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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
13,ふたりの七倉さん(後日修正予定)
70/140

70, 式島蓮

 僕たちが庭園を歩いているうちに跳ね橋が上がっていった。誰かが操作しているんだろう。僕はそもそも橋が上がっていくところを初めて見たので、驚きが混じった気持ちでそれを見ていた。そのせいで七倉さんたちに遅れそうになって、京香さんの呼びかけで慌てて追いかけた。


「お泊まり頂くのは正面の洋館です」


 僕が追いついたときにも、恋ヶ奥さんは七倉さんに事務的な説明を続けていた。


「朝食は朝6時から9時までを基本とさせて頂きたく存じます。昼食は11時から14時。夕食は5時から9時までの間。勿論、おっしゃって頂ければそれ以外の時間帯でもご用意いたしますが、下ごしらえの手間がございますので、大きく時間を外す場合にはお申しつけください。就寝時間は特に設けておりませんが、島嶼ですので夜は早いほうがよろしいと存じます。もちろん、館の中でしたら何時でもおくつろぎくださって結構です」

「あちらにあるお屋敷は何ですか?」


 七倉さんが言っているのは、館とはすこし離れたところにある日本式の家屋だった。久良川本町にある七倉さんの家に雰囲気のよく似た、ふるいお屋敷だった。洋館とセットだとなんだか不釣り合いだけれど、どちらも築50年ではきかないと思う。片方はとても古い木の色がよく見えたし、もう片方は今じゃ建てる人もいないようなデザインだった。それなのに手入れはしてあって、おんぼろ屋敷というわけでもなかった。


「和屋敷のほうは、先の所有者が放置していったものなどが多くございますので、あまり足を踏み入れないほうがよろしいかと存じます」

「そうなんですか。残念です」


 僕たちは恋ヶ奥さんに続いて館に入った。

 ほのかに冷房が利いている。そこは洋燈が照らし出す絨毯敷きの館だった。もっとも、洋館といってもド派手なシャンデリアが天井からぶら下がっているなんてことはなくて、むしろ欧風の雰囲気は抑えられているみたいだった。

 僕たちは恋ヶ奥さんがしずしずと歩いて行く後をついていって、ある部屋に通された。


 そこは和室だった。洋館の中に和室があるなんて不思議な感じもしたけれど、この館が建てられた時代を考えたら、和室があって当然なのかもしれない。

 襖と障子と畳、そこに着物を着た楓さんが座っていた。

 楓さんは窓際で本を読んでいたけれど、僕たちが部屋に入るときにはそれを閉じて立ち上がるところだった。これはびっくりすることだけれど、楓さんはやっぱり着物姿で、雪駄だった。ひょっとして、楓さんはいつでもどこでも和装なのだろうか。前に七倉さんに写真を見せてもらったときは、ふつうの洋服を着ていたんだけど、そのほうが珍しいのかもしれない。


 けれども、そんな格好のことだけではなくて、楓さんは明らかに僕がふだん待ちで出会う女の人とは違っていた。僕はどこか七倉さんに似ていると思っている、目鼻立ちの整った綺麗な容姿。絨毯に届きそうになるほどの長い髪。そして、目はついこの前見たときと同じようにとても透き通っていて、僕の心の中ですら見透かしてしまいそう。

 こんな人なら、たとえ和装でなくても目立って仕方ないと思う。それは一昨日に楓さんが僕の前に姿を現したときも今も変わらなかった。七倉さんもあと10年経ったらこんなふうになるのかな、なんて関係のないことを考えた。


「菜摘」


 すこし細い声だった。大声を出したこともないような声音なのに、絶対に口を挟めないような存在感のある声。


「楓おね……いえっ、楓さん、わざわざのご招待を頂きましてありがとうございます」

「遠かったでしょう。わざわざよく来ましたね」

「いえ……」


 七倉さんは楓さんの笑顔を前にして、まるで褒められることに照れている子供みたいに、うつむき加減になっていた。ふだん、教室では誰の前でも顔をあげて接することができる七倉さんが、楓さんの前に出るといつもの調子がまるでなかった。本当に歳の離れた姉と妹みたいだ。

 でもそれは僕も似たようなもので、次に楓さんが僕に声を掛けてきたときに、僕はとても驚いてしまった。


「司さんもよく来てくださいましたね」

「あ……、はい。お招きいただき、ありがとうございます」


 とりあえず僕は頭を何度も下げた。


「あなたのお祖父様にはとてもお世話になりましたから、いいのですよ」


 楓さんはあまり社交辞令ではなさそうな言い方をして、僕に微笑みかけた。祖父がいったいどうして楓さんと関わっていたんだろう。僕はそれとなく楓さんに尋ねたかったけれども、七倉さんや京香さん、それに恋ヶ奥さんのほかにもこのお屋敷で働いているらしい女の人がいたから自重した。


「京香さんもゆっくりくつろいでください」

「ありがとうございます」


 京香さんはいつもと同じように鋭い目つきで応えた。まるで他人行儀な答え方だったけれど、ふたりは同じ七倉家なので親戚同士だ。でも、京香さんにとっても楓さんは近寄りがたい存在なのかもしれない。


「京香さんは私よりもよほど菜摘に近い親戚なのですから、私などに気を遣わなくてもいいのですよ」

「いえ……」


 どうやらいくら言っても京香さんの態度は変わらなそうだった。楓さんもそれを分かっていて、京子さんに同じことを繰り返し言うことはしなかった。


「まだお話ししたいこともたくさんありますけど、菜摘も疲れているでしょうからお部屋に案内しないとね。菜摘は景色の良いお部屋が良いでしょう。2階で海のよく見える部屋をご案内してください」


 楓さんはメイドの恋ヶ奥さんに言った。恋ヶ奥さんは和室には入らず、入り口の靴脱ぎで丁寧に頭を下げた。


「かしこまりました――式島」

「はい」


 式島と呼ばれた女の人は部屋の中にいる。この人は恋ヶ奥さんよりも動きやすそうな格好をしていて、髪も短めにしていた。そして恋ヶ奥さんよりも和やかな表情をしていた。


「式島蓮です。よろしくお願いします」


 式島さんは七倉さんに一礼した。

 楓さんは思い出したように声をあげた。


「そういえば、水着が何着か届いていました。深雪さんが運んでくださったみたいですよ」

「はい、お礼を申し上げました」

「菜摘はああいう素肌を見せるものが好きなんですね」


 楓さんは七倉さんのことをじいっと見つめながら、何かを納得したみたいで頷いていた。七倉さんはといえば顔が真っ赤になって、しどろもどろになっていた。


「い、いえ……。ここの海は誰にも見られないとお聞きしたものですから」

「よく似合うと思うわ。菜摘は何を着ても似合いますからね」

「楓お姉さま、あまりからかわないでください……」


 僕は七倉さんの様子を横目で見たけれど、耳まで赤くなっていることは分かった。いったいどんな水着が届いていたんだろう。でも、七倉さんなら絶対に似合うだろうということは確信した。


「入り江はとても綺麗な所ですよ、今日はゆっくり休んで、明日にでも泳ぐといいでしょう。それは式島さんにお願いするといいわ」

「はい、そうします」

「式島さん、よろしくね」

「承知いたしました。楓様」

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