ゾンビだらけの世界で生き残った二人の少女の、最後の晩餐
懐中電灯の灯りを頼りに、缶のプルタブを引いた。狭い室内に、醤油の香ばしい匂いが漂う。
「げへへ。こいつぁわたしの獲物だぜ」
「いいから早く食え」
こんな状況でもふざける梨々花を、私は軽く睨む。
返ってきたのは「へ~い」という生返事。
(梨々花は、こんなときでも変わらないな)
ゾンビにより、世界は滅んだ。分かりやすく現状を説明するなら、それで終わりだろう。
ゾンビに噛まれると、ゾンビに感染する。ゾンビになったら、徐々に理性を失う。分かっていることは、それぐらいだ。
どうしてゾンビが発生したのか、どういうメカニズムなのか、ゾンビは治療できるのか。そんな疑問に答えてくれる人はいない。インフラも壊滅して、政治も行政も機能せず、周波数をどう弄ってもラジオが流れてこない。誰も、何も教えてくれない。分からないまま、今を生きるしかなかった。
私と梨々花は、近所のおばさんのプレハブ倉庫にお邪魔していた。不法侵入ではあるが、こんな無秩序かつ無法の世界で、私たちを咎める人は誰もいない。
「いっただっきま~す!」
場違いに明るい声で、梨々花は秘蔵の焼き鳥缶を頬張った。ゾンビ発生後すぐに無人のコンビニで見つけたものの、おいしそうだから特別な日まで取っておくのだと梨々花がずっと所持していた。
「おいしい~!」
梨々花は満面の笑みを浮かべた。表情がころころ変わって、見ていて飽きない。
私も涎を垂らしてしまいそうだ。
疲れ切って、身体に力が入らない。ぐったりと壁にもたれかかりながら、呟く。
「飯食ってる梨々花の阿呆面も、これで見納めか」
「阿呆面って、ひどい! そんな子に育てた覚えはありません!」
「梨々花に育てられた覚えはないよ」
埃っぽい室内に、少し咳き込む。
もう、我慢の限界に近かった。
もうひと月も前になるだろうか。ゾンビパニックが始まってすぐ、梨々花は私を頼ってきた。
『お姉ちゃんも、パパもママも、もう駄目みたい。どうしよう、まゆ』
涙でぐずぐずになった顔で、梨々花は私に抱き着いてきた。
『大丈夫だから、ほら、泣くな』
頭を撫でてやると、気持ちが少し落ち着いたらしい。しゃくり上げながら、梨々花は私を見上げた。
『ねえ、まゆ。まゆは、ずっと、一緒にいてね』
『まったく。しょうがないな』
一人で心細かったのは、私だった。
その明るさに救われていたのは、私だった。
でも、それを認めるのはなんだか癪だった。
「ごちそうさまでした!」
律儀に両手を合わせて、梨々花は口にした。そんな大声を出すと、ゾンビに気づかれてしまう。
(ああ、でも――)
もう、そんなこと、どうでもいいのだ。
「ほら、まゆも、ご飯にしなよ」
変わらず笑って、梨々花は私に食事を促す。
「……ごめん」
「それは言いっこなしでしょ。ずっと一緒って、約束したじゃん」
意識が朦朧とする。いや、ずっともうろうとしていた。
理性が、りせいを、たもてない。
「まゆ。わたしとずっと一緒にいてくれて、ありがとね」
それは、わたしの――。
世界が、あいまいに溶け、ていく。ゆめ。をみて、いる?ような、かんかく。かまれたきずが、いた、い、いた?いたい。
よだれが、たれる。
りりか。たいせつの、たいせつな、わたしの、いちばん、だから、だいすき、くるしいたすけて
うえているかわいているみたされたいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしい――
「いぁあきあす」
そのしろいくびすじにがぶりとかみついた。




