5話 癒しの香り
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山持家とエルメーシアの異世界が繋がって一週間が経過した。女神や聖女がリビングや居間でくつろぐ光景に、いつのまにか努たちは慣れていた。交わす言葉も緊張の糸はほぐれていて、気軽に何気ないことを話すほどの仲になっていた。
その日も今のソファでくつろぐ聖女を横に、努は富勝と課題をこなしていた。
「あなたたち勤勉ね〜」
あくびをしながら、ペルラは一息ついている彼らに話しかけた。炭酸飲料水を飲んでいる親友の代わりに、努が言葉を返した。
「もう直ぐそこまで、成人が近づいていますから」
「言ってたわね。あなたたちの世界は基本的に子供は働けないんだっけ」
「はい。富勝みたいにバイトをしている場合もありますが」
その会話に、飲み物を飲み干して大きなゲップを出した富勝が割り込んだ。
「ペルラさんは12歳から働いてたんでしたっけ? すげぇよな」
「私が子供の頃のシールール王国は⋯⋯いいえ、世界は生存か終焉かだったもの」
「⋯⋯本当に、がんばったよなぁ」
富勝は目を伏せながら震える声で、小さく呟いた。目元にギュッと力を込めている彼を見て、努は心配になった。
(トミーは感受性豊かだからな。ペルラさんの話を聞いて衝撃を受けているんだろう)
努は少し重く感じた空気を変えるため、少し話題の軌道をずらした。
「ペルラさんは今、大聖女なんですよね? 多忙なのは察していますが、どのような業務をされてるんでしょうか」
「えー、私の仕事ねぇ。様々な式典の準備やその道具の整備と管理、私のギフト『救いの信徒』を用いた患者の治癒でしょう。それと後世のための教育、資金管理と監視、それから──」
「1人でする仕事量ではなくないですか」
「仕方ないわよ。魔王を討伐してからまだ10年も経っていないの。人手不足も、資源もまだまだ不安定だから、踏ん張らないといけないわ⋯⋯」
ペルラの表情は明らかに疲れ果てていた。多忙な日々による疲れだけでないような気がした努は、そっと彼女にスクイーズを渡した。
手に乗せられた物体を、聖女はひたすらグニョグニョと扱い始めた。そんな彼女を見ていた努の首元に、左手がのびていく。
「⋯⋯」
富勝は2人を見ながら、ごくんと喉を鳴らした。
その日の夜、彼は連絡アプリで努にメッセージを送信した。
『お前の家の居間でアロマかお香使っていい?』
それを受け取った努は、あまり馴染みがなかったそれを調べてみた。
(へぇ、ストレス軽減の効果も。ペルラさんにおすすめできそうだな)
『了解、どこで買って欲しいとかある?』
『お香はおばさんに貰ったのがあるぜ。アロマの方がいいなら買ってくるわ』
富勝は努の懐事情を知っていながら、お金の負担をかけるようなことをさせない。自分でできる範囲のことをきっちりやりこなそうとつとめる彼の人柄は、努の無意識に張り詰めた心を軟化させていた。その証明のように、少年は親友には少しだけわがままを出すことができた。
『予算どれくらい?』
『五千円以内には抑える気』
『ならさ、◯◯◯品店で買おう。俺とお前で一つずつ』
『いいな。どっちが気に入られるか勝負だぜ』
『勝負は無しでー』
その日、彼らはペルラを玄関で迎えた。
「あら、どうしたの? ツトムくん、トミマサくん」
「今日はまたこの世界のものを一つ紹介しようかなと思いまして」
「まずはいつも通り居間にてまったりしてくれっす」
どこか接客する店員のような態度の男子高校生2人に首を傾けていた聖女だったが、その疑問はすぐ吹き飛んでしまった。彼女は何か掴まれた感覚がしてふらっとバランスを崩した。
「ちょ、エルメーシア様⁉︎」
「なになになにぃ? 私を省いて楽しそうなことするつもり? そんな抜け駆けできませーんよだ!」
キラキラと光が集まり人の形を成した。輝かしい光景に努たちは一瞬立ち止まったが、直ぐに目的を思い出して口を開いた。
「女神様もぜひ」
「女神さんを省くなんて、恐ろしいことはできないっすよ。呼んでもいいかいまいちわかんないけど」
会話を終えた彼らは居間に移動した。女神と聖女はソファに案内され、いつも通り寛いだ。それを確認した努は、窓を適度に開けてから薄いカーテンを閉めて部屋を薄暗く調整した。続いて富勝はスマートフォンの懐中電灯を光らせ手元を確認しながら、お香に火を灯した。
お香はふわりふわりと煙を出した。現れたそれはゆらりゆらりと居間を駆け巡る。
数秒経過した時、聖女と女神の嗅覚に、甘い香りがほのかに広がった。
「香水とはまた違った広がりね。とても優しくて、不思議と穏やかな心になるわ」
「香るとすっと力が抜けていくなぁ。ソファとやらに身を預けているままだからか、さらに緊張が解けてゆくね。これはなんというもの?」
