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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
13,ふたりの七倉さん(後日修正予定)
68/140

68, 御影島

 そういえば、恋ヶ奥さんはとても暑そうな格好をしているけれども平気なんだろうか。もっとも、それを言うのなら京香さんも例によってスーツなんだけれど、七倉さんの知り合いはみんなヘンな人だから気にしないほうが良さそうだ。

 僕たちは恋ヶ奥さんの案内でクルーザーに乗り込んだ。フェリー乗り場の外れに個人用のクルーザーだなんてものすごく場違いだった。ほかに出港できる施設がなかったかららしい。


 高速艇の運転は恋ヶ奥さんの仕事だった。

 京香さんは珍しくなんにも仕事をしていなかった。休暇だというのは本当のことらしい。相変わらず目つきは悪かったけれど、七倉さんの話に耳を傾けていたりしていた。

 七倉さんは長い髪を風になびかせていた。心なしか海の色は澄んできたように思えてきた。たった30分くらいでこんなに景色が変わるなんて……。僕は離島というのならもっと遠くを想像していたからびっくりしたんだ。


「私、ここに来るのは2回目ですけれど、まだあまり見て回ったわけではないですから楽しみです」

「あれ? 七倉さん、この島にいつも来ているわけじゃないんだ」

「すこし不便な場所にありますから、あまり家族では使わないんです。普段は親戚にお貸ししてしまうんですよ。この前、楓さんに招待されたときが初めて。あのときはあちこち見て回りましたけど、何日もいられるわけではなかったですから」

「そうなんだ。せっかくお屋敷があるのにもったいないよね」


 七倉さんは楽しそうに頷いた。七倉さんは朝から落ち着きがない子供みたいだったけれど、こんなに楽しそうならいつも来ればいいのにと思ったんだ。


「それは理由があるそうですよ、司様」


 京香さんが口を挟んだ。


「理由?」

「このような不便な場所に屋敷を所有している理由です。前回こちらに参った後で、調べておきました。私もこの屋敷に参りましたのは前回が初めてでしたので」


 ということは、七倉さんも京香さんもあまりこの島には詳しくないことだった。


「この島の屋敷は、そもそもは七倉家の所有ではなかったそうなのです。もっとも、久良川から遠いですからこれは当然でしたかもしれません。この家の元々の主はさる旧家の当主でした。旧華族に連なる家で、つまりは華麗なる一族ということです。このような辺鄙な場所に屋敷を建てたのも道楽ですね」


 僕はそれを聞いて七倉さんみたいなお金持ちの家だったのだろうかと想像した。すると、京香さんは僕の耳元に顔を寄せて、小さな声で僕に囁いた。七倉さんはくりくりした僕たちに向けて首をかしげた。


「司様、七倉家の一族は貴族ではありません。旧い家ではありますし政治家もおりますが、特権階級を得てきた家ではありません。ですから、あまりお嬢様を色眼鏡で見ないよう、お願いいたします」

「すっ、すみません」

「あまり気分の良いことではございませんから」


 ちょっとだけ珍しい。どうも今のは京香さん自身が感じたことだったような気がする。ひょっとしたら、京香さんの実家も七倉さんと同じような旧い家だったのかな?

 京香さんは僕から離れた。


「さて、このような道楽はたしかに貴族としての地位と格式が保てている間は許されるものですが、時代が変わると認められなくなるものです。結局、貴族というだけでいつまでも繁栄が保てるものではなかったというころです。屋敷を手放すことになりました」

「やっぱり、このような場所にあるお屋敷は維持するのが大変なんでしょうね……」


 僕はその言い方に、なんとなく七倉さんへの戒めのようなものを感じた。七倉さんは貴族ではないけれど、お金持ちには違いないし、立派な歴史と地盤を持った家だ。同じ轍を踏まないようにしないといけない。


「お嬢様のおっしゃるとおりです。離島の屋敷は所有者の趣味と贅沢によって彩られておりました。もっとも、屋敷を建てた当時は良かったのです。島民にとってその貴族は領主にあたりましたので、島民が屋敷で行われる多くの労役を負担していました。また、本土まで距離があることから税金もあまりかからなかったようです。島の暮らしも楽ではありませんでしたが、屋敷の主人がもたらす様々な富が島を潤しました」

「でも、それもいつまでも続かなかったんですね……」

「はい。本土よりもかなり遅れてはいましたが、東京に近いこの土地でも近代化の波はやって参りました。東京への出稼ぎが始まり、やがてそのまま移住する者も増えました。東京の政府もまたこの島を近代化するために電信や電話を開通させました。やがて、この島にとって領主がいたなどという事実は遠い昔の話になっていきました。領主にとっても、世代が変わればこの離島のことにかまけていられなくなったのです。貴族という地位だけで生きていけるものでもなく、やがて屋敷を保有することなどできなくなっていったわけです。その後も、戦中戦後の混乱を経て、所有者は転々移転していきました。この屋敷が七倉家の手に渡ったのは先代様の時代です」

「楓さんが知っていたのは、先代様から聞いていたからなんでしょうか」

「そのようですね。先代様が健在の頃でしたら」

「楓さんはいろいろなことをご存知です。昔からそうでした」


 七倉さんは遠い昔話に思いを馳せているようだった。七倉さんはこんなふうな歴史の話が好きだった。それは小さい頃から七倉家に関する昔話を聞かされてきたからかもしれない。

 やがて小さな島が見えてきた。小さいといっても、それは人が住める場所が小さいというだけのことで、島の面積は一周するのに自動車が必要になるほどには大きかった。


「御影大島です。この島の裏手にあるのが御影小島。大島は有人島ですが、小島は無人島です」


 港が近づくにつれて船足はゆっくりになっていった。

 京香さんはクルーザーの中を見回すと、荷物の置いてありそうな箇所を確認していくつかいくつか袋を持った。

 港には車が停めてあった。恋ヶ奥さんの操船は完璧だった。貧弱な港なのに、うまく船を乗り入れると数分で波止場への橋を架けた。


 寂しい島だった。港も充分な設備がなくて、待合所もないみたいだった。防波堤もない、コンクリートの桟橋だけが突き出た造りで、漁船がいくつか留まっていた。クルーザーが着けたのを、島に住んでいる人が何人か見ていたけれど、真夏の昼間だからか人の姿は少なかった。

 でも、船から桟橋に移るとき、足下に見えた海の中はとても澄んでいた。底が見えるほどの透明度。沖縄や南の海ほどの透明度ではないけれど、魚影が目に見えるくらいだ。

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