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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
4, 御子神さんとの賭け
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18, 御子神さんとの賭け

 七倉さんは楓さんと再会してからというものの、あちこちの部活にゲストとして誘われるようになった。そのほとんどは、文化部や規模が小さな体育会系の部活だったけれど、引く手あまたなのは七倉さんの頭の良さと人当たりの良さのためだ。

 七倉さんのスポーツのうまさは女子の平均程度だけれど、男子の僕から見て平均ということは、女子の間ではたぶん運動神経のいいほうだと思う。女子の中にはまるっきりスポーツがダメな子もいるわけだし。

 それで、七倉さんは今週だけでも茶道部と書道部とラクロス部に顔を出している。作動や書道は七倉さんのイメージにぴったりだったし、ラクロスもすぐに飲み込んで熱心に誘われたみたいだ。


 一方、僕はと言えば七倉さんとの接点が少なくなってからも、放課後には図書室に足を運んで、適当な本を読むようにしていた。いつの間にか読書の習慣がついていたのかもしれない。

 楓さんの手紙が見つかってから、図書室にいる目的のようなものは何もなかった。

 僕は郷土史を繰ることもあったけれど、歴史小説を読むこともあったし、伝記のたぐいに手を出すこともあった。歴史は得意科目というわけでもないけれど、戦国時代や中国の三国時代には心躍るから。

 僕が御子神さんと出会ったのは図書室で本を読んでいるときで、しかも御子神さんが肩を叩いてきたのだった。


「こんにちは! 聡太君、よくここで見かけるよねっ」


 僕が振り返るなり、御子神さんは図書室では少し大きすぎるくらいの声で話しかけてくる。ただ、周りに生徒がいないことが分かっていて、話をしても怒られないことが分かってそうしているみたいだった。

 僕が読んでいる本を覗き込んで、感心したみたいに目を大きく見開いた。その仕草はなんとなく七倉さんに似ているような気がする。

 御子神さんは背が高くて、モデルみたいなスタイルの女の子だった。体型だけだとスポーツをやっているように見えるけれど、束ねた髪は七倉さんよりもずっと長くて、身動きする度に靡いているのが邪魔のようにも見えた。


