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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
18, なつひめさまの恋い【外伝】
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128, どうやら男も姉上様を好いていると見える

 その村は、やはりひと目につかぬ場所にありました。なにせ「ははあ、こんなところにも村があったのだなあ」と感心するほど小さな村です。昔は、道すらもない険しい土地や、わずかな田畑しか作ることができない山の奥には、ひとに知られていない村があるものだったのです。とはいえ、どんなに劣悪な土地でも、田畑が作れるところには人が住んでいて、それなりに平和に暮らしておりました。


 そうした村は、今でも私たちの暮らす大きな町のはずれにあって、田んぼと古い家が並んでいます。今では、飛行機やヘリコプターで辿り着けるところには地図がありますが、なつひめさまの弟には見るべき地図などありませんでした。また、今なら山を切り崩し、地下鉄を通すこともできますが、当時は歩いて行くしかありませんでした。そして、ようやく森と林のなかに村を見つけたときには、たった7つか8つの家しかないわけです。これでは、とても苦労に見合うものではありません。

 でも、弟には目的がありましたから、このような不便な場所へやってきたわけです。


 なつひめさまが暮らす村からは、日がのぼる前に出れば、日が暮れる前にはたどり着くほどの距離です。草木を打ち払い、道を通せば遥かに近くなるでしょう。しかし、熊、山犬、狼のような獣がたくさんいますから、危険な道のりです。これでは、町で聞いても知らないわけです。

 谷底に細い川が流れていて、僅かですが、田んぼと、段々の畑が広がっています。たしかに、豊かな村ではありませんでしたが、これよりも生活がたいへんな村はいくらでもあるでしょう。弟は「こういう隠れた里に、姉上様が気にいる男がいるのかもしれないなあ」と、考えました。

 弟は供を休ませると、畑仕事をしている農夫をつかまえ、訊ねました。


「この村で、近ごろ町に出たものはいないか」


「ひとりしかおらん。あの山ぎわに、両親と暮らす若者だよ」


 村の中心からは離れた家を指さして言います。おそらく、谷底の土地は田畑に使い、家々は山の縁に平らなところを見つけて建てたのでしょう。また供が愚痴を言いそうなことです。


「ありがたい」


 農夫は親切心からか、弟の案内を引き受けました。もしかしたら、村の外からの来訪者が珍しいからかもしれません。それに、情報を得ることも難しいことでしょう。弟は村人の質問に答えながら、ゆるゆると小径を上りました。


「あの若者に何用ですか」


「七倉という大きな家の姫君が、その男を捜しておるのだ」


 弟は包み隠さずに言いました。このような町の中心から離れたところで下手に誤魔化すのは、あまり得にはなりません。


「七倉とは、あの大名の七倉か」


「いかにも」


「であれば、そなたは七倉の家の家来であるか」


「いや、わたくしは雇われた使いにすぎぬ。あの若いのは弟だ」


 弟は、姫君の弟であることは隠しました。このとき、男が言った大名というのは、とても有名な家という意味です。この農夫も、さすがに七倉のことは知っているらしく、弟は誇らしい気持ちになりました。そうなると、弟は、せっかくこのような村に来たのですから、なつひめさまがどのように思われているのか、聞いてみたくなっていました。だから、おとうとは自分の正体を隠して、男と話をしてみたかったのです。


「七倉の家のなつひめさまは、とても美しい姫君だそうな」


 たしかに、弟はなつひめさまの美しさを、この世のものだとは思えないほどだと考えておりました。しかし、弟は敢えて逆のことを言いました。


「うむ、しかし戦に出て鬼を斬ったという、恐ろしき人だ」


「だが、下々の人びとにも慈悲をかけてくださるという」


「ふうむ、姫のわがままでこのような村にまで参ることになったのだがなあ」


「ははは、それは仕方が無い。大事なことなのだろうて」


「いやに姫君の肩を持つではないか」


「なんの、あの男が町から戻るたびに言っておるからだ。なつひめさまというのは、ひと目にしてあでやかな花のよう。しかし、何の役にも立たぬ飾り物の姫君ではないと」


「戦に強い」


「そうではないという。ああ、なんと言ったかのう……」


 そこで農夫は言葉が出てこなくなるようでした。弟は、男がとるような態度には覚えがありましたから、敢えて思い出させるようなことはしません。おそらく、この男にとっては与太話のようなものだったのでしょう。しかし、その与太話こそがなつひめさまの真価なのですから、世の中は分からないものです。

 弟は、農夫の話を聞いてまた考えました。


「例の男というのは姉上様のことをよく理解しているとみえる。ふつう、姉上様の能力のことはただの嘘や偽りだと思うものだから、探し求めていた人物で間違いないようだ。

 そして、どうやら男も姉上様を好いていると見える。しかし、戯れ言を申し、姉上様をたぶらかす輩かもしれぬ。心せねば」


 段々の畑を横目にあぜ道を上ると、老夫婦が野良仕事に精を出しておりました。それから、若い男の姿も見えます。弟は立ち止まり、男の姿をじっくりと見ました。どうやら、相手の男もまた弟の姿に気づいたようです。


「ご覧じぬ顔、いかなるところから来られたか」


「七倉の村から」


 弟は男を脅すつもりで言いました。しかし、男は驚いた様子もなく受け答えました。


「それは遠き道のりを。七倉の村にはなつひめさまがおわし、人びとが豊かなること近隣の村々とは比較にならぬほど。それも、このような村に人を寄越すほどとは」


「左様であるなあ」


 弟は感心しました。思えば、このような辺鄙な村に使いをやるなどと、豊かでなければできるものではありませんでした。それこそ、大名の家臣が村々を見て回ったり、人を集めたりすることがなければ、わざわざひとが訪れることなどありません。まして、物見遊山などありえません。


「いや、わたくしは七倉のなつひめさまの使い。かの村に若いながら、古老にも劣らぬ聡き者ありと聞いて参りました」


「古老に劣らぬとは思いませぬが、若者はひとりしかおりませぬ」


「うん、其方様に相違ない」


 しかし立ち話では、ということで弟は家に招かれることになりました。男が両親に声を掛けると、両親は笑って手を振り答えました。その光景は、両親がすでにいない弟にとっては、羨ましく思えました。


「ふうむ、それに他の村人とは違うところがある。まず、言葉に張りがある。次に、ひと目みて頭のきれるおとこだ。みっつめに、村人にも頼られておる。もしかしたら、父親が立派な武者であったか、母親が大名の家に仕えていたのかもしれぬ」


 弟は供のものと一緒に、男の家に上がりました。貧しい村といっても、家は洞穴のようなものではなくて、このあたりの森の木を切り倒し、藁で葺いたものでした。戦国のこの頃になっても、貧しい地域では土を掘り返して穴の中に暮らしているひともおりましたから、弟はそのような家に招かれず、ほっとしました。


「あ」


 ふと、弟は立ち止まりました。なつひめさまに言いつけられていたことを思い出したからです。


「いかがしましたか」


「昔の癖で、鬼どものまじないのごときがなきか、よくよく意に留めておくように言われていたことを思い出したのです。こうして、他の縄張りに入ることは、鬼どもの罠に掛けられる恐れがあると」

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