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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
13,ふたりの七倉さん(後日修正予定)
79/140

79, 楓さんの重箱

 昼過ぎには館から恋ヶ奥さんが来て、僕たちのために弁当箱を持ってきてくれた。もっとも、弁当箱といっても恋ヶ奥さんが持っていたのはどう見ても三段重ねのお重で、夏の海水浴場にはどこかズレたそれが、僕にはちょっとだけおかしく見えた。


「楓様からの差し入れです」


 恋ヶ奥さんは社長室の敏腕秘書みたいな、隙のない無表情で言った。相変わらず恋ヶ奥さんはメイドさんだった。


「すごいです! 手料理ですか?」

「すべて楓様が手をかけられましたものです」


 だから重箱なのか、と僕は納得した。あの着物姿で料理をする姿はあまり想像できないけれど、あの楓さんのことだから揚げ物をしても油のほうが逃げていきそうな気さえする。


「あら?」


 七倉さんが箱に手をかけて、そのまま重箱を見つめたまま動きを止めてしまった。


「どうしたの?」

「いえ、なんでもないのですが、おかしいような気がしまして」


 僕には七倉さんが何を言っているのか分からなかった。ただ、七倉さんは困惑したかのようにたどたどしく説明した。


「これは箱です」


 そういえば、七倉さんがこの島に来てから箱を開けるのはこれが初めてだったような気がした。そもそも、鍵を開けることじたい初めてだった。館の玄関は七倉さんが開ける必要はなかったし、その後も、恋ヶ奥さんが扉を開けることが多かったわけだし。


「まさか、開かないの?」


 七倉さんは首を横に振った。


「いえ、開くのですが、何にも特徴がないんです」

「特徴がない?」

「ええ、なんと言えばいいのか分からないのですが、あるべきものがないような……そんな印象です。とにかく、不自然だとは思います」


 七倉さんの指がかすかに震えていて、七倉さんは箱を開けられないみたいだった。隣で従者みたいに控えている京香さんが、何か言おうとしたけれど適当な言葉が見つけられないみたいだった。

 先に声をかけたのは恋ヶ奥さんで、彼女は重箱と一緒に持ってきた手荷物の中から、真っ白い封筒を取り出すと、七倉さんに向けて差し出した。


「楓様からのお手紙です」


 受け取ったのは七倉さんだったけれど、七倉さんは手紙を開くとすぐに僕に体を寄せてきた。そういう行動をとることは初めてではなかったのだけど、今の七倉さんは布地1枚だけの姿だった。それなのに七倉さんはそんなことにはちっとも頓着していなかった。七倉さんのふたつの膨らみが揺れて、横目に谷間が見えかけたので、僕は目を逸らして手紙に集中した。


『菜摘へ。司様との水遊びは楽しんでいるかしら。この島の海はとても綺麗ですから、司様と一緒に思い出を作るといいです。でも、菜摘も気づいているでしょうが、あなたをこの島に呼んだことには理由があります。だいたい想像はつくでしょう。

 あなたはこの島の中で私がかけた魔法に気がつかなければなりません。これは本来、私が言わなくてもそうしなければならないこと。でも、今日のために私はいろいろな準備をしましたから、これくらいのヒントは構わないでしょう。

 十六代の力を見せなさい』


 僕はその手紙を京香さんにも見せようとしたけれど、京香さんは「いえ」とだけ言って手紙を手に取ろうとはしなかった。ただ、恋ヶ奥さんのことを鋭い目でじっと見つめていた。何か気になることがあるのかもしれない。ただ、睨まれている恋ヶ奥さんは臆した様子を見せなかった。

 七倉さんが立ち上がりかけて言った。


「館に戻りましょう」


 突然のことだったけれど、僕は七倉さんに同意した。いずれ楓さんが七倉さんを試してくることは分かっていた。だからこそ僕たちはこの島に呼び出されたわけだろうし。

 でも、僕たちをその場にとどめたのは恋ヶ奥さんの一言だった。


「楓様は『夕方まで楽しんでいらっしゃい。せっかく司様をお呼びしたのに、司様につまらない思いをさせて久良川に戻るのは失礼にあたるでしょう?』と仰りました」


 七倉さんはすとんと腰を下ろした。

 楓さんがそんなことを言ったのなら、僕たちは夕方まではこの入り江で遊んでいていいみたいだった。少なくとも七倉さんはそれで納得していたから、僕は今のうちに恋ヶ奥さんから情報を引き出しておこうと思った。


「恋ヶ奥さんも能力者なんですか?」

「はい」


 恋ヶ奥さんは平坦な声で言った。


「式島さんは?」

「式島は異能の使い手ではございません」


 僕は意外だった。いま、この館の中にいる全員が能力者だと思っていたけれど、僕と同じように何にも不思議な力を持たないひとが混じっているということだった。

 けれども、恋ヶ奥さんはすぐに付け足した。


「ただし、真実を述べている保証はいたしません」


 それを聞いて、京香さんが敵意のこもったような冷たい目をして、恋ヶ奥さんに言い放った。それは僕が今まで見たことがないくらいに厳しい態度だった。


「菜摘お嬢様はグループ会長の孫娘、本社社長の長女だ、恋ヶ奥」

「存じ上げております、京香様。しかし、菜摘様は楓様よりも劣る方だともお聞きいたしております」


 恋ヶ奥さんは慇懃な態度で京香さんに答えた。それはとても堂々とした態度で、恋ヶ奥さんが七倉さんよりも楓さんのほうに敬意を払っていることは明確だった。


「では、私はこれで失礼いたします」


 恋ヶ奥さんは深々と一礼して、そのまま館へと戻っていった。

 重箱を広げて、僕たち3人は昼食をとることにした。さっきはショックなことを言われたように思ったのに、七倉さんはどこか嬉しそうだった。京香さんと恋ヶ奥さんのちょっとしたやりとりがあって、手痛いことを宣告されたようにも思えたけれど、七倉さんはちっとも気にしていないみたいだった。

 僕はなんとなく納得がいかない様子でいたんだろう。七倉さんが僕を諭すみたいに説明してくれた。


「でも、ああいうふうにはっきりと宣言してくださったほうがありがたいです。私たちが、早いうちに楓さんの能力に気づけたということですから」

「ただ、面白くありません。あのような態度はあまりにも失礼です」


 僕よりももっと苛立っているみたいなのが京香さんだった。恋ヶ奥さんの態度は、むしろ京香さんの逆鱗に触れたみたいだった。七倉さんは京香さんをなだめるために、京香さんが好きそうなものを次々に手渡したり、不満を口に出しそうになると強制的に口に押し込んだりしていた。


「それに、私が楓さんよりも劣るのは本当のことですから」


 僕もちょっと面白くない気分で唐揚げを口の中に放り込んだ。

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