第七話
Aランク冒険者を倒してから三日後、森の外から大規模な軍勢の気配が近づいてきた。
俺の鋭敏な聴覚が捉えたのは、これまでとは桁違いの規模の足音だった。重装備の騎士たちの鎧が擦れ合う音、馬の蹄音、攻城兵器の車輪が地面を削る音。そして何より、数百人の人間が放つ匂いの混合が、風に乗って俺の嗅覚を刺激していた。
王国が本気で俺を排除しにきたのだ。
森の各所に展開していく軍勢の配置を、俺は注意深く観察していた。騎士三百名、魔法使い五十名、僧侶三十名、そして補助兵士二百名。総勢六百名の大部隊が森を完全に包囲している。
これまで相手にしてきた規模とは比較にならない。まさに国家の威信をかけた総力戦の様相を呈していた。
彼らの装備も最高級だった。
鋼鉄の鎧は魔法で強化され、武器には聖なる力が込められている。魔法使い部隊は大規模魔法陣を展開し、僧侶たちは森全体を浄化する準備を整えていた。
これまでの敵とは明らかに格が違う。
個々の戦闘能力も高いが、それ以上に組織としての統制力が際立っていた。六百名の兵士が一糸乱れぬ動きで配置に就き、完璧な包囲網を形成している。
指揮官らしき騎士団長の声が森に響いた。
「化け物よ、貴様の悪行もここまでだ。王国の威信にかけて、必ず討ち取ってやる。」
その声には絶対的な自信が込められていた。彼らは俺の能力を研究し、完璧な対策を練って臨んでいる。
騎士団長の装備は他の騎士たちよりもさらに豪華で、全身から放射される魔力は個人の域を超えていた。王国最高の騎士として選ばれただけの実力を持っているのだろう。
最初の攻撃は予想を遥かに上回るものだった。
森の各所に設置された巨大な魔法陣から、強烈な魔力の波動が立ち上る。五十名の魔法使いが同時に詠唱を開始し、それぞれの魔力が一つの巨大な術式に集約されていく。
空気中のマナが異常な密度で集束し、大気そのものが震動を始めた。これまで経験したことのない規模の魔法が準備されているのが分かった。
『グランドメテオ』。
しかし、これまで経験したものとは威力が全く違った。空から降り注ぐ炎の塊は、俺がいる森の一帯を完全に覆い尽くした。
一つの火球ではなく、無数の炎の弾丸が空から降り注いでくる。それぞれが建物ほどの大きさで、表面には複雑な魔法文字が刻まれている。まさに天変地異と呼ぶべき現象だった。
直撃の瞬間、俺の身体は激しい衝撃に襲われた。
これまで経験したことのない威力の攻撃だった。森の一部が文字通り消失し、木々は炭となって消え去る。地面は溶岩のように赤く染まり、空気そのものが燃えているような状況だった。
五十名の魔法使いが同時発動した『グランドメテオ』の威力は、個人レベルの攻撃とは次元が違っていた。
俺の身体表面が激しく沸騰し、内部組織が急激に変性していく。これまで獲得した火炎耐性では対応しきれない圧倒的な熱量だった。
しかし、俺の身体は戦闘を重ねるたびに進化していた。
攻撃を受けた瞬間、身体の構造が劇的に変化する。高温と衝撃に対する耐性が瞬時に発達し、炎の中でも俺の意識は明瞭なままだった。ゲル状の身体が熱を分散し、金属片が衝撃を吸収する。内部の組織が急速に再構築され、より強固な構造へと進化していく。
この適応過程で、俺は大規模魔法の構造を詳細に分析していた。
五十名の魔法使いが協調して発動する集団魔法の仕組み、個々のマナ流動を統合する技術、そして威力を増幅させる魔法陣の構造。これらすべてが俺の知識として蓄積されていく。
二度目の『グランドメテオ』が降り注いだ時、俺はその炎の中を平然と歩いていた。
「馬鹿な。王国最高の攻撃魔法が通用しないはずがない。」
騎士団長の声には困惑が滲んでいた。
彼の表情には、これまでの常識が根底から覆された時の茫然とした様子が見て取れた。王国が誇る最高の魔法攻撃が、俺には全く効果を示していないのだ。
次に僧侶部隊による聖なる結界が展開された。
三十名の僧侶が同時に詠唱を行い、森全体を包み込む巨大な聖なる力場が形成される。これは攻撃ではなく、俺を封印しようとする試みだった。
空間そのものが神聖化されていく。
大気中に白い粒子が浮遊し始め、それらが俺の身体に触れるたびに浄化の力が作用してくる。三十名の僧侶による集団詠唱の威力は、これまで経験した聖なる力とは比較にならなかった。
