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グリーンサンタ

作者: 一発出来茶太郎

公募での落選作


締め切りギリギリでの投稿 郵便だったので


夜ギリギリまで粘り 完成させたので 終いが文字合わせ的に

 ログハウスの暖炉の前に椅子を前後に、揺すりながらサンタが座っている。部屋の中には色とりどりの植物が所狭しと並んでいる。

 サンタは、誰に話すわけでもなく語り始めた。

「私は、花を植えるのが趣味だ。この趣味が始まったのは、今から4~500年前の話になる。かなり古い話になるが皆さんに御話しする事にしよう。」



 真っ白な氷床が広がる雪原の台地に、所々にたた棲む樹氷が自然の厳しさを物語っている。その雪原の一画に、紅い閃光を放つ集団が居た。

「ひゃっほ~い!」

 またこの季節がやってきた。満天の星空に、無数の赤い輝きが飛び散って行く。

 僕は、今年が初仕事だ。真新しい真っ赤な洋服に身を包みはやる気持ちを抑えて飛び立った。

 

(? なぜ赤いかって? これからゆっくり分かるから落ち着いて聞いておくれ。)

 

北極圏から、無数に飛び立ったサンタの一人が僕でプレゼントを子供達に始めて運ぶんだ。

「どんな子供たちがこのプレゼントを待って居るのかなー?」

 僕は、相棒のトナカイに尋ねた。

「着いてからのお楽しみだな。寝顔が可愛いからって起こしたりするなよー。」

 片側の角が欠けている、お鼻が真っ赤なトナカイだ。

「分っているよー。研修で頭の中に散々叩き込まれて、夢でうなされるぐらい言われまくったからさ。ところでコールネームはなんて呼べば良いかなー。」

 僕は、肩をすぼめながら答えた。

「好きに呼べば良い。トナとかカイとかな。」

 ぶっきらぼうに答えた。

「そうだなー。!僕の好きな食べ物!ディング何てどうだい?」

 それは、僕がプディングという食べ物が好きだったんだけど、子供の頃どうしても上手く言えなくて未だにからかわれる言葉だ。でもこれは内緒にしておこう。

「ああいいんじゃないか、それで。」

「あまり気にしないんだねー。理由とか聞かなくていいの?」

 なんだか余りにも素っ気無かったので、聞かれたくは無かったが聞いてみた。

「そんなもの、呼びたい君が決めたんだから、それで良い。コールネームなんてそんなものだろう。」

 まあ、そう言われればそうかもしれない。あだ名なんて周りが着けるもんだもんなー。

「さあ、一仕事始まるぞー。しくじるなよ。」

眼下にほんのり明かりが見え始めていた。僕を乗せた橇は、スーッと下がり始めた。いよいよ始まる僕の初仕事だ。

 

橇は、一軒の家の前に滑り降りた。ここからは声を立てられない、僕はディングに目配せをしながら、プレゼント袋を持った。さあ、いよいよだ。緊張や期待ではちきれんばかりの心臓を宥める様にして、最初の家の前に立った。

「ふ~。さてと。」

 僕は煙突なる物を探し始めたが、いっこうにそれらしき物が見つからない。それどころか、入り込む場所すら見当たらないのだ。

 僕はディングに見つからない様に気を配りながら、教習本を開いた。

「確か、壁抜けの業が在った筈だ。」

 僕は、なかなかの優等生で、最後の最後にギリギリで今日のクリスマスに間に合った。なかなか如何して、たはは。必死にページを捲りながら、やっとの事でそのページを見つけ出した。

「よし、何々。おー!そうだそうだ。」

 そう呟きながら本を閉じ、子供部屋らしき部屋の壁の前で呟きながら壁に歩き出した。

「レーセ。」

 目の前の壁からすり抜ける様に、部屋の中へ通り抜けた。

「やった。」

 言葉にならなくらいに呟いた。しかし、眼が馴染むに従って見え始めたのは、子供部屋ではなかった。そう、そこは両親の部屋らしく子供は一人も居ない部屋で、僕はまた嗅ぎ間違いをしたらしい。研修で僕達は子供の存在を嗅ぎ分ける訓練をしたのだが、なかなか上手くいかなかったのだ。

 しかし、この部屋はゴージャスで、見る物の全てが輝いていたり透きとーたりしている。どれか一つ貰っちゃおうかなーなんて思ったけど。いかんいかん。間違えを起こす前に。

「すいませんでした。」

 心で誤りながら、忍び足でゆっくりと部屋を出ようとした瞬間

「わォ~ぁ。グゥ~~。」

 ドキッとしたが、ただの寝返りだった、

「驚かすなよ。」

 部屋のドアをそっと動かし廊下に出た後に、ぼそりと呟いた。さて、子供部屋は何処か考えながらも廊下を見渡した。しかし、広い廊下だ。廊下には絵やら壷やら、色んな物が飾ってあるし、足元の絨毯もふわふわで如何にも高価に見えた。今度は、慎重に嗅ぎ分けながら、その広い廊下を香りに向かって歩き始めた。辿り着いたのは可愛い飾りの付いたドアだった。

「ケーセ。」

 ドカ!

「痛て~。レーセ。」

 幸いにも、ドアに頭をぶつけた音は部屋の広さで眠りをを妨げずに済んだ。ここはさっきの部屋よりも、派手さは無いが綺麗なすばらしい子供部屋だ。奥に白いレースで囲われたベットが見えた。そこに寝ているに違いない。ゆくりと慎重に忍び足でベットに近づいて行くと。! なんとそこには、置ききれんばかりのプレゼントの山が在ったのだ。慌てて指示書を確かめると、名前は同じだが住所が違うらしい。

慌ててディングの下に戻った。

「何だよー。違うじゃないか。」

 怒り口調で言う僕に彼は嗜めた。

「到着して最初に、その地域の回る場所は確かめるんじゃなかったのか?。教わった筈だよ。」

 確かに、教わっていた。はやる気持ちを抑えきれずに、見落としたのは僕だった。

「でもさー。教えてくれたって良いじゃないかー。」

「私の仕事は君と荷物を運ぶ事で、その先は君の仕事だ。助けたくても、そこから先は手を貸して上げられないんだよ。だから気を抜くなよ。」

 確かに橇から離れたら総て自分独りだ。何も言い返せなくなってしまった。

「さあ、その辺にして次に行くぞ。」

「ああ。」

 ぼくは、我にかえり慌てて橇に乗り込んだ。


 そこからは、順調にノルマをこなしていっていたのだが、とある少女の手紙に書いてあった、

「サンタさんお花を下さい。」

 これがなぜか悲しげで、切なさが込み上げてきたのだった。僕は、袋の中身をかき回して一本の可憐な花を取り出した。通常プレゼントは、それを願った子供のイメージが、書き出した言葉から伝わりそれが具現化されて、この袋に入れられているのだった。

「たったこれだけ?」

 僕は、この言い知れない感情を忘れられずに、また次に待つ子供の下へ向かった。その家は彼女の家から、そう離れていなかった。

「レーセ。」

 中に入ると可愛いい男の子だった。その枕元にある手紙を取ると、これも奇妙な言葉だ。

「鍬を下さい。」

 子供がなぜ鍬を欲しがるのか?創造力をフルに活用しても、何処にも答えが見つからぬまま、時間に追われて次の家へと急ぐしかなかった。そうこうしている内に、ようやくプレゼントをくばりをえたのだった。

「さーて帰るとするか。明日はイブ、今度は大人達の時間さ。我らの休日だー。」

「ディング待ってくれないか?どうしても気になる子が二人居るんだ。覗きに行っちゃ駄目かな?。もちろん駄目なのは知っているよ。でもこれからの為に、知りたいんだ。」

 ディングは、僕の瞳を見つめ、少しの沈黙が流れた。

「ああ、何処にするんだ?目的地は?それと・・・」

 言葉を遮るように僕は慌てて、

「分ってるよ!。誰にも言わないし、人間には見つからない様に気を付けるからさ。」

 と言った。

 これが、これほど永い物語の始まりになるなんて、気づきもしなかったし、僕が僕になれた最初のきっかけだなんて予想もしていなかった。


 「おい、あの新人、遅く無いか?」

「なーに、人間に見つかれば、特別隊が記憶を消しに吹っ飛んで行くさ。それが無いんだから、そのうち帰って来るよ。奴の大好物のライスプディングを作って待っていてやろう。臭いに釣られて帰ってくるんじゃないか?」

「それもそうだな、経験豊富なあのトナカイが憑いてるんだからな。」

「憑いてるなんて、お化けじゃあるまいし。まあな確かに皆が教わった爺様だから化け物には違いねぇいがな。」

周りがいっせいに

「わっ~はははは~。」

笑い出した。

僕達は日の出の少し前の、黒から青空に変わり行く静けさんの中、二人の子供の家に向かっていてた。

「ぶぇくしゅん。」

「どうした新米 風邪でも引いたのか?」

「違うよ!誰かが噂でもしてるんだきっと。」

「そうかもな。しかし、何がそんなに気になるんだ?」

ディングは、顔を僕に向け聞いた。

「いやー。近所に住む二人の子供なんだけど、一人の男の子は鍬を欲しがったんだ。そしてもう一人の女の子は小さな可憐な花を欲しがっていたんだよ。」

「う~ん。確かに珍しいプレゼントだなー。子供達には子供達の感性があるからなーしかし気にはなるなー。」

「そうなんだー。しかも、その花が悲しい哀愁を漂わせていたもんだから、どうしても忘れられなかったし、放っておくわけにもいかなかったんだよ。」

 空がだんだん白み始めた。ディングが、

「あれを頼む。」

 と言った。

「ああ。シェラン。」

 これは僕達が昼間でも、人間に見つからない為に姿を消す呪文だ。これだけは、帰りが間に合わなくなるだろうからと、入念に教えていたのだった。僕等は夜に行動する。その為、もともと夜は人に見え無い様になっている。しかし、昼間もそうなると、出歩きたがる様になるから、昼間は見るようになっているらしい。

「ありがとうよ!。ならもっと低く飛ぶか。」

 ディングがそう呟きながら高度を下げ始めた。

 そこは湿原だった。

「これは、ジャングルだ。この緑が在って始めて我われ生物が生きられるんだ。」

「そうだよなー。」

「何だ知っていたのか?」

ディングは、からかう様に吠えた。

「それぐらいは、知ってるさ。」

辺りを見渡しながら答えた。

しかし見事なジャングルだ。朝もやの中、鳥の群れが大空を羽ばたいていたり、動物たちが朝食を探しに飛び交っている。木々は朝日を求め葉を日差しの差し込む方へ頑張り、ジャングル全体が生き生きとしていた。日の出を終え朝日が太陽と変わる頃、ジャングルの切れ目へと近づいていた。

