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僕は祖父の後継者に選ばれました。  作者: きのしたえいと
14,相坂しとらの逆理逆説
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102, 相坂しとらの逆理逆説

 ***


『ごめんね! うっかり居眠りしていたら司君の思い出を見てたみたい。あ、まだ言ってなかったかもしれないけど私の能力です。詳細はまた後で!』


 僕はケータイに来ていた志野原さんからのメールを読むと、小物入れに携帯電話をしまった。


「逆説なのですよ」


 相坂さんは背伸びして、僕の頭に御守りを叩きつけた手を、ゆっくりと外しながら言った。相坂さんがいきなり御守りをぶつけたせいで、僕の中から志野原さんは慌てて出て行ってしまったみたいだった。


「聡太自身がなにもおかしいと感じていないのならば、それは聡太の外面に能力が使われていない証拠に違いないのです。聡太の内面に異能の力が及んでいても、聡太がいつもと変わらないのなら、聡太の内側に誰かがいるに違いないのです」

「うん、でも志野原さんは大丈夫なのかな」

「べつに幽霊に魔除けの札をぶつけたわけではないですから、なんの痛みもないに違いないのです。聡太と一緒で、驚かせただけなのです」


 でも、志野原さんが僕のすぐ近くにいたということは、志野原さんは僕の思い出を見ていたんだろうか。どんな思い出を見ていたんだろう。教えてくれるかどうかは分からないし、志野原さんのことだから悪い能力の使い方をすることはないと思うし、思い出を見るだけで。ずっと遠くにいるはずだから、あとでケータイで志野原さんに聞いてみよう。


「相坂さん、ありがとう」

「別にたいしたことではないです……」


 相坂さんは謙遜していたけれど、ごく自然に御守りをぶつけるだけで、あんなに簡単に志野原さんの能力を無効化してしまった


「いいなぁ。面白そうなことやっているなんてひどいよ! あーあ、アルバイトなんて引き受けるんじゃなかったなぁ」

「あはは、でも、巫女装束なんて滅多に着られるもんじゃないよ。せっかく頼まれたんだし、御子神さんがその御守りを売れば今みたいに不思議な効果がありそうだし、この調子で頑張ってよ」

「んん、そうかな?」


 御子神さんは自分の巫女姿を改めて見て、納得したみたいに頷いた。

 そのうち、僕たち以外のお客さんが現れたので、僕と相坂さんは社務所を離れて通りに戻ったんだ。御子神さんも、できれば後でお祭りを楽しめるといいんだけど。


「聡太」


 相坂さんは僕の浴衣の袖を引っ張って、ひとつの屋台を指さした。


「わたしはあれが食べたいです」


 僕はもちろん頷いた。できれば奢りたいくらいの気持ちだったけれど、相坂さんはきっとそんな野卑な感謝の仕方は受けてくれないだろうなあ、なんて考えた。


 ***


「聡太」


 名前を呼ばれた僕は、何度目かでようやくその声に気がついた。そのときの僕はあまりにも幼くて、注意力も、判断力も、そして記憶力さえもおぼつかなかった。

 けれども、僕がようやくその声に気がつくと、とても安心した気持ちになって危うく泣き出しそうになってしまったんだ。


「お祖父ちゃん」


 祖父はまだどこか、はっきりした記憶の中の姿よりも若かった。それでも、もうとうに古稀を超えて、小学生の孫も何人かいたけれど、祖父はまだ幼い僕のことをことさら可愛がった。

 ときには、久良川3丁目の僕の家まで遊びに来て、わざわざ僕の顔を見に来るほどだった。祖父は年の割にはかなり壮健で、この日は久良川惣社夏祭りに、僕を連れ出してくれたんだ。


