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32, 僕と倉橋先輩

「まず、司聡太は教室に侵入した嫌疑についてだ。実害がないとはいえ、教職員の間でも疑いが濃い。生徒会の職務を行うことで、教職員との接点を増やし、心証を回復する意図がある。もちろん、生徒会がフォローする形で司の無実を主張する。万が一、司が犯人であれば懲罰としての意味もある。いずれにしても妥当な処分であると思う」


 優子さんが僕のほうを見たので、僕は首肯して異存がないことを主張した。正直に言えば面倒だったし、抗議をすれば裁定が覆る可能性もあったけれど、僕だって全く関与していないわけじゃない。

 七倉さんの秘密を守りながら、校内の先生にうまく取り繕うことができるのなら、願ったり叶ったりだった。

 それから優子さんは桃子さんのほうを見た。


「次に桃子だが、これは皆も口や態度に出さないだけで思っていることだろう。桃子は生徒会に所属しているにもかかわらず、その職務を充分に果たしているとはいえない。皆の足を引っ張ってばかりだ。今回も、司聡太が4月の事件について嫌疑を掛けられているにもかかわらず、その連絡を2日間にも渡って行わなかった。もしかすると、教師側に先手を取られ、彼の立場を極度に悪化させる可能性もあった。場合によっては、証拠不十分であっても訓戒、譴責、停学などの咎めがあったかもしれない」


 さすがに堪らなくなったのか、倉橋先輩が口を挟んだ。


「会長、いくらなんでもそれはかわいそうでは……」

「不法侵入だ。過去の事例を調べれば、過失が軽い場合で訓戒、重い場合で反省状を要する譴責、窃盗を行った場合には停学が確定していた。2か月が経過しているだけに急な追及はないだろうが、教師の気が変わればそれまでだった」


 それは確かにそうだったけれど、僕自身も優子さんは言いすぎじゃないのかと思ったくらいだ。桃子さんは、それこそ優子さんから咎められて泣き出してもおかしくはなかったけれど、なんとか堪えているみたいだった。それを見て、僕は少しだけ安心した。


「私の妹とはいえ、怠けて他人を害するような者に容赦するつもりはない。今回は良い機会だ。足を引っ張らない程度に性根を叩き直す」

「……分かりました。会長、ありがとうございました。僕からは反対意見はありません」

「桃子、お前は皆に迷惑をかけすぎた。この中にはお前のことを嫌う者もいるだろう。その責任を取ってもらう」


 桃子さんは小さく頷いた。優子さんは席に着き、みんなが優子さんに注目する。


「先ほど言ったとおり、皆は私物を持って帰るように。当分は行事もないから、少し早いが期末試験向けの活動休止期間だと思ってくれ。それでは、本日の議題は終了とする」


***


 翌日の朝、僕は七倉さんに昨日の生徒会室であった出来事を話すかどうか迷ったけれど、結局は話すことになってしまった。僕が生徒会室に呼ばれたのは七倉さんの知るところだったから、隠しておくことは難しかったんだ。

 それで、僕は七倉さんを廊下に連れ出してから、七倉さんが心配しないように昨日のことを伝えた。けれども、話が終わるやいなや、七倉さんは猛烈に怒り出してしまった。


「信じられません! 生徒会長さんがそんな判断をするなんてどうかしていますっ」


 七倉さんは身振り手振りで怒りを露わにしていたけれど、なんとなくその姿は上品だった。やっぱり廊下に連れ出して良かった。教室内でこんなところを披露したら、注目を浴びてしまうところだった。


「七倉さん、落ち着いて。たしかに生徒会の雑用をするなんて喜ぶようなことじゃないけどさ、実際にあの事件で疑われたのは僕だったから、疑惑を晴らすために手助けしてくれるなら、悪い条件じゃないよ」

「でも、そもそも司くんが疑われたのは私のせいじゃないですか。本来なら、あの日のうちに私が名乗り出るべきことです。どう考えても、司くんが悪いことなんてひとつもありません」


 たしかに、あの日、七倉さんが名乗り出たとしたら僕とは違う扱いがされた可能性はある。七倉さんのような外見からして優等生な女の子は、まず疑われにくいから、何かの間違いで処理された可能性はある。

 でも、それなら僕だって証拠もないのに疑われ続けるとは思わなかったんだ。


「それでも、あのとき七倉さんが名乗り出たとしても、それが正しいとも思えないよ。だって、それで七倉さんが犯人扱いをされれば、それは七倉さんが故意に鍵を開けたことになるんだ。けれど、七倉さんは無意識に鍵を開けてしまったんだから大違いだよ。僕は自分が根拠もなく疑われるよりも、七倉さんがそんな見当違いな疑われ方をするほうが、よっぽど間違っていると思うよ」

「しかし、司くんが責められるのは明確な冤罪です。司くんが鍵を不正に開けた証拠なんて、どれほど捜しても見つかるはずがありません。だって、あれは私が開けたのですから。私、生徒会長さんがそんな短絡的な思考をする方だと思いませんでした。見損ないました」