「ありがとう。ゆっくり飛んでくれて。」

 ディングに感謝を述べると、

「いいのさ、どうせ寄り道するなら心も満たしたいし、早すぎても起きて無いだろうしな。」

「そうだね。それにしても凄いねー。」

 一度も国外を見たことが無かった僕は、壮大さに心を奪われていた。

 ジャングルと別れたら草原が少し続いていた。

「さーて。山を越えるぞ。」

 ディングは再び高度を上げ始めた。しかし、地面もそれを追いかける様にして上がってくる。だが、その大地にはだんだん緑が減っていき、山肌が総てを拒絶しているみたいだ。

「こんな景色の中を飛び回っていたんだね。」

独り言を呟くと、

「夜は、真っ暗な静寂だし、仕事に夢中だからな。」

「初めてだから夢中だった。ここはまた違う壮大さを感じるねー。」

「風をも堰き止める断崖だ。この先に吹く風は乾いてしまうのさ。」

 切り立った岩山の所々にはディングの親戚みたいな動物が見える。

「あれってディングのなかま?」

「そうだなー。シカという分類では仲間かな。しかし。」

「ぷー。」

僕は思わず噴き出した。

「何が可笑しい。」

 不機嫌そうに顔をしかめた。

「シカと、しかし、がかぶってたからさ。ごめん。その続きを聞かして。」

「そうだな。」

 苦笑いをしながら話を続けてくれた。

「住む場所に適応して、私はこうなり彼等はああなったんだ。」

「ふーん。」

 辺りがだんだん寒くなってきた。

「山頂に近づくぞ。」

 岩肌を氷が覆いますます拒絶と虚無感が漂い始めた。その時ばっと景色が開けた。ディングは山頂で旋回を始めた。

「すげー!」

辺り一面が見渡せる。まるでこの景色の中を全て征服したかの様な錯覚に陥られる。

「驕るなよ。」

 ディングはそう呟くと降下を始めた。その言葉を心に刻みつけながら、

「ありがとう。」

と心の中で叫び続けた。


そこには今までと違う風景が広がっていた。

「なぜ?」

 僕は口ずさんだ。

「風のせいさ。」

 ディングは短く返すだけで黙々と目的地を目指していた。荒涼と広がる台地。あの山脈とは違う拒絶。そんな中、山裾に沿うように小さな集落が見えてきた。

「そろそろだ。」

 ディングの言葉に頷きながら、こんな所だったんだと思った。橇はその部落の小さな家の裏に降り立った。

「さあ。余計な手出しはするんじゃないぞ。」

 僕は袋を片手に橇をおりた。

「それは置いて行きなさい。」

 優しく爽やかな諭しだった。つい癖で持ってしまった僕は、照れ笑いをしながら袋を橇に戻した。

 

そこは、余りにも寂しかった。多少の緑はあったが、草花は少なく風が砂を運び静けさだけが漂っていた。家もまばらに点在していた。僕は感情の赴くままに壁に顔を近づけた。

「レーセ。」

僕の顔はひょっこりと壁から中に突き出した。

「うーん。」

女の子は顔を枕に押し付けながら、ちょうど起きる所だった。

「あ!」

 少女は小さな花を見つけた。

「サンタさんありがとう。」

 満面の笑みが少女の顔に浮かんでいた。僕の顔は湯気が出るほど火照っていた。ベットを出ると少女は可憐な花を両手で掴み、クルクルと回りながら花を眺め踊っていた。

「ティティー。ご飯よー。」

 この呼びかけで踊るのを止め、

「はーい。」

 少女は小走りに声のした方へ向かった。僕はぬボーっと少女の後を追うように壁をすり抜けた。隣の部屋は直ぐ食卓になっていた。少女はその小さな花を体の後ろに隠し先程の声の主であろう女性の前に立っていた。

「はい。」

 少女は両手を前に差し出した。

「これね、サンタさんに私が頼んだの。ここに来る前に、お母さんが好きで庭に植えていたって言うお花!これで合ってる?」

 あの花は母親の為に頼んだ花なんだー。母親は目に涙を溜めながら少女から花を受け取り、コップに水を張り挿した。少女はきょとんと首を傾げながら、

「お母さん嬉しくないの?」

 その問いかけに答える隙なく少女に抱きついた。少女の髪に涙を沁み込ませながら強く強く抱いていた。声にならない言葉で、

「ありがとう。」

 と繰り返しながら。少女は母の頭をなでながら、

「私何か悪いことでもしたの?」

 怪訝そうな、不安そうなどちらとも取れない表情で問いかけている。

「ううん。ありがとう立派に育ってくれて。」

 首を振りながら言い、少女の頬に口付けをした。僕の心の中はごった返していた。母の思い、少女の思いが。目を熱くした時にふと我に帰った。少年は?

 僕は少年の家に向かった。最初に間違えて入った家は、広くて豪華でプレゼントも山の様にあった。その他の子もおもちゃばかりを願っていた。だから、気になって仕方がなかったのだ。

 この村には子供が少ない様で、少年の家へ向かう途中、ほとんど臭いを感じ無かった。小さな小さな水溜りがあり、その縁にほんの少し草花が寄り添う様に生い茂っていた。その側に少年の家は佇んでいた。

「レーセ。」

 早速、少年の部屋を覗くと少年は部屋の中で鍬を振っていた。

「出来たよ。」 

部屋の隅の台所から老婆の声が聞こえた。

「すまないねー。あたしが腰を痛めたから、カカに水汲みをさせてしまって。」

 朝食を運びながら老婆が語りかけると、

「いいよ。母ーさんが山に行かなくちゃ行けないんだから、それくらい僕がやるよ。」

何事もなげにそう言い、食卓に腰をかけた。

「どっこいしょっと。カカや、さっき振っていたのはなんだい?どうしたんだい。」

食事を運び終えた老婆が腰をかけながら問いかけると、

「サンタに頼んだんだ。これで父ちゃんが言っていた水脈を掘り当ててやるんだ。村の奴ら今に見てろー。嘘じゃないって必ず分らせてやるんだ。」

 そう言い終わると、食事をかきこみ始めた。

「おやまー、怪我だけはしなさんなよ。お前の父親も学があったんだが人徳が乏しくてねー。ほんに怪我だけは気をつけるんだよー。」

 その話が終るか終らないうちに食事を食べ終え席を立った。

「ご馳走様。」

「食事には帰るんだよ。」

「うん。」

少年は一目散に桑を持ち家を飛び出した。僕は少年の後を追いかけた。少年は先程の水溜りにやってきた。

「カカ。」

 ティティが手を振りながら駆け寄ってきた。

「私のプレゼントが届いたから、きっとカカにも届いたと思って。それならば、ここしかないなって思ったの。」

二人は知り合いだったのかー。カカは無言で紙をティティに手渡した。

「はいはい、エーと。まずはあの木とこの木の交わるー。」

「それは覚えてる。その先。」

「もう。まずは50歩。向きは合ってるわ。」

 カカは枝と枝を結んだ紐を交互に差し替えながら進み始めた。

「今ので10よ。」

 ティティが数を数えているらしい。それにしてもよく考えたものだ。大人の歩幅を紐で測っていたのだ。

「はいそこ。」

カカは止まった。

「次が問題なのよねー。」

「だよなー。親父は測量の機械を山から借りられたけど、僕らじゃ無理だもんなー。」

「大丈夫よ。小父さんの残した資料では大きな水源だから、多少ずれても必ず出るわよ。」

 ティティは自信ありげに答えた。

「ティティのプレゼントは種になるのか?なるんだったら掘り当てたら植えてえな。」

「そうね。切花しか頼まなかったから、無理かもしれないけど。もし種が取れて、水が出たらお願いね。この方角よ!28歩そして左に75度に折れて40歩よ。」

「本当だろうなー。」

 カカの問いに、

「大丈夫よ。小父さんも始めは、鉱山の隣りの山の山頂を基準に始めたの。確かに微妙なずれは出るけど。間違いなし。」

 カカは、ティティの指示どおりに進み始めた。

「そこで止まって。」

「それはなんだい?」

カカはティティが取り出した三角の物体を見ながら聞いた。

「定規よ。これを二つ足すと75度っと。こっちに40歩よ。」

 カカは進み始めた。

「はい。ここね。」

 そこは、砂地の真ん中だった。

「ティティ。さっきのはなんだい?」

「これはね、三角定規って言うのよ。母さんが昔使ったやつなんだって。カカが勉強しに来ないって母さんが怒ってたわよ。」

「なんだ。勉強道具か。」

「これが終ったら、約束どおりに勉強するのよ。」

「分ったよ。」

 ティティはカカのお目付け役らしい。ティティは今度はハンガーを切り、それを折り曲げたものを取り出した。

「私はここに居るから、これで練習したように周りを歩くのよ。」

「分った。」

 カカは手を伸ばしティティからハンガーを受け取った。両腕で一つずつ持ち前にまっすぐに向け、ティティを中心に円を書くように歩き出した。歩き出して少したってから僕は感じた。

「そこだ。」

 ハンガーは反応しなかった。手を差し出そうとしたその時、ディングの言葉がよぎった。

「余計な手出しはするんじゃないぞ。」

 僕は堪えた。しかし、カカが何度も何度も感じる場所を通り過ぎて行く、堪えきれずに僕はカカのハンガーを動かしてしまった。

「カカ!そこよ。」

ティティが叫んだ。カカは背負っていた鍬を下ろした。ティティはカカの下に駆け寄っていた。僕は悪寒がはしっていた。

「いよいよね。」

カカはティティの瞳を覗きながら頷き鍬を下ろし始めた。

「カカ、風下にかきだすのよ。」

 砂は掘っても掘っても崩れて埋まっていく。それでもカカは諦めず鍬を振っている。風下にかき出した砂は山になり、その山は風に吹かれて崩れていく。僕は手が出したくてしょうがないが、これ以上は何もしてやれない。ただ見守るしか出来ないのである。ティティはふいにカカの下から去っていった。カカはそれにも気づかず懸命に掘り続けている。かれこれ太陽が真上に成りだした時にティティが帰ってきた。母親と共に、

「ね、母さんカカは気づいて無いでしょー。」

リュックを背負ったティティが水桶を担いだ母に微笑みながら言った。

「本当ねー。でもこれでカカに勉強させることが出来るわね。」

 この声にカカは振り返った。

「や・やあー。小母さん、いつもはちょっと手伝いが忙しくてー。今はこれで忙しいからー。」

 引き攣った作り笑いで言いながら言い終えると、ティティを睨みつけた。

「仕方ないでしょー。ご飯も食べないでこんな事をしていたら、倒れちゃうし。大人の力が必要だったのよ。」

「カカ、とりあえず食事をしながら話しましょー。」

 ティティ達は食事の支度を始めた。

「お婆様には家に行く前に伝えて来たから大丈夫よ。」

 ティティは準備をしながらカカに伝えた。

「ありがとう。小母さんすいません。」

「今日はやけに素直なのねー。いつもは私を見つけただけで、逃げ出すのに。ここからは逃げないわね。カカは。」

 頭をなでながら言った。

「カカ、砂は水でも吸わさないと直ぐ崩れちゃうじゃない。だから頼んだの、その代わりにお勉強がくっついて来ちゃった訳。ごめんね。」

 ティティは母に聞こえない様にカカの耳元で呟いた。カカは笑顔を返しながら首を振った。

「さあ準備が出来たわよ。頂きまーす。」

「頂きまーす。」

 二人が手を出し始めると、

「カカは丁寧に食べるのよ。」

 カカは諭されてしまった。

「カカは早食いが特技だもんねー。」

 ティティがからかうと、カカはそーと手を伸ばし食べ始めた。

「カカ、あのねー。時と場合があるのよ。急いで食べる時とゆっくり食べる時とね。後はお口にいっぱい詰め込まない事ね。それと食べながらで良いから聞いて、ここで体は使うけど頭を小母さんに貸してくれないかしら。」

 カカは、意味が分らず頷いた。

「そう。それは良かったは、明日からお弁当を持って毎日来るからね。」

 母親は嬉しそうに食事を始めた。

「カカ。水が染み出るまでは、誰も手伝ってくれないと思うの。」

「そうねー。大人達は忙しいものねー。でも彼方のやろうとしている事は凄いことなのよ。」

 カカは照れくさそうに笑って首を振る。

「そうよ、カカ。水汲みがどんなに大変か分らないのよ。」

 ティティは鼻息を荒げて言いはなつ。

「仕事の無い主婦も、出るか出ないか分からない事を手伝わないしねー。」

 カカは彼女の顔を見つめた。

「私は二人と彼方のお父上を信じているから来たのよ。」

 カカは微笑んだ。

「何で黙っているの。」

 ティティが聞くとカカは、

「お行儀良く食べるとそれだけで、いっぱいになっちゃうだよー。」

 困り果てた顔で言った。

「あははー。」

「良いのよ。これから此処で覚えていけば良いのよ。」

 ティティの母は笑顔で答えた。

 それからまもなくして食事が終ると

「ティティ。この水、砂が乾かない程度に撒きなさいね。カカは掛け算を言いながら作業をするのよ。」

 それから午後の作業が始まった。カカは独り言をブツブツと呟きながらまた鍬を降り始めた。僕は悩んでいた。さっき手を出した事が皆にばれてサンタを辞めさせられるんじゃないかって、でもこの二人を見守りたい。少年の夢がかなうのか見守りたかった。