強力な浄化の力が俺の存在そのものを否定しようとしてくる。
町の騎士たちや冒険者たちの聖なる力とは桁違いの威力だった。空気そのものが神聖な力で満たされ、俺の異形の身体を浄化しようとする圧力が四方八方から押し寄せてくる。
俺の身体が激しく痙攣し、一時的に動作制御が困難になる。
これまでに獲得した聖属性耐性では対応しきれない威力だった。浄化の力が俺の存在の根幹部分まで侵食しようとしてくる。
しかし、俺は既に聖属性攻撃に対する基本的な耐性を持っていた。
結界の力に対しても、適応機能が急速に対応を開始する。浄化のエネルギーを分析し、その構造を理解し、最終的には無害化する機能が短時間で構築された。
結界の力は俺の身体を素通りし、何の効果も発揮しない。それどころか、浄化の力を吸収することで、俺の聖属性耐性はさらに強化された。聖なる力が俺の身体に触れるたびに、新たな適応機能が生まれていく。
最後の手段として、物理攻撃と魔法攻撃の完璧な連携攻撃が実行された。
数百名の騎士が一斉に突撃し、魔法使いが支援魔法で彼らの能力を強化する。同時に僧侶が回復と防御の魔法でバックアップし、完璧な連携で俺を圧倒しようとしてくる。
これは単純な物量攻撃ではない。
各部隊が有機的に連動し、互いの弱点を補完しながら戦闘を展開している。騎士たちの突撃に合わせて魔法使いが支援魔法を発動し、僧侶が回復と防御で継戦能力を維持する。まさに軍隊組織の真骨頂とも言える戦術だった。
確かに圧巻の光景だった。
個々の能力は高くないものの、組織力と数の優位により、Aランク冒険者にも匹敵する戦闘力を発揮している。数十本の剣や槍が同時に俺に向かってくる。
それぞれが魔法で強化され、聖なる力も込められている。魔法使いの支援魔法により、騎士たちの攻撃力は通常の数倍に強化されていた。
最前線の騎士が俺に接近し、聖なる力を込めた大剣で斬りかかる。
その剣撃は個人技としても相当な威力を持っていたが、さらに魔法使いの強化魔法により威力が倍増されている。一撃で巨岩を粉砕するほどの破壊力だった。
左右からは槍を持った騎士が挟撃を狙い、俺の回避選択肢を制限してくる。
それぞれの槍にも聖なる力が込められており、俺の身体を貫こうと迫ってくる。三方向からの同時攻撃により、俺を確実に仕留めようとしていた。
後方では弓兵部隊が矢の雨を降らせ、俺の退路を完全に封鎖している。
矢じりには魔法が込められており、空中で軌道を変更して俺を追尾してくる。数百本の矢が同時に放たれ、回避することは不可能に思えた。
しかし、俺の身体はそれらすべてを吸収し、学習していく。
物理攻撃に対しては装甲の強化が進み、魔法攻撃に対しては魔法耐性が発達する。聖なる力に対しては浄化耐性が強化され、毒攻撃に対しては完全な免疫が確立される。
彼らが新たな攻撃を仕掛けるたびに、俺はその攻撃に対する完全な耐性を獲得していく。
戦闘が激化するにつれて、俺の進化速度も加速していった。
騎士たちの剣撃を受けるたびに、物理攻撃への防御力が向上する。身体表面の密度が調整され、鋼鉄の刃も容易には通さない強度を獲得した。
魔法使いの支援魔法に対しても、即座に対応策が構築される。強化魔法の効果を無効化し、逆にその魔力を吸収して俺の能力向上に活用する機能が発現した。
僧侶たちの回復魔法にも注目していた。
彼らが使用する生命力回復の技術を詳細に分析し、その原理を理解する。これにより、俺自身の再生能力もさらに向上し、受けた損傷を瞬時に修復できるようになった。
戦闘開始から一時間が経過すると、俺の反撃が本格化した。
身体から無数の金属片を射出し、複数の敵を同時に攻撃する。鉄パイプの破片、曲がった針金、錆びた釘が弾丸のような速度で騎士たちを襲う。
これまでの戦闘経験により、金属片の射出能力は大幅に進化していた。射程距離は数百メートルに達し、威力も重装甲を容易に貫通するレベルに向上している。
さらに、射出する金属片に魔法を付与することも可能になった。
火炎を纏った鉄片、氷結効果を持つ針金、雷撃を発する釘。様々な属性攻撃を同時に展開し、敵の防御を多角的に攻撃する。
