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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
13,ふたりの七倉さん(後日修正予定)
69/140

69, 御影島砦

 町があった。もっとも、久良川町よりもずっと小さな集落だった。比べるとすれば僕の祖父が暮らしている、あの久良川本町の北の外れにある小さな町並みに近かった。道路はかろうじて舗装されている。僕たちが乗り込んだ車はいつもの黒塗りの車よりは、いくぶん庶民的だったけれど、この島からすれば滅多にみない車種に違いなかった。

 恋ヶ奥さんが運転席に座った。どうやら、京香さんも七倉さんと同じように七くらい血族としての扱いをされているみたいだった。僕の居場所がない。恋ヶ奥さんはビジネスライクに対応していたから戸惑った。格好はメイドだけれど、厳しいメイド長みたいなひとだった。

 車内で恋ヶ奥さんが説明してくれた。


「小さくない島です。しかし、人が住む土地は大きくありません。水が少ないため開発に適した土地はほぼなく、漁業が生活を支えます。島の人口はおよそ100人。島民のほとんどは島にひとつだけある漁港周辺に住んでおります。残りのわずかな人間が小さな集落に暮らしております。

 もっとも、若者はみな本土に通勤、通学していますので島内に残っているのは老人ばかりです。もうすこしすれば帰省する家族も多いでしょうが、この時期にはまだ一部の子供が戻ってきているだけです」

「学校がないんですか?」

「ええ、かつてはひとつだけ小中学校がありましたが、廃校になって久しいです」


 途中で僕たちは、その校舎跡とみられる、木造の古い建物と雑草が伸び放題になったグラウンドが見えた。大時計も止まったままだ。


「島内での商業施設はよろず屋が1件あるのみです。島外からの連絡船によって物資は届けられます。新聞は3日遅れ、雑誌は1週間以上の遅れ、日持ちしないものの流通には制限があります」

「本土から近いように思いますけど……」

「あれは速度があるためです。島民が乗る船はあの半分の速度も出ません。それに、フェリーの就航率も高くありません。夏場は良いのですが、冬場は海が荒れやすい傾向にありますので、この町の港では接岸が難しいわけです」

「食品は」


 助手席の京香さんが短く尋ねた。


「楓様の申しつけで質の良いものを午前中に運び込んであります。料理人は私が調理師免許を所持しておりますのでお任せください。楓様も料理をされるとお聞きいたしておりますが」

「あのぅ、私もお料理をしたいです」


 七倉さんがおずおずと手を挙げながら小さく言ったけれど、恋ヶ奥さんはとても困ったみたいだった。


「しかし、充分な食材や設備ではありませんので……」

「でも、楓さんはお料理をされるのでしょう?」

「そうではありますが……。では、楓様にもご相談してお決めくださいませ」


 七倉さんは満足する答えを得られたのか頷いた。


「島内では公共の組織は消防団があるのみです。それも滅多に出動する機会はありません。警察はありません。医療施設もありませんが、重篤でない限りは備えをいたしております。郵便はよろず屋が代行します。届けられる荷物は島全体が無番地ですので宛名だけで届きます」

「番地がないんですね」


 七倉さんがびっくりしたような声で相づちをうった。この前に島に来たときは詳しい事情まで知るような時間がなかったんだろう。ちなみに、僕も説明を驚愕の気持ちで聞いていた。


「それと島内にいらっしゃる間、携帯電話は通じませんのでご注意ください。島全体が基地局の圏外なのです。インターネット回線も繋がっておりません」

「全然通じないんですか?」


 僕はべつに携帯電話が通じなくて困るわけではなかったけれど、思わず反射的に聞いてしまった。最近では電波が通じない場所なんて滅多にない。


「島内全域が圏外です。通信手段は電話のみ。電気は通じておりますので日常生活への支障は少ないかと思われます。水道はきわめて貧弱ですが、館には充分な貯水量がありますので、大人数が長期滞在をされない限り問題は起こりません」


 七倉さんは単に「分かりました」と言って頷くだけだったけれど、京香さんは自分の携帯電話を見てすこし驚いたみたいだった。


「島内に観光すべきものはありません。常設の民宿はなく、宿泊施設は島民への問い合わせが必要です。しかしながら、それは見るべきものがないからではなく、見るべきものを独占しているからと申し上げたほうが良いでしょう。

 島の中心部にある洋館および和屋敷と、その一帯の土地は現在七倉家の所有物です。管理は東京本社で行い、範囲は島内の入会地を外れた部分全てです。したがって、いくつかお嬢様がお楽しみいただけるものもございます」


 車は島の中心部にそびえる山を登っていた。山道は細い一本道だったけれど、この道路だけは他の道とは違ってかなり入念に舗装されていた。周囲はあまり背の高い木が多きわけではなかった。斜面が多くて、まっすぐに高い木が生えにくい土地だった。それに水も少ないせいでもあるのだと思う。

 けれども、そのおかげで景色は見やすかった。眼下には御影島集落、そして遠くには本土が見える。

 恋ヶ奥さんは車の速度を落とした。


「砂浜と入り江がわずかに見えますでしょう。あそこは屋敷の土地ですので、島民はもちろん、観光客も入って来られません。しかし、景観は美しいうえに、大型魚も入れず安全な水域です。少人数の海水浴には適しているかと」


 七倉さんが手を合わせて声をあげた。


「素敵です! 是非泳ぎたいです」


 七倉さんはとても喜んでいて、その笑顔が隣にあるだけで僕はなぜか七倉さんのほうを見れなくなってしまう。まさか本当に僕も一緒に泳がないといけないんだろうか……


「男性用の着衣1人分と、お嬢様と京香様の着衣を運び込んでおります。特に京香様は館に到着しましたらすぐにお着替えください。スーツなどお疲れになる格好をされる必要はございません」

「いえ、私はお嬢様の警護をしなければいけないので」

「それは私どもにお任せください。社長からきつく申しつけられておりますので、京香様に働かせては我々の責任が問われます」


 そういえば、京香さんも七倉さんと同じ七倉家の一族だった。だから、恋ヶ奥さんから見れば京香さんも七倉さんと同じお嬢様だったんだ。

 ただし、京香さんはなぜかとても不満そうだった。


 恋ヶ奥さんの運転する車は、大きな橋を前にして止まった。それは吊り橋のようにも見えたけれど、屋敷の側だけに太い支柱があって、そこから橋桁を吊っている造りだった。

 僕たちは柱の手前に設けられた車庫を前にして車を降りた。


「ここからは徒歩です。申し訳ございませんが、ご足労をお願いいたします」

「跳ね橋ですか?」

「ええ。館の建設者の趣向でしょう。元々は御影島砦のあった場所に館を建てたのです。かつてこの御影島は海賊の拠点だったとも言われております。御影島砦というのは、その拠点であったといわれております。もっとも、資料がほとんど残っておりませんので、真実のほどは分かりません」

「海賊ですか!」


 七倉さんの好奇心たっぷりな反応に、恋ヶ奥さんは荷物を抱えながら説明した。


「館の前の所有者は、功績があって海賊に代わりこのあたりを治めた領主の子孫です。この土地に館を建てたのも、祖先に倣い外敵を防ぐという趣向だったのでしょう。難攻不落というほどではありませんが、橋を上げてしまえば山肌の階段を登ることになります。もっとも、階段は長いこと修繕しておりませんので、今もまだ使えるかどうかは分かりません」

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