その日の作業は終わり皆が家路についた。僕もディングの下に帰ると、

「やったな。」

ドキッとした。

「何で分かるのさー。」

 ディングは鼻で僕の上着の角を指した。

「黒ずんでいるだろう。サンタが余計な事をすると洋服が汚れてしまうんだよ。それがそのサンタの歴史を物語る。悪さをすればきたなく汚れ、その汚れが全体に回ればそのサンタは引退もしくは終わりだ。」

 心臓の音が高鳴った。

「ディングこの色は?」

「さあ。まだ分からないな。でも、初めてのクリスマスで服を汚した奴は始めてだよ。わしに押し付けられただけはあるなー。」

 少し胸を撫で下ろした。

「ディングもう少し此処に居たいんだけど駄目かなー。」

「理由を少し話してみろ。」

 僕は、ディングに今日見た経緯を話した。

「よしなら今晩、帰って皆を説得し明朝には戻ろう。早く乗るのじゃ。」

「戻れるかどうかは分からないよね。」

ディングに聞くと頷いた。

「ちょと待ってて。」

 僕はティティのプレゼントに少しだけ悪さをして橇に戻った。

「言われたそばからまたやったのかー。」

 ディングはあきれ声で言いながら飛び立った。


 たった一日の経験が何十年にも感じられる日だった。ディングは全速で走った。星は流れ星の如く流れ、雲は嵐の如く去っていった。

「無理はしないでよ。」

「ああ大丈夫だ。今回は楽をさせて貰ったからな。なんせ去年の1/3の量だからのー。」

 夜明け近くまで掛かったのにそんな量だったなんて。落ち込む暇も無く高度が下がり始めた。ノースシーに帰ってきたのだ。

 ここは、仕事終わりの宴会場で、昨夜に飛び立った場所とは同じ領土だが場所はかなり離れている。サンタのクリスマス会場とでも言った所だ。仕事が終わったサンタは皆ここにもどってくるのだ。

「さあ、これからが正念場だ。」

 ディングが低い声で言った。

「ああ。」

 僕は身が引き締まった。皆の上空に着くと、そこはもう大宴会と化していた。スペースを見つけて橇を滑り込ませた。

「おお新入り、何処をほっつき歩いてたんだ。初仕事から遊び歩くなんてたいしたたまやなー。お前の好物が出来てるぞ。」

 僕は振り返りディングを見た。

「とりあえず行って来なさい。私が先に話しに行く。後で使いを出すから、そうしたら着てくれ。それまでは遊んでいろ。」

 そう言うとディングは橇を外し森の奥へ消えて行った。

「さあこっちだ。ライスプディングが出来ているぞ。」

 先輩サンタ達はもう既に出来上がっていた。大好きなライスプディングを目の前に出されたのだが、あまり美味しく感じられない。丸一日食べてないのにである。気持ちはディングが上手くやっているかが気になって心ここに在らずといった具合だ。

ディングは深い森の中を、長老達に会いに向かっていた。長老達は森の奥でディングが来るのを、いまかいまかと待ち構えていた。数十人程の老人達が色とりどりの服を着て円を書くように座っていた。ディングはそこに辿り着いた。

「早速だが、どうじゃった?ディングよ。」

 最長老は一番奥に座り、新米サンタの事を早く聞きたくて待ちきれない様子だった。スベンは、ゴールドに薄汚れた煤を被った様な色の服を着ていた。しかしその汚れには気品が漂っている。他の長老達もまた同じ装いを醸し出していた。

「とりあえず、可能性はあるやも知れません。ただどちらに転ぶかはこれからしだいです。」

ディングは毅然と佇んでいた。

「では、伝説のサンタになり得るかも知れんのじゃな。」

「それもこれからでしょう。ただ一つここで頼みがあります。彼をとある所にしばらく行かせては下さらぬか?」

 長老達はざわめき始めた。

「静粛に。ディングよ、それも彼のためか?」

スベンは顎鬚に手をやりながら問うた。

「はい。」

 長老達は、隣同士耳打ちをしながら話し出した。さっつきまでディングと話していたスベンに両隣の薄汚れたピンク色のバデルと、これまた薄汚れている朱鷺色のサロンからの耳打ちが終わると、

「ディングよ、そちに任せた。彼を夏までには向こうに帰すように、次の準備があるでな。それまでは総てディングが見守ってくれ。」

「ははー。有難うございます。」

 ディングは深々とこうべをたれた。

 

気持ちが落ち着かずに人込みから離れて、ライスプディングを食べていると一人のサンタがやって来た。

「長老達に会いに行くぞ。」

 そのサンタはそう言うと、踵を返して歩き出した。いよいよだ。僕は横にお皿を置きその人の後を追いかけた。人込みと森の間を縫うように歩き橇のある場所から、森の奥へと歩いて行った。ディングは上手くやってくれたのかなー。不安を悟られない様に必死で顔を抑えながらディングの佇む脇へやって来た。その先は森を丸く切り開き、周りの樹にはランプが吊るされていた。そこに数十人の長老サンタが座って居るのだった。奇妙な事に服の色がそれぞれ違っていた。

ディングに眼をやると小さく頷いた。

「さあ、入りなさい。」

 一番奥に座る長老スベンの声だった。ディングが導くままに前に進んだ。ディングが前足を折ったのでその横に片膝を付き、礼を取る為に頭を下げた。彼の前は途切れて、其処から奥へと円を描く様に長老達が並んでいる。

「汝は下界に興味があるそうじゃな。ディングに話は聞いた。夏までの間好きにするがよい。ただしディングの言う事は聞くのじゃぞ。それと帰ってからは準備の手伝いがあるからな。よいな。」

 スベンは云い終える髭をなで始めた。周りの長老達は僕の事を舐める様に見ていた。

「ありがたき幸せでございます。」

 僕は、さらに頭を下げお礼を言った。ディングに促され退席しようとした時、長老達の目が一点にくぎづけになった。僕はその雰囲気に気づかぬまま立ち去った。

 彼が居なくなると長老達はざわめきはじめた。

「あの色は、まだなんともいえんなー。」

 一番入り口近くに居た赤くは無いが、何ともいえない色のフィヨが口を開くと

「いやーしかし、最初の年で色を変えてくるとはなかなかよのー。」

とバフィンが言い 

「危険かも知れんぞ。今の内に正すべきじゃ。」

 とフェローが、その隣に居るエイリーは、

「待て待て。ここの感性が大切じゃて。」

 などと、様々な意見が飛び交った。この三人はフィヨと似た様な色の服を着ていた。

「まあいい。夏になれば答えが出る。しかしかの者の代わりが折らんようになってからは、心苦しいかぎりじゃ。天のみことをしんぜおう」

スベンはこう締め括った。


 僕は、ディングと橇に向かっていた。

「良かった。急ごう二人の所へ。」

 逸る気持ちを抑えられずに小走りに走り出した。そこに同期のサンタが飛び出してきた。

「よう。何処に行くんだよ。出来損ないのサンタちゃん。」

 彼はだいぶ酔っている様だった。脚はふらつき焦点も合っていないそれなのに、

「何だ!もう汚したのかい?だらしないなー。俺なんか子供達の歓喜の喜びで金ぴかピンの真っ赤かだぜ。」

 僕は怒って言い返そうと、身を乗り出した所でディングに前をふさがれた。ディングがねめつけると彼は、

「さあ こんなのに構ってないで向こうに行くかな。」

 よたよたと去っていった。ディングは何も言わずに橇の支度を始めた。あれ、何でさっき気づかれなかったんだろう。疑問に感じながらも、橇に乗り込み飛び立った。僕は直ぐに眠くなり橇の上で寝てしまった。

 

 見たことも無い色のサンタが居る。

「グリーン今年は何を撒くんだい?」

 そのサンタの隣に居たごく普通の赤い洋服を着たサンタが、話しかけている。

「真っ白なこの鷺草さ。今年は山深い所を回るからね。来年の春には芽吹く筈だよ。」

 鮮やかな緑色の洋服を着たサンタがそう答えている。

 僕は、急に揺れ出した。

「う・うわぁー。」

 眼が覚め飛び起きると、ディングが鼻で僕を揺すっていた。

「おはようディング。」

「ああ、おはよう。そろそろあの子達が来る頃だ。」

 あの小さな水溜りの脇に在る、樹木の根元に橇は停まっていた。僕は橇から這い出て、その樹木の根元に種を巻いた。

「昨日の悪さはそれだったのか?」

「そうだよ。」

 僕は帰る前にあの可憐な花に魔法をかけに行ったのだ。


 僕はあの家へ慌てて入り、花に駆け寄り、

「ファーン。」

と唱えた。そして慌ててそりに戻っていった。


この魔法は、子供達がイメージした物を物体化したり、それを変化させてプレゼントを作るのに利用する魔法だ。今回はこの花に、もう一度魔法をかけて二つ変化をさせた。それは、この種を作る事と、あの花自体に手を加えていた。

「仕方の無い奴だ。私はここで寝てるから、行ってきなさい。」

 ディングはそこに横たわった。シェランの呪文はディングがかけてくれたらしい。

 僕はあの場所へ急いだ。カカは既に作業を始めていた。水桶の中身もあふれかえっている。カカが朝、運んだのかティティの母がやったのか分からないが、砂に水を含ませてせっせと掘り返している。そこにティティがやって来た。

「カカ、おはよう。」

「おはよう、ティティ。」

 カカはティティの方を振り向きもせずに黙々と続けている。

「カカ、何か忘れてない?」

 ティティに指摘されたカカは、ブツブツと念仏の様に掛け算を呟き始めた。

「そうそう。」

 ティティは水桶の脇に座り、時折、砂に水を撒きながら持ってきた本を読み出した。

「ティティは本が好きだな。」

 カカは、理解に苦しむ様な表情をしていた。

「本を読む事で新しい発見だってあるのよ。これだってカ・・・。この水源の為なんだから。」

 どうやらその本はカカの父親の物だったらしい。

「あれその本!」

「借りたのよ。昨日、寄った時にね。カカには無用の長物でしょ。」

 カカはどうやら字があまり読めないらし、二人とも見た目からは6~7歳くらいに感じられた。カカは黙々と作業を続けている。ティティの話は聞こえている様だが無関心だ。

「いくら力があっても、駄目よ。物を知らないと損するわよ。」

「分かったよー。」

 カカは言われてる意味は理解できるようだが、勉強が苦手みたいだ。たぶん、じっとしているのが苦手なのかもしれない。しかし真面目だ昨日と今日しか見ていないが、手を休める事が無い。

 ふと、今朝方見た夢の事を思い出していた。サンタが赤く無いなんて、夢にも程があるなー。でも長老達は真っ赤ではなかった。単色に近い色の人も居たが、すす汚れた、と言うか年季の入った色をかもし出していた。

 

その時、二人の女性がやって来たのだ。カカが、

「母さん。」

 と言った。ティティの母親の隣りに偉丈夫の様なじょせいが並んで居た。

「カカやってるねー。今日は久々の休みを取ってお前の手伝いに来たよ。頑張ってるかい?それに、ティアラにいつも任せっぱなしだから、一緒にお昼も作ってきたよ。」

 ティアラはカカの母親に、

「カイヤ、良いのよ。私はいくらか手が空いているのだから。」

「ありがとう。」

 カイヤは軽く会釈をティアラにしていた。そして言った。

「さあ、食事だよ。」

 カカも直ぐに食事の用意を手伝い始めた。準備が出来て座り始めるとカカはカイヤの隣りに吸い付くように座った。ティアラとティティは眼を見つめ合い微笑んだ。

「頂きまーす。」

 カカの声が一番大きかった。ティアラは、

「カイヤが仕事で忙しいから滅多に会えないものね。」

 と尋ねるとカカは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「カカやスペイン語は上達したかい?父さんはこれが出来なくて苦労したんだよ。母さんは喋る事は出来るようになった。でも読んだり書いたりは、まだ出来ない。男達はこれで苦労している。ティアラがせっかく教えてくれるのだから、これが終わったら必ずやるんだよ。」