 七倉さんの怒りは収まらなかった。七倉さんってお嬢様だしふだんはとても穏やかなひとなんだけれど、友達や身内のことになると感情的になることがあるんだ。ひょっとするとそれは、七倉さんが七倉家という大きな家の出身だからかもしれないし、ご先祖さまの「なつ様」の影響なのかもしれない。

 七倉さんは僕に顔を近づけた。


「昨日の名簿で副会長の方を覚えていらっしゃいますか? 副会長の倉橋先輩とはお互いに見知っている仲なんです。司くんもお気づきと思いますが、倉橋家の出でおつきあいがあります。あまり性急なことを好む方ではありません。きっと味方になってくださるはずです。それに、教職員のなかには七倉家と繋がりのある先生もいらっしゃいます。強引ではありますが、冤罪を防ぐためなら圧力をかけてでも――」

「な、七倉さん落ち着いて!」

「いいえ、今回ばかりは司くんにお任せするわけには参りません。ぜひ、私にお任せ下さい」


 七倉さんは自分の胸に手を当てた。それは頼りになりそうな態度だったけれど、ここで頼むと話がますます大ごとになりそうなので断りたかった。僕が悪くないと分かりきっているから、七倉さんはどこまでも強気で、いちど暴走させてしまったら校内を平定するまで止まらなそうだった。僕のことを考えてくれているのは嬉しいけど、ちょっと怖い。


「さあ、やりましょう!」

「目が怖いよ七倉さん!」


 七倉さんの瞳には、七倉家をバックとしたありとあらゆる選択肢と歴史が映っているかのようだった。このままだと久良川高校の平和と未来が危うい。僕は周囲に助けを求めた。

 その願いが天に通じたのかどうかは定かではないけれど、七倉さんを止めてくれるひとが現れた。

 長身で眼鏡の、ひとの良さそうな2年生男子がそこにいた。


「やあ、おはよう。早い時間だけれど来てみて良かった」

「おはようございます。随分とご無沙汰しております」


 いつの間にか、七倉さんはふだんのテンションに戻っていて、礼儀正しく頭を下げていた。僕も慌てて居住まいを正して、会釈する。


「倉橋先輩、どうしてここに」


 倉橋先輩は、昨日生徒会室で見たときと同じように、とてもひとの良さそうな表情で、僕と七倉さんに手を挙げて挨拶してくれた。あの会長の下で働いているということもあるだろうけれど、人当たりの柔らかそうなひとだった。


「七倉さん、その節は。前に会った時よりもますます七倉の力を磨かれているようだね。七倉の家もこれなら安泰だろうね」


 倉橋先輩は僕と七倉さんにだけ聞こえるように言った。それで、僕は倉橋先輩が、その家柄どおり、異能の力をもっているのだと理解した。

 けれども、倉橋先輩の挨拶がどこかおかしかったのか、七倉さんはくすくす笑った。


「お気遣いいただきありがとうございます。叔父様をはじめ、東家の皆様はお元気ですか。倉橋の男性はその能力の強さゆえに気も強くなりがちです。賭け事はほどほどにされますよう、どうかお気をつけください」

「ありがとう。申し訳ないのだけど司君と話がある。ちょっといいだろうか」


 七倉さんは僕のことを横目でちらりと見てから言った。


「昨日のことでしょうか。だとしたら、私も一緒にお聞きしたいです」

「たしかに昨日の生徒会で話し合われたことだよ。でも、これは個人的な話題でもあるから、できればいったん席を外してくれるとありがたいのだけど」


 倉橋先輩の頼みに、七倉さんは一瞬だけ迷うような視線を送ったけれど、すぐに納得して頷いた。


「分かりました。では、司くん、また後でお話ししましょう」


 七倉さんはスカートを翻して、教室へと戻っていった。夏になったというのに、七倉さんには暑さなんて無縁のようだった。見ているだけでも涼しげだし。

 倉橋先輩は七倉さんの後ろ姿を見届けてから、ばつが悪そうに笑った。


「いやあ、笑われてしまった。やっぱり、ああいう挨拶は良くないね。七倉嬢に挨拶するのだからと思って少しは考えてはみたものの、あれは良くなかった。うん、いかにも良くなかった」


 僕は分からずに尋ねた。


「すみません、どこかおかしかったんですか?」

「うん、そうだ。それも分からなくても仕方ないんだけどね。しかしまずは僕のことを話しておかないといけない」


 僕は首をひねった。倉橋先輩は後頭部のあたりを掻いて、とても話しづらそうにしていた。どうしてだろうと思ったけれど、その理由はすぐに明らかになった。


「あ――、緊張するな。自己紹介でこんなに緊張するなんて久しぶりだ。ええと、僕は倉橋春高という。もう知っていると思うけれどウチの高校の生徒会副会長をやっている。そして、きっと知らないと思うけれど、きみと僕とは親戚同士なんだ。司君のお祖母さんは東倉橋家の出身で、僕のひいじいさんの妹にあたる」

