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46, 御子神さんの襲来

 いよいよ夏休みだ! といっても、夏休み中に特にやりたいことがあるわけでもない僕だけど、7月半ばのこの時期は、期末テストが終わって授業も気楽だし、そもそも暑さのせいで何をするにも気力を使う気にはならなかった。

 僕は夏が嫌いというわけではないのだけど、午後の暑い時間帯に体育の授業をやったり、扇風機も無い中で授業を何時間もするのはとてもつらい。それは僕だけじゃないんだ。河原崎くんと相坂さんは、もうひとつやる気の無さそうな胡乱な目で黒板を見ているだけだった。けれども、不思議なことに七倉さんはなぜかいつもどおり。

 もっとも、こんな季節が得意なひとがいたらそれはそれで能力者だと思っていた僕だけど、そんな珍しいタイプの女の子が隣のクラスにいたんだ。


「聡太くーん!」


 終業式を数日後に控えた7月半ばの昼休み、ぼんやりと河原崎くんと雑談していた僕を呼んだのは、同じ学年で隣のクラスの女の子、御子神叶さんだった。

 御子神さんはとってもスタイルがいい。背が高くて、それにあわせて髪は腰まわりまですうっと伸びている。だから、腕を伸ばすとどこにいてもとてもよく目立った。その御子神さんが手をぶんぶん振りながら教室の入り口にいた。それで僕を呼んでいるのかと思ったら、何食わぬ顔で僕のところまで歩いてきた。

 河原崎くんは露骨に嫌そうな顔をした。嫌そうな目をしているかどうかは分からないけど。


「まーた厄介ごとか」

「またって言うほどでもないでしょ?」


 河原崎くんは意味深に苦笑した。

 ところで御子神さんは夏の日差しに負けないくらいに元気だった。ほかのクラスメートと比べると分かるけどなんだか動きが機敏だし、汗をかくような暑さでも、全然それが気になっていないみたいだった。

 御子神さんは笑いながらまた手をあげた。


「聡太くん、お久しぶり!」

「御子神さん、久しぶり」

「久しぶりっ」


 河原崎くんは面倒くさそうに口を歪めた。

 そういえば、僕は随分と長いこと御子神さんに会っていなかったけれど、ふと言わないといけないことを思い出した。


「御子神さん、陸上の大会で入賞したんだよね。おめでとう! ちょっと遅いけど」

「あっ、そうだね。ありがとっ! 聡太くんにおめでとうって言ってもらえるなんて嬉しいなっ」

「県大会だっけ? すごいよ!」

「えへへ。恥ずかしいなぁ」


 御子神さんが陸上の地区予選大会を抜け、県大会で入賞したのは6月のことだった。1年生の御子神さんが入賞したことはびっくりするような快挙だったんだけど、それと同時に当然だとも思った。

 御子神さんは「かける」ことを得意とする異能の一族、倉橋家の血を引いている。

 しかもその力は結構な強さなんだ。この地域でいちばんの名家・七倉家の長女である、七倉さんの能力を相殺してしまうほどといえば、その能力の強さが分かってしまう。


 以前、僕は御子神さんに「賭け」をもちかけられて、御子神さんの能力の影響を受けてしまったことがあるんだけど、あの時、御子神さんの能力に対抗できたのは相坂さんだけだった。つまり、僕が知っている異能者のなかでは、2番目に力が強いひとということになってしまう。


 自分の領域に持ち込んでしまえば、オールマイティに能力を発揮できる相坂さん。

 倉橋家出身のお母さんから、本家を超えるほどに幅広い能力を受け継いだ御子神さん。

 そして、鍵開けの能力で七倉一族を支える七倉さん。


 もっとも、七倉さんの能力は鍵開けに限らないからまだ底が見えていないような気がする。この順番はあくまで今のところ、僕が分かる範囲でという但し書きがついたものなんだ。

 それでも、自分の能力に絶対の自信を抱いている相坂さんや、七倉さんとは違って、御子神さんは自分の能力をなんでもない特技みたいに言う女の子だった。

 御子神さんはその魅力的な目を僕に向けて言った。


「でも私は走るのが得意っていうだけだからね。もちろんインターハイのチャンスがあれば狙っていきたいけど、私はそこまでは無理だなぁ。私は楽しく走れれば充分なの!」


 僕は何度もこの言葉を繰り返してしまう。すごいなぁ。

 御子神さんの態度を見ていると、僕はそれこそが『才能』と呼ばれるものなんだろうな……と実感してしまう。陸上競技に打ち込んでいるひとはたくさんいるけれど、御子神さんにとって陸上競技は打ち込むとまではいえないものだった。

