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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
11, 相坂しとらの至上命令
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54, 相坂さんの僕へのお誘い

「でも、それならどうしたらいいんだろう。相坂さんがどうしても嫌なら、断ってもいいけど……」

「聡太、それは根本的な解決方法ではないと言わざるをえないのです。だから、わざわざ聡太がそんなことをしなくてもいいのです」


 僕は相坂さんに聞き返した。


「いいの?」

「断ったところで、どうせもっとややこしいことになるだけなのです」


 それは相坂さんの言うとおりだったし、僕も言葉面はともかく本当は相坂さんに一度は双嶋くんと対面してほしかった。そうじゃないと双嶋くんは納得しないと思ったんだ。


「でも、双嶋くんはふだんこんなに強引な性格じゃないよ。むしろ、もっと慎重な性格だからこそ、相坂さんになかなか話ができなかったんだ。今回はきっとどうかしちゃっているんだよ」

「そうなのですか?」

「うん……。なんとなく僕が感じただけだけど、ひょっとしたら何かの能力のせいじゃないかなとも思うんだ。ひょっとしたら、相坂さんの能力のせいなのかなとも思うんだ。もっとも、単純に相坂さんのことが気になって仕方ないビョーキみたいなものなのかもしれないんだけど」

「病気……ですか?」


 電話口の向こうから怪訝そうな声が聞こえたので、僕はちょっとだけ慌てた。


「もちろん病気だって言っても、本当に病気に罹ったわけじゃないよ。それに、能力のことがヘンだなんて思っているわけじゃないんだ。でも、僕から見れば双嶋くんの様子がとても不自然に思えて、それを表現するために過剰な表現を使っただけ」

「分かっていますよ。聡太。では、やっぱり調べなければならないです。ただ、聡太の友達には申し訳ないですが、わたしは気乗りがしないのです」


 それはとても残酷な発言だったけれど、相坂さんが双嶋くんのことをどう思うかまでは僕には責任がとれないことだったから、僕は心の中で双嶋くんに手を合わせながら、あまり罪悪感は抱くこともなかった。


「話を聞いているとわたしの好みではないと言わざるをえないのです。わたしと話をしたいのなら、直さなければならないところがたくさんあるのです。あとでその聡太の友達には言っておかなければならないのです」

「無理を言ってごめん、相坂さん。もし双嶋くんがしつこかったり、ヘンなことをしようとしたら、僕や河原崎くんに相談してよ。相坂さんなら能力も使えるし大丈夫だとは思っているんだろうけど、双嶋くんの様子は気になっているんだ」

「心配しているのですか?」


 耳元で相坂さんの控えめな笑い声が聞こえた。


「ごめん。相坂さんに心配なんて要らないとは思うんだけど」

「気になるのですか?」


 僕が素直に肯定すると、相坂さんは「そうですか」と言った。それでその話は終わったみたいだった。相坂さんはそれから双嶋くんの話題なんかすっかり忘れてしまったかのように、それまでとは全然ちがう口調で切り出した。


「そういえば聡太、夏休みは元気に過ごしていますか?」


 僕はちょっとだけ戸惑ったけれど、相坂さんと電話で話をするのがとても楽しく思えてきた。さっきまで双嶋くんの話を考えていたせいかもしれない。


「うん。暑いけど僕は夏の暑い季節は嫌いじゃないんだ」

「そうなのですか。最近はどうして過ごしているのですか?」

「特にこれといって……かなぁ。盆が近づいたら祖母の家に行くし、もしかするとどこかに出かけることになるかもしれないけれど、今のところは予定もないし、家でゴロゴロしたり、ネットに繋いで遊んだり、本を読んだりしているだけかな?」

「もしかしてお祖父様の遺された記録などを読んでいるのでしょう」

「そんなに大したことじゃないよ。実際、昨日だって寝転がりながら目を通していただけだったしね」

「聡太はとても勉強家です。とても有意義なことだと思いますよ……」


 僕は次の言葉を待ったけれど、相坂さんは何も言い出さなかった。その沈黙が何なのかを聞こうかなと思い始めた頃に、相坂さんはすこし小さい声で僕に言ったんだ。


「聡太、できればまた一緒に出かけませんか?」


 あっと小さな声が出てしまった。それは僕が相坂さんに言おうとしていたことだった。もっとも、これは双嶋くんのことをとやかく言えないことでもあった。

 僕は考えるまでもなくすぐに返事をした。


「いいよ、またどこかに行こう。どこがいいかな」

「行き先はもう決めてあるのです」


 相坂さんの声は、僕の気分のせいかもしれないけれど明るかった。


「楽しみにしていますよっ」


***


 相坂さんに呼び出されたのは、その週の半ばを過ぎた日のことで久良川高校からほど近い駅の前だった。高校生は夏休みだから、休日を避けて平日に遊びに行こうと言ってくれたのは相坂さんのほうだった。