「放課後でいつも見かけると思ったけれど、勘違いだった?」

「う、うん。わりと毎日いるかもしれない」


 もちろん、僕は毎日絶対に図書室へ足を運ぶというわけではないのだけど、それでも入学してからは図書室に来ない日よりも来る日のほうが多いのは確実だった。

 御子神さんはふっくらとした胸元に自分の手を当てた。それはなんとなく演技がかって見えたけれど、大人びても見えた。上品とまでは言わないけれども。


「私、御子神叶。隣のクラスだけれど……知らないかな?」


 僕は首を横に振った。でも、もしかしたら無神経だったかもしれないと思って、御子神さんの顔を見直して記憶を探る。

 そういえば、体育の合同授業で見かけたことがあるような気がした。けれども、話をしたこともないし、僕にはそれが本当に御子神さんかどうか確信が持てなかった。


「ごめん、やっぱり思い出せないや」

「ううん、私が一方的に知っているだけかもしれないと思っていたから気にしてないよ。でも、聡太君のことは最近ちょっとだけ噂になっているから」


 噂と聞いて僕は驚いた。

 どうしてそんなことで驚いたかといえば、僕は生まれてこの方、人の噂に上るような生き方をしてこなかったからだ。


「僕の噂って、どんな噂なの?」

「ほら、最近聡太君って七倉さんや相坂さんと一緒にいることが多いでしょ? 隣のクラスにもそういう噂って流れてくるの!」

「そうなんだ」


 僕は腕組みして考えたくなってしまう。

 たしかに、最近の僕は七倉さんや相坂さんなんていう、とても不釣り合いな女子ふたりと話をしたり、一緒に行動したりすることが多い。

 けれども、隣のクラスにまで噂が届くほどだとは思ってもみなかった。

 でも、七倉さんに話しかけられたときといい、高校に入学してから女の子に話しかけられることが続いていて、喜んでもいいのかもしれないけれど不思議な気分だった。


 七倉さんは僕のことを誤解しているけれど、ひょっとすると御子神さんも僕に何かしらの秘密があって、七倉さんや相坂さんと仲良くしていると思っているんじゃないだろうか。

 本当のところ、僕には何も秘密はなくて、そういうものがあるのは二人のほうだ。

 もっとも、僕はそういうふうな不安を覚えてはいたけれど、御子神さんはとても大人っぽい綺麗さがあって、話をするのはとても楽しかった。


「どうしていつもひとりで本を読んでいるの? 聡太君は部活には入ってないの?」

「うん、僕は部活には入っていないんだ。特にやりたいと思ったこともなかったから。本は嫌いじゃないから読んでいるだけ」

「そうなんだ! でも、図書室で本を読んでいるって、なんだかとっても知的だよねっ」

「そんなことないよ。今読んでいる本だって、男子なら好きなひともたくさんいるだろうし」

「でも、聡太君、ときどき郷土史のコーナーとか、難しい本のコーナーにいることもあるじゃない。フツー、そんなところにいかないよ」

「どうしてそんなことまで知ってるの?」

「えへへ、気になって見てたからねっ。あっ、でも、そういうヘンな本棚の前にいるだけで結構目立つと思うの。ただでさえ聡太君は注目の的なんだし!」


 御子神さんはそう言ってからかうように笑った。さすがに注目の的は言い過ぎみたいだ。

 でも、御子神さんの笑顔はとてもとっつきやすいところがあった。僕も興味が出てきて御子神さんのことを聞きたくなってしまう。


「御子神さんは部活動には参加していないの?」

「占い研究会。タロットとか手相とか、いろんな占いを研究しているの。あと、陸上部に所属しているんだけどね。今日は気が変わったからサボって図書室に来ちゃっただけ」


 なんでもないように言うけれど、陸上部なんて規律のしっかりしている部活をそう簡単に抜けていいのだろうか。

 僕は心配になってしまうのだけど、御子神さんは遠慮なく笑ってみせるから、大丈夫みたいだ。僕が思っているよりも女子陸上部は緩いのかもしれない。


「でも、占い研究会と陸上部なんて変わってるよね」

「そうかな? 私はどっちも好きだからいいと思うんだけど」

「すっごく変わっていると思うよ。全然違うから」


 僕はそれなりに同意を得られそうなことを言っているつもりだったけれど、意外にも御子神さんは首を傾げて否定した。御子神さんが似ていると思っているのなら僕はそれにわざわざ反論するつもりもないのだけど。


「でも、占いの研究っていっても、いったい何をやるんだろう。部員同士で占うわけでもないんでしょ?」

「もちろんそういう占いの研究もするんだけど、目的は部員の悩みを解決することだからねっ。だから、占いはその手段のひとつに過ぎないの。将来を知ることができれば対処もできるからね。物事を解決するためのおまじないなら何でも手を出すよ。黒魔術とか」


 それって、ひょっとすると占い研究会じゃなくてオカルト研究会と言ったほうがいいんじゃないだろうか。オカルト研究会よりは占い研究会のほうがまだまっとうな気がするけれど。


「急にイメージが変わってきたけれど、その部活、大丈夫?」

「そんなにいかがわしいものじゃないよ。要するに願い事を叶えるために色々やってみようっていう集まり」


 物は言いようかもしれない。願い事を叶えるためっていうのなら、女の子が集まっていろいろ研究するのも分かるかもしれない。占い番組のラッキーアイテムを男子が気にしているところなんて、そうよく見るものでもないし。


「で、占い研究会所属の私は、聡太君がきっと誰かを待っていると思うんだよね。もしかすると、七倉さんか相坂さんのどっちか?」

「別に誰かを待っているわけじゃないよ。二人と約束しているわけでもないしね」


 僕はなるべく自然に言ったつもりだったけれど、御子神さんは僕の顔を観察すると、僕の意見をまったく無視してこんなことを言った。


「じゃあ、賭けてみようか! 今日、聡太君が待っているひとが来たら聡太君の勝ち。もし来なかったから私の勝ち。聡太君が勝ったら、私が願い事の叶うおまじないを掛けてあげる」


