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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
18, なつひめさまの恋い【外伝】
127/140

127, 姉上は、このような道があることをご存じであろうか

「どなたでございますか」


「名前の分からない方です」


「どこかの金持ちでございますか」


「いいえ、お金はわたくしの家のほうが沢山あります」


「では、身なりの立派な貴族のかたですか」


「いいえ、畑と田んぼで働いている人です」


 さすがの弟も身を乗り出しました。とても尋常なことではありません。


「見目のよいかたでございますか」


「わたくしの目にはどのかたよりも美しく見えました」


「では、姉上と同じ異能力ちからをおもちですか」


「そのかたは、何ももたぬかたです」


 弟は目をまるくしました。

 昔、なつひめさまがまだ苦労知らずの姫君であった頃に、なつひめさまと同じような力を持った人を、好きになったことがありました。なつひめさまは、自分と同じ力を持つひとでないと気にいらないのです。だから、弟はなつひめさまと同じような力をもつ男を探しては、なつひめさまにお見合いしてもらおうと考えていました。


 でも、なつひめさまのように頭がよく、不思議な力を使いこなすひとなんて、そうはいません。なにせ、鬼どもの能力を封じて戦に大勝したひとです。以前、弟は必死になって探したことがありましたが、なつひめさまとつりあうような人はとても見つかりませんでした。

 それどころか、なつひめさまはいつの間にか、どこの国で探しても見つからないだろうというほどの、美しい女性になっていました。せめて、京に上れば相応しい相手もおりますでしょうが、この七倉の田舎ではどうしようもありません。なつひめさまは、好きなひともおらず、結婚もしないまま、何年もすぎてしまいました。


 それなのに、なつひめさまは突然、ごくふつうの男の人を、好きになってしまったようなのです。だから、弟はとてもびっくりしてしまったのです。

 でも、おとうとはとても嬉しい気持ちになりました。なつひめさまに好きなひとができたことは、おとうとにとっても幸せなことだったのです。


「もういちど、あのかたにお会いしたい」


 なつひめさまは、ぽうっと頬を赤くして言いました。ふだん、勇敢ななつひめさまが見せるとは思えないような、可愛らしい顔でした。

 けれども、なつひめさまは、家の仕事をしたり、大勢のひとと会わなければなりません。弟は代わりたいと思っていましたが、まだ、なつひめさまのようにうまくやっていく自信はありませんでした。


「わたくしが捜します」


 弟は言いました。


「まず近くの村を捜します。村にいなければ、山に暮らすひとを捜します。それで見つからなければ町に出ます。話を聞き、そこでも見つからなければ、舟に乗って海を捜します」


 弟は七倉家の有力な跡継ぎ候補でしたが、それよりも前になつひめさまの家来でもありました。だから、なつひめさまのために働きたいと思っておりました。なつひめさまは、姉として心配ではありましたが、気を取り直して見送ることにしました。

 すぐに旅の支度をして、子供のように年若い供だけを連れて近くの村や町を廻りました。


 青々とした田んぼが広がる夏の暮れのことです。弟も供の者も、気楽な旅でした。七倉村のあたりは気候もよいので、真冬でもなければ旅の苦労は少ないものでした。まだ久良川の宿場町ができる前のことで、影も形もありませんでしたが、金を払って農家に宿泊することもできました。それに、弟は野宿の経験もありました。むしろ、年若い供のほうがたいへんな目に遭っていました。


 なつひめさまや弟が幼い頃は、このあたりでも何度か激しい戦がありましが、最近では戦が起こることはなくなっていました。人びとの行き来が活発になりはじめて、安全に旅ができる時代になりつつありました。弟は「随分とよい土地になったものだなあ。これも姉上様の徳であろうか」などと考えながら、村々を捜しました。


 昔はひとの数が少ないとはいえ、このあたりには多くの人びとが暮らしていました。そのため、なかなか手がかりは見つかりませんでした。とはいえ、単なる農夫が遠くまで旅行にゆくことは稀でしたから、弟は粘り強く聞き込みを続けました。

 これは弟にとっては意外なことでしたが、足取りが掴めたのは、山向こうの町のことでした。


「あの山のうらがわの、小さな村にくらすおとこではないか」


 この町というのは、海沿いの漁村と、山側の農村の中間にあるような町で、人の往来の激しい街道沿いにありました。弟はこの町で、旅に必要な資金を調達していたところです。


「入り会いの山か。あの山に人など住んでいるのか」


「谷を這い上がったところに村がある。商人すら立ちよらぬ貧しい村だ。先の戦で敗れた者が、落ち延びているそうな」


「ふうむ」


 おとうとは、まだ自分が子どもの頃を思い出しました。

 昔、このあたりの村に鬼が攻めこんできたことがありました。そのとき、なつひめさまは、弟の手をひいて鬼たちから逃げました。それから、まだ無事な村に身を寄せると、大勢の男をひきつれて鬼たちを打ち破ったのです。いま、弟が生きているのは、なつひめさまのおかげでした。

 けれども、なつひめさまが勝つまでに、鬼たちに敗れた人びとが、大勢いるはずでした。山の裏側にある小さな村は、その生き残りの人びとがつくった村かもしれません。


「これも何かの縁であろう。はたして姉上の捜す男がいるか分からぬが、訪ねる価値はあろう」


 弟と供の者は町でひと晩やすみ、次の日の朝早くに目ざめると、山の奥へと分けいりました。山に詳しい老人の話を聞き、迷わないように気をつけながら山を登っていきます。ただ、慎重に歩いていると、山のなかにも小さな道があることに気がつきました。


「姉上は、このような道があることをご存じであろうか」


 ひょっとしたら、なつひめさまは歩いたことがあるのかもしれません。もしかしたら、弟自身も鬼どもから逃げているうちに、通った道かもしれません。

 弟は、鬼たちと戦ったときのことをあまりよく覚えていません。まだ幼く、戦える歳ではなかったからです。なつひめさまが甲冑をまとい、弓、矢、刀を手に取り出陣したときも、弟は親戚の倉橋家にかくまわれていました。


 弟は、戦というものを知りません。

 それに、弟にはなつひめさまが持っているような異能力ちからを持っていません。実のきょうだいであるにもかかわらず、このふたりが似ているのは、せいぜい目鼻立ちくらいのものでした。だから、この弟にとって姉は、目標とするにはあまりにも大きすぎる存在でした。

 しかし、その姉が恋いする男を、見極めてみたいと考えていました。


 道のりは険しいものの、どうにか大過なく乗り切ることができました。峠を越え、沢を横目にますます細くなる道を分け入ると、やがて沢が川に変わり、谷に入ったことが分かりました。


「平らなる地、人を集め、木を切り倒せばよい田畑ができるであろうなあ」


 弟はそんなことを思いましたが、供は「しかし、よい道がございませぬ」と言っておりました。実際、谷に出たといっても、道は山の縁をなぞるように続いていました。きっと、始めにこの地を訪れた者が、森の深さに迷ったのでしょう。

 ようやく小さな村を見つけたのは、その日の夕刻になってからのことでした。

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