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第五話

 エルフから得た知識により、俺は最寄りの町の存在を正確に把握していた。

 そこは王国の辺境に位置する重要な交易拠点で、約三千人の人間が生活している。騎士団の支部もあり、この地域の軍事的な要となっているらしい。


 俺にとって、これほど魅力的な狩場はなかった。

 大量の人間が一箇所に集まっているということは、それだけ多くの知識と記憶を効率的に獲得できることを意味している。しかも、騎士団という戦闘集団がいるならば、彼らを捕食することで戦闘技術も習得できるはずだった。


 森を抜けて街道に出ると、遠くに町の城壁が見えてきた。

 石造りの堅固な城壁が町全体を取り囲み、定期的に配置された見張り塔からは松明の明かりが漏れている。防御を重視した典型的な中世都市の構造だった。


 その瞬間、俺の鋭敏な嗅覚が大量の人間の存在を感知した。

 三千人分の汗と血の匂い、そして武器に塗られた油の匂いが、夜風に乗って俺の鼻孔を満たす。しかし、その中に別種の匂いが混在していた。恐怖の匂いだった。


 彼らは俺の到来を予期している。


 街道に配置された歩哨が俺の異形の姿を捉えた瞬間、大きな銅鐘が激しく鳴り響き始めた。その警報音は町全体に伝播し、住民たちの慌ただしい足音が城壁の向こうから聞こえてくる。

 鐘の音は単調なリズムではなく、緊急事態を示す特殊な打ち方だった。三回短く、一回長く、そしてまた三回短く。この信号により、町の防衛部隊が一斉に配置に就いているのが分かった。


 俺は歩みを止めることなく、町の正門に向かって進んだ。

 正門前には、重装備の騎士たちが整然とした隊列を組んでいた。

 鋼鉄の鎧に身を包み、剣と槍を構えた彼らの装備は、これまで相手にしてきた農民や村人とは明らかに次元が違う。特に注目すべきは、彼らの武器から発せられる微かな白い光だった。


 魔法の力が込められているのだろう。


 しかし、その白い光は俺がエルフから習得した魔法とは明らかに異質だった。より神聖で、俺のような存在に対して特化した力のようにも感じられる。


 隊列の最前に立つ騎士団長らしき人物が、一歩前に踏み出した。兜の隙間から見える目には、恐怖よりも強固な決意が込められている。

 彼の装備は他の騎士たちよりも豪華で、胸当てには王国の紋章が刻まれていた。背中に背負った大剣からは、他の武器とは比較にならない強力な魔力が放射されている。


「化け物よ、これ以上の進撃は許可しない。」


 その声には、揺るぎない意志が込められていた。町の農民たちとは明らかに格が違う。

 彼の剣が次第に白い光を放ち始める。その光は月明かりよりも純粋で、見ているだけで俺の存在に不快感を与えてくる。


「神聖なる光の力で、貴様の邪悪を完全に浄化してやる。」


 聖なる力。

 俺の身体が本能的に警戒態勢に入った。これまで経験したことのない、異質な力の波動が俺の存在そのものを圧迫してくる。まるで俺の異形の身体を根底から否定しようとする力だった。