 今年は猛暑だった。いつものように暑い日で、普段なら久良川の川下から流れてくる風は頼りなかった。都心から離れているといっても、久良川町の夏は厳しかった。それでも、その暑さのおかげで目にすることができないような光景を見ることができている。

 相坂さんは滑らかな脚をまるごと露わにした、とても短いホットパンツを履いていて、それに白いノースリーブがとても涼しげだった。全身を見ても細身なのに、腰回りはくびれが形作られるほどに引き締まっている。


「こんにちは」


 相坂さんは手で庇を作りながら、口元だけで笑ってみせた。僕はその笑顔を見ただけでどうにかなってしまいそうになる。高校ではちっとも笑わない相坂さんは、なぜか不思議と表情が柔らかかった。

 ふだんの相坂さんはどちらかといえば顔を伏せていることが多い。本を読んでいて、まるで誰かに見つかるのを避けているかのよう。でも、こうして顔をあげれば男子なら誰だって夢中になってしまうくらいに可愛いことを僕は知っていた。


「こっ、こんにちはっ。本日はお招きいただきありがとうございます」


 相坂さんの隣に居て、とても丁寧にお辞儀をしたのは、僕のクラスメートでもある七倉菜摘さんだった。彼女は名前からも分かるように、この久良川でとても有名な旧家・七倉家のお嬢様だ。七倉さんは高校ではクラスの中心で、女子のなかでは相坂さんと仲がいい唯一の女の子だった。

 七倉さんはとても長い髪をもっていて、今日はなぜか麦わら帽子をかぶってきていた。いまどきそんな帽子をかぶってくる女の子なんて、七倉さんしかいないと思うけれども。

 相坂さんは僕たちの顔を順番に見て、こんどはあまり笑わずに言った。


「では行きましょうか。乗り継ぎが面倒なのですけれどね」


 僕たちはすぐに来た地下鉄に乗り込んだ。久良川から都心までは小一時間もかかる。大都市の郊外だといっても、この時期の久良川周辺からの乗客はいつだって多くない。僕は相坂さんの隣のシートに腰掛けさせられた。相坂さんを挟んで向こう側には七倉さん。

 相坂さんは僕が見てもすぐに分かるくらいに上機嫌だった。それはもしかしたら当然なのかもしれない。七倉さんはクラスのなかでは唯一話をする女子で、今日だって1学期に学校の教室で見せたときとは全然ちがう表情をする。


 なんて余裕たっぷりに笑うんだろう。


 話をしている相手は、僕たちのクラスに君臨する――というよりも、おそらく1年生の中では知らないひとはいないだろう有名人の七倉さんだ。七倉さんは口元に手を当てて、僕のほうをうかがいながらひそひそ話をしている。

 それは、車内が空いているとはいえ、大きな声で話をすることを避けているからだと思う。七倉さんらしい。もちろん、七倉さんが笑うときに歯を見せないようにする仕草は、教室でも何度も見ていたのだけど。


 七倉さんはクラスのなかでは、はっきり言って並ぶひとがいないくらいに突出した人気のある女の子だ。それも当たり前で、まず話し方がぜんぜん違う。それから所作も違う。そういえば前に、都心の有名私立中学から久良川高校を受験したと聞いた。それを聞いてから、七倉さんの存在はますます謎めいたものになっていた。


 ところが、そんな七倉さんと唯一対等に話ができてしまえる女子が、クラスの中にひとりだけいた。それが相坂さんだ。相坂さんはふだんまったくクラスメートと話をしない。教室の中でいつも独りで座っていて、文庫本を繰っている。友達もほとんどいない。

 それなのに、いまこうして話をするふたりの姿は、まるで立場が逆転しているように見えるくらいだった。


 それにしても、相坂さんのすぐ隣に座っていると、弱冷車の冷房じゃあぜんぜん涼しくなった気分にならない。柑橘類のとてもいい香りが漂ってくるのは、相坂さんが冷房の風上の席に座っているからだった。僕がそれに困惑して足元を見つめていると、相坂さんに名前を呼ばれて小さな声で囁かれた。