 陸上部には出たり出なかったりしている。占い研究会という名のオカルト組織(僕はそう思っている)にも掛け持ちだった。なんとなく真面目じゃないようにも見えてしまう。

 それでも、御子神さんは楽しめる限りで練習をしていた。才能があって、楽しく練習しているなんて他のひとからすれば反則級なことなんだけど。


「それでもやっぱり嬉しい!」


 御子神さんはまるで悩み事なんて何もないような笑顔で喜んだ。御子神さんのこういう性格はとっても気持ちいい。


「それにしても、今日はわざわざどうしたの? 大会が終わったっていっても、御子神さんって忙しいイメージがあるんだけど」

「真夏はどこも全国大会の時期だからねっ。1年生の私にはあんまり関係ないの。それで、今日はやっと遊びに来れたわけ! あ、もちろんちゃんとした用事があって来たんだよ」

「暑いのに結構なことだ」


 河原崎くんは呆れたように言った。でも、御子神さんは全然気を悪くしたような様子ではなかった。


「夏は好きなの! なんていっても汗を『かける』からね!」


 ダイエットにも最適、なんて言ってウインクして、その均整のとれたプロポーションを見せてくれた。そのすらっとした体にダイエットが必要だとはとても思えなかったけれど、たしかに御子神さんと汗は不似合いではなかった。ポニーテールに汗をかきながら走る姿は、むしろ絵になりそうですらあったんだ。

 御子神さんは僕の座っている机に手をつき、僕に詰め寄った。


「それで! 夏休みに入る前に絶対に相談したかったの。聡太くん、部活に入ってないから夏休みになったら捕まらなくなっちゃうでしょ?」

「うーん……。たしかに、夏休み中に学校に来ることはないと思うよ」

「だよね、だからどーしても聡太くんに相談しなきゃダメだったわけ。今日、時間いいかな?」


 僕はかなり圧倒されていた。


「でも、僕を捕まえてどうするの?」

「ちょっと相談事。いい?」


 御子神さんの指が1センチメートルくらいの「ちょっと」を作っていた。

 部活動に所属していない僕にとって、まとまった時間が作りやすいのは放課後なのだけど、それが御子神さんも同じだっていうのは僕にとっては心配になってしまう。

 授業が終わると、御子神さんは終礼数秒後には僕の教室に飛び込んできた。もっとも、御子神さんのクラスの終礼は終わっていたけれど、僕のクラスはまだ担任教師と顔をつきあわせて連絡事項を聞いているところだったから、御子神さんはばつの悪い思いをした……はずだった。


「聡太くん行こう! あっ、ごめんなさい!」


 こんな調子ですぐに扉を閉めた御子神さんは、実際全然こたえていなかった。

 僕が荷物をまとめて廊下に出ると、そこには堂々と僕を待っている御子神さんが立っていた。僕が教室を出る前から、僕の姿を見つけるとぱっと表情が明るくなった。

 それから、僕たちは並んで廊下を歩き始めた。御子神さんはいわゆるモデルさんみたいに長身で、頭の後ろでくくった髪が歩くたびに自己主張する。男子のなかでは平均程度の上背しかない僕は、いかにもバランスの悪い取り合わせだと思う。