 カカは大きく首を縦に振った。

「もう10歳になるんだがら、ちゃんとやるんだよ。」

 それからは、ティアラとカイヤの世間話が始まった。

 それによると、ここは鉱山で生活が賄える位で、水源に乏しく草木が少ないらしい。男達は皆、鉱山に泊まりこみで働き語学が出来ないと力仕事しかなく、スペイン語が出来ると重宝されるらしい。だから、カカに語学力を付けたいみたいだ。

笑顔の絶えない明るい昼食が続いた。食事が終わるとティアラは帰っていた。

「さあ。カカやるよ。」

カイヤはスコップを片手に作業を始めた。

「母さん。それは?」

 カカの問いかけに

「借りてきたのさ。」

 カイヤは答えた。

「ティティ。その本はどうだった。何か分かったかい?」

「はい、おば様あのね。この辺りでも昔は作物が取れたらしいの。それとここから山に向かった途中と、そこから西にこの真上を通って伸ばした線があの水溜りになるらしいの。山に向かった途中の場所には草花が生えていたんだって。」

「そりゃすごい。可能性があるねー。」

 カイヤは掘り進めながら話していた。

「俺もティティみたいになるよ。今回ティティが手伝ってくれなければここにも辿り着けなかったんだからさ。少しは勉強するよ。」

「少しか?」

 カイヤの一言に、笑い声があふれた。

「カカにしては大進歩よ。いつも家の母さんが嘆いていたもの。」

「確かにしんぽだねー。少しな。」

 また笑い声が上がった。カイヤの駄目押しに、カカは照れくさそうに赤面していた。

 もう夕暮れも間近になり、帰り支度を始めながら、カカが独り言を漏らした。

「また、埋まるかな。」

 僕はその言葉を辛うじて拾うことが出来た。

「さーて。ティティを送ってから帰るから、カカは先に帰っておばーの手伝いをしてやっておくれ。」

「うん。」

 カイヤは、ティティに手で促しながら歩き始めた。

「カカまた明日ね。」

「じゃあ明日またね。」

 カカはティティは手を振り合いながら別れて歩き始めた。僕は彼等が去って行くのを見送りながら、カカの一言に疑問を感じて腕組みをしていた。


そこへディングがやって来た。

「今日はどうだった?」

 僕は今日の出来事を話した、最後の疑問も含めて。

「うーん。確かに昔は緑がこの辺にもあったな。まあ今夜ここに居れば答も解るんじゃないか。」

 そう言い終えるとディングは水桶の脇に寝そべった。

「そうだよねー。」

僕はディングの置いた橇の上に寝そべり空を見上げた。西の空に向って行く太陽がその周りを赤く染め、そこからだんだんと青空へ変わっていくコントラストがじつに綺麗だ。太陽は身動ぎもせず砂丘の続く地平線へと吸い込まれる様に向っている。空には徐々に星達が現われ出し、その輝きは時間が増すごとに増えている。太陽が沈み空が暗黒に包まれた時には無数の星達が姿をあらわにしだした。ディングは仰いでいた首を下げた。

「あっという間だね。」

「ああ。」

 首を項垂れ眼を閉じたままあいづちをした。

ふと長老達の事を思い出した。なぜ彼等が、赤くない色の服を着ていたのか、気になって僕はディングに話しかけた。

「ねえ。長老達の事なんだけど、今話していい。」

ディングは眼を閉じたまま、

「ああ。教えられる事ならな。」

 と答えてくれた。僕は堰を切った様に疑問が頭の中に涌いてきた。

「僕が初仕事の時にディングを連れて来た長老が、あの一番奥に居た長老だよねー。なぜあんな色なの?。」

「スベンの事か、あれが最長老だ。色はあの方が過ごした時の中でああなったんだな。」

「え?何であんなになるのさ。」

 確かにサンタは真っ赤な服に白い縁取りがあるのが一般的だし、あんな色のサンタが最長老なんて世界中の誰が見たってそうは思わないであろう。

「なぜかは知らん。スベンと総てを一緒に居たわけではないからな。」

「じゃあ、他の長老達はまた違うじゃないかー。」

「それも同じ答えだな。他の長老達も時がああしたんだろう。」

「だってー。サンタは子供が喜んだ分だけ赤が増していくんでしょ。だったら何で最長老が真っ赤じゃないのさ。それに僕が汚れた時に教えてくれたじゃないいか、し・・・・・・。」

 研修ではそう習ったし、同期のサンタは赤さが増していた。

「それも分からん。だから不思議なんだ。わしにも分からん。」

ディングは薄目を開け軽く首を横に振った。確かに薄汚れてはいたが僕の色とはまったく違い、すすぼけた汚れで、その内側からは神々しさを感じる色が滲み出ていた。それぞれの長老達は同様に個々の神々しさを醸し出していた。

「結局何も分からないんじゃない。」

「だから最初に言っただろう。教えられる事だけだと。」

 僕は考えた。ディングの過去からなら答えが見つかるかも知れないと。

「じゃあさ、ディングの話を聞かせてよ。」

「ああ、どんな話がいい。」

「最長老と始めて逢った話し。」

ディングは一度、星達を仰ぎ見て語り出した。

「スベンと始めて逢ったのは、かなり昔の話だ。・・・・・・。

 

その年のイブに、いつもと変わらない時を過ごしていた。仕事を終えたサンタ達は一同にかえして大宴会の真っ最中だった。そこへ、その時の最長老と一人のサンタが皆の前へ現われた。サンタ達は宴会を止め最長老に視線を送った。

「皆の者、御楽しみの所すまんが話を聞いてくれ。」

 サンタ達はそのまま最長老の前に集まり出し、トナカイ達もまた集まり出した。ちょうど最長老に向かい左右に分かれて皆が集まった。

「さてここに居るサンタだが、再三の注意にも拘らず、此度また大地に手をつけた。これ程までに悪ガキなサンタも始めてだ。然るにサンタとしては相応しくないので、彼にはスベンと名づける。」

「おお~。」

辺りからはどよめきが上がった。

「以後スベンと呼ぶように、以上だ。皆疲れたろう楽しくやってくれ。」

 皆解散しながら今の話で盛り上がっている。スベンは項垂れわしの方へやって来た。その間には肩をこづかれたり、何をしたのか尋ねられたりしていたが、顔を下げたまま、サンタ達の垣根を避けながらわしの下へ辿り着いた。わしは何も言わず静かな木陰まで歩を進めた、スベンも黙って後をついて来た。大木の幹に腰を下ろすとスベンはわしの腹に寄りかかるように座り込んだ。

「スベン気に病むな。」

 スベンはわしの腹に背を預け、そして空を見上げた。サンタには名前が無い。それは、子供達から見たらサンタは一人なのだ。だからサンタは皆がサンタと呼ばれ、それ以外の呼び名で呼ばれるのはサンタとしては落伍者の烙印を押されたようなものである。

「あのさー。僕は子供達の夢の為に、未来の為に禁を犯してしまった・・・・。確かに罰は受けなきゃいけないけど、でも・・・。名前を付けられるなんて・・・。」

「それが自らの信念なら致し方ないんじゃないか、スベンはスベンの道を行けばいい。それがどんなに茨の道でも自分を通すなら多少叩かれるのは仕方ないんじゃないか?ただしサンタが道を誤れば終わりだぞ。」

 それから、わしはただ寄り添った。しばらく沈黙が続いた後、

「僕は僕の道を行く、例えその先が悲しい結末になろうとも。子供達が別けてくれるあの笑顔を貰えるだけで良い。」

それからのスベンは、この大地の為に色々と手を焼いたらしい。そして幾多の時を経て最長老になった。そんな所かのー。」


 ディングが話し終えた時には、僕は最長老の孤独さやら強さ等を突きつけられた気がした。

「僕のやろうとしている事は、どうなの?」

「さあな。それもお前しだいだ。」

 ディングの言葉には優しさが込められていた。

 その時、急に風が吹き始めた。

「吹き始めたな。」

 山に方から砂漠に向かい吹き始めた。僕達は、カカ達が掘った穴の風上に陣取っていた。

「さぁ、風除けになるぞ。」

「こちが風上だって分かってたの?」

 僕の問いかけに、

「否。掘った砂の山が在るし、この水桶の脇ぐらいしか場所が無かっただけだ。」

「嘘だー。ディング素直じゃないなー。」

 ディングは素っ気無く、

「橇の片側に布を垂らせ。そしてお前も大地に横になり眠るんだな。早くしろ。」

 風は強くは無いが砂を少し舞い上げ運んでいる。穴の端はもう崩れ始めていた。慌てて僕は橇に布を垂らし下に砂を乗せ固定した。そうしてから、ディングと橇を挟んだ反対側に横になった。ディングはもう眠った様なので僕は横になり景色を眺めていた。砂は僕の背に当たり少しずつ溜まっている様だった。反対側の掘り出した砂山は風により少しずつ低くなっていった。舞い上がった砂はほんの少しあがり風下に流れて往く。星達や大地の暖かさに包まれながら僕は眠りに落ちた。


「ゴソゴソ。」

 僕の耳元で音がした。眼を開けるとディングだった。

「うっうぅん。おはようディング。」

「ああ、おはよう。」 

 風はすっかり止んでいた。

「シェラン。」

 寝ぼけ声で唱えた。僕の体は半分ほど砂に埋もれていた。

「さあ、退いてくれ。」

 ディングはそう言うと橇を引き始めた。僕はやっと眼が覚め辺りを見ると、まだ夜明け前だった。水桶の脇まで避けるとディングは橇や体に当たって出来た砂山を均し始めた。

「ディングそんな事していいの?」

「ああ、砂山があるのは不自然だからな。水桶の脇に溜まった砂も退けといてくれ。」

 ディングはそう言いながら、橇をかなり離れた所まで引き砂を寄せた。水桶の脇の砂をどけながら穴を確かめる昨日と変わりないぐらいだった。掘り出した砂はほとんど無くなっていた。僕達が横になった高さから少し低いぐらいまでになっていた。

「ディング。掘り出した砂は不自然じゃないの?」

 にやつきながら聞くと、

「それぐらいだろう。たぶん。」

 ディングは惚けてそう答えた。僕等は一仕事を終えると水溜りに向かって歩き出した。

「ディング、あんな事をして平気なの?」

「仕方ないじゃないか、たまたま休んだ場所があそこで、あのままにして置いたらワシ等が休んだ後がばれてしまう。不可抗力だよ。」

「始めっから分かってやってたんでしょう。」

 ディングは軽くウインクをした。

「いいじゃないか。さあ顔でも洗うか。」

 僕等はなるべく水を使わないようにして顔を洗い洋服を叩き砂を落とした。ディングは体を震わせ砂をはじくと昨日と同じ場所に体を沈めた。僕もその横の橇に身を沈めた。

「昨日から分かってたの?」

「そうだなー。子供たちの話を聞いた時に少し思ってはいた。でもああなるとは限らない、偶然だな。」

 たぶん僕の事を気遣ってくれているのかも知れない。魔法や関係の無い事で手を出せば、僕はまた禁を犯す。ディングはそれを避ける為にああしたのかも。

「新米。わしはまた此処で昼寝をしているから、用が合ったら呼びに来てくれ。ただしくだらない用事で起こすなよ。」

「はいはい。」

 やはり偶然だったのかもしれない。どう見てもただの怠け者にしか見えない。僕は種を蒔いた所へ眼をやった。その時また悪さを思いついてしまったのだ。僕はディングの気持ちが分かるだけにこの気持ちを抑えようと必死に抵抗を試みたが簡単に打ち消されそそくさとあの場所に向い始めた。僕の後姿をディングは薄目を開け見送り静かに瞳を閉じた。


