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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
13,ふたりの七倉さん(後日修正予定)
66/140

66, 10年前の秘密

 僕は正直に言えば嬉しい気持ちではあるけれど、こんなに急に七倉さんと旅行することになるなんて思わなかったんだ。もし僕が高校のクラスメートのみんなに、この旅行のことを発表したら大騒ぎになってしまうだろう。

 たぶん、闇討ちに遭ってしまうんじゃないかな。七倉さんにはものすごくたくさんのファンがいるんだから。

 京香さんは七倉さんのことを守らないといけない立場なのに、こんなにいい加減でいいんだろうか。


「職務怠慢で怒られますよ」

「休暇みたいなものです。名目は出張ですが」


 京香さんはちっとも悪びれずに言った。切れ長の目が優しく微笑んだ。


「お嬢様の警護を毎日している私にも、夏休みがあっていいでしょう?」

「まあ、それはそうですけど……」

「無理強いはいたしませんが、せっかくですからお楽しみください。向こうには私たち3人と楓様だけというわけではないでしょう。楓様の身の回りの世話をする者もいるはずです。司様もお嬢様とおふたりで遊ぶわけではありません。野球やサッカーの試合がしたいとおっしゃられると少し困りますが、テニスコートも室内ジムもございます。言ってくだされば私でなくてもお相手を申しつけます」

「べつに京香さんが相手でもいいです。テニスをやりたくて行くわけではないですけど」


 言っていてすごく贅沢だと思った。


「でも、楓さんって七倉さんが小さい頃に遠くの町に引っ越したんですよね」

「ええ、10年前です」

「ひとつ聞きたいんですけど、今回の別邸への招待って、楓さんが言い出したことですよね。僕の家にはわざわざ手紙を届けに来てくれましたし。でも、楓さんが七倉さんに10年ぶりに会ったのは2か月くらい前ですし、ずっと昔に七倉家のお世話になっていたわりには手回しが良すぎるような気がするんですけど」

「そのことなのですが」


 ちょうどトンネルに入って、京香さんの声は聞こえにくくなった。声を落としたみたいだ。


「どうも七倉本家ですらご存知でない事実があるようなのです」

「楓さんの行方が分からないということは七倉さんから聞きましたけど」


 京香さんは頷かなかった。


「そのとおりです。お嬢様が楓様の行方を知らなかったことは事実です。しかしながら、この国でふつうの生活をしているならば、費用はかかりますが行方を調査することはたいていの場合は可能です。むろん、個人情報の保護、人間関係の希薄化など、難しくはなって参りましたが、それでも調べようとして調べられぬことではありません」


 僕は七倉さんと楓さんの手紙を探し出したときのことを思い出した。あのときは、今ほど七倉さんのことを分かっていなかったし、僕は七倉さんへの感謝と、ちょっと良い格好をしたい気持ちもあって、楓さんの手紙を探した。

 そうだ、七倉さんはあのとき、手紙は楓さんから自分への宿題だと言っていたんだ。


「お嬢様は昔から感情を押し殺すような時があります。楓様が久良川を離れたときにも、何かを感じとっていたようなフシがあります。尋ねてはいけないことを尋ねない。すべきことを間違えない。素晴らしい長所であると思っておりますが」

「でも、楓さんの居場所を探ろうと思えば、たとえ10年越しにしろ探すことができたはずなんですよね」

「そのとおりです。楓様は行方知れずなどではありません。七倉本家が足取りを追わないようにしていたとしか思えないのです」


 つまり、跡を追えたものを追わなかった。それどころか意図的に隠していたということまである。僕はそのおかげで七倉さんを喜ばせることができたんだけど、それでも奇妙なことには違いない。


「京香さんは楓さんについて何か聞かなかったんですか。直接会ったことがなくても、ほとんどすれ違いみたいですし」

「タイミングを考えれば、私は楓様の代用品なのではないかと思いました」

「だ、代用品って……」


 僕はその冷酷な響きにたじろいだ。けれども、京香さんは僕が困り果てる前に説明してくれた。


「過去形です。養子入りが決まったときには私も色々と考えたものです。しかしそれはいいでしょう。結果として私は楓様の代用品などではありませんでした。私が代用品だとすれば粗悪も良いところです。能力の面において、私に楓様の代わりなど求められてはおりませんでした」

「でも、京香さんの能力も相当なものなんでしょう。七倉さんもそう言っていましたし」


 京香さんは「お嬢様のお言葉は嬉しいですが」と前置きしてから続けた。


「たしかに鷹見の力は期待されておりました。それ自体は決して間違いではないでしょう。もちろん打算もあったでしょうが、私は七倉の家で随分と良い思いをさせて頂いております。ただ、私の力と楓様の能力を比べると一段落ちるどころではありません。もっとも、七倉本家ではそのことを私に言うひとはいらっしゃいませんでした」

「気を遣ったからですか?」

「それは楓様の存在を知った今だからこそ言えることです。当時の私には知りえないことでした。もっとも、いくら気を遣ったとしても、あの楓様のことを誰も口にしないと思われますか?」


 僕はもう楓さんのことを思い出す必要すらなかった。


「……思わないです」

「先代様も楓様のことをお話にはなりませんでした。ただ、一度だけ病床の先代様がおっしゃったのですよ。『楓ちゃんがいれば』と。お亡くなりになる直前のことです。それまで先代様は決して楓様のことをおっしゃらなかったのです。ですが、その時だけはたしかにそうおっしゃった。だから、今思えばなにがしかの秘密があったように思えるのです。10年前にあった、秘密の何かが……」


 京香さんはそこまで言うと、言葉を句切った。目をつむって、昔のことを思い出しているようだった。独り言のように話して、その頃のことを教えてくれた。

 七倉本家に来て、能力者が聞いていたよりもずっと少なくて驚いたこと。養子入りの日、本家に行って先代の能力者と会ったけれど、能力はほとんど使えなくなっていたこと。その代わりに、まだ小学校低学年だった七倉さんが、休日を費やして鍵開けの能力を使っていたこと……。


「話を戻しますと、楓様と七倉本家との繋がりは途切れてはいなかったのです。ただ、本家からは意図的に切り離されたようです。それができるだけの権力をお持ちになるのは、七倉家の中でも先代様、会長様、社長様の3人だけです。もちろん、七倉一族とはいえ私の義父にもできません。そして、先代様はもう6年以上も前に亡くなられております」

「七倉さんのお祖父さんとお父さんが七倉さんに隠していたってこと?」

「どうも東京本社では楓様との繋がりがあったようなのです。ごく一部の者だけしか知らないうえに、口止めされていたように思われます。会長と社長はご存じでしょうが、詳細は東京本社にご一任されていると見れば説明がつきます。東京本社は、それだけで並みの大企業と変わらないだけの機能を持ちます。むろん、本家の支配下には変わりありませんが独立した行動はできるのです」

「今回、楓さんが招待してくれたのも、楓さんはずっと七倉家と関係があったからなんですね」

「そういうことです」


 僕はやっと納得することができた。


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