 御子神さんは顔を僕の目の前に近づけて、魅力的な瞳で僕に笑いかけた。楽しそうに弾んだ声が僕を誘いかける。御子神さんの占いの能力がどの程度なのかは分からないけれど、なんとなく効果がありそうな気がする。ミステリアスな雰囲気は乏しいけれど、御子神さんは雑学的なことでもこなしそうだし。

 でも、こういうのって負けたときの罰ゲームがやたら重かったりするから、用心しておかないといけない。


「それって、僕が負けたらどうなるの?」


 御子神さんは初めから決まっていたように即答した。


「良かったら私の願い事を叶えてほしいな――なんて。ダメかな?」


 僕は頷かなかったはずだけれど――、それでも、その賭けには負けてしまった。

 もちろん、僕は嘘をついていたわけではない。七倉さんとも、相坂さんとも何の約束もしていなかった。七倉さんはその日もどこかの部活動に招待を受けて参加していたことを僕は知っているし、相坂さんは図書室では気まぐれに来たときに会うくらいだ。

 だから、その賭けが分の悪いことは間違いなかったし、そもそも僕が人待ちをしているなんて推測も、当たっていたわけじゃない。


 ただ、その日の図書室の閉室まで、僕の隣で姿勢良く文庫本を読んでいた御子神さんが、その綺麗な顔をほころばせて「私の勝ち!」と言って笑うのに、水を差すことはできなかった。

 そこで勝負をナシにするくらいなら、最初から断るべきだったし――。


***


 御子神さんとの遭遇はもう一週間も前のことになる。


 僕は相坂さんに言われたとおりに御子神さんとの初対面のことを思い出したけれど、相坂さんと出会ったときのことを思えば充分自然だ。

 僕が七倉さんと相坂さんという、美人ふたりとつきあいがあることは、男子からしたら驚愕の的にもなっていることらしいし、それが御子神さんの関心を惹いたのもありえないことじゃない。

 変わっていることといえば、賭け事と願い事くらいだけれど、ひょっとしたらそれが御子神さんの能力なんだろうか。名前も叶さんだし。


「でも、結局、御子神さんは願い事なんてひとつも言わなかったよ。あれは単なる遊びみたいなものだった。それから御子神さんとは何度か話をすることもあったけど、願い事の話は出ていないし」


 相坂さんは相変わらず機嫌が悪そうだったけれど、僕が御子神さんに関する謎を考えたことには、それなりに機嫌を直してくれたみたいだった。

 頰づえは相変わらずだけれど、一応、顔を向けて話をしてくれるようになった。もっとも、相坂さんの場合は仏頂面の横顔も相当可愛いんだけど。


「でも聡太、よく考えなければならないのです。急に賭け事を始めて、聡太は断ることができなかった。これは能力者らしいとは思わないのですか」

「そう言われるとそんな気もするけどさ……。つまり、相坂さんは御子神さんの能力が賭けをする能力で、それに負けた僕が、御子神さんの能力にかかっていると言いたいわけ?」


 相坂さんは溜息をついた。


「もっと早く気がつかなければならなかったのですよ」


 どうやら相坂さんが不機嫌だったのは、僕が例によって異能の力にかかっていたらしい。でも、僕が前にその力に惑わされたのは相坂しとらの命令口調だったから、相坂さんは自分のことを棚に上げたことになる。


「今はわたしの能力のことはどうでもいいのです。前に言ったようにわたしは司聡太にはもう能力を使う気はないのです。腹立たしいことに」


 僕の考えはすぐにバレた。


「でも、御子神さんが能力者で、僕が何かしらの能力の影響を受けているって分かっていたのなら、もっと早く教えてくれてもよかったんじゃないかな。こんなに遠回しなことをしなくても、直接言ってくれれば……」