 まだカカ達はやって来ては居なかった。僕は水桶の周りにあの種を蒔いた。ティティ達が喜ぶ姿を想像しながら。しばらくするとカカがやって来た。

「わォー。昨日はあんなに埋まってたのに、今日は少し崩れたぐらいだー。」

 満面の笑みを浮かべカカのほっぺは真っ赤に高揚している。僕はカカの姿を見て嬉しくなった。ほんの少ししか出来なかったけれど、ここまで喜ばれるなんて。ディングに知らせてやりたくてたまらなかった。殆んどディングがやってくれた事なんだから、ディングにもこの笑顔を別けたかった。でもあの言葉がよぎった。

「起こすなよ。」

 僕は腕組みをしながらその場をぐるぐる回りながら考えにふけっていた。そこにティティがやって来た。

「ティティ。今朝は埋まって無かったよ。」

 カカはティティの姿を見つけると、大声でティティに伝えた。ティティはその掛け声を聞いて早足で駆け寄ってきた。

「ハァーハァー。ほ、本当だー。良かったじゃないカカ。私、起きてからここへ来るまで、また同じ事になっていたらどうしようか気になってしょうがなかったのよー。カカは昨日はおばさんが居たから平気な顔をしていたし、口にも出さなかったけど。今日、埋ってたら、カカがやる気を無くすんじゃないかって。」

 カカは笑顔で、

「そんなんじゃ、諦めないよ。なんせ父さんからの悲願だもの。」

 カカはそう言い終わると、穴に鍬を投げ込み、穴に降りて作業を始めた。穴はカカの背丈ぐらいにはなっていた。しかしカカが穴に入ると砂はそれだけで崩れていく。

「掘り出した砂は風にだいぶ流されたみたいね。」

 ティティは水桶から水をくみ出し、穴の壁面へ撒き始めた。

「今日は、土が見えるかなー。」

カカのぼやきにティティが、

「さあ、土よりも先に湿った砂が出てこないと無理よねー。」

 カカは驚いたような顔をして、

「そうなの?じゃあまずは砂かー。」

 肩を少し落として言った。でもその手は止まる事無く動き続けていた。僕はティティの笑顔にも見とれてしまいディングの下に我を忘れ走り出してしまった。


ディングの姿が見えると、

「ディングー、起きてよ。凄い喜んでたよー。ティティやカカがさー。」

 ディングは眼を閉じたまま耳を立てて、その声を聞き取ったのは分かったが、身じろぎもせずそのままだった。サンタが側に近づいた気配を感じ、

「それだけなのか、用事は?」

 素っ気無くディングが問うた。

「え。だって、すっごく喜んでくれたんだよ。ディングにも見せたかったなー。」

 ディングは眼を開けて彼に視線をやった。その姿は先程のカカやティティに負けないぐらいの笑顔と興奮を醸し出していた。ディングはそれを見ただけで何も言えなくなってしまっていた。僕は思い出したあの言葉を、

「あ、あのー・・・・・。こ、この辺の植物を探してみたいと思ったんだよー。それでディングに回ってもらおうと思って帰ってきたんだ。」

 ディングは何も言わずに立ち上った。

「良いの?」

「いいさー。お前さんの脚で歩き回るよりもズーっと早いし遠くまでいける。それに行かなければ起こされた意味がなくなるからな。」

「ご ごめん。」

僕のあさはかな考えなんて見抜かれていたようだ。

「いいさ。よほどのすばらしい笑顔だったんだろう。見逃してしまって惜しい事をした。」

 ディングは首で橇に乗るように促した。

「ありがとう。ディング。」

 僕は橇に乗り込みながら言った。僕が乗り込むとディングは空高く舞い上がった。そしてカカ達の上を旋回しだした。

「本当だな。実に楽しそうにやっているな。あの小さな体じゃかなりの重労働だろうに。」


ディングは言い終わると旋回を止め留まった。

「さあ、どっちに行くのかな?」

「こんな砂漠でも草木が在る筈だと思うんだ。だから、それを探したいんだけど・・・適当に飛んでみてくれないかなー。」

 ディングが旋回している間に考えた答えだった。

「なら海に向って行って見るか。」

「うん。」

ディングは僕の返事が終わるか終わらない内に動き出した。

「水を掘り当てられるかなー。」

「たぶん場所は合っているだろう。後は深さだな。あの子達がどこまで頑張れるかだな。」

「ディングには何か確信があるの?」

 ディングの言い方が余りにも自信ありげなので、つい出てしまった言葉だった。

「ああ。」

「え!」

僕は耳を疑った。

「あの山はあの時に見たよなー。」

「うん。凄い山頂だった。」

「そうだ。あの山頂にある氷が解けて水路を作っている筈なんだ。たぶん川になっていない所を見る限りでは地下水脈になっているんだと思う。それをカカの父親が探り当てたのさ。」

 僕はなんとなく感じただけだったが、ディングは理論的に解釈してたんだ。

「僕はただ感じてつい手を出してしまっただけだったんだ。だから不安で仕方なかったんだよ。」

「私のより当てになる感覚だよ。きっとこの先気づく事になるだろう。」

 僕は余り納得が出来なかった。ディングの方がよっぽど信用できる。

「そんな事無いよー。僕なんて。」

 言葉を遮るようにディングが語り出した。

「私には生きてきた時間の中で積み重ねた知識しかないんだ。お前にはそれ以外の何かがある。だからそれを大切にして欲しいんだ。それは誰にでも出来る事では無いから。今は分からないかもしれない、でもわしと同じ歴史を持った時にはわしよりも凄いという事が分かるようになるはずだから。」

「そ、そんなー。」

 ディングの言葉はなんとなく理解は出来た。でも納得は出来なかった。だって僕は感じ取りはしたが確信はしていない、ましてやディングほどの自信なんてまったく無かった。

 延々と続く砂漠には木はおろか草さえも見当たらなかった。

「ディング何も無いね。」

 さっきのやり取りでかなり気落ちしていた僕の言葉には虚無感が漂っていた。


「砂漠だからな。お前はどっちに行った方が良いと思う。」

「右。」

 僕はなんとなく意識もせずに呟いた。

「そうかー。なら右に進路を変えるぞ。」

 ディングと橇は左に大きく傾斜した。

「ディング右だよ。」

僕は慌てて叫んだ。

「ああ。」

 ディングは円を描くようにして、僕が右と言った場所を通るように旋回して西へ飛び始めた。

「これで右になっただろう。」

「何だよー。ディングは。」

 二人の間に軽い笑みがこぼれた。

「周りを良く見渡せよ。」

 ディングは速度をさらに揺るめて飛び始めた。カカ達の集落は山の入り江のような窪地に在ったために砂漠は平らに近かった。しかし南へと向かい広く開けてくると、砂は起伏しだし今に至っては砂丘と化し谷と山の繰り返しだった。

「凄いね。」

 僕は息を呑んだ。生き物総てを拒んでいるような、この砂たちに圧倒されていた。

「昔からこんなだったの?」

 ディングは首を横に振った。

「この辺だって、緑は在ったさ。しかし、山からの乾いた風や海の海流の影響。それに人間たちの醜い争いの結果こうなってしまったんだよ。」

 僕の知らない世界だ。

「ディング詳しく聞かせて。」

ディングは重く口を開き始めた。

「カカは元々この大地に居た人間たちだ。そこに我われの拠点の近隣であるスペインから侵略があったんだよ。そのために村を捨てたり田畑を耕せなくなった。手を入れずに居ると砂は徐々にそれらを飲み込んで入った。砂って奴は毎日が戦いなんだよ。」

 ディングの言葉には重みがあった。

「ティティは混血だろう母親がスペイン人なんじゃないか?だからスペイン語も話せて教えられるんだろう。父親がカカと同じなんだと思う。わしの想像だがな。」

 僕には訳が分からなかった。世界中の子供達は皆同じで、どこの場所の子供でも変わらない笑顔を返してくれる。そんな複雑な歴史が彼等の血の中に潜んでいたなんて、

「此処だけじゃなく、地球上にはそんな悲惨な出来事がまだまだあるの?」

 ディングは軽く頷くだけで前を向いていた。僕は重い空気に押しつぶされていた。その雰囲気をディングが察したのか、

「ただな。カカやティティがそう思っているかは、違うのかもしれないぞ。彼等には未来と言う無限の可能性があるからな。お前は、お前が感じたものを心に刻み未来に向え。自分で切り開き、未来を見つけ出すんだな。」

 と付け加えてくれた。

「僕には今は重すぎて、難しすぎてよく分からないよ。でも、もっともっと色々なものを見て感じて自分の答えを見つけ出したいと思う。」

 ディングに素直に打ち明けると、

「あせるな。始まったばかりなんだからな。」

 と返してくれた。

 

その時、砂漠の中にオアシスが現れた。

「ディングあそこ。」

 砂丘の窪地のちょうど真ん中に、小さな池が佇んでいた。その周りには草花が生い茂り、またその周りを囲むように木が生い茂っていた。その木々が砂から池を護っている様にも見えた。ディングは僕の声にすばやく反応し徐々に高度を下げ始めている。ディングは池の上空まで降下しながら近づくと旋回を始めた。僕は辺りを眺めた。砂丘もまた円を描くようにこの池を大きく囲んでいた。

「これは自然に出来たものでは無いのかもしれないぞ。」

 ディングはそう言い放つと橇を垣根の脇に下ろした。僕とディングは橇をそこに置き垣根の切れ間から池に近づいた。池と垣根の間には草花が生い茂り池の縁は崩れないように石が積み重ねられていた。

「ディング。こんなの自然に出来たものでは無いよねー。」

 このオアシスに僕は、余りにも不自然な違和感を覚えた。

「確かに人の手が加えられて出来た物だろう。しかし新しくはなさそうだ。水際の石には草花が覆い被さったり砂やコケもある。昔に造られた物を大切に受け継いでいるんじゃないか?」

 確かに良く見ると、所々に古めかしさが漂っている。

「これも砂との戦いの結果なの?」

「今は分からんな。人が訪れているならそうだろうし、来ていないなら時期に此処も飲まれるだろう。」

 僕は呆然と眺め入っていた。広大な砂漠の中にひっそりと佇み時を過ごしている、この池。広さは畳10畳ぐらいの円形に近いが、いびつな形をしている。

「少し此処の様子も見てみるか?」

 ディングの言葉に僕は頷いた。その後、僕は草花の種を集め出した。

「ファーン。」

 総ての草花から種を集めた。そして最後に生垣の木の種までも集めた。種を別けて貰ったお礼に、池から水をくみ上げ植物達にかけて回った。そうこうしている内に陽も傾き出した。

「そろそろ戻るか?」

「あ!うん。」

 植物たちと戯れている間に時を忘れてしまっていた。慌てて僕は橇に乗り込んだ。

「ディングごめんね。だけど急いで。」

 ディングは、

「ああ。子供達も気になるもんな。」

 そう言い、大空に飛び立った。ディングは北北東方面を目指し一直線に飛んでいく。眼下には砂丘のうねりが広がっていた。

 

カカ達の所へ戻るともう帰った後だった。

「遅かったね。」

「ああ。しかし今日一日頑張ったようだな。」

ディングは、穴を覗き込み言った。穴の深さは余り変わっていなかったが、広さが広がっていた。掘り出す斜面側の中間に棚を作り二段構えで掘り出した砂を掻き揚げる段取りらしい事がつぶさに見て取れた。

「深さが出来たからこうしたんだな。ティティの入れ知恵じゃないか?」

 ディングの推測に、

「たぶんそうだろうね。」

 僕は薄く笑みを浮かべながら答えた。カカとティティのやり取りを想像するとどうしても口元が緩んでしまった。しかしこれだけの作業をするには、相当の水で砂を固めなければ出来るわけが無い。水桶の方に視線をやると水が溢れんばかりに入っていた。ティティの母親のティアラ辺りが運んで上げたのかも知れない。僕にできる事が少なすぎて歯がゆくて仕方が無かった。水桶の周りに集めた種を蒔きその脇にしゃがみ込んだ。

