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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
20, よくものが消える学院
132/140

132, 意外性のある

 案外と庶民的な告白だった。もうちょっと衝撃的な発言が放たれると思っていた僕は、ちょっと拍子抜けしてしまうほどだった。けれども、ホテルみたいな装いの寮を見回して、やっぱり僕は思い直した。


「物が消えるって、けっこうな大ごとだよね。いま正門を通るだけでも守衛さんや管理人さんに出会っただけで判断するのもおかしいかもしれないけれど、この学院のセキュリティって相当厳しいはずだから」

「先輩が想像されるとおりです。この学院の生徒には、国内を代表する大企業の親族や大政治家の係累もいます。実家ではマスコミの目があるせいで落ち着いた生活ができないために、敢えて寮生活をしているひともいます」

「お金持ちは羨ましいけれど、そこまで気を遣わないといけないのはイヤだなあ」

「まあそういうわけですから、外部からの来客はそもそも認められないです。今日、先輩がこの学院に入ることができたのは、ごく例外的なことと考えてください」


 そのわりにはすんなり入校できたような気がするけれど、守くんがそう言うのならば嘘じゃないだろう。そもそも、僕だったら高級ホテルなのか洋館なのか結婚式場なのか分からない施設に立ち入ろうとは考えないし、正門の詰め所にいる警備服のおじさんの目を誤魔化せるとも思えない。


「やっぱり守くんの親戚がこの学校の運営に携わっているのかな?」

「いえ、今は」

「ああ、今はね……」


 こんな話も冗談みたいだけれども想像の範囲内の話。

 でも、ちょっとだけ話が簡単になった。今日、僕がこの学院に立ち入ることができるのは、「ふつうのひと」には認められないということだった。守くんが学院に僕のことをいったいどんな風に紹介したのかは分からないけれど、この学院に入学しようと考える見学者でないことだけは確実だから、ごくフツーの庶民ではなさそうだ。

 僕がこんなふうに守くんの言葉ひとつひとつに推理めいたことをしているのは、僕がいちおう先輩として役に立つアドバイスをすることができればいいと考えているからだった。


 でも、どう考えても守くんのほうが頭はいいと思うんだよね。


 超有名進学校だった。正確には超有名進学校の系列校だった。僕ですら見聞きしたことがある進学校よりも、さらに充実した設備だった。建物は2棟の校舎と、スポーツ施設を詰め込んだ別棟、そして寮で構成されている。寮は5階建て。1階はロビー兼共用施設、2階から5階まではコンドミニアム。アパートメントと言ってもマンションと言っても下宿と言ってもいいのだけれど、なんとなく。


「上階に行く手段はエレベーターと階段の2通りです。正面がエレベーターで、1機だけです。向かって右側に階段があります。寮は正面玄関からしか出入りできない構造になっています。防犯面を考えた設計でしょう」

「まあ、そうだよね」


 逆に校舎どうしは上階でも接続されていて、移動は便利みたいだった。どこもお金が掛かっているみたいだけれど、全部のことが常識を外れているわけでもないみたいだった。

 僕たちはエレベーターに乗り込んだ。階段を見学することはとりあえずやめておいた。まさか大理石でできているとは思っていないけれど。守くんの部屋は5階らしい。


 それにしても、どこを見回してもホテル並みだなあ……。

 そもそもエレベーターの造りから並みのマンションや雑居ビルのそれじゃなかった。到着したときに甲高いベルの音がなるんだもん。

 エレベータを降りるとソファが設置されている共用部屋がある。寮は(なんだかこの表現がふさわしくないような気がしてきた)部屋番号がプレートに記されているだけで、表札が掲げられているわけではないみたいだ。

 ちなみに守くんは5階の10号室らしい。


「そういえば、生徒には誰とも出会わなかったけれど、この時間帯はみんなどういう過ごし方をしているの?」

「課外活動の時間です。自由に出歩けない生徒もいますから、放課後は好きなことをしたいと考えるひとが多いと思います。補講や、家庭教師が付いている生徒もいます。残りは、自室に戻ってゆっくりと過ごしているでしょう」


 それなら僕も授業が終われば家に戻るだけだから同じかもしれない。久良川高校にはインストラクター付きのジムも、特別コーチ付きの部活もないし、専属家庭教師や、放課後に特別授業を付けてくれる有名講師もいない。


「それに、僕が先輩と話をしているのに、敢えて外に出てこようとは考えないです」

「それって関係あるの?」

「あります。時々、話しかけにくいお客様を連れてくる生徒もいますから」

「でも、ここの寮にいる生徒は、みんなお金持ちの子供だったり、有名人の親戚だったりするんでしょ?」

「だからこそ、です。もし姉がいま楓さんを連れて廊下を歩いていたとします。あ、姉はこの中等部の卒業生ですから、この春までは在籍していました。だから、時々はお客様を連れて歩いていました。楓さんでなくても『特別な能力をもつひと』が隣に歩いていることはあったでしょう」


 僕は七倉さんについての新しい情報を得たことに喜びながら頷いた。七倉さんはここの学院の出身だったんだ。そういえば前に、七倉さんは学区外の中学から進学してきたと聞いたこともあった。ふつうはこのお金持ち学院の高等部に進学するはずだったのに、わざわざ久良川高校に進学したということになる。そりゃあ、綺麗で優しくてお嬢様で頭がいいわけだよね。


「姉は中等部時代もあんな雰囲気でしたから、話しかけられることもあったでしょう。たとえば、ごく平凡な大企業の令嬢が話しかけたとします。『七倉さんごきげんよう、そちらの方はどなたですか?』……と、こんなふうに訊ねたとします。姉は障りのない対応をするでしょうし、楓さんも笑顔で対応されると思います。でも、良い印象は抱かないと思います」

「うん、よく分かったよ」


 良い印象を抱かないというよりも、たぶんフツーのひとが楓さんに挨拶したところで、楓さんがマトモに相手をするとは思えない。


「まさか相手が魔法使いのたぐいだとは思わないでしょう。でも、気軽に話しかけた相手が『想像もしていないような立場にあるひと』という可能性は、かなり高いです。不用意に鉢合わせないのが賢明ですね。ちなみに、いまの話は楓さんを例に挙げましたが、先輩も同じです」

「僕が? どうして?」

「前もって説明しておいたとはいえ、入校手続きなしで寮まで入ってしまいましたから。それに、閉鎖的な場所は、往々にしてそういうものでしょう」

「ま、まあ、僕はむしろ話しかけられないほうがうれしいけどね……」


 少なくとも、異能力者よりはごく平凡な社長令嬢のほうが話しにくそうだ。僕自身、いったい何を言っているのか分からないけれど、これは経験の有る無しだから仕方ない。

 守くんは10号室に到着すると、手早く静脈認証のチェックを済まして言った。


「いずれにしても厄介ごとは僕が担当しますから、先輩のお手を煩わすことはありません。問題は、もっと大きな不可思議です」

「それはそれで嫌だなあ」


 守くんは笑った。なんだかとても楽しそうだ。ひょっとしたら、守くんもこの閉鎖された学院の生活はちょっとつまらないと思っているのかもしれない。もしかしたら中等部時代の七倉さんも?


「そうおっしゃらず。先輩も『想像もしていないような立場にあるひと』であることは同じです。間違いなく、いま姉が卒業したこの学院で、一、二を争うくらい意外性があります」

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