18 背信の魔物の教祖
俺たちはバンカがいると噓をついた魔族の国の北側へと向かっていた。
そうだったんだけど……。
短髪の赤髪に緑色の瞳の女の子が俺たちの前に立ちはだかった。
「魔王! あたしと戦いなさい!」
「またお前かよ……」
かれこれ一週間も付きまとわれている。
「アマツ、めちゃくちゃ人気じゃーん。もしかしてファンって奴?」とライ。
「嬉しくねぇよ。しかもよりにもよってあのロマネスクの娘だぞ」
ロマネスクの実の子ではないにしても、アイツに育てられたから相当厄介な性格してる。
「あたしは、こんな奴のファンなんかじゃない!」
こんな奴だなんて失礼だな。言葉遣いがなっとらん。
これだから最近の若者は、と言いたいところだけど、話を聞いてあげないとな。
「じゃあ、なんで付いてくるんだよ」
「あたしは、あんたを倒してお母さんを超える勇者になる!」
「あぁ? やってみろよ!」
「あんたの首頂くわ! ぎゃー!」
「俺を倒してねぇ……」
ワンパンで星の彼方まで飛ばされるのだから話にならない。
次の日も。
「あんたの首頂くわ! うわぁ! 覚えてなさいよー!」
そのまた次の日も。
「あんたの──」
「いや! しつこすぎるわ! 毎日毎日来られても困る!」
「あたしは、あんたに勝つまで諦めない」
俺とオリブのやり取りを見ていたライが大声で笑い始めた。
「こいつバカだー」
「そういうのは、聞こえないように言ってあげるべきですよ」
「そこの二人聞こえてる! あたしはバカじゃない!」
「ですが……」とキャロが哀れそーうにオリブを見ていた。
「ですが、なによ」
「なんど挑戦しても、結果がなにも変わらないのであればバカですよ?」
「はぁ!? うざー!」
キャロの言う通りだな。
ずっとワンパンでやられてるようじゃなにも話にならない。
「アマツに勝ちたいなら、勇者さまに頼ればいいのに」
「それは嫌!」
今までにない拒否反応だった。
そんなにロマネスクが嫌なのか?
「嫌ってなぁ、アイツ結構強いぞ。まぁ俺よりちょっとな」
「勇者さまよりちょっと強いだったらアマツが教えてあげればいい!」
またこの子はいらないこと言うー。
「……たしかに」とオリブが考えていた。
「確かにじゃねぇよ???」
「魔王! あたしを強くしなさい! そしてあんたを倒してみせる!」
こうして、勇者ロマネスクの娘オリブがパーティーに入った。
「生涯で百回ひゃっくりすると、心臓止まるんだよ」
「……噓でしょ。わたしもう七十回以上してる!」
数えてるのかよ。
「転生者は、他の人よりハゲやすいんだって」
「噓だろ! だから、俺ハゲてるのか」
「バルフェルトさまは、竜種ですから髪の毛ありませんって……」
「勇者ロマネスクは毛虫が苦手なんだって知ってた?」
「そんなわけないじゃない! ライの噓つき!」
「……ッチ。ばれたか」
ばれたか、じゃねぇよ。
「それにしてもまだバンカに会えないのぉ?!」
「そうよ! あたしのこと鍛えてくれるんじゃないの!?」
「……ッチ。ばれたか」
「「ばれたか……じゃねぇない!」」
俺たちは、北に向かうふりをして魔族と人間の国境沿いを行ったり来たりしていた。
平和な居場所を探すために、行動していたつもりが今となっては噓をつきながら散歩するクラブとなってしまった。
「そんな自分の思い通りにならないからって怒るなよ」
キャロは地面に横たわって、地団駄踏み始めやがった。ガキかよ。
「だってだって! かれこれ三日も歩きっぱなしだよ」
「……これ以上は噓通せないかもしれませんね」
「ああ」
「っていうか、あんたらなんの旅してるの?」
オリブが呆れたように言ってきた。そりゃ、なんの旅って……。
「平和に暮らせる場所を探すため」「バンカに会って、世界を旅する!」「自分はアマツさまについていきます」
「随分バラバラじゃない。でも、わたしは全てを叶えることできる!」
「というと?」
オリブは不気味に笑い始めた。
なにこの子怖い。
「あたしを強くすれば、あんたを退治して平和に暮らさせてあげる! 裏切りの魔女を部下に探させる! 魔王を退治して一緒に暮らさせてあげる」
「なんで俺を倒す前提だよ。倒さずに暮らさせてくださいよ」
それにバンカはもういないから無理だし。
「どうして俺をそんなに倒したんだよ」
「あたしは勇者になって、母さん、勇者ロマネスクに認められたい」
「勇者になるってなぁ」
草むらが不信に動いた。
(キャロ誰かいる。警戒を怠るな)
(はい)
「え、なんか二人が話してないのに声が聞こえる!」
(ちょっと静かに!)
