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1話 驚かない男

ご覧いただきありがとうございます!

 山持(やまもち) (つとむ)は驚かない。


 高校2年生とは思えないほど、彼は落ち着いている。

 それは、夢の中であろうとも変わらない。


「こんにちは」

「こんにちは、じゃない!」


 努の夢の中に現れた、美しい白髪の美少女は、頬を膨らましながら話しかける。


「2年間もびっくりしないなんて!」

「はぁ、すみません」

「謝るなら驚けー!」


 腹を立てている目の前の美少女に、努は申し訳なく思った。


(2年か⋯⋯)


 彼女が初めて夢の中に現れたのは、彼が中学3年生の時だった。


「私は異世界の女神、エルメーシアだ」


 彼女は努が住む世界──日本とは異なる世界にいる神様だと言った。そんな彼女がなぜわざわざ別世界の少年に声をかけたかというと、とあるお願いを叶えるためであった。


「私の世界を救った、あなたの世界から転移してきた勇者のお願いよ。あなたの心を動かして欲しいって」


 彼女は、本来は別の願いを言われたが、女神の力を持ってしても叶えることができないことだった。代わりにこの願いを聞き入れ、彼の前に現れた。


 その日から、努の周りで奇妙なことが沢山起こった。晴天なのに雷鳴と共に豪雨が降ったりグラウンドに突然綺麗な花が生えたり、校内が突然停電したり。


 それでも、努は起こった事実として淡々と受け入れるだけだった。


 まったく感情的な反応をしない彼に文句を言いに、女神エルメーシアは度々夢の中に来ていた。


(しかし、それも今日が最後だろう。ふふふふ、今度は腰を抜かしてしまうやも知れないぞぅ)

「今日こそ、この“戦い”を終わらせる。覚悟しなさいよ」

「戦いなんですか⋯⋯」


 彼の視界に映る、鼻息を荒くする彼女の姿がぼやけていく。彼はそれが夢からの目覚めだと理解していた。


「心を動かす、か」


 少年はポツリと呟くと、大きな欠伸をして登校の準備に取り掛かった。




 努は一人で生活するには広すぎる一軒家の掃除を終わらせたあと、のんびりと道中にある公園に向かった。到着したあと、待ち合わせの時間までベンチに座ろうと腰掛けた瞬間。


「わっ!」

「トミー、おはよう」

「わー、まじですごいなお前」

「だろ」

「褒めてねーよ引いてんだよ」

「ひどいねー」

「棒読み」


 物陰から現れた少年の名は、三好(みよし) 富勝(とみまさ)。努と同級生でかつ幼馴染であり、感情をすぐ声色や顔にのせる人物だ。

 努は彼のことを一番信頼できる親友と思っている。だからこそ、どんな不思議なことも話すことができた。


「また、女神様の夢を見た。戦いとか言われた」

「わぁお、強い言葉。お前が驚くまで彼女の戦いは終わらないのか」

「申し訳なく感じるな⋯⋯」

「⋯⋯」


 努の顔を覗き見ていた富勝は、一瞬眉に皺を寄せた。そして一瞬のうちに表情を明るくし、彼の肩を叩いた。


「そーいえば、もうそろそろテストあるから、また勉強教えてくんねーか」

「あぁ」

「ひゃっほー、なんのソフト持ってこようかな」

「一瞬で自分の発言を忘れているぞ」


 ツッコミを入れつつ、努は親友の優しさに感謝した。


(気を遣ってもらったな。俺の過去に触れそうになったから)


 努は元々、感情豊かな普通の子だった。母子家庭で、貧しいながらも幸せに暮らしていた日常は、突如崩れ去った。


 実父を名乗る男とその妻が現れた。そこで彼は、財閥名家の私生児である事を知った。


 当主である祖父にあたる男が亡くなり、莫大な遺産相続問題が出てきたのだという。子に男児がいなかった実父と妻は取り分が少なかったのだが、努がいることによって話が変わった。


 努の母は提示された金額に納得し、親権を彼らに譲渡した。そこから、彼の地獄は始まった。


 異母きょうだいと意図的に差をつけられた環境で育てられた。虐げの言葉も、嘲笑いの視線も浴びせられ続けた。


 遺産問題で揉める大人たちの醜悪な態度が、部屋にとじこもっていても感じていた。


「形式的にはあなたにも遺産は入ってますが、使用は一切許しません」


 遺産を振り分けてもらえるための口実として存在する事実は、努の感情を小さくしていった。


 異母きょうだいの不満から、彼は一人暮らしをするように言われた。見栄っ張りな彼らは、わざわざ二階建ての一軒家を購入し、努を住ませた。


 この扱いにも、努は怒ったり悲しんだりしなかった。ただ、受け入れた。


(受け入れたらどうってことないな)


 小学5年生から中学1年生の時期に根付いた生き方は、簡単に変わってくれることはなかった。




 2人は朝の約束通りテストに向けての勉強会を、努の家で始めていた。


「範囲広ぉ、くそーわからん!」

「な、難易度上がった」


 文句をたれる富勝に相槌をうちながら、努は次々過去問を解いていった。


「よし、終わった」

「嘘だろ、俺まだ半分解いてねーよ」

「それは遅くないか」

「うわーん!」


 2時間経過したころ、2人は空腹を感じた。


「ツトム、俺さ、今日親いねぇから一緒飯食おうぜ」

「おう、トミーは何食べる?」


 話しながら2人は玄関に向かい、靴を履き始めた。そんな2人の耳に、玄関が開く音が届いた。


(配達たのんだっけ?)


 そう思い見上げると、妙な服装の成人女性が、深いため息をつきながら現れた。


「はぁ〜勤務だるい〜きゅーけーきゅーけー⋯⋯」


 外国のシスター服をベースにした、ゲームキャラクターのような服装の女性は、目を見開き、固まっていた。


 努は隣の親友を見つめた。


「え? え? ⋯⋯ん?」


 富勝も女性同様硬直していた。


 シーンと静まり返った空間に、可愛らしい声が──努はよく知っている女神の声が響いた。


「どう? 驚いたでしょ!」


 さらに硬直した2人を見て、努は頭を軽くかきむしり発言した。


「あの、一応ここ俺の家なので、帰っていただきたいのですが」


 冷静な一言が、女神と女性と親友の硬直を解いた。


「なんで驚かないの⁉︎」

「わわわわ、私の休憩室は⁉︎」

「なんだなんだなんだー⁉︎」

1話読んでくださりありがとうございます!

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