彼らの鎧は確かに頑丈だったが、俺の金属片の威力は既に鋼鉄を容易に貫通するレベルに達していた。装甲の隙間を正確に狙い撃ち、確実に敵の戦闘力を削いでいく。
分裂した触手が各方向から襲いかかり、敵の陣形を完全に崩壊させる。
一本の触手で騎士を拘束しながら、別の触手で魔法使いの詠唱を妨害し、さらに別の触手で僧侶の回復魔法を阻止する。六本の触手がそれぞれ独立して行動し、俺一人で軍隊全体を相手にしていた。
触手の機動性も戦闘を重ねるたびに向上している。敵の攻撃を柔軟に回避しながら、確実に相手を制圧する高度な戦闘技術を獲得していた。
魔法による遠距離攻撃も本格的に開始した。
火球術で騎士たちを牽制し、氷の槍で魔法使いを無力化し、雷撃で僧侶の詠唱を妨害する。エルフから習得した魔法技術と、冒険者から得た戦闘知識が完璧に融合していた。
さらに、集団魔法の技術も応用していた。
複数の火球を同時発動し、敵の大部隊を一度に攻撃する。氷結魔法で地面を凍らせ、騎士たちの機動力を封じる。雷撃の連鎖により、金属装備を身に着けた敵に大きなダメージを与える。
戦闘開始から二時間が経過する頃、戦況は決定的に変化した。
討伐隊の完璧に見えた戦術も、俺の圧倒的な能力の前では無力だった。
彼らの組織的な攻撃は、俺の学習能力によって次々と無効化される。同じ攻撃パターンを二度使うことは不可能で、新たな戦術を考える時間も与えられない。
騎士たちの疲労が目立ち始めた。
重装備での長時間戦闘は体力を著しく消耗させる。魔法使いのマナも枯渇寸前で、高位魔法の連続使用により精神的疲労も蓄積している。
僧侶たちも回復魔法の多用により消耗が激しく、効果も次第に減少してきた。
一方、俺は戦闘が長期化するほど有利になっていく。
敵の攻撃パターンを完全に学習し、あらゆる攻撃に対する対策を確立している。それどころか、受けた攻撃を逆に自分の武器として活用できるようになっていた。
騎士団長は最後の手段として、自らの生命力を代償にした禁術を発動しようとした。
彼の身体から強烈な白い輝きが放射され、周囲の空間が歪み始める。これは魂を燃やして発動する最上級の攻撃魔法だった。
その魔法は個人の生命力を完全に燃焼させて発動する究極の技術で、成功すれば山をも砕く威力を発揮するという。しかし、発動者は確実に死亡する諸刃の剣でもあった。
騎士団長の覚悟の深さを示す最後の攻撃だった。
しかし、その詠唱すら完了させることなく、俺の金属片が彼の胸を貫いた。
生命力を代償にした攻撃でさえ、俺には通用しない。彼の最後の望みは、詠唱の途中で潰えた。
戦闘開始から三時間が経過した時、討伐隊の壊滅は完了した。
生き残った者たちは恐怖に駆られて逃走し、王国の首都に向かって敗北の報告を送った。俺は王国全体にとって制御不能な脅威となった。
戦闘後、俺は主要な人物たちを選別して捕食した。
騎士団長からは王国の軍事機密と政治情報を獲得した。
王国の軍事力配置、要塞の位置、他国との軍事同盟の詳細。さらには王族の系譜や政治的対立関係まで、王国の中枢に関する機密情報が俺の知識となった。
王国は現在、北の帝国と南の連邦との間で微妙なバランスを保っている。軍事力は他国と比較して中程度だが、地理的な利点により防衛力は高い。
そして、俺は上級魔法使いからは国家レベルの魔法技術を習得した。
戦略級の大規模魔法、国家の防衛に使用される結界術、そして魔法兵器の製造技術。これらの知識により、俺は個人でありながら国家に匹敵する魔法的戦力を獲得した。
集団魔法の技術も完全に理解した。
複数の魔法使いが協調して発動する大規模魔法の仕組み、マナの流動を統制する技術、そして威力を増幅させる魔法陣の構造。これらをすべて俺一人で再現することが可能になった。
高位僧侶からは宗教組織の内部情報を得た。
王国の国教である光の教会の組織構造、聖職者の階級制度、そして宗教的権威の政治への影響力。さらには、他の宗教との対立関係や、異端審問の実態まで詳細に把握した。
これらの情報により、俺はこの世界の政治構造と権力バランスについて深く理解することができた。
これらは、王国最高の戦力を投入した討伐隊を壊滅させた戦果だった。