 空気そのものが変化していく。

 騎士たちの周囲に、微かな白い粒子が浮遊し始めた。それらは単なる光ではなく、俺に対する敵意を持った何らかのエネルギー体のようだった。


 しかし、恐怖は感じなかった。むしろ、新たな力への純粋な興味の方が強い。

 騎士たちの連携攻撃が開始された。


 正面の騎士が聖なる光を纏った剣で斬りかかってくる。左右からは槍を持った騎士が挟撃を狙い、後方の魔法使いが火球術の詠唱を開始した。

 さらに、弓兵たちが城壁の上から矢の雨を降らせ、俺の退路を封鎖しようとしている。


 完璧な戦術だった。個々の技術レベルも高く、隙が全く見当たらない。

 正面からの攻撃は囮で、真の狙いは左右からの槍による挟撃にあることは明白だった。後方の魔法使いは、俺が回避行動を取った瞬間を狙って火球を放つつもりだろう。


 聖なる剣が俺の身体に接触した瞬間、これまで体験したことのない鋭い痛みが全身を貫いた。


 物理的な損傷ではない。俺の存在そのものを浄化しようとする力が、細胞レベルで作用している。まるで身体の根源的な部分を書き換えようとするような、異質な苦痛だった。

 ゲル状の身体が激しく痙攣し、触手の制御が一時的に困難になる。これまでの物理攻撃や魔法攻撃とは全く異なる種類の脅威だった。


 聖なる力は俺の異形としての性質そのものを攻撃してくる。

 邪悪な存在として俺を認識し、その存在を許さない絶対的な力。宗教的な信念に裏打ちされた、純粋な敵意の具現化とでも呼ぶべき攻撃だった。


 だが、痛みと同時に、俺の身体が急速な変化を開始した。

 聖なる力に触れた部分から、新たな組織構造が生成されていく。浄化の力を詳細に分析し、理解し、そして対抗するための機能を構築していく。


 これまでの適応過程よりも時間がかかったが、俺の進化能力は確実に聖なる力への対策を進めていた。


 二度目の聖なる攻撃を受けた時、痛みは半分以下に軽減されていた。

 騎士団長の表情が変わる。彼らの切り札であった聖なる力が、予想した効果を発揮していないことに気づいたのだ。


「何故だ。聖なる力が効かないはずがない。」


 団長の声に明らかな動揺が滲んでいる。数百年にわたって邪悪な存在を浄化してきた聖なる力が、俺には通用しないという現実を受け入れられずにいるのだろう。


 俺は反撃を開始した。

 身体から鉄パイプの破片を高速で射出する。騎士の鎧は確かに頑丈だったが、俺の射出する金属片の威力は既に鋼鉄を容易に貫通するレベルに達していた。


 最初の金属片は騎士団長の右肩を狙った。

 彼は盾で防御しようとしたが、金属片の速度と威力は彼の予想を上回っていた。盾の表面に深い凹みを作り、衝撃で彼の体勢を崩す。


 続いて、左右の騎士の膝関節を狙撃する。

 関節部分は鎧の防御が薄く、正確に狙えば確実に戦闘能力を削ぐことができる。一人の騎士の膝関節を金属片が正確に貫き、彼がよろめいて倒れ込む。


 同時に、エルフから習得した火球術を発動した。詠唱なしで瞬時に生成された火球が、騎士たちの整った陣形を一瞬で崩壊させていく。

 火球は騎士団長の足元で爆発し、周囲の石畳を砕いて破片を飛散させた。直接的な損傷は与えられなかったが、彼らの連携を乱すには十分だった。


 戦況が急激に変化し始めた。


 俺の身体は戦闘の激化に応じて、さらなる進化を見せていく。複数の触手が分裂し、それぞれが完全に独立した攻撃を展開する。

 正面の騎士を拘束しながら、左右の騎士に金属片を射出し、後方の魔法使いには火球術で牽制する。六本の触手がそれぞれ異なる役割を担い、俺一人で軍隊全体を相手にしているような状況が実現していた。


