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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
13,ふたりの七倉さん(後日修正予定)
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83, 七倉さんと七倉家の地下室

 町中ではない暗がりの中だったけれど、既に闇夜に慣れた目だと、僕にとっても見覚えがある倉の姿がすぐに分かった。もっとも、見覚えがあるといってもここのところ僕が倉を目にしたのは、七倉さんの家にある倉を遠目から眺めたというだけのことだったけれど。

 ただ、だからこそ僕はその倉が七倉さんの家にあるものとよく似ていると感じた。それは、穏やかな土地柄の久良川本町に構えるにふさわしい屋敷だったのだと思う。久良川は雨も雪も少なくて、広い庭や背の高い倉をつくっても、雨風に荒らされることがなかっただろうから。

 その倉がいま久良川から遠く離れたこの島にあることは、誰かが意図したことに違いなかった。もちろん、そこには楓さんの思惑があるに違いない。


「気がつきませんでした。こちらは入り江の方角ではありませんから、館の客室からちょうど死角に入っていたんですね」


 たしかに、こちら側は館とは向きが正反対になっているし、僕たちが滞在している部屋からはとても遠くて見えない位置のはずだ。


「おそらくこれも所有者が七倉家に移ってから建てられたものだと思います。この屋敷はあまりにも本邸に似ています」

「それなら、あの館でなくてこっちに泊まらせてくれてもよかったのに」


 言ってから、僕は慌てて口をつぐんだ。もちろん、僕は七倉さんが普段と同じような暮らしをしたほうが、居心地も悪くないと思ったから、こんなことを言ったのだった。

 けれども、せっかく旅行に来ていたのなら


「だとしたら、誰が何の用事でこの屋敷にいらしたのでしょうか?」

「なにか取りに来るものでもあったのかな」

「どうでしょう」とだけ言って、七倉さんは部屋の中の戸を締めた。屋敷の中はふたたび暗闇が濃くなって、いちど外の明かりを見てしまった今は、またしばらく目を慣らさないといけなかった。

「さっきから感じていたことなのですが、この屋敷には人の気配がしません。久良川の屋敷とは造りが違うとはいっても、この屋敷もそう複雑な構造ではありません。動き回ればどこかで鉢合わせるはずなのですが」

「もうどこか裏口から出たのかな?」

「いえ、そう広くはない島ですから、裏口から出ると虫もいますし足元も良くないはずです。明かりをつけてこの屋敷に入ったのですから、まだ中にいらっしゃるはずです」


 七倉さんはまるで謎解きをするかのようだった。さっきは、ちょっとした肝試しといったけれども、七倉さんはむしろもうこの古いお屋敷にまつわる謎を追いかけ始めているのかもしれない。

 ひょっとすると、恋ヶ奥さんがこの和屋敷に僕たちを近づけないようなことを言ったのも、これが目的だったとも考えられる。七倉さんが見たという明かりは、恋ヶ奥さんが仕組んだ夏の夜のちょっとしたイベントなのかもしれない。


「じゃあ、その明かりの持ち主はどこに消えたんだろう?」

「そうですね……入れ違いになった可能性もありますが」


 七倉さんはぽつりぽつりと呟きながら、廊下の角にある襖を開けた。そこには他の襖とは違って和室はなくて、ただ梁が低い小さな空間に段ボールがいくつか積まれているだけだった。


「押し入れ?」

「いえ、よくご覧になってください」


 天井が低いので僕は頭を低くした。ぶつけることはないだろうけれど、並の背の高さのひとにとっては使いにくい空間だと思った。けれども、半ばデッドスペースになったその場所は、奥でわずかに折れ曲がっていてペンライトで照らすとそこに階段があるのが分かった。


「せっかくですから参りましょう。この階段は地下に続いているんです。一見するとただの押し入れのように見えるのは、そのように見せるために造っているんです。それに、司くんは体が大きいですから」


 もちろん、僕は特別体格がいいわけではなかったから、七倉さんの言ったことは女性と比べてという意味だった。たしかに、僕の肩幅や腕を考慮すると、この通路は窮屈で仕方なかった。いま夏の薄着だからまだ七倉さんの歩く速さについて行けているけれど、厚着になればもっと歩きにくくなるに違いない。


「頭を打たないようにください。この手の通路は女性のからだの大きさに合わせているんです。だから、司くんにとってはどうしても狭苦しく感じてしまうと思います」

「この階段はいったい何なの?」

「七倉の家には隠し部屋があります。財産や、とても重要な書類を保存している部屋です。それは本邸に限らず、七倉家に縁のある施設や土地の多くに見ることができるものです。この隠し部屋は、ほとんどの方にとっては見つけることすらできない場所に造ってあります。注意深く探していると見つけることのできる方もいらっしゃいますが、見つけたとしてもどうすることもできないようになっています。たとえば……この扉です」

「扉?」


 僕たちが立ち止まったのは地下室の通路の真ん中だった。暗いからよく分からないけれど、地下室の壁はつるりと滑らかでとても新しいことがわかる。地上の屋敷は年季の入った木造建築だけれど、地下は僕たちが滞在している館の部屋とまるで変わらない。


「継ぎ目がほとんどありません。それに、能力者にしか反応しないようになっているんです」


 七倉さんが壁を一押ししたのが分かった。押すことができる、つまりそれは扉に違いなかったんだ。


「隠し扉……」

「見かけの上では壁になっています。これは本来、開け閉めをするための扉ではなくて、七倉の力を持たないひとにとっては締め切りの扉なんです」

「なんだか忍者になったみたいな気分だね」

「秘密の部屋です。もちろん、能力が使えない方は立ち入ることすらできません。司くんは、特別です」


 地下はいくつかの部屋に区切られていて、その全てに鍵が掛かっているようだった。そのいくつかは、銀行の金庫で見るような頑丈な鍵だったり、複製できないほどに複雑な鍵穴の付いた扉だった。

 けれども、奥に近づくほど僕が恐ろしく思ったのは、もはや鍵が付いているのかどうかが分からないような扉があることだった。きっとこの扉は、七倉さんと、楓さんしか開けられない。


「……楓さんです」

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