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異世界から来た青年

「異世界から来た青年は、自在に魔法を扱う天才魔法士だった!これは私と彼が絆の力で世の不条理に立ち向かい、借金を完済するまでの愛と勇気の物語……」「俺はもっと楽な仕事が見つかったらそっちに転職する」「あなたの身元保証人、私ですけど」「……」「さあ今日も稼ぎますよ♪」



 ドアを開けたと同時、ぎっ!と蝶番(ちょうつがい)が元気な音をたてた。

「おはようございます!!!」

 厚い木のベッドの上で、毛布のかたまりが、もぞもぞっと動く。

「起きてください、コーイチ!今すぐ!今、すぐに!大急ぎで!」

 ベッドの横を駆けぬけてカーテンを開けると、白い土壁がぱっと光った。狭い部屋がすみずみまで明るくなる。

「んぐう……」

 不満そうな(うな)り声が聞こえたが、かまわず窓も押し開けた。ふわりと、あたたかい風が吹き込んできた。

 備え付けの小さな机の上には、いくつもの魔術書が積み重ねられている。一番上に乗った本のページが風に吹かれてパラパラとめくられていた。

「起きてくださいってば!起ーきーてー!!」

 毛布を引っぺがそうとするが、全力で抵抗される。

「俺、いま下着……」

「依頼ですよ!依頼人が来たんですよ!!」

「依頼人……マジで?」

 日に焼けて白っぽくなった毛布の隙間から、黒い短髪の青年が顔を出した。

 眩しいのか、思い切りしかめ面だ。もともと切れ長の目がさらに細くなって、亀のようになっている。

 コーイチは大きなあくびを一つして、

「そりゃ、良かった……。んじゃボス、初仕事ガンバッテ」

 そう言うと、毛布の中に潜り込んでしまった。慌てて、毛布をもう一度引っ張る。

「あなたも来るんです!」

「えー?めんどくさい……」

 毛布から腕が伸びて、枕元にあった小さい板を掴んだ。ケータイ、もしくはスマホと呼んでいるその板をちらっと見て、うんざりしたようにそれを投げ出す。

「もう十二時かよ……。いや、でも俺、徹夜で本を読んでたからさ。やっぱ、もうちょい寝るわ」

「だーめーでーすぅ!!上司命令!今すぐ起きてくださいっ!」

「体調不良により欠員一名」

 しゃあしゃあと言ってのける。リナは頬を膨らませた。

「もうっ!裸で廊下に放り出しますよ!」

「パワハラとセクハラのダブルコンボじゃねーか。おい、待てっ、マジでやんのかよ!?」

 毛布ごとコーイチを抱え上げようとすると、

「わかったっ、分かったからっ」

 毛布から腕が出てきて、人差し指をついっと横に動かした。

微風(アエラーキ)

「わっ!?」

 窓から吹き込む風が強くなって、ベッド横のクローゼットの扉がバンと開いた。中からチュニックとズボンがふわりと宙に浮き上がり、ベッドの上に落ちる。

 それをコーイチの手が毛布の中に引っ張りこんだ。もぞもぞと動いて、中で着替えているらしい。

 カチャンと音がしてリナが振り向くと、机の上の水差しがひとりでに(かたむ)いて、鉄のコップに水を注いでいた。

「うわぁ……」

 目を丸くしているリナの前を、コップはふわふわとすり抜けて、ベッドに起き上がったコーイチの手の中に収まった。

「すごい……すごいじゃないですか、コーイチ!前に見たときよりも上達してますね!」

「便利だろ」

 コーイチは左手で水を飲みながら、右の人差し指をわずかに動かしている。くしが浮き上がって、その髪をとかした。

「便利なんてものじゃありませんよ!天才だとは思ってましたけど、ここまで魔法を繊細に操る人って、私、見たことないです!」

「そりゃどうも」

 そう言って、コーイチはすました顔でにやりと笑う。

「このまえ買った魔術書な。あれに載ってた魔法式をちょっといじくってみたんだけど、そしたら、この通り。すげー使いやすくなった」

「自分で魔法式を書き換えたんですか!?」

「まあな」

 きらきらっとリナの目が輝いた。

「すごい!さすがコーイチです!この才能があれば、これからじゃんっじゃん依頼が来ますよ!お金が、じゃんっじゃん、じゃんっじゃん!じゃんっじゃん!!」

「お、おう……」

 開いたクローゼットの中、角の暗がりに、出会ったときにコーイチが着ていた服が畳んでまとめられていた。「すうぇっとぱーかー」とか「じーぱん」とかいう名前のそれらは、この国はもちろん、リナが知っている近くの国のどの衣服でもない。

しかしそんなことは、コーイチの現れ方に比べれば些細(ささい)なことだった。

 なんとこの男、泉の中から現れたのである。


 あの夜。

 水面に浮かんだ魔法陣はやがて光を失い、そのとたん、コーイチはドボンと泉に落ちた。あっぷあっぷと溺れそうになっているコーイチをリナは驚いて見ていたが、我に返ると慌てて泉に飛び込み、コーイチを岸に引っ張り上げた。