念話についてライに説明してなかったな。あとで説明しないと。
「静かにできるわけないじゃない! キモチ悪い!」
「三人でなにこそこそしてんのよ!」
この場で唯一の人間のオリブが困っている。
(もしかして、魔物ですか?)
知らない声が念話に混ざり込んできた。
怪しげに動いていた草木の中から、女性の魔物が現れた。
頭部に角が生えて、青色のローブを着ている。
ローブの上からでも、胸がデカいことがわかる……。
「勇者さまがいるのですか?」
開口一番に女が聞いてきた。
「はい?」
「勇者さまがどうって話している声が聞こえたので」
「勇者を超えるって話してたのよ!」
「それは素晴らしいですね!」
何言ってんだ?
だって、こいつは魔物じゃないか? なのに、『勇者さま』って。
「それにしても。どうしてここに元勇者のアマツさんが?」
「いや、旅をしてて……どうして俺の名前知ってるんだ?」
自己紹介なんてしてないんだけどな。
「グリオンさんからバルフェルトの体がアマツに乗っ取られたって聞きましたよ」
「乗っ取ってないんだけど???」
久しぶりに聞いた名前だと思ったら、アイツそんなこと言ってたのか。
「ふふふ。そうだ、自己紹介がまだでしたね。パクーチと申します」
「よろしく、さっきから気になってたんだけど『勇者さま』ってのはなんだ?」
「魔物だから?」と笑いながら答えた。
「『勇者教』に入信してます」
「ゆうしゃきょう?」
聞いたことねぇな。名前からして気持ち悪い。
「勇者ロマネスクを信仰する宗教です」とキャロ。
「なんだそれ……。あいつ自分でそんなの作ったのか」
パクーチは自分のことを指さして笑って答えた。
「いえ、作ったのは自分です」
「は? 魔王のことを大切にしてるんじゃないのかよ」
「この方は四魔同盟の一つ、背信の魔物の教祖です」
そんな同盟あったなぁ。
「バルフェルトはもういない。彼に勝ったロマネスクさまを信仰しているのです」
「強ければいいのかよ」
「それもありますが、彼女は強く美しいです」
「美しい?」
たしかに見た目はすごい綺麗だけどなぁ。
「ロマネスクさまが戦場に降り立つと、血や臓物で溢れかえった大地は花に変わる。
彼女の美しい金髪の香りを嗅いだものは、魔物から人間へと変わる。
彼女に見つめられた人間は、自分の罪を認め世のために動くようになる」
「え、どこかで聞いたことある」
「ロマネスクの歴史書の文言ではないでしょうか……」
「あれ書いたのパクーチかよ!」
「はい! 入信するつもりになりましたか?」
「ならね~~~~よ」
「それは残念です。……そうだ! これから勇者さまの村に来ませんか?」
「なんだそれ。出身地ってことか」
「くればわかりますよ、アマツさんはきっと気に入ります」