2 魔王ロマネスクは勇者になる
「勝てるわけねぇだろ!」
「もう逃げるの?!」
俺の背中に小さなお胸を押し当ててしがみついてるバンカさん。
「だって、腕が!」
腕があろうとなかろうと、あいつと戦うのは正直だるい。
「ロマネスクに封印される前に切られたの」
「私の前では私語を慎め」
ロマネスクさん、バンバン切りかかってくるしやる気満々じゃないっすか!
「あぶね。こいつ人間になっても強いんだけど」
「勝てるわけないじゃない。ロマネスクは今世最強の人類の最高到達点だから」
「冗談きついぜ、バンカ俺に武器とかないの?」
片手でロマネスクを凌ぐのはきつい。
「魔法が使えるくらい」
この世界でも、魔法が使えるのか。
前世と設定が同じなら、魔法は魔族だけが使える能力だ。
空気中の魔素を、使用者の魔力を通じて命令することで火や氷に変えることができる。
「魔法ねぇ、使ってみたかったんだよね」
前世では魔法のせいで痛い目にあったもんだ。氷漬けにされたり丸焼きにされたりよぉ。
「ファイアボール!」
? なにも起きないんだけど。
「なに急に変なこと叫んでんの……。もしかして中二病ってやつ?」
「ちげぇよ! 俺の世界だったらこうやって魔法使えてたんだ」
「アマツ、ひとつ教えてやろう」
お、元魔王のロマネスク先生が解説してくれる。
「魔法とはこう使う、火よ我に従え『アグニ』」
ロマネスクが手から炎が放射されたけどさぁ……炎でかすぎんだろ!
「それだよ! 俺が使いたかったの!」
「魔法の仕組みは一緒だが、魔法名は違うのだ」
「教えてくれてありがとう! 火よ我に従え『アグニ』!」
初めて火を空間から発射できた、嬉しいんだけど。
「あの勇者、なんで魔族でもないのに魔法使えてんの……」
ロマネスクはそういう世界設定無視するタイプだから気にしたら負けです。
「魔法ってすごー! 簡単に遠距離攻撃できるな!」
「もしかして、魔法使うの初めてなの? よく聞いただけでできるわね……」
「これくらい一回見ればできんだろ」
「そこの男は、私を倒した奴だからな。これくらいできて当然だ」
なんでお前が誇らしげにしてんだよ。
「初めてなんだ、ふーん」
「誰だって初めてはあるだろ!」
「これだから童貞は」
「それ今関係あるか???」
どいつもこいつもバカにしやがって……。
「てか、どうして知ってんの?」
「え、そうなの? 冗談きついって」
「もう守ってやらねぇ! 自分で戦え! さっきからお前、人にしがみつくだけじゃねぇか」
「私がいることで意味があるの」
「は?」
「ふ、ふふ。私を誰だと思ってるの。私の二つ名知ってる?」
急に笑い出した、怖。
「知るわけ」
「裏切りの魔女よ」
いじめられてんだな……。
「魔王バルフェルトによってかけられた呪いによって味方敵問わず周囲の生物を対象に能力低下を付与する」
「じゃあ、俺にもデバフかけてるのか、離れろよ!」
「いやよ、私が先に殺されちゃうじゃない」
「いつまで話している」
「俺らが静かになるまでの時間数えていてもいいんだぜ」
「やっぱり、お前から先にやるしかないな」
「やれるかな」
「アマツがやられてる間に、私は逃げるから。二人で楽しんでて」
え、こいつひどくない?
「まずは」
ロマネスクが消えた?!
「裏切りの魔女、バンカ。お前から殺す」
「え、私?」
「させるかよ! 火よ我に従え『アグニ』」
絶対こいつ俺らの後ろにくると思ってたぜ。直撃だ。
「邪魔だ」
炎が消えた? 何やったこいつ。
「おい、ロマネスク。さっきから何やってんだよ。また前世みたいにチートでも使ってのかよ」
「これが私の精霊術だ」
「精霊術?」
「魔族が魔法を使うように、人間は精霊と契約して魔法のような力を使えるのだよ」
「便利だな」
右手で剣を弾くのも、やっぱしんどいな。力でも勝てねぇ、こいつやっぱ何かチート使ってんだろ。
「私を狙う理由はなに?」とバンカ。
「理由は二つある」
ロマネスクは指を一本目を立てた。
「一つは、人間の国ヒューマニアから精霊の秘宝、【ナーガ】を盗んだことだ」
「返します」
ロマネスクは指を二本目を立てた。
「もう一つは、私とアマツの戦いを邪魔したことだ」
俺はお前と戦いたくないけどな。
「ここから離れます」
「だから、殺す」
「どうしてぇ、望みを叶えるから、逃してよ」
「盗んだという結果は、変わらない」
可哀想に。やっぱ人の物は盗んじゃいけないんだな。
「そんなに前世で負けたことが悔しいか、ロマネスク」
「悔しくなんてない」
めちゃくちゃ頬膨らんでるな。
「しゃーないな、いいぜ。二度目の人生だ。俺が死んで平和になるなら戦ってやるよ」
余所者の俺が今のこの異世界の、状況を壊しちゃあかんだろうし。
「戦ってくれるのか、ありがとう。マイスイートハート」
「こいよ、勇者ロマネスク。本当は嫌だけど、魔王として振る舞ってやる」
「それじゃあ、お二人で楽しんでください」
ちゃっかり自分だけ生き延びようとするな。
「バルフェルトさま!」
上空からスーツ姿の額から二本の角が生えたメガネの男が降りてきた。
続々と同じような奴ら、スライム、ゴブリンがやってくる。ここは観光スポットかよ。
救援が来たのは嬉しいけど……。
どちらさま?