「ぐぇっほ、げっほ!!……ひっ……ひっ……ぶえっくしょい!おえっ」

「大丈夫ですかっ……」

 大きく咳きこんでいたコーイチは、リナを見ると目を丸くした。次にぐるりと周囲を見渡して、もっと目を丸くした。

 突然立ち上がると、

「きたぁーーーー!!!!」

「へっ?」

「あっちに見えてるのって絶対、城壁だよな!それに何こいつの服!イギリス?ドイツ?それともフランスか?いや、んなもん言うだけアホらしいか!異世界だぞ、異世界!マジのマジで、ガチで異世界だぞ!!さよなら日本!さようならレポート課題!!くっそ、最高かよ、ちくしょうっ!!」

「何、この人……」

 この時点で、どうやら神秘的な存在ではないらしい、ということだけはリナにも理解できた。

「えっと、あの……とりあえず一旦、落ち着いてもらえますか?」

「マジかよ、ちゃんと言葉が通じてるじゃねーか!定番、分かってんなぁ、おい!」

「落ち着いてくださいって言ってるんですけど!?」

 やっと話ができるようになると、コーイチは、こことは違う国、どころか、違う世界から来たのだと言った。

「そんなことってあるんですか……?」

「さあな。でも実際、俺にはこうやって別の世界の記憶がガッツリあるわけだし。ほんと、泣けてくるレベルで最高だわ」

 ―――とんでもないことになった

 リナは、ゆらりと立ち上がった。

「騎士団に、報告します」

「騎士団?」

「この国の警備は、それぞれの地方の騎士団が担っています。いちばん近くの騎士団に電報を打ちます!」

「えっと、それさ……俺、最悪、牢屋に入れられるんじゃねーの」

「あなたがこの国で悪いことをしようとしているなら、そうなりますね!」

 コーイチはぼりぼり頭を掻くと、少し間をおいて、

「助けてくれてありがとうございましたァ!」

 ばっと駆け出した。

「はい、止まってください」

 その前に回り込んで、ひょいとコーイチの身体を担ぎ上げる。

 呆然としているコーイチを抱えたまま、リナは街へと走った。


 電報の返事は、すぐに返ってきた。たった一言、

『酔ッテルノカ』

 それだけだった。

「あんたって、あんまり信用されてねーの?」

「あなたの現れ方がおかしすぎるんですよ!!」

 とはいえ、こちらのことは何もわからない、お金もないし、行く当てもないというコーイチをそのまま放り出すわけにもいかなかった。リナは仕方なく、しばらくの間、コーイチの面倒を見ることにした。

 その次の日、市場でのこと。

「やっと見つけました!もうっ、何してるんですか。あなたの服を買いに来たんですよ」

「んー?」

 姿が見えないと思ったら、コーイチは古本屋の前に座り込んで魔術書に読みふけっていた。

 顔を上げて何か思案していたが、おもむろに人差し指を立てる。

「えーっと……(アネモス)

 どこからともなく風が吹いて、コーイチの髪を巻き上げた。

「へっ……?」

「おお、マジで出た。扇風機いらねぇな、これ」

「え、ちょ、ちょ……ちょっと待ってください!?」

「なに?」

 リナはまじまじとコーイチを見た。

「コーイチのいた国って、魔法が無かったんですよね?昨日、そう言ってましたよね?え?なんで?なんで今、魔法が……?」

「あー、なんか、やったら出来た」

「やったら出来たあ!?」

 本来、初めて魔法を発動させるのには少なくとも数年の勉強と訓練が必要だ。本で読んだだけで、しかも練習もなしに魔法を成功させるなんて、ありえない。

 自分がやったことがどんなに特別なことだったのかを理解しても、コーイチは平然としていた。

「でもなぁ。俺の夢って異世界でのんびり過ごすことだったから。ぶっちゃけ、そういうチート能力とかはあんまり求めてなかったんだよな。まぁでも、おかげで生活には困らないか」

 唖然として言葉が出ないリナの前で、コーイチはくるくると人差し指をまわしている。

「何かさ、この魔法能力を活かして、手っ取り早く稼げるような仕事って知らない?ポーション作りとか。出来るだけ楽なやつがいいんだけど」

 そう言ったコーイチの手をリナはぎゅっと握りしめた。逃がすまいと、しっかりがっしり捕まえた。

「ありますよ、楽しい仕事!」

「いや楽しいんじゃなくて、楽なやつ」

「大丈夫です、きっと、楽しい仕事になります!」

「だから楽な……おい、まさか」

 ちょうどこの時、リナは護衛屋を始める準備をすすめていたのだ。「もちろん、無理強いはしませんけど……」と前置きしつつ、相手がしぶれば「あっれぇ?お金を貸したのは誰でしたっけぇ?」の一言で黙らせることが出来る。

「俺に選択権を与える気がない!」

 こうしてリナは護衛屋に魔法士を迎え入れることができたのだ。


「あれから一か月……とうとう、護衛屋としての仕事が始まります!」

 自然と、(こぶし)に力が入る。リナはコーイチに人差し指を立てた。

「いいですか、コーイチ!く・れ・ぐ・れ・も!粗相(そそう)のないように、お願いしますよ!」

「そりゃお前だろって」

 ドアの蝶番(ちょうつがい)が、ぎっ!と元気な音を立てた。


※3年くらい前に書いた小説。最近書いたものを同アカウントで連載中→『パドマの森のまれびと』(かなり雰囲気は違うけど…よかったら覗いていってください)

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