 騎士たちの攻撃パターンを注意深く観察していると、一定の法則性が見えてきた。


 正面攻撃の後に必ず左右からの挟撃が来る。魔法使いは仲間の攻撃タイミングに合わせて支援魔法を発動する。回復役の僧侶は一定間隔で治癒の詠唱を実行する。

 彼らの戦術は確かに洗練されているが、パターン化されている部分もある。一度理解してしまえば、次の行動を予測することは困難ではなかった。


 パターンを完全に理解した俺は、彼らの次の行動を正確に予測できるようになった。


 騎士団長が聖なる剣を上段に構えた瞬間、俺は既に回避行動を開始している。左の騎士が槍を突き出す前に、俺の触手が彼の武器を絡め取る。

 完璧に見えた彼らの連携は、俺にとって読み終えた教科書のような単純さだった。


 しかし、騎士たちも簡単には諦めなかった。


 団長が新たな戦術を指示し、騎士たちの陣形が変化する。今度は正面からの一点突破ではなく、包囲殲滅戦術に切り替えてきた。

 俺を中心とした円形の陣形を組み、全方向から同時攻撃を仕掛けてくる。この戦術により、俺の回避選択肢を大幅に制限しようとしている。


 新たな戦術にも、俺は即座に適応した。


 分離した触手を各方向に展開し、全方位からの攻撃に対応する。一本の触手で正面の騎士を牽制し、別の触手で左側面を防御し、さらに別の触手で右側面の敵を攻撃する。

 六本の触手が独立して行動することで、事実上六人の戦士と同等の戦闘力を発揮できるようになった。


 戦闘開始から十分が経過した頃、形勢は完全に逆転していた。

 騎士たちは疲労で動きが著しく鈍くなり、魔法使いのマナも枯渇寸前の状態だった。重装備の負担で呼吸が荒くなり、連携の精度も大幅に低下している。


 一方、俺は彼らのあらゆる攻撃に対する完全な対策を確立していた。

 聖なる力への耐性は既に完成しており、むしろ聖なる攻撃を受けるたびに浄化耐性が強化される状況になっていた。


 最後の騎士が倒れた時、町の正門は俺の前に無防備に開かれていた。


 城壁の向こうから逃げ惑う住民たちの悲鳴が聞こえてくる。しかし、俺の目的は無差別な破壊や虐殺ではない。

 効率的な情報収集こそが、俺の真の目標だった。


 町の中心部に向かいながら、俺は価値の高い情報源を慎重に選別していく。軍の指揮官、商人組合の幹部、そして冒険者ギルドの関係者。

 彼らの脳に蓄積された専門知識こそが、俺にとって最も価値のある戦利品だった。


 町の制圧は想像以上に容易だった。


 正門での激戦により、町の主要戦力は既に壊滅している。残された守備兵たちでは、俺を阻止することは不可能だった。

 住民たちは地下の避難所や教会に逃げ込んでいるが、俺の嗅覚は彼らの隠れ場所を正確に把握している。


 最初に捕食したのは、町の守備隊長だった。

 彼を見つけるのは困難ではなかった。指揮官特有の威厳ある立ち振る舞いと、高品質な装備が一目で身分を物語っていた。


 隊長は最後まで抵抗を試みたが、既に能力を理解した今では、彼程度の戦闘力では歯が立たなかった。


 彼の記憶から、この町の防衛計画の全容が明らかになった。

 兵士の詳細な配置、武器庫の正確な場所、緊急時の避難経路。そして最も重要な情報として、冒険者ギルドの戦力配置に関する機密情報。

 この町には『Aランク』の冒険者パーティーが常駐していることが判明した。


 戦士、魔法使い、僧侶、盗賊の四人組で構成された精鋭パーティー。彼らは数々の強敵を撃破してきた実績を持ち、この地域最強の戦力として認識されている。

 興味深いことに、彼らは既に俺の存在を認識し、対策を入念に練っているらしい。


 次に捕食した商人組合の幹部からは、この地域の経済構造と政治状況が詳細に明らかになった。

 この町は王国の辺境に位置する重要な交易拠点で、近隣諸国との貿易の要となっている。王都からの距離は相当なもので、中央政府の直接的な統制は限定的だ。


 また、冒険者システムについても包括的に理解することができた。

 冒険者は国家に属さない独立した戦力で、モンスター退治やダンジョン探索で生計を立てている。ランク制度によって実力が厳格に評価され、高ランクの冒険者は貴族に匹敵する社会的権威を持つ。

 Aランク以上の冒険者は、国家レベルの危機に対処する重要な役割を担っているという。


 最後に捕食したギルドの受付係からは、冒険者たちの詳細な個人情報を獲得した。

 現在この町に駐在しているAランクパーティーの構成員、得意技、戦闘スタイル、さらには彼らの弱点まで。受付係は長年冒険者たちを観察してきただけあって、彼らの能力を正確に把握していた。


 戦士は両手剣の達人で、聖なる力を武器に込めることができる。

 魔法使いは高位の攻撃魔法を専門とし、特に火炎系の魔法に長けている。

 僧侶は回復魔法と聖なる防護魔法の専門家で、パーティー全体の生存率を大幅に向上させる。

 盗賊は暗殺技術と毒の使用に長けており、敵の意表を突く攻撃を得意とする。


 これらの詳細な情報を整理しながら、俺は町の制圧を完了した。


 住民の大半は既に避難を完了しており、残っているのは戦闘要員のみ。しかし、一般の兵士たちでは俺を阻止することは不可能だった。

 聖なる力への完全な耐性を獲得した俺にとって、この程度の戦力はもはや脅威ではない。


 町を後にして森に戻る途中、俺は今回の戦闘で得た成果について考察していた。


 最も重要なのは、聖属性攻撃への完全な耐性獲得だった。宗教的な力を持つ敵に対しても、もはや恐れる必要はない。

 また、組織的な戦闘に対する適応能力も大幅に向上した。複数の敵の攻撃パターンを同時に学習し、最適な対応策を瞬時に実行できる。

 さらに、人間社会の政治構造や軍事システムについても深い理解を得ることができた。


 次の標的は明確に決定していた。


 Aランク冒険者パーティーとの戦闘。彼らは俺がこれまで相手にしてきた敵とは格が違うはずだ。

 しかし、それだけに得られる経験と知識も膨大なものになるだろう。


 森の奥深くで休息を取りながら、俺は冒険者たちとの戦闘シナリオを頭の中で組み立てていた。

 彼らは俺の能力を研究し、綿密な対策を練って臨んでくるはずだ。しかし、俺も彼らの手の内を事前に把握している。


 互いの能力を知り尽くした者同士の戦闘。


 それは俺にとって、最も価値のある経験となるに違いない。

 強敵との戦闘こそが、俺をさらなる高みへと押し上げてくれる最良の機会だからだ。


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