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次の週明け。
「この週末、森川さんのご両親と会って、お話をしてきたよ。 楽しかったぞぉ」
開口一番、大輔が言った。
「…誰と会ったって?」
正治が不信感丸出しの口調と表情で聞いた。
「だから…森川さんのご両親だよ」
大輔は虚ろな口調で答えた。
「嘘をつくな。 そんな事あるはずがない」
正治はきっぱりとそう言った。
「嘘? なんで嘘だって解るんだよ?」
大輔が少しムキになってかかると、正治は冷えた視線で、
「…彼女の両親はな、彼女が小さい頃に二人とも事故で亡くなってるんだよ。 それでもまだお前、彼女の両親に会ったって言うのか? だとしたら、それは冗談じゃ済まされんぞ」
と言った。
「それこそ嘘だ! じゃぁ俺が会った彼女の両親は、一体誰だって言うんだ!」
大輔が声を荒げて言うと、正治は突き放すように、
「そんなの俺が知るかよ」
と言って、それっきり黙り込んでしまった。
「…そんな事はない… 俺は彼女の両親に会ったんだ…」
大輔はうわごとのように、ぶつぶつと同じ言葉を小さく繰り返した。
その日の晩。
「嘘だよね、由香。 正治が言った事なんて、嘘だよね。 あいつ冗談好きだからさぁ… そうだ、きっとあいつ嫉妬してるんだ、俺達があんまり仲良くしてるから… だからあんなタチの悪い冗談言って、俺を怒らせようとしたんだ…」
大輔は、パラフィン紙をのぞき込みながらぶつぶつとつぶやいていた。
「…ようし、じゃあ明日は手作りのお弁当を持ってきて、俺達二人で仲良く食べるんだ。 そうすれば正治の奴も、諦めがつくだろう…」
そう言うと大輔は、パラフィン紙の中の最後の一粒を手に取った。
次の日の昼。
大輔が由香の姿を探して構内をうろうろしていると、由香が食堂に入っていくのを見つけた。
「あ、由香。 探したよ…」
大輔がつぶやきながらその後を追って食堂に入ると、由香の姿を探した。
お昼時のせいもあって食堂は込み合っていて、由香の姿を見つけるのに少し手間取ってしまった。
それでもやっと由香の姿を見つけてそこに歩いていこうとした瞬間、大輔は凍り付いてしまった。
由香の隣に正治が座っていて、一緒に手作りであろうお弁当を食べ始めていた。
大輔は二人の座っている所目指して、一直線に歩いていった。
二人の背後に立つと、大輔は、
「おい」
と、一言だけ声を掛けた。
その声に二人が振り向くと、大輔は二人に向かって、
「これはなんだ、一体?」
と、怒りもあらわに言った。
正治も由香も、何の事を言っているのかよく解らずにきょとんとしていたが、やがて由香が何かを思い出したような表情になって、
「そうそう、秋津君、あんな事言われると、わたし困るんだけど」
と、不快感を隠しもせずに言った。
「困る? 何が?」
大輔が言うと、由香は、
「わたしとあなたがあちこち行って遊んだとか言い回ってるらしいじゃないの? そんなしてもいない事言いふらされると、困るのよ。 やめてくれない? そういうの」
と、怒りを抑えたような口調で言った。
由香のその言葉に、
「なんでさ? なんで本当の事を言っちゃいけないのさ?」
と、大輔は合点がいかないような口調で言った。
「それのどこが本当の事なのよ! 大体いつ、わたしとあなたが付き合い始めたって言うのよ? いい加減な事言わないでよ!」
由香は声を大きくして言った。
そして正治が、
「おい、いい加減にしないか、大輔。 お前何か勘違いしてるんじゃないか? 森川さんはお前となんか付き合ってないって言ってるだろう?」
と、厳しい口調で言った。
すると大輔は正治を鼻で笑って、
「ふん、お前が言っても説得力がないぞ。 正治、男の嫉妬はカッコ悪いぞ。 それにわざとこんな事して俺をだまそうとしてるんだろ? むだむだ」
と言った。
大輔のその言葉を聞いて、さすがに二人は顔をあわせて黙り込んでしまった。
「どうなんだよ、はっきり言ってみろよ、え?」
大輔のその言葉に答えるように、由香が口を開いた。
「わかったわ。 はっきりと言ってあげる。 わたしあなたの事、なんとも思ってないの。 だからもうこれ以上変な噂を立てるのはやめて欲しいの。 それと、今二人でごはん食べてるんだから、邪魔しないで」
と、冷たく突き放すように言った。
そう言って由香は、テーブルの上に乗っている手作り風のお弁当を指差しながら言った。
「…だって、それ、俺と一緒に食べるんじゃ…」
大輔がとぎれとぎれに言うと、由香は、
「だからぁ、なんでわたしがあんたなんかにお弁当を作ってきてあげなくちゃいけないのよ」
と、怒りを通り越してバカにしたような口調で言った。
「おい大輔、お前本当におかしいぞ。 なんかヘンな夢でもみたんじゃないのか?」
と、正治が心配そうに言った。
-夢?-
その言葉を聞いた瞬間、大輔の中で何かが切れたような感覚が走った。
「嘘だ…」
「え?」
よく聞き取れなかった正治が聞き直すと、
「嘘だ、嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だぁーっ!!」
と言うなり、テーブルの上に乗っていたポットをつかみ上げて、思いきり放り投げた。
派手にガラスの割れる音がして、ポットは食堂の外に飛んでいった。
「夢なもんかぁ! 夢なもんかぁっ!」
そうわめき散らしながら大輔は、手当たり次第にテーブルの上に乗っているものを投げ始めた。
「きゃぁーっ!」
「おいどうした!」
「誰か職員呼んでこい!」
「ケーサツだ! ケーサツ呼べ!」
悲鳴と怒声で、食堂は騒然となった。
その中心で大輔は、言葉にならないような叫びを上げ続けていた。
「…いらっしゃいませ」
主人が涼しい顔で客を迎えた。
「どうも最近不眠症気味なんですけど… 睡眠薬を飲むほどじゃないにしろ、何かいいクスリはありませんかねぇ?」
神経質そうな客はそう言って、さも困ったような顔をした。
主人はしばらく黙っていたが、
「実はね、あるんですよ。 そんなクスリが」
と、カウンターから身を乗り出して、少し小声になって言うと、後ろの引き出しからパラフィン紙の包みを取り出した。
パラフィン紙を開くと、中には小麦粉に色を付けて固めたような丸薬が、20粒ほどあった。
「開店記念でサービスしますけど、これがぴったりなんですよ…」