 相坂さんは、普段むやみに話しかけてくる何も知らない男子にするような表情をして、僕を睨みつけた。前に相坂さんに対峙したときに見た、苛ついたときに見せたような顔。

 僕はそれに反発したくなってしまう。

 たしかに、相坂さんみたいに能力者には、僕みたいに能力を持っていない人間の行動は苛立ちを覚えるものなのかもしれない。

 でも、仕方ないじゃないか。


「分かっているのです。聡太は能力を感じ取ることはまるでできないのです。どうしようもないことだと思わざるをえないのです。ただ、それを分かっていても、わたしにはもう少しどうにかできなかったのかと思うのですよ」


 そして、ふたたび僕を見た相坂さんの表情を目にして、僕が先ほどまで感じていた僅かな腹立たしさは消え失せた。相坂さんはなぜか思い詰めたような目をしていて、僕を誘って教室をあとにする。


「たまには駅前まで行くのもいいのです」


 呟くように言ったから気がつかなかったけれど、それは相坂さんから誘われた女子と一緒に下校するというシチュエーションだった。たぶん、クラスの男子から目撃されれば明日からやりづらくなること必至なイベントだ。

 登下校にいつも通っている長い坂とは逆方向へ靴を向け、僕は相坂さんとデートをしていると言って良かった。

 相坂さんは、僕が思っていたよりも僕に対して怒っているようではないみたいだった。それは、僕が何か話題を探すよりも前に、相坂さんのほうから話しかけてきたことですぐに分かった。


「今まで、自分と似た能力を使う人間を知らなかったわけではないのです。でも、身近で使われるところを見たことはなかったのです。私は今、初めて自分と似たような力を使う人間を前にして、それがどんなに私にとって苛つくものなのかを知ったのです。もっと早く知らなければならなかった。知るべきだったのです」

「御子神さんの能力は相坂さんと似ているってこと?」

「そうです。はじめは全く気がつかなかったのです。聡太がおかしいと思い始めたのは、ほんの3日前のことです。それまでの数日間は全く気がつかなかった。でも、御子神叶と出会ってから、明らかに聡太はおかしくなったと言わなければならないのです」


 つまり、御子神さんと出会ったときに、僕はなにがしかの能力を使用されたことになる。それも、相坂さん――人を殺せるくらいに可憐な容姿と命令口調のように、御子神さんも暗示系の能力を持っているのだろうか。


「それじゃあ、御子神さんはいったいどんな能力を持っているの?」

「分からないのです」


 即答されて僕は考え直した。

 そういえば、相坂さんのときにもどんな能力を持っているのかは正確には分からなかった。分かっていたのは相坂さんのとても変わった口調だった。


「ええと……じゃあ、何がきっかけにその能力は発動するの?」

「分からないのです」


 相坂さんは唇をかんだ。

 僕は一瞬、相坂さんが何を言っているのかが分からなくなった。


「分からないって、それじゃどうして御子神さんが能力者だって言い切ってるの? 相坂さんが能力者だっていうことは、僕にも理解できるくらいに特徴的な口調があったからだよ。それに、特徴的だからこそ相坂さんは強い能力を持っているんだし。でも、御子神さんに関しては、能力の正体もきっかけも分からないってどういうこと?」


 相坂さんは右足で地面を叩くように蹴ってから、足を止めた。


「聡太がおかしいからです。理由はそれでもう充分です! 憶測なら既にいくつかあります。御子神叶は賭けをする能力を持っている。聡太がそれに負けたからおかしくなった。それがいちばん考えられるに違いないのですっ」


 相坂さんはまた歩き出した。今度は少し早足になっている。それは無意識にそうなっているだけで、落ち着かないから足を動かしているみたいだ。


「そうだとすれば、賭けに負けたという条件で、聡太は御子神叶に暗示を掛けられたようなものなのです。それは――わたしの能力と同じと言わなければならないのです。だからわたしは腹を立てているのです!」

「じゃあ、僕はいったいどういう面でおかしくなっているの? こう言ったら相坂さんをますます怒らせるかもしれないけどさ、自分ではどこがおかしいか分からないんだよ」


 僕は本当に何が悪いのか分かっていなかった。

 けれども、相坂さんはもうとっくに分かっていて、次の言葉を放つのに、相坂さんはよほど我慢したみたいだった。


「――今、聡太は七倉菜摘がどうしているのか、気にならないのですか?」

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