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110, 占い師の水晶玉の話

 ただ、僕は納得しながらも、どこかとは言いにくいけれども違和感も覚えていた。それは、僕の喉元まで出てくるようだったけれど、その正体をしっかりと掴むこともできなかった。


「ところで、そのとき御子神さんは鞄の中は調べなかったの?」

「調べたよ!」


 御子神さんは腕を広げて、身振り手振りで懸命に捜すような動作をした。


「どれはもう、うーんと捜したんだよっ。だって、この髪じゃ走るのは大変だもん。その日は陸上部に行くつもりだったから、ずうっと捜していたの。鞄をひっくり返して、ひとつひとつ取り出して調べたんだ」

「でも見つからないときってあるよね。僕も、ズボンのポケットの中に入れていたものがぜんぜん見つからなくて、それなのに、着替えようとしたらポケットの中から捜していたものが落ちてきたことがあるよ」

「でも、会長さんに視て貰えば解決しちゃうんだもん。びっくりだよねっ」

「あれ? それなら初めから先輩に視て貰えば良かったんじゃない? もちろん、先輩がいつでも暇なわけじゃないんだろうけれど、放課後に3年生の教室に駆け込んで頼み込めば、なんとかしてくれないかな」


 それはとても安易な考えだったから、御子神さんは小首を傾げて否定した。


「うーん、そんなに簡単に占えるわけじゃないみたいなの。あ、会長さんは私みたいに1年生が頼んでも占ってくれるよ。聡太くんもまた今度頼んでみたらいいんじゃないかなぁ。でも、相性占いみたいにいい加減な占いならすぐにできるけれど、失くし物を捜すみたいに、確実じゃないといけないことは、時間をかけるみたいなんだ」

「それはそうか、あんまりいい加減な占いをしたらダメだよね」


 僕はそれで話を続けようとしかけて、思わず慎重に立ち止まった。


「あれ? ということは、御子神さんは先輩に占いを頼まなかったの? 占いに時間がかかるのなら、先輩に頼まずに自分で捜したほうが早いと思ったんじゃない?」

「うん、そう」


 僕は、御子神さんがなんでもないように頷いたのを見逃さなかった。


「じゃあ、先輩は御子神さんが捜し物をしているのを見て、御子神さんのために占ってみようという気分になったんだ」

「そういうことだねっ。会長さん、いいひとでしょ?」


 それはそうなんだけれど、僕はまた別のことを考えていた。

 そういえば、先輩がしたことは、七倉さんと僕が出会ったときに七倉さんがしていたことにそっくりなんだ。あのとき、七倉さんは僕がいま持っている自転車の鍵を捜しているのを見て、僕が捜し物をしていることを言い当てた。

 どうしてだろう。僕はそのときのことが気になって仕方ない。考え出すと、ふたつの出来事がつながっているように思えてならなかったんだ。


「あのさ、話は変わるけれど、先輩はこのあたりに昔から住んでいるひとなのかな?」

「うん、ずっと昔から占いをしているはずだよ。どのくらい古いかとかは知らないんだけどね」


 つまり、七倉さんが弓月先輩のことを知っていても、何の不思議もないということだった。もちろん、ふたつの出来事が繋がっているというのは、単なる僕の想像に過ぎなかった。でも、僕はさっき弓月先輩に、この自転車の鍵に謎が残っていると言っていたんだ。

 ひょっとして、先輩は七倉さんに頼まれて?

