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夢みるクスリ  作者: 松田 かおる


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3/6

–3–

翌日。

「…頭痛ぇ…」

大輔はアパートの布団の中でうめいていた。

見事な二日酔いだった。

自分でどれだけ飲んだのかさえ覚えていないくらいなのだから、二日酔いにならない方が不思議である。

そもそも一人で帰ってこられた事自体、大したものである。

しかしながらよく見ると、大輔の両手は土や泥で汚れていた。

やはりまったく大丈夫と言う訳ではなさそうだった。

そんな状態の中、大輔は布団の中で「うー」とか「あー」とかうめきながら、しきりに寝返りを打っていた。

とはいえいつまで寝返りを打っていてもどうにもならないので、大輔はのそのそと体を起こした。

流しで手を洗って、薬箱に手を延ばして、クスリを飲もうとした。

しかしそんな時に限って、二日酔いのクスリはなかった。

そもそも二日酔いのクスリ自体が薬箱に入っていたかどうかさえ大輔はよく覚えていなかった。

と言うよりも、余計に頭が痛くなってくるので、そんな事を考える事さえも億劫だった。

仕方がないので、薬局へクスリを買いに行く事にした。

のそのそと着替えて、もたもたと戸締まりをして、痛む頭と込み上げる胃のむかつきをこらえて、亀のように道を歩く。

けれども家の中にいるのと外にいるのとでは、それだけで違うものである。

外の空気を吸っただけで、心なしか気分が楽になったようだった。

そしてアパートを出て5分もしないうちに、大輔の視線の先に薬局が見えてきた。

その薬局は今にも潰れそうなほどさびれていたので、いつもなら目もくれないで素通りしていたのだが、今はそんな事をいちいち気にしている余裕はない。

クスリを置いていればどこでもいいや。

わらにもすがる思いで大輔はその薬局の扉を開けた。

中には客も、店員もいなかった。

二日酔いの頭には殺人音波にも近い電子チャイムの音が店内に響き渡り、しばらくすると店の奥から、

「いらっしゃい」

と言いながら、主人が姿を現わした。

「何をお探しですか?」

と主人が聞くと、大輔は頭痛をこらえながら、

「…二日酔いと、胃のクスリを、ください…」

絞りだすように言った。

「はい、二日酔いと胃のクスリですね」

薬局の主人は涼しい表情と口調で答えて、ガラスケースからクスリを出してくれた。

主人はクスリを出しながら、

「辛そうですね」

と大輔に声を掛けてきた。

「…辛いです…」

その言葉にに大輔は、これ以上はないくらい簡潔に答えた。

主人はそれを聞いて、

「そうですよね。 二日酔いの辛さは、なった者でないと解らないんですよね」

と言いながら、ケースから出したクスリを袋に入れている。

「薬を飲んで寝ているうちに、それこそ楽しい夢でもみながら二日酔いが治ったりしたら、いいでしょうね」

主人は続けた。

「まぁ、そんなのがあったら、本当に楽ですけどね…」

二日酔いの辛さを今身をもって知っている大輔は、心底そう思いながら答えた。

「そうでしょ、そうでしょ」

主人はうんうんとうなずきながら、

「…実はね、あるんですよ。 そんなクスリが」

と、カウンターから身を乗り出して、少し小声になって大輔に言った。

別に他に客がいるわけではないので、いちいち小声になる必要もないのだが。

「は?」

何を言っているのかよく解らない大輔は、もう一度聞き直した。

「だから、あるんですよ、そんなクスリが」

主人は同じ言葉を繰り返した。

「そんなクスリ、って?」

大輔が聞くと、主人は、

「『楽しい夢をみるクスリ』ですよ」

と答えた。

「はぁ?」

思わず大輔は変な声を出してしまった。

それと同時に、痛む頭で大輔は考えた。

-まさかこの主人、人をおちょくってるんじゃないだろうな…-

とか、

-夢みるクスリって、まさかアブナいクスリとか…-

とか。

そんな考えを見透かしたのか、主人は、

「まぁ、こんな話をして信じろって言う方が無理かもしれませんが、本当にあるんですよ。 もちろん、いかがわしいクスリではありません」

と言った。

大輔がどう答えようかと迷っていると、主人は、

「人間の夢というのは、本人の記憶に基づいていると言う説はご存じですか?」

と続けた。

そう言えば、いつだったかどこかでそんな話を聞いた事があったのを思い出して、大輔は、

「はぁ、そんな話を聞いた事がありますね」

と答えた。

主人はうなずくと、

「つまり、本人の記憶をうまい具合にコントロールできれば、夢は本人の努力次第でどんな内容にでも変えられるようになる、という事です」

と続けた。

「はぁ、まぁ、そんなものなんでしょうかね…」

頭痛であまり深く物事を考えられない状態なので、大輔はあいまいに返事をした。

「そこで今私が言った『楽しい夢をみるクスリ』は、そう言った人の記憶をコントロールするお手伝いをするクスリ、とでも言えばいいのでしょうか、そんなクスリなんですよ」

主人はそう言うと後ろを向き、奥の引き出しを開けて何かごそごそと探していた。

やがてその中からパラフィン紙の包みを取り出して、カウンターの上に置くと、

「まぁ正確には、『楽しい夢をみるお手伝いをするクスリ』と言う事になりますけれども」

と言って、パラフィン紙を開いた。

中には小麦粉に色を付けて固めたような丸薬が、20粒ほどあった。

「どうですか?」

主人がいきなり聞いてきた。

「…どう、って、何がですか?」

大輔が言うと、主人は、

「お試しになってみませんか、って事ですよ」

と、セールスマンのような口調で言った。

大輔が返事をしようかどうか迷っていると、

「あ、何度も繰り替えしますが、これはまったく怪しい薬ではございませんので、ご心配なく。 麻薬のように中毒症状を起こしたりはしませんので」

と言った。

大輔はそれを聞いて少しだけ安心した。

確かに自分でみたい夢を見られるのはいいに決まっている。

しかもそれが怪しいクスリではないと、まがりなりにも薬局の主人が言っているのだから、間違いはないだろう。

しかし…

「…でも、高いんでしょ?」

大輔のその言葉に主人は首を横に振って、

「いいえ。 代金は結構でございます」

と言った。

「え? だってそんな便利なクスリ、いくらなんでもタダって訳には…」

大輔が言うと、主人はその言葉を遮るように、

「いいんですよ。 どうせこの薬局はもう店じまいですし。 サービスさせて頂きます。 それに私は、お客様に少しでも楽になって頂ければそれが何よりですので。 さ、どうぞ。 よろしかったらお持ちください」

と言った。

「…本当にいいんですか?」

大輔が聞くと、主人は何も言わずにうなずいて、

「一回に飲むのは一粒で十分ですよ。 何粒飲んでも効き目に変わりはありませんから」

と説明してくれた。

「…それじゃ、遠慮なく頂いていきます」

大輔はそう言うと、二日酔いと胃のクスリの代金を支払って、薬局を後にした。

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