女神が解説を求めたので、努はほのかに見える親友の顔を見て頷いた。
「トミーはお香の管理をしているので僕が説明します」
彼はこの世界のリラックスの手段の一つに『香りを嗅ぐ』というのがあると説明した。
お香やアロマは、香りを楽しむことで気持ちを落ち着かせたり、ストレスを解消したりする目的で使われるもの。しかし、原料の違いや、香りの広がり方の違いなどもあり、使い分ける楽しさもある。
説明している間にお香は消えた。聖女と女神はうっとりと気持ちよさそうな表情をしていた。接客の立場と考えていた努たちも、肩の力が抜けたような感覚がした。
「これがアロマです。実は俺たちもあまりわかっていないので、勧められたラベンダーの香りとローズマリーを持ってきました」
「使い方はさっき説明した通り。今みたいに少し残るこの時間も楽しみたい場合はお香、さっと部屋の雰囲気を変えたい場合はアロマっす。ただ、使いすぎは逆に健康を損ねるので気をつけてくださいっすよ」
聖女と女神はとても満足そうに笑った。
「ありがとうね、君たち」
「面白い捧げ物よ。そうだペルラ、それ使う時私も呼んでよ?」
「こ、降臨するのですか?」
「こそーっとよ、こそっと。私も楽しみたいからね」
「見られたら大変だわ⋯⋯寝室もすこし改良しようかしら」
ペルラの困り顔をみて努は首を傾げた。
「あまり見られたくないんですか?」
「うーん、というか、知られたらまずいわ。私の世界は香水はあるけれど、娯楽として香りを楽しむ文化はいまいちなの。それも、一つの商品としてここまで形になったものは。これでも私、みんなの憧れの大聖女なの。そんな私がよくわからないものを愛用していた、となるとねぇ」
彼女は口で説明しながら、本音を浮かべていた。
(それに、ここの存在がバレたら、ツトムくんが大変なことになる未来は容易に想像できるし)
そんな彼女の本心を努は知ることなく、表の理由に納得した。
しかし彼のそばにいる少年は違った。彼女の説明を聞いて、強く異世界に関心を向けていた。
「たしかドアノブ触った人の世界に玄関は繋がるんだったよな。で、手を繋いだまま行くとその世界に侵入できるんだっけ」
三人がそうだったようなと首を傾げていた最中、富勝は大きな声でとんでもない要望を出した。
「俺、女神さんの世界に⋯⋯あんたたちの世界に行ってみてぇ! どんだけ文化の違いや考え方の違いがあるかすげー興味ある!」
彼は鼻息を荒くしながら、親友の手を掴んだ。
「ツトム、行こうぜ! せっかくの機会だ、大冒険だぞ!」
「そんなに気になるのか?」
「あぁ、絶対お前同伴で! 異世界の繋がっている玄関の持ち主はお前だし」
「トミーがそんなに気になるなら、同行しようか」
「フー!」
ノリノリになっている富勝と、それを見て微笑む努の気を引くため、ペルラはおほんとわざとらしい咳払いをした。
「なんだかんだ世話になってるからそうしたいのだけれど、一応、私の休憩室は王室直属の神殿内にあるのよね。つまり、すんごく国として大事な場所。そんなところに、国の戸籍もない、服装も何か違う、魔力もないあなたたち異世界人が現れたらどうなると思う?」
ペルラの言いたいことを努たちは理解した。彼らの世界で言うと、国会議事堂や皇室の扉から、いきなりおかしなコスプレをした人が出てくるようなものだ。努は諦めなと口にする代わりに親友の背を軽く叩いた。
静まる空間で、女神が意見を述べた。
「なら、その事態を防げる子を味方にしたらいいよ。ほら、第三王女とかよくない?」
内心、エルメーシアは彼らが自分の世界に来ることを望んでいた。そこなら勇者との約束を果たせるかもしれないと思う気持ちと、己が祀られている世界の素晴らしさを見せつけたいという願望があったからだ。
反面、女神の提案にペルラは顔を顰めていた。
「え、あのお方⋯⋯?」
「あなたの言うことならきくだろうし、もうそろそろあなた自身限界でしょ? 後つけられるの」
「確かに最近は⋯⋯そうね。わかったわ」
ペルラは改めて男子校生2人に向き合った。
「かなり難しいお方だけど、交渉次第ではあなたたちの望みを叶えられる人がいるわ。明日彼女を連れて来るから、この世界の時間で、そうね、19時にはお出迎え可能かしら?」
努は顔をあげて、明日の予定を思い出しながら帰宅時間を計算した。
「俺もトミーもいけます」
富勝は、ペルラの反応から先ほど感じた癒しが吹き飛ぶほどの不安を感じていた。どれほど難しい人物が交渉人として連れてこられるのかと考えると、失敗の二文字が頭に浮かんだ。
(でも、ツトムと力を合わせて交渉を成立させるんだ。異世界に行けたら、少しは、ツトムの心が⋯⋯)
それぞれが色々な考えを抱く中、努だけが淡々と飛び交う情報を整理しては飲み込んでいた。
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