「いやあ、目を離してしたら急にいなくなって慌てたぞ。怖くなかったか」

「うん」


 僕は祖父の質問に小利口なふりをして頷くと、すぐに祖父の大きな手にしがみついた。

 それからようやく相坂さんのことに気がついて、ほんの少しだけばつの悪い思いをした。


「友達かい。えらい別嬪さんだね」


 祖父は相坂さんに話しかけた。名前を尋ねようとして、僕に聞いたけれど僕は答えられなかった。そうだ、そのときの相坂さんは、名字も名前も話そうとはしなかったんだ。

 それに、さっきまではとても楽しそうにしていたのに、相坂さんは祖父が近寄ろうとすると一歩ずつ後ずさって、注意深く祖父の一挙手一投足を窺っていたんだ。


「知らないお爺さまについて行ってはならないのです」


 相坂さんは怯えるような目をして言った。僕は答えた。


「お祖父ちゃんだよ」

「不用意に話しかけてはならないのです」


 僕も祖父も困り果ててしまった。相坂さんはまるで悲劇の舞台に立ったように、周りのひとが気づけば絶対に保護したくなるような、えも言われぬ悲壮さを漂わせていた。

 不思議な女の子だと僕は思った。祖父もそうだと思っていただろうと思う。

 でも、祖父は単に困っているだけではなかったんだ。


「うん……?」


 不意に思案するような真剣な表情をして、相坂さんの顔を見て、それからとても嬉しそうに笑ったんだ。


「珍しいなあ……、いや見事なものだ、純粋な使い手とは珍しい。今の世にまで生き残っているのだね。……しなければならない、してはならない、か」


 祖父は目を細めて相坂さんのことを見つめていた。それはほんの短い時間、まばゆい宝石を愛でるかのようだった。けれども、その時の僕はそんなことには気づかなくて、ただ単に、それが僕が祖父にいつも貰っているみたいな、こどもに対する無条件の愛情だと思っていたんだ。


「人と深く関わってはならない」


 急に、祖父はそんな不思議なことを言い出した。いや、僕には祖父がなんと言っているかを理解することができなかった。まだ幼い僕の頭は、祖父の言うような強い否定の言葉を受け入れるようになっていなかった。

 でも、相坂さんは僕よりも成長が早くて、その言葉をもう理解していたんだ。

 相坂さんは祖父から離れるのをやめた。


「不用意に話しかけてはならない」


 相坂さんが小さく頷いた。僕はやっぱりその言葉を理解できなくて、祖父のことを見上げるだけだった。


「もちろん、君の能力にとっては大切な掟なんだろうね。だが、まあ、今は窮地だよ。頼らなければならない場面ということもあろうさ」


 気づいたときには、相坂さんはもういなくなっていた。きっと、祖父が迷子の子どもを集めて親を探せる場所に連れて行ったのだろう。社務所に行ったのだろうと思う。


「この町には、とても不思議な能力を使う人が暮らしているんだ」


 僕は境内のベンチで、綿あめを食べながら祖父の話を聞いていた。


「あの女の子はいずれ、この町、いや日本中を捜しても見つけられないほどの使い手になるような子だよ。やはり、聡太には才能があるのかもしれないな」


 祖父は僕の頭をしっかりと撫でた。そのときの祖父はいつもにも増して僕のことを褒めたので、僕はすこし照れくさい気分になった。それから、僕が綿あめをひとまわり小さくするのを待ってから立ち上がった。僕も祖父の後をついて、ベンチから飛び降りた。


「もうひとり、あの子と同じような使い手がいるよ。この町にはお姫さまがいるんだ」

「お姫さま?」


 僕が祖父を見上げて尋ねると、祖父は大きく頷いた。


「ああ、七倉の家のお姫さまだよ」


 僕は祖父に連れられるままに神社の本殿のほうへと歩いて行った。すると、そこにはひとりのお婆さんと、中学生くらいの女のひと、それから僕と同じくらいの年の女の子が、何人かのおとなのひとと話をしていたんだ。


「七倉さん――菖子さん、首座殿。こんばんは、今年もいい祭りになりましたな……」


 ***


 僕たちが本殿のほうに歩いているうちに、よく見知った姿を見かけた。肩のあたりまで伸びた髪が白地の浴衣にかかっていて、その美しさのおかげで僕は見間違えることがなかった。


「七倉さん!」

「司くん、相坂さん!」


 七倉さんは僕たちのことに気がつくと、目をまるくして、それまで話していたひととの会話を打ち切って僕たちのところへ駆け寄った。


「七倉菜摘は戻ってきていたのですか」


 七倉さんはにこにこして頷いた。


「はい、夕方に。お祭りのお付き合いをどうしようか迷ったのですが、ひょっとしたら、司くんや相坂さんが遊びにいらしているかもしれないと思いまして」

「もう夏休みも終わりだもんね」

「はい、もうすぐ2学期ですから……」


 僕たちは夏の終わりを感じて少しだけしんみりした気分になった。けれども、七倉さんはすぐに手を合わせて、僕たちにこんなことを提案したんだ。


「そうです、せっかくですから、みんなで花火をしましょう。このお祭りは花火を打ち上げられないので、ちょっと寂しいと思っていたんです。今日は御子神さんも惣社のお手伝いに来られているみたいなので、お仕事が終わったら集まりませんか?」

「うん、そうしよう!」


 僕はすぐに同意すると、相坂さんも「聡太がするのなら私もしなくてはならないです」と賛成した。あとで御子神さんも誘わないといけない。


「そうだ、さっき相坂さんに助けて貰ったんだよ」

「え、どうしてですか?」

「うん、それはね……」

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