 それで居心地が悪くなったというわけではないんだけど、僕は御子神さんに質問した。


「御子神さん、部活はいいの?」


 御子神さんは歩きながら笑顔で答えた。


「いいの! それに今回の事件は部活動に関係しているんだよ。部室で起こった出来事だからね」


 なんだか僕はとても自然に「事件」という言葉を聞いた。もっとも、僕は高校内で探偵という地位を確立したつもりはなかった。


「それって顧問の先生に話したほうがいいんじゃないの?」

「部活じゃないから顧問がいないんだよっ」

「あれ、陸上部の話じゃないの?」


 僕は意外だった。事件が起こるとすれば人数も活動日も多い陸上部のほうだと思ったんだけど……


「ううん、今日は陸上部じゃなくて占い研究会のほうだよっ」


 僕は思いついて言った。


「あっ、ひょっとして占い研究会をつくったのは御子神さんなの」

「ちがうよっ。占い研究会はあんがい古くからあるんだよ。つくったのは久良川高校ができてからすぐのことだって先輩に聞いたことがあるもの」

「へえ、意外。てっきり、いま所属している生徒がつくった趣味のサークルみたいなものだと思ってた」

「それがフツーの研究会のイメージだもんね。占い研究会が活動する日は不定期なの。陸上部は毎日やってるけどね。わたしは出ていないことも多いけど!」


 御子神さんはなんでもないように言うけれど、こんなふうな言い方をしていても、陸上部の1年生エースだっていう現実はちょっとだけ不公平。

 でもまあ、そんな御子神さんにもいろんな苦労があるんだろうけれど。


「聡太くんにかかれば事件も一発解決! だよね?」

「いや、僕はべつに謎解きが得意なわけじゃないんだけど……」

「でも、この前は私の能力のことを言い当てたじゃない」

「それはそうだけどさ」


 御子神さんはすこし駆け足になって、僕の進路を遮るように躍り出た。僕の目先に指を立てて言い放つ。御子神さんはわざとらしく挑戦的な目つきをした。


「今回も私の能力にちょっとだけ関係しているの。でも、聡太くんなら解けると思います」


 そうかなあ。

 僕は不安になりながらも、おとなしく御子神さんの後をついて行く。たどりついたのは表札が外れた教室だった。周囲は特別教室が並んでいる。河原崎くんの所属するコンピュータ研究会のコンピュータ室が近くにある区画だった。


「こんなところに部室なんてあったんだ」

「聡太くんはこのあたりには来る必要がないもんね」


 それは、僕が部活動に参加していないというのも大きな理由だったけれど、1年生の1学期ということも大きかった。これが2年生や3年生だったら、いろいろな特別科目に参加することもあるんだろうけれど。


「それにここって随分と奥まった場所にあるよね。階段からも遠いし」

「だからこそ使わせてもらえるんだけどねー」


 御子神さんは部屋の鍵を取り出して扉を開けると、部屋の明かりを点けた。

 なんだか、高校の中だとは思えないような光景が僕の目の前に広がっていた。その部屋のなかには特別教室によくある大きな机が並んでいる。けれども、その机の上には様々な私物で溢れかえっていたんだ。


 占いに関係のある本、水晶玉、不思議な模様の描かれたカードの数々……なんてものが並んでいるだけだったらいいんだけど、それよりもずっと多かったのは、どう見ても趣味としか思えない雑誌とか小説とかボードゲームとか携帯ゲーム機だった。いったい何の部屋なんだろうか、ここは。

 もっとも、そういう雑然とした雰囲気には、それでいて妙に秩序だったようにも見えた。


「……ものすごく雰囲気がある部屋だよね」


 僕はそれを知っている。ひとが使用し続けた部屋には、ひとそれぞれの個性も出てくるし、なんとなく手が届きそうな場所に全てのものが収まっているように見える。


「この高校の歴史が積もり積もったって感じかな?」

「そんなに人数は多くないんだけど、みんな片づけないからすぐに散らかっちゃう。勝手に片づけたら怒られちゃうし」


 御子神さんは唇を尖らせて言った。たしかに、御子神さんの場所だけはすぐに分かるくらいに綺麗だった。こう見えて御子神さんは綺麗好きなんだ。


「水晶玉を置いてあるのが会長の場所。占いもとってもよく当たるから、またいるときに見てもらいに来てねっ」


 とりあえず、僕はその誘いに頷くかどうかは保留しておいた。部屋の中はとても暑くて、僕はすぐに首筋が汗ばむのを感じていたんだ。なにせ、この部屋の窓にはカーテンがかかっていた。


「窓を開けてもいい? 暑くて!」

「いいよ、締め切りにしておくと熱がこもっちゃうね」


 カーテンを開けると、中庭の様子がとてもよく見渡せた。もっとも、上階にあるせいで日光を遮るものがほとんどないこの部屋からは、のんびりとは外を眺めていられない。顔が焼けてしまいそうだ。僕は顔を引っ込めた。


「そういえば、どんな事件が起こったの?」


 聞いてから僕は「あっ」と思ったけれど、もう御子神さんはすっかりその気になっていて、僕に丁寧に説明を始めてくれた。

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