2話 異世界の扉と家
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驚きの声と同時に女性の隣に光が集まり、人の形となった。白髪の美少女は努が夢の中でだが、良く知る相手だった。
「女神様こんにちは」
「こんにちは、じゃない!」
女神は綺麗な顔を怒りで真っ赤に染めながら、努の両肩を掴み体をゆすった。
「なーんーでーおーどーろーかーなーいーのー! とっておきの策だったのにぃ!」
大きな声で喚く女神に、2人の人間の冷ややかな目線が向けられた。
玄関の扉を閉じた聖女らしき女性が咳払いをして、話し始めた。
「我らが偉大なる九つの柱が一つ、女神エルメーシア様。あなた様のお考えをよく、よーくお聞きしたいので、お話ししてくださいませんか」
続いて富勝も質問をぶつけた。
「玄関がどうなったか教えてくれ!」
あわあわしている富勝をみて、女神は閃いた。努の方を見て意地悪な笑顔を向ける。
「この扉、私の世界のある一室と同化させたの。つまり、あなたたちは家ごと異世界に転移したの! 帰れないねぇ〜」
富勝の絶叫をうるさいと思いつつ、女神は目の前の少年に目線をやった。
(どうだ、これで)
「あー、そうなんですね。困りました」
努は表情ひとつ変えることなく事態をすんなり受け入れた。
「はぁぁあ! 帰れないんだよ⁉︎ か、え、れ、な、い!」
「はい、困りました」
「それだけ⁉︎」
「まぁ、そうことなんだなってわかったので⋯⋯」
女神はたった1人の人間に敗北したショックで力無く座り込んだ。魂が抜けたような彼女の肩に、2人の手がそれぞれ乗せられた。
「なに⋯⋯」
そこには努とは異なり、憤慨によって顔をとても歪めている富勝と聖女がいた。
「どうしてくれんのさ」
「お話ししましょう」
あまりの圧に女神は顔を真っ青にしながら、小さく震える声で喋った。
「あの、嘘です、はは、詳しく説明、しますんで⋯⋯その、一旦移動しませんか」
4人はリビングに移動し、何が起きたかを整理することにした。
最初に4人はそれぞれ自己紹介をした。そこで、女性が女神エルメーシアが管理の一端を担う異世界で暮らす28歳の大聖女であること、ペルラという名前であること、唯一の休憩室の扉がこの珍事態の犠牲になったことがわかった。
「へぇ、ここが“勇者様”の故郷なのね」
「ペルラ、ペルラ」
「なぁに女神様」
「なんか態度が心のままじゃない? いつもの品行方正な様は?」
「初対面で彼らには素を見られたし、実質休憩室の中だし、いいでしょう?」
「そ、そうだね⋯⋯」
なんとなくのペルラの人柄がわかったことで、彼らの疑問をひとつひとつエルメーシアは解説した。
結論から言うと、異世界転移ではない。
家自体が特殊な能力を秘めたものになったと言う話である。
1.玄関から外に出る時、ドアノブに触れた人物の外界と繋がる。また、手を繋いだまま外に出ると、ドアノブに触れている人物の世界に侵入できる
2.家の中自体は努たちの世界のルールが適用される。努たちにとっての異世界人は魔法などが使えなくなる
3.努たちにとっての異世界人は、玄関以外からの外出ができない
4.言語能力は本人の識字能力に合わせてそれぞれ適用される。(例、ペトラは異世界人だが、努が持ってる辞書や小説を読める)
「と言うこと」
「じゃないわよ」
ペルラは項垂れながらため息をついた。
「努くんを驚かす手段としてやったことに、なぜ私の休憩室が巻き込まれたの⋯⋯。そんなに大事なことなの⋯⋯?」
「ゆ、勇者の願いだから大切なんだよぉ。まぁ、ペルラならなんか飲み込んでくれるかなぁって」
「勇者⋯⋯」
目を見開いた彼女は顔を上げて富勝を見た。
「⋯⋯」
「な、なんっすかおねーさん」
「いや、勇者様の顔、どんなだったかなと思ってね」
「お、俺、似てるっすか?」
「⋯⋯いや、そうでもないような。年齢的にも──まぁいいか」
その会話を聞いていた努は少し不思議に思っていた。
(よく考えたら、なんで“勇者”はこんな願いを? 勇者が何者か⋯⋯すんなり話を受け入れていたからこれまで意識もしなかったや)
そう思った少年の頭に、次々気になることが浮かんできた。
(女神様の異世界はどんなところなんだろうか。ペルラさんは大聖女ってことは偉い人ってことだよな。勇者がいたってことは、今は平和なのかな?)
その興味を、彼のもう一つの意識がかき消した。
(余計な思考や発言はよそう)
一呼吸ついた努は、お腹が空いていることを思い出した。
「そういえば、トミー。晩ご飯どーする?」
「あ、驚きの連続で忘れてたや。買いに行こうぜ!」
立ち上がる2人に、ペルラが話しかけた。
「この家のどこかで寝そべっていいかしら」
「いいですよ」
「失礼するわね」
「あ、待ってください。トミーちょっといい?」
「ん」
「2階のあのソファここに運ぼうと思ってさ。せっかくならペルラさんと女神様に」
「女神さんはともかく、ペルラのねーさんにはリラックスしてほしいし⋯⋯オッケーだぜ」
努たちはリビングの隣にある広い居間に、大きなかたまりを運び入れた。
「ソファです。もしよかったらこちら使ってください」
それだけ言った後、彼らは夕食を買いに玄関に向かった。ドアが開く音と共に富勝の安堵と喜びが混じった声が、リビングまで届いた。
「お、ほんとだ、いつもの光景だ!」
「トミーを巻き込んだ神隠しにならなくてよかった」
「いやお前1人もだめだぞ⋯⋯」
家の主の声が遠くなったところで、女神と聖女は立ち上がり、襖越しにある居間を恐る恐る覗いた。
異世界の存在である女神と聖女にとって、運ばれたソファは謎の大きな塊でしかなく、警戒対象であった。
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