5 別の形として売り出される
俺たちは魔女の村から北にあるネモフィラ村へと来ていた。
村長の老婆だけでなく、村総出で俺たちのことを見ていた。
わぁ、すごい歓迎してくれてる。
「初めまして、私は魔物商人のバンカ。しばらくこちらの村で泊めさせてもらってもいい?」
「ええ、良いですけどぉ。そちらの方は?」と村長の老婆は困っている。
「ご、護衛のキャロです」
「あとこちらはペットの、痛!」
誰がペットだよ。
くそ、鎖で縛りやがって。そういうのは、趣味じゃないんだよ。
「ペットのアマツを入れても?」
「ペットって……魔物ですけど」
村長は俺がまとっていうマントを怪しそうにめくって見てくる。
俺の欠損した左腕を見て目ん玉が飛び出るくらい見開いてやがる。
「女で一人で、旅をしていると危ないからペットが必要なの」
こっちを見るな。まるで、何かやれといいたげだな。
しょうがないやってやるか。
「がおおお」
「……まぁ良いでしょう。暴れさせないでくださいね」
通してくれるのね、ちょろいというか魔物なんだからもう少し警戒してほしいもんだ。
*****
村長に案内された宿はまぁまぁ良いところだった。
木材で彩られた椅子や机、温かみのある絨毯までひいてある。
「はははは、人間ちょろいなぁ!」
「声でかいって」とバンカは俺の口に手を入れてのどちんこを掴んできやがった、
「いつもこうやって人里で寝泊まりしてるのか?」
「たまにね。ほとんどは森で寝てる」
「グリオンとか他の魔物とは関わら──そっか嫌われてるもんなぁ」
「うざ! そういうの言わないでしょ。だから童貞なの」
おい、こいつ人の辛いところ的確に継いてくるな……。
「一人だと寂しいの?」とキャロ。
「ち、違う! 水を浴びて、ちゃんとしたところで寝たいだけ」
「そんな【能力低下】は周囲に煙たがられるほどか?」
体が気だるくなるだけで、そこまで辛くはないんだよな。
「長くいればいるほど、効果は出るわ。最悪死ぬ」
「それ早く言えよ!」
「バルフェルトさまなら、大丈夫」
「え、大丈夫なんだ」
「B級以下の魔族だったら、死んじゃうけどA級以上のバルフェルトさまなら全然余裕」
この世界にも、ランク付けあるのか。
魔力量を1−100にランクごとに振り分けるとしたら
A級:68ー100
B級:34ー67
C級:1ー33
俺が考えるにC級はゴブリンやスライム、B級はゴーレムやキメラ、A級はこの体バルフェルトやグリオン、キャロだろう
「人間だって同じように、魔力とかでランク低かったら死ぬよな」
「はい、そうなりますね。さすがバルフェルトさまです」
「違うけどな」
どいつもこいつも見た目で判断しやがってよぉ。
「バルフェルトさま、あ、いやアマツさまご、ごめんなさい! 失礼しました。死んで詫びます!」
「そこまではしなくていいよ?!」
自分の首しめないで。泡まで出てるし、そんな自分のこと追い込まなくても……。
バンカさんは、どこか行こうとしてるし。
「これから書物庫に行くけどくる?」
「え、え、お前本読むタイプなの? 見えねぇわ」
本読まずに、森にいる動物を狩っていそう。蛮族の姿を想像できるぜ。
「暇つぶしに読んでるの、勝手に行くから」
「暇だし、勝手についていかせてもらいます」
俺の世界での人間は、みんなが笑顔で魔物の存在は忘れていた。
魔族との争う関係は無くなって、冒険者や勇者という職業は無くなっていた。
(この世界でも、変わらないじゃないか)
子どもは笑いながら、犬と一緒に走り回る。
大人たちは獣の皮を剥いで、舐めして服や家材に変えている。
どう見ても普通の日常だ。魔物と戦うわけでもない、平和が似合う村だ。
「そっちの世界でも、そうだったんだ」
魔族が使える念話で、バンカと俺は村を歩きながら話していた。(後ろから不審にキャロがついてくる)
すごい便利、人間もこれ使えれば良いのに。
(やっぱ魔物と人間がいると、環境は似ちゃうんだろうな。書物庫で何読むの?)
