただし、その場合は僕たちが地下室までたどり着くかどうかが確実ではなくなるので、楓さんの思惑が成功する確率は下がってしまう。もっとも、殺人事件を起こすわけではないから確実を期す必要はないんだけど。

 頭を掻いていた僕は髪をくしゃくしゃにかき乱していた。実は昨日からこのことばかり考えていたからだ。普段なら、もっと早く解決することができていたはずだった。僕自身は何の能力も持っていなくても、楓さんに対抗することができるとしたら一人しかない。


「七倉さんに聞けたら早いのに……」


 たぶん、完全に先手を打たれてしまっている。僕がこれから七倉さんに会いに行ったとしても、その七倉さんが本物だとは限らなかった。変装しているかもしれないひとに、変装しているのが誰かを聞くことなんてできないんだ。

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