「ディング。僕達に出来る事って他に無いかなー?」

「今は夜にここを護ること位しかできんかもな。考えてはみるがな。」

 ディングはウインクを返しながら僕の隣に屈んだ。今日はそれ程風は強くなかった。穴の斜面を眺め乾いて崩れる前に水を撒いた。

「ディング明朝、水を運ぶのを手伝ってくれないかな?。水の量が余り減ると疑われちゃうからさ。」

「ああ、良いさ。」

 ディングは即答してくれた。僕達はその作業を繰り返しながら昨晩と同じようにして眠りに付いた。

 

ディングは人の気配を感じ取った。

「シェラン。」

 すばやく呪文を唱え辺りを見渡すと、まだ陽も上がらぬ朝焼けに中を一人の人間がこちらに向ってくる。しだいに近づいて来た人影はカイヤだった。カイヤは背中に皮でできた水嚢の様な物を背負い手には水桶を持っていた。カイヤはゆっくりと穴へ近づくと桶を今まで置いてあった桶の丁度といめんになる辺りへ置き始めた。ディングは鼻頭らでサンタを小突いた。サンタは薄目を開けながらカイヤに視線をやり息を呑んでいた。カイヤはその桶に水をなみなみにくべると余りをこちら側の桶へと注いだ。

「だいぶ頑張ったんだねー。」

 カイヤは穴を覗き込みながら、さらに余った水を穴の壁面へと滲み込ませた。カイヤは一通り撒き終わると足早に立ち去っていった。

「ディング。」

サンタは起き上がりながらディングに視線をやった。

「ああ。水は運ばなくて済んだな。」

 ディングは事も無げに言った。

「なんだか・・・・悪いような。気まずいよ。」

 サンタは、なんだか気持ちがはっきりしないようだ。

「親なんてこんなものだ。子供の為には努力を惜しまないさ。」

「う~ん。それは分かるけど・・・。」

 歯切れの悪いサンタに、

「仕事を横取りされた気分なのか?」

 サンタはにや笑いを浮かべ、

「まあ少しは。でも良かったんじゃないかな。」

 と答えた。

 昨日と同じように、僕達は、あの水溜りへと向かった。

「ディング、『母は強し』なんだね。」

 ディングは軽く頷いていた。サンタ達が水溜りから帰ると、カカが丁度やって来た。

「この桶は家のやつだ!母さんが運んでくれたんだ。」

 カカは皮の袋を背中から下ろした。

「水も運んでくれたんだ。」

 カカは水桶を覗き込みながら嬉しそうに笑みをこぼし穴へと降りて行った。カカは中間の棚から砂を上へとかき出し始めた。丁度その時ティティの姿が見え始めた。ティティもまた皮の水嚢を背負っている様だった。


「ディング、こっちは平気そうだから向こうへ頼みたいんだけど良い?」

 ディングは、軽く頷き橇へ首を向けた。それを受け、サンタは橇に乗り込んだ。

「昨日は急ぎだったからゆっくりでお願い。」

サンタがそう頼むとディングは中に舞い始めた。前日とは違い南南西へと真っすぐ向かい始めた。昨日の帰りは景色を眺める余裕も無かったが、今朝はゆっくりと観察できた。所々に山があり高度を上げたり下げたりしていた。速度が遅いので低い高度を保ちながら飛んでいたのだった。また、サンタに良く見えるようにと気遣いながら飛んでいた。

「さあ、そろそろだ。何か新しい発見は遇ったか?」

 サンタは首を横に振った。肩を落とし、

「無かったよ。」

 と。

 

丁度その時に辺りが開けた。そこはあのオアシスだった。昨日、飛んで来たルートでは山の窪地の様に見えた筈だが、北北東側から近づいてみると平地がいきなり下る様になり、その中心にあのオアシスが佇んでいたのだった。

「山に囲まれてた訳じゃなかったんだねー。」

「昨日は急な斜面の先に現れたから気づかなかったが、今の感じでは、そうらしいな。」

 ディングは橇を垣根の脇に下ろした。サンタは窪地のふちをぐるりと見渡した。そして、あることに気が付いた。ふちの高さがまちまちで特に低く感じるのは昨日、来た東側と、今日、来た北北東側であった。しかしそれ以外に新しい何かを発見する事はできなかった。サンタは昨日と同じように草花の手入れを始めた。ディングはというと、橇の脇で昼寝をしていた。

 

昼も過ぎた頃、ディングが気配に気が付いた。

「誰か来るぞ。」

 サンタは池の垣根から飛び出し辺りを見渡した。やがて砂丘の上に二人の人影が見えてきた。二人は砂丘の坂を徐々に下り始めた。人影はしだいに近づくにつれて子供と大人である事が見て取れた。二人は真っすぐ池に向うと池のふちに腰を下ろした。

「アレキここがその聖地だ。」

 60代半ば位の男性が10代後半位の若者に語り始めた。

「ここは言い伝えでは、その昔大きな滝が在ったそうだ。ワシ等の遠い先祖から受け継がれた話しだから、その信憑性は定かではない。ただワシ等一族にはここを護り受け、継ぐ様にと代々受け継がれた仕事になっているのだ。十日に一度ここへ来て草花の手入れをするだけなのだが、それをせずにいると砂に飲まれてしまい跡形もなくなってしまう。ワシ等砂漠の民には水は神からの贈り物であり、それを軽視する事は死を意味するのだ。ここまでの道のりで分かったであろうが水は宝なのだ。砂漠に居る総ての生物がこのオアシスで生きながらえていけるのだ。だからワシ等が護らねばならんのだ。アレキよ、わしが通えなくなった時はよろしく頼みたい、ワシの願いだ。聞いてくれるか?もちろん、これからは二人でここを護りたいんだがな。」

 アレキの顔を覗き込むように眺めている。アレキはオアシス全体に眼を配りながら話を聞いていたが顔を話していた男性に向け大きく頷き話し出した。

「クスコさん僕は彼方の家へ婿に来たのです。断る理由などありようがないです。これ程の名誉な事をできるなんて光栄です。」

 アレキはクスコに頭を下げた。クスコもまた、

「ありがとう。」

 と頭を下げ手を取りお礼を言っていた。

 サンタはディングを見つめ橇に乗り込み上を指差した。ディングは無言のまま上空へと舞い上がった。ある程度の高度まで上がるとそこに留まった。

「ディングここが滝だったなんて・・・?」

「どうだろうなー。人間の言い伝えだからなー。」

「でも、これでここが存在した理由が分かったし、ディングが言っていた、砂と戦うって言う意味も少し理解できたよ。」

 サンタは、二人を見つめていた。色々な思いをつめながら。

「そうか、まあ『百聞は一見にしかず』だったな。どうする?」

 

ディングの問いかけに言葉を選んでいた。カカ達の所へ帰るのか。彼ら二人に着いて行くか。ここが滝だった証拠探しを始めるのか。

「二人の住む場所が知りたい。」

 サンタは幾つもの選択肢の中からこの答えを選び取った。

「では離れたところに降り見守るとするか?」

 ディングは降下を始めた。二人が見えやすく話し声も聞こえる場所を選んで。

 クスコがアレキに説明をしながら作業を始めていた。

「ここの水は一年中この水位を保っているんだ。だから、この溝の手入れをしていれば垣根も枯れる事は無い。」

クスコ達は草花の所々に垣根に向かって、細く筋の付いている所に立ち、その間に溜まった砂や土をかき出し垣根まで水を行渡らせる様にしていた。その作業が終わると次は垣根の外にまわり垣根の下から桑を出し砂を外に向かいかき出し始めた。

「埋った分だけかき出してやるのさ。」

 アレキに伝え来る時に持って来ていた桑を指差した。アレキはその桑を持つとクスコとは逆に回り始めた。やがて二人の作業が終わる頃にはだいぶ陽も傾いていた。

「アレキそろそろ行くぞ。鍬は木下に入れておけ。水を汲むのを忘れるなよ。」

 クスコは片付けを始めながらアレキを気遣っていた。

「帰る頃には陽が沈んでいるかな?」

「そうだなー。アレキしだいだな。」

 クスコは笑いながらアレキに相づちを返したがアレキにはそんな余裕は見受けられなかった。二人は腰に付けた水嚢に水を汲めると手を合わせ池に感謝の意表していた。

「さあ、行くぞ。」

 クスコの声には重みがあった。そして顔色もさっきとは別人のようだった。

「ああ。がんばろう。」

 アレキの顔も凛々しさを増していた。二人は来た方角へと歩き出した。二人が砂丘を登り終わる頃に、

「ディング、行こうか。」

 サンタは橇に乗り込んだ。ディングはあっという間に二人に追いつくと速度を合わせた。二人の斜め後ろに位置を合わせ付き添うように飛んだ。二人は黙々と南西に向かい歩を進めていた。

「ディング二人はどれくらい歩いて来たんだろう。」

「さあな、ただ時間はかなり掛かるんだろう。日暮れの話をするぐらいだからな。」

 ディングの言葉は二人を気遣う口調だった。


二人の脚は砂丘に飲まれ思う様に進めていない。登りでは踏みしめた砂が崩れ余り登れないようだった。下りは足元の砂が崩れ尻餅をつきそうになる。二人はそれらを繰り返しながら少しずつ歩を進めている。何も無い砂漠の中を二人きりで・・・・・。

サンタは何度も力を貸そうとしたがその度にディングに嗜められた。出発してから約2時間ほど経った時に、クスコが

「アレキ少し休もう。」

 と言い休憩を取り出した。

「水は余り飲むなよ。迷った時の為の命綱だからな。砂漠は魔物だ。甘く見たら飲み込まれる。」

 アレキは口を湿らせる程度の水を口に注いだ。空はもう夕暮れ時の色を現し始めていた。

「後半分だ。行くぞ。」

 クスコは腰を上げ歩き出した。アレキもまた後に続き歩き始めたがクスコとは違い重く腰を上げている様に見えた。クスコはたまに磁石を取り出して、方角を確かめながら歩を進め続けていたが、太陽が砂丘の地平線に沈み始めていた。

「これからは、寒くなるぞ。冷えない内に村へ戻ろう。」

 クスコが少しペースを上げ始めた。

「ディングどれ位進んだの?」

「そんなには進んでない。時速5㌔も出ていれば良い方だろうからそれが三時間で15キロ前後だろう。人間の足は遅いからな、特にこの砂地じゃー無理も無いだろう。」

 辺りは次第に暗くなり空には星達が現れ始めていた。風もだいぶ冷たくなり二人は歩いていなければ寒くて仕方ないぐらいだろう。しかし、歩き続けてきた二人の体からは湯気が経っている様にも見えた。


ディングが急に二人を追い越し先へと飛び出した。急な砂丘の斜面を上り詰めると眼下に広がる世界は想像も付かない景色だった。砂漠はそこから降りきると途端に無くなっているのだ。砂漠の先端には木々が生い茂り、林と砂漠が闘っている様に見える。その森の奥には村らしき集落があり、その真ん中にはここから見ても分かるぐらいの広場が広がっている。そこには村人が集まり火を囲み祭りの準備でもしている様にも見える。ディングは一気に砂丘を下り林も飛び越え広場の上へ躍り出た。

「遅いわねー。アレキ大丈夫かしら?」

「クスコが付いているんだ。心配は無いさ。」

 村人達は祀りの準備を右往左往と進めている。

「ディング、これってあの二人を待っているのかなー?」

「そうだろうな。それだけここでは大切な儀式なんだろうな。だからあそこまでしてでも遣らなきゃならない使命感みたいなものがあるんだろ。」

 確かに、磁石があれば迷う事は無い筈だが、それでもあれだけの道のりを歩くのは、余ほどの意志の強さが無ければ出来ない事は、これまでの道のりを付き合ってきたので想像に足りた。