「歴史書かな」
書物庫に着くと、たくさんの本棚が並べられていた。
上を見上げても本、横を見ても本。俺は本読むの好きじゃないから早く出たいな。
(何読んでんの)
立ち読みしてるバンカに話しかけると、嫌そうな顔された。どうして……。
「歴史書よ、人間の歴史のね。どれもこれもつまらない。勇者の英雄譚ばかり」
(自分の英雄譚を書かせるって、いかにも元魔王のあいつがやりそうなことだな)
バンカは本の内容を棒読みで読み上げた。
「ロマネスクさまが戦場に降り立つと、血や臓物で溢れかえった大地は花に変わる。
彼女の美しい金髪の香りを嗅いだものは、魔物から人間へと変わる。
彼女に見つめられた人間は、自分の罪を認め世のために動くようになる」
「噓つけ! なんだこの本!」
書かれてることが、酷すぎて声出ちゃったよ。
「ほんとこれ酷いわよね、これ書いた奴に今度会ったら伝えてあげる」
そうお願いしたいぜ。
「バルフェルトについての記載が適当で助かったわね」
バンカに見させれたところを読むとこう書いてあった。
『魔王バルフェルトは、不細工で近づくだけで異臭がするバケモノ』だとか長文で書かれている。
酷いな、負けたらこんな仕打ち受けるのか。
でも、これのおかげで俺の見た目がバレてないんだよなぁ。
バンカは音を立てて本を閉じた。
「暇だし、夜になるまで村で散歩しよ。ほら行くよ、ポチ」
「ワン!」
って、誰がポチだよ。しばくぞ。
****
村は夕暮れ時で、夜に備えて火をともしたり食事の準備をしたりで忙しそうだ。
そういえば、この体になってからお腹がへらない。すごい便利だぜ。
(そういえば、バルフェルトを復活させてなにしようとしてたんだ)
「嫌いだったけど話し相手として復活させようって思った」
(たったそれだけかよ、しかも嫌いだったけど友だちなんだ)
「魔王バルフェルトが封印されてから、十四年間一人でさすがに暇だったし」
「バンカさんは、ずっとぼっちだったから」
「キャロさぁ、そういうの本当に」
バンカさんが、すごい鬼の形相になってる。あと首輪のリード強く締めすぎ。
もう一度死んじゃうって。
(そんな理由で魔王復活されたら、人間が可哀想だな)
「人間も嫌いだし、魔族も嫌いだからどっちがどうなろうと関係ない」
なんて身勝手な奴だ。こじらせてんな~。
(人間嫌いになる意味がわかんないな、元人間なんだろ?)
魔族は話が通じない獣じみた奴らがいるけど、人間はみんな話が通じる。
それが人間と魔族の違いだと俺は思うね。獣と仲良くなれないもん。
「魔女になると、不老になるから最初はみんな接してくれるけどいつしか輪から外されんの」
(あはは、可哀想。不老に加えて【能力低下】があるもんな)
「そこで笑う? ま、人間に比べて魔族の方がまだましだけどね」
バンカは足元に走って来た犬の頭を撫でている。
その姿は、十五歳くらいの少女が愛犬を撫でているようにしか見えない。
「この魔物って魔王バルフェルトなの?」
俺の足元にいつの間にか十歳前後の小柄な少女がいた。
黒いボサボサの髪を肩までおろしている。服装もボロボロで相対的に見て貧しい見た目だ。
なんで俺の正体を……!
「わわわわ、チガウヨー」
キャロそれはわかりやすすぎるだろ!
「違う、こいつは私のペットのポチ」
「ワン!」
「ふーん」
(なんだその猜疑的な目は!)
少女が息を大きく吸い込んだかと思えば、
「こいつ魔王バルフェルト連れてる!」
「なっ!」
村中の視線が集まり、叫び声で村中は大騒ぎに──なると思ってたけど誰も驚いていない。
(誰も反応しない?)
しかも、この子ずっと「バルフェルトだー」とか叫んでるけど誰も聞く耳をもたないな。
叫び疲れたのかどっかに行ってしまった。
「なんだったの?」
「びっくりしましたね」
「ごめんなさいねぇ」と村長の老婆が近寄ってきた。
(おい、ババァ。これはどういうことだよ)
(ババァ!? はない。念話で聞こえないからって好き勝手言わないの)
バンカさんに睨みつけられて黙ることにした。
思ったことが通じちゃうのも困ったもんだ。
「あの子は、魔物を見るとバルフェルトだと嘘をついて旅人を困らせるのが好きなんですよぉ」
(だから、みんな反応しなかったのか)
「またあの子が迷惑かけたら、気にせずに無視してください」
「……わかりました」
遠い目で一人歩く少女を見ているバンカは、どこか寂しそうだった。
(あの子どもが気になるのか)
「別に。行くよ」
(首輪引っ張るなよ!)
「どっちが上か、わかるでしょう?」
よし、ロマネスクが来た時に絶対に守ってやらねぇ。
「アマツにも、人間が負けた魔族に対してなにやってるか見せてあげようか」
(え。見たくない)
「いや、見なさいよ」
(嫌だよ、怖いの見せる気でしょ)
「もうバルフェルトさまは見てますよ、この村に来てからずっと」
「確かに」
(俺が見てる……?)
ここに来て魔物なんて見てないけどな。
怖いこと言わないでほしい。ホラーになちゃう。
「これ見て、何も思わないの」
バンカが持ち上げた犬を見て、俺は今までこの村で見てきたモノがなんだったか気づいた。
あー、村のそこらじゅうにいるの魔物だ。
当たり前すぎて気づいていなかった。前世でも魔物をペットにしてた。
「やっと気づいたのね、負けたら経済道具として使われんの」
(でも、魔族だったら人間に歯向かえるだろ)
「歯向かえないように、経済魔族が魔法をかけて低級魔族を売ってるんですよ」
十年も経てば、魔族や人間も考えや仕組みが変わるよな。
「仮に歯向かいでもすれば──」
バンカにいつの間にか、連れてこられていた場所は武器屋だった。
店内には、剣や槍、ククリナイフなど武器が置いてある。
「別の形として売り出される」