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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
13,ふたりの七倉さん(後日修正予定)
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67, 恋ヶ奥さんの出迎え

 七倉さんは気持ちよさそうに眠っていて、いつの間にか僕も眠っていたみたいだった。

 東京駅に着く前に僕たちは新幹線を降りた。京香さんに連れられるまま構内を歩くと駅前にやっぱり高級車が停まっていた。もっとも、都心ではないけれども大都会の摩天楼の下だったから、七倉さんの嫌いな車も周囲からあまり浮いていなかった。この大都市なら七倉さんよりもお金持ちのお嬢様が何人もいるかもしれない。

 世界地図のどこを指してもこの場所ほどたくさんの人が動く街はほとんどない。世界一とも言われている。だから、この大都会に憧れるひとはたくさんいて、街角には何もかもが揃っているこの街に暮らしたいひともたくさんいる。たくさんいるから、この大通りには何万台もの車が行き来して、その歩道にはたくさんの足が動いている。


 けれども、いまの僕はこの光景にずっと抱いていたはずの憧れのようなものが、前よりもずっと小さくなっていたことに気づいたんだ。

 祖父は言っていた。久良川町を出ると能力者はほとんどいない。見つからないと。

 交差点を歩く人の群れの中に、七倉さんみたいに綺麗で、手の届かない華みたいな女の子がいないわけじゃないと思う。七倉さんみたいに不思議な能力を持っているひとはどれだけいるのだろう。


 いや、きっといないんだ。

 だから、こうして見ている人の手で作り出された灰色のまちが、非日常ではあるけれども日常よりも憧れるべきものだとは思えなくなっていた。たくさんの能力者がいた久良川町では、いつ異能の使い手と出会って、僕が知らない世界に連れて行かれるのか分からなかった。

 でも、この町ではそんなことが起こることは絶対になかったんだ。


「司くん、どこか行きたいところがあるんですか?」


 僕がぼうっと人の流れを追いかけていたせいで、七倉さんは誤解したみたいだった。七倉さんはさっきまで眠っていたおかげか、さっきまでよりも元気になったみたいだった。けれども、高層ビルに囲まれている七倉さんの姿は、なんだかとても似合わなかった。


「司様、行きたいところがあるようでしたら、2、3時間程度でしたら自由に見て回ることもできますが」


 僕は首を横に振った。

 車はビル街を抜けて、ビジネス街が続く大都市から商店と雑居ビルの並ぶ通りを抜けて、住宅と田んぼが遠くまで見える国道まで走った。それから、海沿いに砂浜と防波堤が見えるようになった。ところどころの海の波間にはボートやサーフィンが見えて、浜辺には海水浴に来たひとがいたけれど、平日だからか人影はそう多くなかった。


 そこから、京香さんはさらに車を走らせてフェリー乗り場に乗り入れた。知らない名前の港だった。規模もそう大きくなくて、気がついたときには目の前に海が広がっていて、そのすぐ側にある駐車場に京香さんはハンドルを切って車を入れたんだ。


「この港から船が出るの?」


 僕は隣に座っている七倉さんに聞いた。


「はい、小さな港なんですけど、このあたりの島に出る船はこの港から出発するんですよ。私たちがこれから行く島にもここからしか行けないんです。船は定期便があるんですけれど、2、3日に1往復しかないそうです」

「つまり2、3日は帰れないってこと?」


 七倉さんに代わって京香さんが答えてくれた。


「いえ、フェリーは朝夕しかありませんし本日は休航です。それに時間もかかりますから、今日は高速艇を出します。ちょっとしたクルージングだと思ってください。ほんの30分程度ですよ」


 京香さんは車の外に出て、七倉さんと僕のドアを開けた。つんと濃い塩の香りがした。慣れていないと鼻と喉の奥に張りついてしまいそうな粘りけのある匂い。

 それに慣れる前に、港に留めてあったクルーザー(もっとも、僕にはクルーザーの趣味なんてないので、いったい何がクルーザーなのかも分からないけれども)からひとりの女の人が出てきた。


 メイドさんだった。

 フリルのついたエプロンドレスが目に眩しい。僕は思わず足を止めかけてしまうくらい驚愕したんだけれど、七倉さんは意外にもそれが当然のことのように無反応で、京香さんはもちろん驚くわけがない。

 僕はちょっと小走りして七倉さんに追いついてから言った。


「七倉さん、メイドさんだよっ」

「はい、メイドさんです」


 七倉さんは大きく頷いた。そうじゃなくて。


「ひょっとして、七倉さんの家にはメイドさんがたくさんいるの?」

「いえ、メイドさんはそんなにいないです」


 僕はなんとなく世界の隔たりを感じたので京香さんに聞くことにした。


「あの、メイドさんなんですけれど」


 京香さんは視線だけ僕に向けて少し考えたみたいだった。


「ふむ……そういえば司様は本邸にいらしたことはありませんでしたね」

「外から見たことだけはありますけど。あの、本町の田んぼのなかにあるような家ですよね。やたら大きいやつ」

「そう言われますと田んぼのなかにあるともいえます。本邸の門は家々の並ぶ路地にありますが、裏手は農地にしていました」


 なんとなくその言い方だと裏手も七倉さんの土地のように聞こえたけれど、無視することにした。


「本邸には家政婦が勤めているのです。そうでないと家の中のことがうまくまわりませんので。それと同様に、洋館にもメイドが派遣される場合があります。常勤ではありませんが。外部に依頼する場合もありますが、社内で特別な地位を持っている場合も多くあります。彼女は七倉グループ勤務です」


 僕と京香さんの説明を聞いていたかのように、その女のひとは僕たちに一礼してから言った。なんとなくだけれど、冷たい雰囲気を受けるひとだった。京香さんは目つきがきつくて冷たいイメージがするけれど、その女の人はステレオタイプみたいな仕事のできる女性のように見えた。

 肩を撫でるくらいの髪はメイド服の白と映えてとても綺麗だった。七倉さんを見つめても優しげじゃない、少しツリ目がちだからかもしれなかった。年格好はたぶん楓さんと同じくらいだと思う。


「株式会社七倉重工業――東京本社秘書課の恋ヶ奥深雪と申します。職務は楓様付のお世話係ですが、本日より菜摘お嬢様のお世話も仰せつかっております。島内に滞在されている間は、我々東京本社の者がお嬢様の身の回りのお世話をさせて頂きますので、行き届かない事がございましたら、私にお申しつけください」

「暑い中ありがとうございます。わざわざ出迎えてくださって申し訳ありません」


 七倉さんが恋ヶ奥さんをねぎらった。

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