「後、どれ位の時間が掛かるかなー?」

「30分~1時間ぐらいじゃないか。」

 サンタ達は林の上辺りまで戻り二人を待った。


それから程なく二人の姿が砂丘の上へ現れたのだった。森の切れ目に迎えに出ていた村人が一人馬に乗り知らせへと村に向かい始め残った数人はクスコ達に向い手を降り始めていた。そこには馬車が用意されていた

「おーい。お疲れ様―。」

 村人の一人がクスコ達に向い走り出そうとしたが、周りにいた村人に抑えられている。

「なぜなんだろう?」

 サンタはポツリと漏らしたが、ディングは無言のままであった。

「ここでお前が近寄ったら総てが台無しになっちまう。馬鹿たれが!」

 抑えられた村人が怒鳴られている。そこへ徐々に徐々にクスコ達は近づいていた。村の方では先程の知らせが届いた様で喝采が湧き上がっているのが聞こえてきた。クスコ達が砂漠の端から最後の一歩を踏み出すと村人が二人を左右から支えるように近づいた。

「クスコご苦労様。」

「アレキは良くやってくれた。彼を称えてやってくれ。」

 村人達に伝えクスコは支えを断りアレキを支える様にと促している。そして一人で用意されていた馬車に乗り込んだ。アレキは村人に囲まれ支えられながら馬車へ導かれていく。足取りは重いがそれでも出来る限りの力でしゃんと胸を張ろうとしていた。アレキも馬車に乗り込むと、

「アレキご苦労、良くやってくれた。」

 クスコはアレキの手を取って、労いの言葉をかけていた。馬車は村人達に囲まれてゆっくりと村へ向い始めた。ディング達もまたそれに付き合うように歩を合わせた。

 村に馬車が着くと村にいた人達が馬車を取り囲んだ。そして馬車が焚き木の前に停まると馬車と焚き木の間に一筋の道が出来た。クスコとアレキは手を振りながら馬車を折り始めた。村人達からは御祝やら御礼やらそれぞれの人の気持ちで労う声で盛り上がっていた。二人が馬車から降り歩み始めると人垣が割れ一人の女性がアレキに向い近づいて行く。村人達は彼女を列の前へと送り出して行く。彼女が列の一番前に来ると、

「ただいま、ヤウリ。」

 とアレキが先に、そして

「ただいま。」

 クスコもそれに続き彼女に伝えている。そしてゆっくりと焚き木の方へ近づいて行く。二人の後ろにヤウリを先頭にしながら村人達が道を埋め続けて行く。焚き木の前に近づくと二人は片膝を地に付いた。村人達は距離をとり周りを取り囲むように集まり息を呑んだ。木々を高々と積んだ焚き木にクスコがこう告げた。

「聖地は安泰です。無事に帰等しました。」

 そのとたん喝采が上がった。そして焚き木に火が放たれた。

「良かった。今年も一年、護る事が出来た。」

 村人は安堵の表情を浮かべて喜びの声を上げている。二人が立ち上がると真っ先にヤウリが駆け寄っていく、クスコに抱きつき抱擁をし、次にアレキの前に立ちアレキを見詰めている。アレキもまた見詰め返している。一瞬すべてのものが時を止めたように静まり返り沈黙に包まれた。

「お帰り、アレキ。」

「ただいま、ヤウリ。」

 二人は言葉を交わし終えると厚く熱く抱き合い口づけを交わした。辺りは喝采に沸いた。そして村人達は三人を綺麗な敷物の上へ導いていく。そこにもまた一人の女性が立ち尽くし二人を待っていた。

「お帰りなさい、貴方。アレキも無事で何よりです。」

「アルタただいま。」

 クスコは軽く頬に口付けをしてそこへ腰を下ろした。

 村人達は次々に二人に声をかけ二人もそれに答えている。焚き火の周りでは楽器を奏で踊り始めている。

「ディング、凄いね。」

「ああ、おそらくこの日だからアレキを連れて来たんだな。」

 なおも宴は続いていた。空が焼けるほどの炎を上げ、それに負けない熱気を村人達は醸し出していた。

「そろそろ帰るか。」

 ディングはそう言い村を後にした。


 二人は穴へと帰ってきた。

「だいぶ遅くなってしまったな。」

 ディングはいつもの場所へと橇を滑り込ませた。

「でも凄かったねー。あれほどの騒ぎになるなんて。」

「ああ、あの二人は村の代表なのだな。」

「なぜあそこまで、あのオアシスに拘るんだろう。」

 ディングは前日と同じ位置に横たわり、

「これはあくまで私の想像と推測からの話だから当てにはならんぞ。」

 サンタは何か答えが欲しくて仕方が無かった。自分では帰りの道中をかけて考えても『なぜあんな危ない事を』にしか辿り着けず、振り出しに戻り考え直しても、またそこに辿り着くだけだったのだ。だからディングの考えも聞きたくて仕方なかったのだ。

「僕では妥当な答えが見つけ出せないんだ。それでもいいから聞かせて欲しい。」

 サンタの訴えに頷きディングは語り出した。

「あの村は毎日が砂漠との戦いの日々なのだろう。あの林を護る為に、そしてたぶん今日は暗くて見当たらなかったが、自分達の田畑を護る為に、毎日を繰り返しているのだろう。そしてそれは先祖代々続いてきた歴史でもあるのかもしれない。この前も言ったが砂漠は気を抜けばあっという間に総てを飲み込むそれを教える為にそしていつまでも戒めとして忘れ去られないように続けられてきた儀式なのかもしれないなー。」

「だからって、あそこまで厳しく危ない道のりをあえて進まなきゃならないの?たかがあれだけの池にさ。」

「そこなんだ。あれだけの事をして護らなければいけない理由が、導き出せない。ただそれだけあの民族には大切な聖地なのかも知れないな。」

 サンタはまだ怪訝そうな顔をしている。滝であったあの場所がどうして彼等には大切なのか。

「今ははっきりした事は分からない。あそこにも通い続けるしか無いな。」

 この言葉に少し気持ちの整理が付いたサンタは穴を見渡した。

「だいぶ掘れたねー。」

「カカの体でここまでやるとは凄い事だよな。」

 ディングは首を上げ穴を覗きこんでいる。深さは余り変化が無いがディングとサンタが横になれる幅になってきていた。

「もう寝るとしよう。」

ディングは先に瞳を閉じた。サンタもまた今日の出来事に疲れて後を追うように眠りついてしまった。


あの地にはその昔ディングでも想像の付かない大昔に大きな文明があったのだ。その文明が衰退し森も消え、河も消え、滝も消えた。そして永い年月の末に砂に飲まれあのオアシスだけが生き残った。そしてその文明の末裔にも言い伝えが語り継がれた。ある時は言語を変え時には内容が少し代わりながら。しかしあの場所が聖地であり彼等が砂漠から逃げずに戦える理由にもなっていた。あれ以上オアシスから村が離れてはそこを護る事が出来なくなる。村人はその為に毎日を戦い。その結果を残す為に選ばれた者はオアシスを護る。結果としてそれが自分達の生活を護っている。その総てが先祖たちのメッセージなのだが、サンタとディングが分かるのはまだまだ先の話だ。


今朝はサンタが先に起きた。ディングは昨日の疲れが残っていたのかもしれない。

「シェラン。」

 サンタはディングに気を使い小さな声で唱えると穴の壁面に水を舞いた。すると毎朝の日課のようにカイヤの姿が見え始めた。サンタはディングを揺すって起こした。ディングはまるでその前から起きていたみたいにすっと立ち上がりカイヤの妨げにならない様に場所を空けた。カイヤは昨日と同じく水嚢を背負い歩いてくる。しかし手には土嚢袋の束を抱えていた。カイヤは水桶に水を汲め袋をその横に置くと穴を少し覗くだけで足早に立ち去って行った。

「ディング、おはよう。」

「おはよう。」

 サンタ達はそのまま水溜りに向かい歩き出した。いつもの様に顔を洗いいつもの様にディングはあの場所に横たわった。

「オアシスには10日後で良いだろう。わしは寝ているからな。」

 ディングはそのまま眼を閉じた。サンタは水を撒き穴へと戻っていった。

 穴に着くと見渡せる場所を探し座り込んだ。するとそのうちにカカの姿が見えてきた。

「母さんが約束どうり袋を持ってきてくれたんだ。」

 カカは水嚢を水桶の脇に置き、袋の束を一束掴み穴に投げ入れて自分も中へ入っていった。カカは穴の底に付くと何やらゴソゴソ始めている。結局穴の中が見えないのでサンタは立ち上がった。カカは投げ入れた袋を取り出して、水桶側の斜面に数枚ずつ並べ始めた。それが終わるとその袋に砂を詰め始めたのだ。その土嚢袋が一杯になると袋の口を結び斜面の一番下に並べ始めた。その作業を繰り返しているとティティの姿が見えてきたのだった。

「カカ、おはよう。」

ティティも水嚢を水桶の脇に下ろした。

「おばさん今日も持ってきてくれたのね。」

 ティティはその横にある土嚢に眼を移した。

「あれー?何これー。」

 ティティはカカの方を覗き込んだ。

「昨日帰ってから母さんに相談したんだよ。そうしたらさ、この土嚢袋に砂を詰めて重ね合わせて積み重ねれば壁になって崩れなくなるだろうって、だから持ってきてくれるって約束したんだよ。」

 カカはその作業をしていたのだった。サンタは感心し頷いていた。

「これなら深さが増しても大丈夫ね。」

 ティティもじつに嬉しそうであった。ティティは水撒きが終わるとカカの下に降りていき、

「一人じゃ大変でしょ。」

「え、良いよー。ティティは力仕事は無理だろ。」

「これくらいなら出来るわよ。」

袋を広げて砂を詰める手伝いを始めた。

「さあ、いつものお勉強よ。」

 ティティに真横で言われてカカはっ仕方なさそうに九九の勉強を始めた。二人の作業は順調に進んでいった。カカの九九は順調には進まなかったが、土嚢で斜面が徐々に埋め尽くされていった。


「ティティ・カカお昼よ。」

ティアラがお昼を運んできた。二人は土嚢を斜面の半分まで積み上げたぐらいであった。

「あらー、凄いわね。二人で考え付いたの?」

「母さん、あのねー。おば様が考えて、今朝もって来てくれたのよ。」

「カイヤが。そうカカ良かったわねー。」

「うん。九九も少しは出来るようになったし。」

 カカは照れくさそうにティアラに笑みを返しながら座り込んだ。

「手を洗いなさい。」

 ティアラはカカに水桶を指しながら言った。

「カカはお腹がすいてるのよね。」

 ティティにからかわれながら手を洗い席に戻った。

「頂きまーす。」

 二人は食事を始めた。ティアラは二人を眺めながら話し始めた。

「今日は歴史の話をしましょう。食べながら聞きなさい。ほんの少し前の私やカイヤのお父さんやお婆さんの頃の話よ。スペイン語を混ぜて話すから分からない時は聞くのよ。カカ。その頃ここはスペインと言う国から人が押し寄せてきたの。スペインという国は、家に来た時に地図を見て見なさい。その人達が私やティティの片方の先祖ね。」

「せんそ?」

カカが聞き返している。おそらくスペイン語なのだろう。サンタには総て同じに聞こえてしまっているが、

「せんぞ、よ。カカのお母さんにもそのお母さんも居るから生まれてくるでしょ。その続きをたどっていった全ての事ね。そしてここに古くから居たカカの先祖たちが争う事になったの。これには色々な理由や何かが絡むから大人になってから教えるけど、そして争いも無くなり落ち着いたのよ。だけどカカ達みたいな人達はスペイン人に良い様に使われるだけなの。そして私みたいにカカ達の仲間の人と愛し合い結婚してティティのような子供も生まれだしたのよ。カカやティティにはそういう事での差別意識を持たないで欲しいのよ。」

