4話 女神と聖女、異世界にはまる
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聖女と女神が寛いでいる居間と、リビングを隔てる襖を閉めた努と富勝は勉強に取り組んだ。過去問題集の難問解説を理解するために、2人は話していた。
「だからこそ、この公式が必要になるんだよ」
「あー! なるほどなぁ。いや、でもこんなの時間内でたどり着けねーよ」
「だいたい似た展開になるから、数をこなせばいけるいける」
「うへぇ、まじで⋯⋯」
富勝は机に頬を引っ付けながら文句を垂れていたが、努を見て真顔になった。
「家でこの問題解いてみて──」
普段通りの振る舞いをしながら、彼の左手は不自然に自身の首を掴んでいた。
(この仕草は、まずい)
富勝は知っていた。再会した親友が、変化やトラブルに巻き込まれてしまった時に行う悪い癖を。
(何でも受け入れはするが、何ともない、なんてことはねーんだよな)
父とその妻、異母きょうだいと過ごした日々。心の声をまっすぐに出せなくなった彼は、想いを発散する感情表現の代わりに自分の首を絞める仕草を身につけてしまった。
つまり、今の努は高いストレスを抱えてしまっているということだった。
「ツトム、今日はここでお開きにしよう」
「そうだね、キリもいいし」
「さて、奴ら起こすか」
「え、いいよいいよ。後で俺が⋯⋯」
「今週なんだぞ、テスト。聖女はともかく、女神がこれ以上何かしてきたら困るだろ」
「うーん⋯⋯じゃあ、女神起こすの頼むよ」
「おいっさー!」
努が優しく女神に声をかける一方、富勝はソファをするっと持ち上げて、女神を転がした。
「ゴフッ、ちょっと無礼すぎない⁉︎ いくらあんたといえど⋯⋯」
「女神さま〜、あなたの寛大な心と素晴らしい知見をもって、聞いてほしいことがあるんですがー」
「ん? あー、そうだそうだ。超絶寛大でウルトラスーパー知見を持つ私が聞いてあげるよ」
「俺たち今週テストがあるんですよね。その期間は努の反応を見るために力を振るうことをやめませんー?」
「えー⁉︎ なんで」
「テストってのは、この世界では、生き方の可能性を決める大事なイベントなんっすよ」
「えーっと?」
この会話を横から聞いていた努とペルラは、軽く話し合った後、2人の会話に割って入った。
「ペルラさんに聞いたんですが、あなたの世界ではギフト判定っていうのがあるんですよね?」
「富勝くんにも説明するわね。私たちの世界では最長15歳までに生き方、魔力、性格、思考能力、精神面を世界に測られてギフトが付与されるの。
たとえば私のギフトは『救いの信徒』。魔力に癒し効果や弱体耐性効果が自然に含まれるの」
「ギフトは俺たちの世界でいうと、特殊資格保持に近い気がします。
その前提で話すと、俺たちの世界の『テスト』は、ギフト付与のための判定基準になる物差しの一つにあたります」
「彼らにとって、テストがどれほど人生に必要なものかおわかりいただけましたか、エルメーシア様」
彼らの説明で努たちの世界のあり方を理解した女神は納得した。この世界の運営に手出しはできない彼女は富勝の説得に応じた。
それからしばらくの期間、女神と聖女はソファで休む時は来ていいと言う約束に従った。特にペルラはソファにハマり、毎日夕方ごろに現れた。
そして、テストが終わったその日。自己採点を終えた2人は帰宅準備をした。
「トミーどうだった?」
「まぁ、ははは」
「乾いた笑いだなぁ」
「くっそ疲れた。ツトム、〇〇駅の店に行こう」
「ん、なんか買う?」
「ああ! “プチプチ”と“グニョグニョ”買おっかなーって」
ストレス発散グッズとして代表的な二品のことを聞いて、努はペルラの顔を浮かべた。
(彼女も使えるものかも)
「俺も買う。プチプチはトミーが、グニョグニョ⋯⋯スクイーズは俺が買うか」
「まじかサンキュー! 俺はすぐ無くすし、ツトムが管理してくれ。好きに使っていいからさ」
「わかったよ」
寄り道をした彼らは、いつもより遅めの夕暮れ時に努の家に入った。
居間でくつろぐ女神と聖女はもはや彼らにとっては慣れたものだった。気にせず荷物をリビングに置き、早速購入したものを取り出して使ってみた。
富勝はひたすら凹凸を押し、努はぼーっとしながら可愛いデザインのスクイーズに力を加えていた。
妙に静かな高校生2人の様子が気になったエルメーシアととペルラは、背伸びをしてから立ち上がり、彼らの背後に近づいた。
「それなに?」
「妙な道具ね」