 でも、七倉さんがそこまでして僕に話しかけたいきっかけを作ってくれたということなんだろうか。だとしたら、僕は――


「ひとまず整理しよう。御子神さんは髪留めを失くした日、先輩に占いを頼んでいたわけではないけれど、御子神さんが捜し物をしていることは知っていた。それはどこかで先輩に会っていたというわけだよね」

「うん、陸上部がある日でも、この部室の鍵を開けて荷物は置いていくから、そのときに会長さんに会ったわけ」

「じゃあ、あの部室で鞄をひっくり返したり、ひょっとすると着替えたりしていたんだ」

「うん、そういうことっ」


 それなら、先輩はきっと気がついたに違いない。まず、いつもまっすぐな言動をする御子神さんが捜し物をすれば、いかにも挙動が不審に見えるはずだ。それから、御子神さんはたいていの日は髪を後ろで結んでいる。

 だから、ロングヘアを靡かせている御子神さんの姿を見れば、髪留めのことを尋ねたくもなるかもしれない。


「じゃあ、それから御子神さんは陸上部に行って、少し部活に遅れることを言ったか、誰かに髪留めを借りに行ったのかな?」

「そう。髪留めなんて、誰かのものを借りるのはイヤだったけど、どうっしても見つからないのならしょうがないなあって思ったの。でも、その前にもう一度だけ捜してみようかって考えたわけ。放課後になってすぐに部活が始まるわけじゃないし、いつも真っ先に言っているわけじゃないからね!」


 それは、御子神さんが掛け持ちで部活動に参加しているからだった。フツーの女の子はそんなにテキトーに陸上部に参加しているとは思えないから。


「それで、御子神さんはもちろん、もういちど部室に戻ったんだよね」

「教室や移動のときに通りがかったところを調べたり、職員室で紛失物のことを尋ねたりしたの。でも、どこにもなかったから、もういちど戻ったら、先輩が鞄の中を捜してみなさいって」

「そういえば、御子神さんは先輩がどんなふうに占うか見たことはないの?」

「ん――、会長さんの持っている水晶玉に何かが映るのかなあ? カードや、手相や人相を視ることは意味がないみたいなの。そういうことは、大ざっぱな占いには使って居るみたいだけれど、今の話には関係ないよね?」

「関係ないような気がする」


 それに、人相や手相を見て、落とし物が見つかるとは思えない。関係があるとすればあの水晶玉だ。もし七倉さんがいればあの水晶玉が怪しいのかどうか、先輩が能力を試用する瞬間がいつかを聞くことができるのに……。

 残念だけれど、御子神さんはそういった探知能力を持っていなかった。だから、弓月先輩も御子神さんには能力を直接的に理解することはできないと言っていた。


 けれども、御子神さんはそれよりも鋭い率直な感覚のある女の子だった。それは、こんなとりとめのない推理にも発揮されて、僕を助けてくれたんだ。


「でも、水晶玉って意味があるのかなぁ?」


 僕は思わず声をあげて、御子神さんの顔を見つめてしまった。だから、御子神さんがぺたぺた自分のほっぺたを触って、

「どうしたの? 私の顔になにかついてる?」

「そうだ! 水晶玉なんて意味がないに決まってるよ!」


 笑い声が出てしまう。なんとなく意味深長に捉えていたけれど、水晶玉に意味なんてあるわけがない。


「あれは商売道具だよ。そりゃあ、占い師といえば水晶玉というくらいの七つ道具の代表格だけれどさ、弓月先輩はとても古い占い師の流れを受け継いでいるんだよ。それはもう神がかり的な能力を持っている。だとしたら、水晶玉なんて必要ないよ」

「でも、ひょっとしたらあれが由緒ある小道具かもしれないよぅ?」


 御子神さんはなんだかとても楽しそうに、その大きな瞳を僕に向けた。御子神さんは推理をすることそのものよりも、話をこうして聞いていることのほうが好きなようだった。だから僕も調子に乗ってしまうのだけれど。


「あの水晶玉はきらきらと光っていて、いかにも占いで使いそうで、部屋に入っただけで目につく、握り拳くらいの大きさの宝玉だった。でもさ、そんなに綺麗な水晶玉を簡単に使えないよ。だって、そもそも日本国内ではずっと前から水晶の採掘なんて行われていないんだから。炭鉱や金山と同じだよ。みんな外国から輸入して大粒のものはごく限られた場所でしか採掘できない。それで、磨くのも削るのも機械がするんだから」

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