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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
13,ふたりの七倉さん(後日修正予定)
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64, 楓さんの招待

「司聡太様

 お噂はかねがねお聞きしております。日頃、十六代菜摘と親しくしておられることも存じ上げております。よろしければ、夏休みの数日を東京で過ごされませんか。どうぞ聡一郎様の初盆前に別邸へいらしてください。菜摘と一緒にいらして、高校のお話、能力者のお話などをお聞かせください。おふたりが来られるのをお待ち申し上げております。七倉首座楓」


「ありがとうございます。私が頂いた手紙は用件だけを伝えた内容です」


 七倉さんは僕がもらった手紙に目を通して、僕に返した。

 僕は七倉さんに聞きたいことがいくつかあったので、尋ねることにした。


「ねえ七倉さん、この首座ってどういう意味なの?」

「それは七倉家の親族会議の席次です。首座は第一席を意味する言葉です」

「親族会議?」

「はい、私の家ではときどき親族会議をおこなうんです。ひとつは七倉家の経営会議ですが、もうひとつは能力者を集めた最高会議です。そのとき、能力者はそうでない方とはべつに席順が割り当てられます。

 10年前のことですが、楓さんは第一席でいらっしゃいました。つまり、七倉家のなかで最も強い力をもっていらっしゃいましたから、1番の席に座っていらっしゃったんです」


 七倉さんの家はとても大きくて古い家だから、親族会議といっても僕はあまり驚かなかった。とても大きな会社を経営していて、それが血のつながった能力者たちで支えられているわけだから、きっと家族会議をずっと大きくしたものが執り行われているんだろう。


「それで七倉さんが2番目だったの?」

「はい、第二席です。……でも、私は実力だけで2番目に座っていたわけではありません。大叔母さまとの血の繋がりもありましたし、ほかの使い手がご高齢でしたから……」


 七倉さんの家は、一族全体で鍵開けの能力を持っているひとが何人もいたことは僕も知っていた。けれども、その人数が減っていることは京香さんから聞いていた。


「でも、七倉さんは楓さんとずっと会っていなかったんだよね」

「ええと、それは……」


 七倉さんは困ったような表情を浮かべた。僕にはその表情の意味が分からなかったけれど、七倉さんの後ろに控えていた京香さんが七倉さんに囁いた。


「お嬢様、私が」

「ごめんなさい、お願いできますか」

「お任せください」


 京香さんは頷いた。七倉さんの後ろに背筋を伸ばして、鋭いけれども優しげな目つきを僕に向けた。


「私が正式に親族会議に出たのは最後の1年間、それもわずかな回数だけですし、楓様とも直にお会いしたこともございません。しかし、先代様からいくつかのことはお聞きしております」

「最後の1年間って、どういうことですか?」

「親族会議は先代様が亡くなられて以来、開かれることはなくなりました。もっとも、それ以前の3年間……楓様が七倉本家を去られてから最後の親族会議が開かれるまで、既に親族会議は有名無実のものになっていたようです。楓様は最後の首座・第一席でいらっしゃいました。それは、私が親族会議に出席したときにも分かりました。第一席は空席でしたし、それ以外にも空席になった席次が目立ちましたから」

「楓さんがどこかに引っ越した後は、七倉さんが第一席に座るものじゃないんですか?」


 京香さんは首を横に振った。


「お嬢様は十六代の別席です。実は、楓様が出席された最後の親族会議の議題は、先代様が後継者にお嬢様を指名されたことだったそうです。もっとも、私はその会議には出席しておりませんでした。お嬢様はご出席されておりますが……」


 七倉さんはうつむき加減になって言った。


「すみません、あまり覚えていないんです」


 僕はすこし意外だった。七倉さんは七倉本家の長女だ。だから七倉家のことについてはなんでも知っていて当然だと思っていたんだ。


「先代様が亡くなったときでも、お嬢様はまだ9歳でしたから。菖子様の教えの全てを受け継ぐことはできませんでした。家全体の知識や伝統に関しては会長や社長も伝えられておられますが、能力者としての知識についてはお嬢様はご存じでないのです。無論、もともと七倉の血を引かない私も同じです」

「つまり楓さんは今でも首座のままってことなんだ」

「はい、10年間ずっとそうですし、それだけの力があるひとでした」

「うん、それはなんとなく分かったよ……」


 僕は昨日の夕方、初めて楓さんと出会っただけれど、楓さんが写真の中で見た姿とは全然違うことはもう分かっていた。七倉さんと同じような美人だとは知っていたけれど、七倉さんよりもずっと現実離れした雰囲気を纏ったひとだった。


「そういえば、楓さんは着物を着ていたけれど、あれには何か理由があるの?」

「昔からです。楓さんは和装でいることが多かったです。このあいだお会いしたときも、和服でした。菖子さんは昔の人でしたからそうでしたが、高校生の頃の楓さんも制服でいるか、着物を着ているかのどちらかでした。それに、ずっと本家にいらっしゃって、外に出歩くということも少なかったような気がします。物静かで、とても不思議な……」

「菖蒲の柄だよ」


 口を挟んだのは、お祖母ちゃんだった。

 いつの間にか、祖母が台所から姿を現していた。冷蔵庫から羊羹を出して、お盆にのせて僕たちの前に出した。


「お祖母ちゃん、菖蒲がどうかしたの?」

「着物が菖蒲の柄だったからね。あれは先代を表しているんだよ」

「そうなの? 七倉さん」


 僕が七倉さんに聞くと、七倉さんはびっくりしたような顔をして祖母を見た。


「七倉菖子です。私のひいおじいさまの妹で、先代の能力者。菖子のショウは菖蒲です。だから、菖蒲柄の着物を着ていることが多かった……」

「たしかにそのとおりです。先代様はいつも菖蒲の着物を着ていらっしゃいました」


 京子さんも思い出すようにしてから言った。


「ですが、どうしてそのことをご存じなのですか?」


 祖母はもともと細かった目を細めて言った。


「昔いろいろあったんだよ。ずいぶん喧嘩しちゃってねえ」

「大叔母さまとお友達だったのですか?」


 七倉さんの質問がどこか面白かったのか、祖母は笑った。


「友達なんてものじゃないさ。それに、それ以上、七倉の家のことは私には分からないねえ」

「とにかく、楓さんは別邸に招待してくれるらしいけれど、別邸って?」

「離島にある七倉家所有の別荘です。すこし不便ですが、景色の良いところですし過ごしやすいところです。お父さまにお聞きしたら、東京本社のほうで決められたことでしょうって」

「……それで、司様をお嬢様と別邸へお連れいたしたく、ご挨拶に参りました」


 京香さんは祖母に頭を下げた。七倉さんも同じようにした。

 もちろん、僕はもう祖母に手紙の話をしていた。楓さんのことはずっと気になっていて、あの不思議な女性が僕を招待したなら、きっと行かなければならないとは思っていたんだ。

 祖母は僕たちの旅行を拒むことはなかった。


「行っておいで。盆までには戻ってきなさいね。法事もあるから」

「申し訳ありません。七倉家が責任を持って司様をお送りいたします」


 京香さんはもういちど頭を下げて、七倉さんは笑顔になっていた。


***

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