努の予想通り、女神と聖女は興味を示した。道具の扱い方を説明をした後、ペルラにはプチプチを、エルメーシアにはスクイーズを渡した。
言われた通り各々指に力を込めた。
「!」
「!」
2人は目を見開き、さらに指を動かした。
指に伝う刺激と耳に届く音にペルラはスカッとした気分に包まれた。
「これ、妙にクセになるわね! 心が少しずつ落ち着いてくるように感じるわ。睡眠ほどスッキリするわけではないけれど、ちょっとした息抜きで使う分に最適じゃない」
一方、手の上でフニフニと変形するスクイーズに女神は癒されていた。
「力を込めて握ってもよし、感覚を楽しんでもよし。いいねこれ。ちょっと手が空いた時に扱ってみたら楽しそう。それに変形具合も面白い。あー、この肌触りと弾力、クセになる!」
喜ぶ彼女たちを見て、男子高校生は顔を見合わせた。富勝は微笑みながら穏やかに話しかけた。
「ツトム、喜んでもらえたな」
「うん、そうだな」
努は内側から暖かな熱が広がる感覚がする気がした。しかしそれをどう外に表現していいのか、そもそも人に伝わってしまっていいのか迷ってしまった。結局、いつも通りの『そう感じただけのこと』と受け入れたため、富勝のように表情を変えることはしなかった。
そんな無表情の彼の視界に、プチプチが入った。
「ペルラさん?」
「あなたたちすごいわね。私は満足したから、これどうぞ」
「あ、はい」
努の手は早速凹凸に触れていた。それを見た聖女は一息つき、話し始めた。
「私の世界では絶対生まれない道具よ、それ」
ペルラの世界では、人々は魔力を持ち戦える。ギフトを貰ってからはさらに力が大きくなる。結果、一生命個体の力があるが故に、道具の発展は地球世界より遅れている。代わりに、多少の危険には耐久性があった。
そんな彼らの娯楽の一つは、モンスター狩りだった。魔王が討伐されてからも、残党はまだ多く生き残っていた。以前の恐るべき勢いがなくなった彼らの始末は、数年の間で娯楽へと発展していった。
鬱憤やストレスを思いっきり晴らせるモンスターがそこらじゅうにある世界には、『ストレスを晴らすための道具』が生まれてこなかった。
ペルラの説明を聞いた努は、改めて彼女たちが異世界の存在であることを実感した。
「何を持ってるか、何があるかでこんなにも差がつくんだな」
「ええ。だからこそ、私はあなたたちをすごいと言ったのよ」
「すごい、ですか」
「ええ。暴力性、加害性はあなたたちも持っていることはわかったわ。でも、私はこの世界の生き物がどんなものかは知らないけれど。少なくとも、ツトムくん、トミマサくん。君たちはその性を最小限に抑えている。それはとても強くて素敵な優しさね」
「やさ、しさ」
まっすぐな聖女の言葉に、努は胸が熱を帯びたような、瞳の奥が刺激されたような気がした。
(トミー以外にも、いるんだ。まっすぐ、誰かを褒める言葉を使える人が)
ムッと閉じた口が少しだけ開きにくいなと彼が思った瞬間、親友の情けない声と、女神の駄々をこねる声が聞こえた。
「ぐぇぇ」
「私も我慢した、ちょっかいかけなかった! ストレス溜まってる!」
「わかったから首から離れっ」
「スートーレースー!」
「ぎょえええ」
聖女と努はため息をつき、2人を引き離した。息を整えた富勝は女神を見ながら話した。
「暴力での要求はだめだ、恐喝だぞ!」
「私は女神だ! ヒトの罪は通らない。ましてや異世界のルールなど。そもそも、私は貴様らに配慮してやったろ! その分の献上くらいしなさいよ」
「そ、それはそうだな。これ以上ツトムが大変な目に遭うのも嫌だし⋯⋯」
彼らの会話をきいた努たちは、女神がさらなる地球のものを堪能したいと騒いでいたのだと理解した。
「トミー、お前1人では負担が重い。俺が中心になって動くよ。いろんなことは俺が元凶で起きたから⋯⋯」
「それは違うぞ、元凶は──」
「それに、俺たちが普通に使ったり見たりしているモノを新鮮な反応で見る彼女たちを見ると、すこし、なにか少し、俺にも起きそうな気がしてさ」
「え、そ、そうなんだ」
「幸い資金源は恵まられているからさ」
努の決定に喜んだのは、すぐそばにいる富勝ではなく異世界の女神と聖女だった。
「お前が言うならば仕方ないよ。もっと私に献上するんだねー!」
「この世界の癒し、もっと味わえるの? えー、最高じゃない、異世界と繋がってよかったわー!」
喜ぶ彼女たちを見て一息つく努と、顔をピクピクさせながら苦笑いをする富勝だった。
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