「わたしを楽しませなければならないのです。せっかく遊びに来たのですから」


 そうだった。今日は相坂さんに楽しんでもらわないといけないんだった。

 僕たちは海側にまで足を伸ばした。山に近い久良川と違って、海の近い地域は昔から港を中心として栄えていた。土地が少ないせいで大きなテーマパークはないけれど、水族館や遊園地もあるし、もちろんシネマコンプレックスやアウトレットモールもある。ひょっとしたら七倉さん御用達かもしれない、海外ブランドショップの日本支店の場所も知っていた。


 もちろん、七倉さんはさておき僕たちは都心のそんなお店を冷やかすわけにも行かないので、身分相応に海沿いの遊園地を訪れた。都心部の遊園地だから、観覧車くらいしか名物になる施設はないけれど、ジェットコースターもホーンテッドマンションもある。昨日、アトラクションの配置まで頭に叩き込んでいた。もちろん、飽きたら駅前にとって返して女の子が喜びそうな場所に行けばいいわけだし。

 相坂さんは小走りに受付窓口に駆け寄った。こういう姿を見ると、相坂さんのふだんの教室での姿っていうのは、かりそめのものなんだととてもよく分かる。


「ええと、4……ではなくて、3人分なのです」

「あっ、僕が出そうか」


 僕は気を利かせたと言うよりは半ば当然のつもりで財布を取り出したんだけれど、相坂さんは首を横に振った。


「気遣いは必要ないのです。気持ちだけは受け取らなければいけませんが」


 七倉さんの顔も見たけれど、当然のように断った。

 でも、それくらいは僕の財布から出して良かった。なんていっても、今日のことを僕はとても楽しみにしていたんだ。それに、私服姿の相坂さんは僕たちがふだん目にしている制服姿よりもよほど目を引く姿をしている。なんだか僕だって格好つけないと恥ずかしいみたいじゃないか。

 僕は助けを求めるみたいに七倉さんの顔をうかがってみたけれど、思ったとおり、七倉さんは微笑したままやんわりと断った。


「持ち合わせはありますから」


 相坂さんが断るのは予想ができたことでもあったんだけど。

 都心にあるとはいっても、平日の遊園地は空いていた。夏休みの期間だけに近隣の大学生や、平日に休みのひとがいたけれど、それでも休日に比べればなんでもないほどの人出だった。

 不意に、相坂さんが駆け出すと、近くの案内板と窓口で貰ったパンフレットを見比べた。それから僕たちのほうに振り返ると、満面の笑顔で僕たちに向かって叫んだ。


「――、どれに乗りましょう!」


 相坂さんは目をきらきら光らせている。

 でも、その姿は子供っぽいなんてことはまるでなかった。脚が長くてすらっとした女の子はたしかに見栄えがするけれど、相坂さんは小柄なのになにひとつ無駄がないんだ。体が小さいぶんだけ、からだのつくりに余計な部分がなくて、そうなると端正な顔立ちだけが僕の目に焼きついてしまう。


「ジェットコースターはどうでしょう。苦手ですか? でも、ここのジェットコースターはそんなに規模が大きくないですから、苦手でも大丈夫なのです。下から見ると高いように見えますか? でもこれは、浜辺にあるから周りに高い構造物がなくて、高く感じるだけなのです。そのかわり、乗ったらきっと海に飛び込むようなスリルがあるかもしれませんね。でも、怖がらなくても大丈夫ですよ。ここのコースターは速度がでませんから。それから、観覧車は最後にしましょう。できれば夜がいいに違いないのです。それはさっき言ったのと同じ理由なのですよ。周りに高い建物がないですから、都心なのに遠くまで見通せます。ここからだと駅の方角まで中央通りが伸びていて、夜景だって観覧車から見るときっと絶景に違いないです。一時退場もできますから、昼間はとにかく遊ぶのですよ!」


 相坂さんは僕たちが答える前にどんどん話を続けてしまう。まるで高校の4月から今日までのあいだ、学校ではできなかった会話をまとめてするかのように、相坂さんは話を続けた。

 そのときの表情だって、クラスメートが見たら全員がびっくりするだろう。相坂さんは今日ここに来ることをそんなに楽しみにしていたんだろうか? 相坂さんは笑ったり、僕の目を覗き込むかのように様子を見たり、上目遣いで見つめたりしてきた。

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