–5–
月曜日。 大教室。
先に席に座っていた正治を見つけた大輔は、その隣に座ると挨拶をかわして、下らないヨタ話に花を咲かせていた。
すると後ろから、
「おはよう」
と言う声が聞こえてきた。
二人が振り向くと、そこには由香が立っていた。
「やぁ、おはよう」
と二人が挨拶を返すと、
「ここ、いい?」
そう言って由香は、正治の隣の席に座った。
「そうそう、金曜日はお疲れ様でした。 秋津君、ちゃんと帰れた?」
と、自分の席から身を乗り出すようにして、由香が聞いてきた。
「え? あ、うん。 なんとか無事に帰れたよ。 二日酔いになっちゃったけど」
大輔はおとといみた夢のせいもあってか、それほど緊張せずに返事をする事ができた。
それを聞いた由香は、
「そうよねぇ。 あれだけ飲んだら二日酔いになっても仕方ないわよねぇ」
と、特にあきれた様子でもなく答えた。
「そうだよ。 調子に乗って、飲み過ぎなんだよ、お前は」
正治が茶化すように言うと、
「はいはい、勉強になりました」
と大輔が答えた。
そのやり取りがおかしかったのか、由香がくすくすと笑ったところで、ちょうど始業のチャイムが鳴った。
その日の晩、大輔のアパート。
「うーん…」
大輔はテーブルの上に置かれたパラフィン紙を前に、改めてうなっていた。
「やっぱすごいよなぁ、このクスリ。 自分が思ったとおりの夢をみられるようになるなんて…」
もう何度言ったかわからない言葉を、また口に出していた。
「おかげで森川さんと楽しく話もできたし…」
講義が終わった後、大輔と正治、そして由香の三人して喫茶店で盛り上がった事を思い出して、思わず大輔の頬が緩んだ。
「…でも、薬局の主人にお礼を言えなかったのは残念だったけど…」
日曜日に二日酔いが治ったので、薬局の主人にお礼を言おうと思って出かけたのだが、シャッターは降ろされたたままだった。
念のために今日帰り道に立ち寄ってみたのだが、やはり同じくシャッターが降ろされたままだった。
既に土曜日に店じまいしてしまったのだろう。
それだけが残念だった。
-二日酔いでない時にちゃんとお礼を言いたかったんだけど… まぁ、いいか。 今夜夢の中でお礼を言えばいいか…-
大輔はパラフィン紙から一粒クスリを取り出して口に放り込むと、電気を消して布団に潜り込んだ。
一週間ほど経った頃。
「森川さんてさぁ…」
カレーライスを食べていた大輔が、不意に口を開いた。
「森川さんが、どうした?」
正治が聞くと、
「意外と照れ屋なんだよねぇ」
と言った。
「…そうか?」
正治が言うと、大輔はそうだと言わんばかりに頷いて、
「そうなんだよ。 ああ見えても彼女、結構照れ屋なんだよ…」
どことなくぼーっとした口調で、大輔は言った。
「ふーん…」
正治はそう言って特に返事をするでもなく、ラーメンをひとくちすすった。
さらに二日後。
「昨日森川さんと一緒に映画を観たんだけどさぁ…」
教室の移動中、大輔が思い出したように口に出した。
「昨日?」
正治が不思議そうに聞くと、大輔は、
「そう、昨日渋谷で映画を観たんだ、二人で。 楽しかったなぁ…」
そう言って大輔は、「昨日観てきた」という映画の話を始めた。
しかし正治は話の途中で、
「ちょっと待て。 その映画、もう2年も前のやつじゃないか。 本当に観たのか? それに昨日、彼女は…」
そこまで言って正治は、はっと何かに気付いたように話を止めて、大輔の方を向いた。
すると大輔は、どこか虚ろな視線で、
「あ? そうだっけか? じゃぁ別の映画だったかな?」
と、やけに気の入っていない口調で答えた。
そのまた次の日。
「森川さんて、ジェットコースターが苦手なんだね。 かわいいよなぁ、女の子らしくって」
大輔が愉快でたまらないと言った口調で、正治に話し掛けてきた。
「どうしたんだ、やぶからぼうに?」
正治が聞くと、
「だって彼女、遊園地でジェットコースターに乗ろうって誘ったら、『ああいうのは苦手なの』って、一生懸命いやがるんだ。 その仕草がまたかわいくってさぁ…」
大輔はその時を思い出しているのか、一層にやにやして答えた。
「遊園地に、行ったのか? 二人で?」
正治が聞くと、大輔は、
「そうだよ。 二人で行って来たんだ」
と、それが当然であるかのような口調で答えた。
「ふーん…」
正治はそう言ったきり、急に口数が少なくなった。
「由香、ジェットコースター大好きなはずだけどなぁ…」
誰にも聞こえないような声で、正治はつぶやいた。




