22, 御子神さんの答え
図書室に行けば、きっと御子神さんが来てくれると思った。
事実、御子神さんは今日もひょっこりと顔を出して、僕が机で本を読んでいるのを見つけていつものように声を掛けてきてくれた。
「こんにちは! 聡太君、私の能力のこと、何か分かった?」
それはいつもの挨拶みたいなものなのだけれど、僕は昨日までとは違う答えを返すことができた。
「うん、やっと分かったよ。御子神さんの能力」
「ホント? もう分かっちゃったの?」
御子神さんは目を丸くして驚いた。
今日は図書室に人が多かったので、僕たちは廊下に出た。ここなら、話を続けても誰も文句は言わないはずだ。
「僕の推測はたぶん合っていると思うよ。ちょっとだけ難しかったけれど、相坂さんや七倉さんが助けてくれたから」
「そうなんだ! じゃあ、答え合わせしよっか。――私の能力は何でしょう?」
御子神さんは腰に手を当てて、僕の答えを待った。
モデルみたいにすらりとした手足と、整った顔立ちは、見かけだけでなくて心の中の自信と余裕までも表しているかのようだった。走るのに邪魔なほどに伸ばされた髪も、御子神さんの能力があれば何でもないんだろう。
それくらいに、御子神さんの能力はとても応用が利く、広い能力だ。
今、僕はそれをたった一言で表現することができた。
「御子神さんはきっと、『かける』ことがとても得意なんだと思う」
「どうしてそう思ったの?」
御子神さんはその目を煌めかせながら聞いてくる。否定しなかったから、どうやら正解みたいだ。
「分かってしまえば単純なことだったよ。まず、僕はいちばんはじめに御子神さんと『賭け』をした。ある意味では既に答えを言っていたんだよね。それから、御子神さんが所属する陸上部は走ることだけれど、走ることは『駆ける』とも言う。だから御子神さんは走ることが得意なんだ」
御子神さんは頷いて、僕に続きを促した。
「それから、占い研究会に所属していることは、たぶん、御子神さんの名前とも関わっていると思う。占いや魔術は、僕たちが叶えたい願いがあるからするものだよね。将来に不安があって、けれども願いを『懸けて』すがるものが占いなんだから。ひょっとしたら、願掛けといったほうがいいかもしれないけれど」
「当たり! 叶っていう名前は私の能力とちゃんと関係しているの。願いを掛けて、それを叶えるようにっていうのが私の名前」
「いい名前だよね。それから、これは七倉さんから聞いたことだけど、御子神さんは数学が得意なんだよね。それはたぶん、現代数学に掛け算がとても多く使われているからだと思う。大きな数字を扱うことが増えているし、小さい数字だって乗数を使って表すから。『掛ける』ことを得意としているのなら数学は得意になるはずだよ」
「他の教科はあんまり得意じゃないんだけどね。でも数学だけは不思議とできるの」
御子神さんは少し照れたみたいだった。たぶん、バランスの悪い中間試験の点数を思い出したんだろう。
「料理も……たぶん『かける』具材があればうまくいくんじゃないかな。だから蜂蜜のことを聞いてくれたんだよね。失敗が少ないし、うまく作る自信があったから」
「仕上げがある料理のほうが好きなんだ。だから料理が得意っていうわけじゃないの。ほかの料理だと、分量もうまく計れないから」
それは御子神さんの性格だとありそうだ。
「でも、昨日のケーキはとっても美味しかったよ。ありがとう」
「うんっ。それから、まだあるかなっ?」
「次に、綺麗好きなのは雑巾を『掛け』たり掃除機を『掛け』るからだよね。こうしてみると、すごく単純な法則にしたがっていて、御子神さんの能力が色々な分野に発揮されるのはそのせいなんだってよく分かったよ」
そして、これは言わなかったけれど、暗示を「かける」こともたぶんそうだ。
僕が能力について推測したのはそれで全てだった。
御子神さんは満足したように頷いて、それから手を叩いて喜んだ。
「すごい! こんなに私のことを分かってくれたの、聡太君が初めてだよ!」
「それじゃあ、これで正解なんだ」
「うん、全部当たってるよっ。びっくりするくらい」
「あ――、でもこれは僕だけの力じゃなくて、七倉さんや相坂さんの力も借りているから、御子神さんが言ったように自力で解いたとは言えないかもしれない」
御子神さんは首を横に振った。
「ううん、充分だよ。私、とっても嬉しいもん。私の能力をこんなに分かってくれるなんて思わなかった。それに、私の願い事も聡太君は叶えてくれたし、ねっ」
「それなんだけどさ、最初に御子神さんが賭けをしたけど、あのときの御子神さんのお願いって何だったの? 僕も何度も思い出そうとしたんだけど、どうしても思い出せなくて」
「あれっ? 聡太君もちゃんと聞いていたと思ったけど」
御子神さんはそう言うけれど、僕はやっぱり心当たりに思い至らなかった。
ひょっとしたらそれが御子神さんの能力なのかと思ったけれど、そうではなかった。御子神さんはそれまでよりも少し声を落として、きちんと答えを教えてくれた。
「私の能力を分かってほしい。私の能力で作ったケーキを食べてほしい。ちゃんと言ったとおりに叶えてくれたよ」
僕は虚を突かれた。でも、御子神さんらしいとも思った。
「本当に――それだけだったんだ」
「私はただ、聡太君に私のことをもっと理解してほしいなって思っただけ。同じ能力者として、七倉さんが羨ましかったから!」
それは御子神さんの本音に違いなくて、僕は御子神さんが何か怪しげな能力を使ったことを少しだけ疑っていたのが恥ずかしくなった。
もっとも、僕が七倉さんのことを理解しているかどうかは分からない。けれども、能力のことが分からないと、御子神さんも七倉さんも相坂さんのことも、きっと理解できたとは言えないんだろう――。
夕方だけれど、夏が近づいてきてまだ外は明るかった。
七倉さんと相坂さんは、まだ校内にいるのだろうか。僕はふたりを捜したくて、御子神さんとは昇降口で別れた。
その別れ際、僕は御子神さんに尋ねた。
「そうだ、御子神さん、お母さんの旧姓は知ってる?」
御子神さんは首を傾げた。実はこの質問は七倉さんに聞けば答えが得られることが分かっている。御子神さんに聞くまでもない質問だった。
結局のところ、それはほんの些細な質問だった。僕はその答えを得ようと思えばいつでも得られたのかもしれない。けれども、その質問は今聞くのが正解だったのだと思う。
それはきっと、僕にとって重要な質問になるはずだ。
そして御子神さんは何の気なしに答えを告げてくれた。
「うん。私のお母さんの旧姓は倉橋。私の力はお母さんから受け継いだものなの。それがどうかしたのかな……?」
倉橋――、僕はその名字に聞き覚えがあった。