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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
13,ふたりの七倉さん(後日修正予定)
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73, 鍵開けのふたり

 それからも変な部屋をいくつか見つけた。ジム施設があったのには驚かされたし、本ばかりの詰まった、図書室のような部屋もあった。でも、せっかく七倉さんとこの島まで来たのに、ひとりで読書をしている気にはならなかった。

 次の部屋はいままでの部屋よりもさらに広かった。


「遊戯室ですね。ビリヤード台、卓球台……これはポーカーテーブルでしょうか?」

「スロットやルーレットまであるし、本格的にカジノができるようになっているのかもしれないね」

「招待したお客さまのためのものでしょうか? 私はあまりこういうものを見たことはないのですが、いろいろなお客さまがいらっしゃいますから、こういったものを用意しているのかもしれません」


 たしかに七倉さんの家なら接待もたくさんありそうだけれど、別荘とはいえ自分の家にこんな施設があるなんて、僕には信じられない。七倉さんはルーレットをくるくる回しながら言った。


「せっかく司くんがいらっしゃったのですから、恋ヶ奥さんか式島さんにお願いして動かしてもらいましょうか。私もちょっと遊んでみたいです。次のお部屋は……」


 七倉さんは浮き浮きとしていた。僕も七倉さんと一緒にポーカーを楽しんだりできるかと思うと心が躍る。七倉さんもそれは同じみたいだった。この館にはほとんど来たことがないみたいだったし。

 七倉さんは隣の部屋の扉を開けた。


「あ」

「どうしたの?」

「失敗してしまいました。これは、誰かがお使いになっているお部屋です」


 僕は七倉さんの肩越しに部屋の中を見ようとしてしまったけれど、慌てて首を引っ込めた。七倉さんが鍵を開けてしまうなんて、春先の事件を思い出してしまう。


「でも大丈夫だよ。七倉さんがここに来ることが分かっているなら、間違って鍵を開けることは想定しているはずだからさ」

「後で謝っておきましょう。もうすこし気をつけないといけませんね」


 七倉さんはそっと扉を閉めた。あまり部屋の中を見ることはできなかったけれど、殺風景な部屋だったと思う。恋ヶ奥さんか式島さんの個人的な部屋なのだろうか。

 ただ、七倉さんが何の警戒もせずに他人の部屋の鍵を開けてしまったことは不思議だった。たしかに、七倉さんはあまりにも簡単に鍵を開けてしまえる、不思議な力の使い手だったけれど、だからこそ不意に他人の部屋に侵入してしまうなんてことはないはずだった。


「七倉さんなら気づきそうなものだけど」

「いえ、つい油断してしまったのかもしれません。それに、楓さんが出入りされているお部屋だと、気づきにくくなってしまうのかもしれませんから」

「どういうこと?」


 僕は七倉さんの意味ありげな答えが気になった。七倉さんは少し言いにくそうに僕に説明してくれた。


「この館の中のお部屋は、どこも楓さんが力を使って出入りした形跡があるんです。楓さんほどの力があれば、鍵を使うよりも力を使ったほうが楽ですから。見分けがつきにくいので、無視してしまいました。もう少し考えないといけないですね」

「じゃあ、ひょっとすると七倉さんの部屋にも楓さんが開けた跡が残っていたりするんだ」

「はい、この館の中はだいたいそうです。ごく最近に、この部屋に楓さんが入っているということは分かるんですけどね。たぶん、私たちが来る前に楓さんが調べたんだと思います」


 つまり、無理を言うと七倉さんはこの館にいる間中、全部の扉を開けるときに警戒しないといけないということになってしまう。でも、この館は七倉家の持ちものだから、七倉さんにそんな集中力を遣わせるなんてことはありえない。七倉さんが間違えたことも仕方のないことだったんだろう。


「そろそろ食堂に行きましょう。すこし早いですけれど、私たちだけあまり遅くに行くと、恋ヶ奥さんや式島さんが困ってしまいますから」

「うん」


 僕たちは本館のほうに向かって歩いた。場所を正確に把握していたわけではないけれど、食堂にはすぐにたどり着いた。一続きの長い机に、椅子が並んでいる。そこには既に楓さんがいた。京香さんはまだだった。


「菜摘、館のなかを見て回るのはいいですが、あまり司様を連れ回してはいけませんよ。司様も今日はお疲れでしょうから」

「はい。それに、先ほど誤ってどなたかのお部屋に入ってしまいました。ごめんなさい。不注意でした」

「あら、どのお部屋かしら。後で確かめておかないといけないですね」


 七倉さんは申し訳なさそうに楓さんに謝っていたけれど、楓さんもそんなことを気にしているふうではなかった。でも、僕は一瞬だけ七倉さんを見る楓さんの視線が、ものすごく冷たくなったような気がした。それは本当に一瞬だけのことで、次の瞬間にはそれまでと同じように楓さんは微笑んでいた。


「今夜は良いお肉が入ったそうですよ。男性の司様がいらしたから量も増やすでしょう。もし足りないようでしたら遠慮無く言ってくださいね」


 僕は大食漢というわけではないけれど、楓さんの申し出は嬉しかった。奥の調理場からとても良い香りが漂ってきていた。とりあえず、あまりにも上品すぎて僕が食べられないようなものは出てこないようだった。

 もっとも、僕にはそれでも気がかりなことがあって、それに気がついたのは楓さんだった。


「司様、テーブルマナーのことは気にしなくてもいいのですよ。菜摘は本家の娘ですからマナーはきちんと躾けられていますけれど、私は司様と同じようにごくふつうの家庭で育ちましたから、テーブルマナーの心得なんてありません。ご飯はおいしく食べられれば良いと思っていますよ」


 僕はばつの悪い思いをした。七倉さんの目の前だから、できればあまりみっともないマナーでいたくはなかったんだけど。もっとも、いくら見栄を張ったところで七倉さんよりも上品なひとなんてそうはいないだろうから意味は無かったんだけど。

 楓さんは僕の心中を見越したように続けた。


「それでも気になるのでしたら、菜摘が教えてもらってください。そして、司様は是非私にお話を聞かせてください。菜摘から聞いた話だと、司様はいろいろな能力者の謎を解いていらしたみたいですからね」


 そう言うと、楓さんは立ち上がった。


「では、着替えて来ますから、しばらくふたりでお話でもしていてくださいね」

「食事のために着替えるんですか?」

「ええ。この姿のままで洋食というのは見苦しいでしょう?」


 楓さんの髪は絨毯につきそうなほど長くて、その和服姿を見苦しいと思うひとなんているわけがないと思ったけれど、たしかにこれで洋食をとるのは取り合わせが悪いのは確かだった。でも、それだけのために着替えるなんて……。

 楓さんが食堂をあとにしようとすると、いつの間にか部屋の片隅に控えていた式島さんが楓さんに近づいて傅いた


「楓様、お着替えのお手伝いは」

「必要ありません。せっかく本家のお嬢様がいらしたのに、着せ替え人形のようになるのは格好がつきませんからね」

「失礼を申し上げました」

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