「えっ!」


 僕は驚いた。たしかに、倉橋先輩が僕の祖母と同じ倉橋家の出身だということはわかる。けれども、僕の祖母の実家・倉橋家は、このあたりでは七倉家に負けないくらい多くの家がある旧家だった。だから、名字が同じだからといって親戚だとは限らないんだけれど……まさか倉橋先輩がそうだなんて。

 倉橋先輩は相変わらず僕との距離感を測りかねているような、困ったような笑顔で続けた。


「まあふつうはそうなんだよね。僕だって司君のことを聞いて初めて知った。昨日は黙っていたけれど、きみが司家の跡取りだということは聞いているんだよ。というか、司君のお祖母さんが連絡をくれたのがうちだからね」

「ということは、七倉さんに連絡したのも先輩の家だったんですか」

「うん、それもウチなんだ。ちなみに僕のひいじいさんだけど、まだ立派に健在なんだよ。もう90歳を超えているけど、今日も元気に野良仕事をしているんじゃないかな。この前の葬式にも参列しているんだ。聡一郎さん……だっけ、義理の弟にあたるからね」

「そうだったんだ……」


 いつの間にか、ほんの少しだけど、僕は先輩のことが親戚だという実感を抱くようになっていた。先輩もなんとなく気安くなったみたいで、口調は滑らかになってきていた。


「そうそう、昨日の話だけれど、あれは七倉さんの能力の仕業だろう」

「はい。やっぱり分かるんですか」

「そりゃあもう。きみが召喚されたとき、一体どういう話なのだろうと耳をそばだてていたら、七倉さんの名前が出てきた。話を聞いていると、どうも司君がやったという証拠は出てこないし、きみは随分と冷静に対処していた。それを見ているとすぐに分かった。あれは七倉さんが鍵を開けて、それを会長に説明するわけにもいかないのだとね。分かってしまえばごく簡単な構図だったよ」


 倉橋先輩は全てを察しているかのように説明してくれた。昨日は生徒会長の氷上優子さんに責め立てられた僕だったけれど、すぐ近くに大方の事情を察していた味方がいたんだ。

 それで、僕はとても安心することができた。


「じゃあ、ひょっとして先輩も、何か『かける』能力を使えるんですか」


 僕は興味本位で聞いた。なんだかとてもフランクに話してくれる倉橋先輩だけれど、その実はとても不思議な能力を使いこなす、異能の一族の出身だ。

 最近は、能力者とだんだん自然につきあえるようになってきた僕だけれど、それでも初めて能力のことを聞く時はとてもどきどきする。倉橋先輩は腕組みして、焦らすかのように少しの間だけ黙っていた。

 倉橋先輩おもむろに口を開き、そして重々しく言った。


「ない!」

「え!」


 僕が思わず声をあげると、倉橋先輩は大笑いした。


「これが自分でも驚きなんだけどね、僕には倉橋の能力がまるでない。サッパリない。いやもう、倉橋家なんていう能力者の家系に生まれたことが何かの間違いだとしか思えないくらいだよ。実は両親の子供じゃないんじゃないか、なんて思い詰めた時期もあったね。まあそんな悩みは3日くらいで忘れちゃったけどさ!」

「3日!」


 僕はまた驚いて、倉橋先輩はにやりと笑った。まるで悩み事なんてひとつもないような、豪快な笑い方だった。


「いや参ったことにね、倉橋家にはよくあることなんだよ。ここ4代ほど、僕の家系に強力な能力者はひとりも生まれていない。叔父さんがちょっとギャンブルに強いくらいかな。もっとも、賭け事に目のない人間が多くてね、叔父さんが多少稼いだところでウチは大赤字だ」


 倉橋先輩があまりにも冗談めかして言うので、僕はどう反応していいのか困ってしまった。けれども、倉橋先輩は続けて七倉さんとのやりとりのネタばらしもしてくれた。


「さっき七倉さんに妙な挨拶をしただろう。あれは要するに、彼女に能力者としての話をしたいと伝えたんだ。まあ時頃の挨拶みたいなものだね。ところが、彼女にしてみればそれはおかしいわけだ。僕は能力者としての素養がまるでないから、彼女の能力が強くなったかどうかなんて分かるわけがない。それでも、僕は敢えてあの言い方をしたのは、ちょっとした冗談みたいなものだよ。それが面白かったかどうかは分からないけれど、一応、同じような返し方をしてくれた。ただし、僕や僕の父、祖父の話ではなくて、それなりに能力が強い叔父さんの話題でね。もっとも、彼女にとっては叔父さんの能力ですらお遊びみたいなレベルだから、思いきり気を遣わせてしまっただろうね。だからやっぱりあれは良くなかった。うん、反省だ」


 倉橋先輩は腕組みして納得したような素振りをした。


「それから、きみのお祖母さんは謙遜していたけれど、たったひとつとはいえきちんと能力を発揮できるというのは、倉橋の能力者としては充分なんだよ。まして鍵掛けの能力は大昔からあるものだからね。やっぱり本家筋の生まれだけあって、ちゃんとした能力を持っているんだねえ」

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