「別に僕は持って無いよ。」

「私もよ。」

「そう今はね。でもこれからもズーとそうであって欲しいの。同じ人間に上下は無いのよ。それだけを覚えていて欲しいの、カカやティティには。」

「うん大丈夫。」

 二人は偶然にも声を合わせて言い切った。お互いを見詰めあい照れている。

「そうね。二人なら出来るわね。でも周りにはそうじゃない人も居る事を覚えておいてね。そしてこの国で堂々と渡り歩くためにはスペイン語を覚えないと辛いのよ。カカ、だから我慢して覚えてね。」

「うん。」

 ティアラは心配そうにカカを見詰めている。

「大丈夫よ。私がついてるから。」

 ティティが自信げに答えた。カカは食べ終わり落ち着かなくなってきた。

「良いわ。今日はここまで。」

「ご馳走様でした。」

 カカは言い終ると直ぐに穴へ降りていった。ティティは食事の後片付けを手伝った。

「ティティじゃあ行くわね。」

「うん。ご馳走様。」


ティティもティアラを見送り穴へ降りた。

「カカ、分かったの、話の内容。」

「半分ぐらいわ。後は今ティティがもう一度話してよ。」

「もう。」

 ティティは仕方なくティアラの話を繰り返しながら話していた。サンタには繰り返しにしか聞こえないが、たぶん様子を見ているとスペイン語とここの言葉で交互に説明しながら教えているのだろう。

 土嚢も斜面に重ね終わると丁度、陽が沈み始めていた。カカは水桶の側の斜面の土嚢を階段の様に一列だけ上手く組み合わせていた。そこを使い二人は上がってきた。

「カカ、分かった?」

「うん。人は平等だけど努力しないやつは駄目なんだという事かな。」

 ティアラは呆れていた。

「それと差別をしないこと。」

 カカはにっこりと笑った。

「はいはい。私も理解は出来て無いんだから、一緒よね。」

 ティティも微笑み返していた。二人は水桶に水を溜め残りを土嚢の斜面とそのままの斜面にかけ始めた。

「こっちは慎重にと。」

 カカは呟きながら土嚢の無い斜面に水を滲み込ませていた。それが終わると二人は帰っていった。

 サンタはディングを呼びに行こうと向きを替えるとディングが向こうからやってきた。

「どうだった。」

 ディングは穴に近づくといつもの様に腰を下ろした。サンタは今日の出来事を話して聞かせた。そして前日と同じ様に眠りに付くのだった。


 サンタは寝つき真夜中にディングに近づく影があった。ディングはその気配に気づきサンタに気取られない様に寝床を離れその影に近づいた。

「よう。今はディングだったな。」

 そこに居たのはスベンと共に、長老として並んでいた青色のサンタだった。

「アーベ、どうしたんだ?」

「いやなに、スベンの話しによると俺っちの力が必要かと思ってな。どうなんだ。」

「まったく。長老は大人しくしとれ。どいつもこいつも。」

「まだ俺っちとスベンだけだろう。お前だけじゃずるかろう。」

「まあいい。あそこは水が出そうか?」

「どれどれ。」

 アーベはするすると穴に近づいていった。

「ああ。ここの下には地下水脈が流れているな。少し深いがな。」

「子供の力で掘れるか。」

「子供では無理だな。でも掘れれば春の雪解け後にはここに湖が出来るな。」

「それ程の推量なのか。」

「俺っちやお前やらが生まれるズーと昔にはここは河だったそうだ。ここの水がそう言っている。そして人々の役にたちたいと。」

「そうか。もしやその為に?」

「ええて、ええて。俺っちも奴が気になって仕方が無いんだ。では帰るとするか。」

「わざわざすまん。」

「気にするな。」

 ディングはアーベを見送りまた眠りに付いた。彼は色が示す通り水にまつわるサンタで、地球上のあらゆる水にお節介を焼きすぎてあんな色になってしまったのだった。だから水に関しては彼の右に出るものは居ない。昼間ディングが一人で居る時にスベンが様子を聞きにちょくちょくやってきていたのでその話を聞き付けやってきたのだった。


 サンタはディングに起こされた。今朝も変わらずカイヤがやってきて土嚢袋と水を補給していった。そしてサンタ達はいつもの水溜りへと向かった。

「ディング子供達の力では無理なのかなー。」

「さな、ここの大人達がカカやティティの行動に少しでも手伝う気持ちを持ってくれればいいのだがな。こればかりはどうにもならん。」

「そうだよね。でも何か出来ないかなー。」

サンタ達はいつもと同じように分かれた。

 穴に戻るとカカは意気揚々と歩いてきた。ティティも今朝も変わらず昨日と同じ作業をして穴へ降りていった。今日は土嚢の斜面の右側に土嚢を積み、左側に穴を広げなが作業が始まった。左の斜面を掘りその砂を土嚢に詰めて右の斜面に重ねていった。もちろん九九を呟きながら黙々と作業を進めている。

「カカ、ここの脇も一列置けるぐらいになったわ。ここも置きましょう。」

 ティティが言うと、カカは頷き黙々と作業と九九を続けている。水桶側の左側が空いたので、目の前の砂を積め横に積む作業に変わっていった。昼にやっと一列を並べ終わるぐらいだった。二人は手を洗い座った。

「頂きます。」

 ティアラは今日も同じく話を始めた。

「今日はー。」

「小母さん。ここの昔の話を聞かせて。」

 カカはティアラに積極的に話を聞きたがっていた。

「そう。ならば、わたしが学んだ話をするわね。ただし聞いた話だから言い伝えみたいなものしか話せないわよ。」

 カカの眼は輝いていた。

「ここには古くから人が集い集落を造っていたの。山からの恵みの水を使い地を耕し作物を作って生活していたそうよ。そこへ昨日話したスペイン人が入ってきたの。それまでは争いも無く村は緑に囲まれていたらしいわ。だけどスペイン人が来た後は田畑を耕すどころでは無くなってしまったのよ。山は神の恵みを与えたくれる神聖な場所だったのにそこから取れる鉱物を狙ってやってきた人達と争いになったの。田畑はあれ、村は燃やされ逃げ惑う人達や戦う人達と色々な意見の人達に別れたの。そして村を追われ逃げた人達はここから南にある古くからいる人達の所へ逃げ込んだそうよ。そして逆にここに残り鉱物を掘る仕事を手伝う事で生活する事を選んだ人達もいたそうよ。それがカカのおばあちゃん達かしらね。そして諍う事がなくなった頃に私が来てティティの父親と合い私もまたここに根をおろしたのよ。まだ山では差別があるらしいけどカカ達はそんな事の無い世の中にして欲しいのよ。だから歴史を知りその上におおらかさを持って欲しいのよ。」

「小母さんは僕に優しいよ。それだけで嬉しい。」

「母さん。じゃあ私はカカ達を苦しめたの?」

「違うわ。ただ同じ民族がした事は現実なのよ。」

「ティティ。僕は何もされて無いよ。それは、母さんは山で苦労しているかもしれないけど、殺されはしない。それに過去は過去。父さんだって生き返らない。昨日には戻れないんだから、これからが大切なんだと思う。ご馳走様。」

 カカは穴へと降りていった。

「母さん。私は・・・・。」

「ティティ、カカは強い子よ。だけどカカの様に優しい人だけではないのよ。だからこの歴史は心に踏まえて生きるのよ。カカの雄大な心を支えてね。ここには二人しか居ないんだから。」

 ティアラは片付けをしながらティティに伝えていた歴史の重みを血の重みを。ティアラは片付けが終わると帰っていった。


ティティは穴へ降りていった。

「カカごめんね。」

「何が?ティティが謝る事ではないよ。昔の人達が色々考えてやったことでしょ。でも、それが無いと今が無いわけだからさ。今が良いんだからそれで良いんだよ。それにまた良く分からなかった。だから今日も、もう一度お願い。」

「もう。カカは。」

 ティティは呆れた顔で今日もまたティアラの話を繰り返していた。二人は作業をしながら笑い合い話していた。

「カカはさ。分かって無いのに凄い事を言うわよね。」

 陽も沈みかけ後片付けをしながら、ティティが呟いた。

「そう。ただその時感じた事?って言うか。頭に浮かんでくるというか、別に何にも考えずに口が動くんだもん。」

「凄いというか、変なのー。」

「そうだけどさ。」

 カカは頭をかきながら水を撒き終えた。

「じゃあ明日。」

 二人は帰っていった。

 

ディングはまた昨日と同じように帰ってきた。サンタもまた同じ様に今日の出来事を話した。全ての話を聞き終わるとディングは、

「サンタはどう思うんだ。」

 と問いかけられた。サンタは突然の問いかけに言葉を詰まらせていた。

「難しすぎるよ。ただ、ここは複雑なしがらみで色々な人種が集まっているんだなって。」

「ここは?おいおいこの地球上にはまだまだ色々な国があるんだぞ。そんな簡単な話しじゃないんだ。これから先、お前は何年生きるか教わっただろう。」

「うん。でもそんなの僕が上手く生きられたらの話しじゃないか。なんせ初日から我慢が出来ずにこんな事までしてしまっている。どんな事になり途中で終わってしまうか分らないじゃないか。」

「それは違うな。自分の信念を持つ事は良いが、それを押し通す為に自らの将来を夢見れないのでは信念を持つ意味が無い。それに世界中にはこれから起こる出来事が沢山あるだろう。それを全て受け入れるのもサンタの大事な役目なんだぞ。」

 ディングは厳しくサンタに言い聞かせていた。

「うん。今はいっぺんに色んな事を知りすぎて自分でも上手く消化しきれて無いんだ。徐々に考えるよ。ディングごめん。」

 サンタの消沈しきった言葉にディングは優しく、

「あせるな。わしもあせり過ぎた。すまん。謝るのはわしの方だったな。」

 それからサンタ達は昨夜と同じ様に眠りに付いた。

 

ディングはその夜また起こされたのだった。

「何だ。スベンか。昨日は昼間に来ないと思ったら、こんな夜中に何のようだ。」

「ディングそれは無いな。アーベに先を越されて落ち込んでいるワシじゃって我慢をしておったのにあやつは。けしからん。」

「おいおい、初日から心配で来ていたのはスベンの方だぞ。アーベの事を言える立場か。」

「そこは気にするな。ディングよ。」

「都合のいい。昔からそうだったがな。」

ディングは、最長老のスベンには気心が知れていた。なんせ二人は初仕事が同じだったからである。そしてスベンが土色に近いゴールドになった経緯もすべて見てきたのだ。常にスベンを戒め止めるように言い続けたのも他ならぬディングだった。その時のコールネームはトナだったのだが。

「ところで用事は?」

 ディングの問いにスベンは手もみをしながら答えた。

「おお、そうじゃ、そうじゃ。ディングをからかいに来たわけじゃなかった。草木が生えれるかみにきたんじゃった。」

「それは口実なんだろう。」

 ディングは見破っていた。

「厳しいのー。相変わらずじゃな。」

「スベンもな。」

 ディングはあきれ果てていた。これが最長老なのだからと。

「ワシはまだまだ可愛いほうじゃて、年端もいかぬ新米サンタに厳しい現実を叩きつけるディングよりはな。」

「見ていたのか。」

 ディングはため息混じりに首を項垂れた。

「そんなに心配なら自分たちでやれ。」

 ディングはなかば癇癪を起こした様に言い放った。

「それは無理じゃて、お前さん程、サンタを育てるのが上手い奴は他におらん。」

 ディングは答えず黙り込んでいた。

「なんせ、ワシを始め長老達は皆、お前さんの世話になっているのだからな。感謝してるのじゃよ。皆がな。」

「それで?」

「おお、そうじゃ、そうじゃ。穴を見たかったのじゃ。」

 スベンは穴へと近づいた。顎鬚をなでながら穴の回りを眺めると、

「シャノン。」

 ディングに聞こえないように唱えディングの側へ戻った。

「またやっただろう。」

 ディングの声には落胆とあきれ果てた気持ちが現れていた。

「相変わらず地獄耳じゃな。」

「じゃあ、ここは貧弱な土地なのだな。」

 ディングの問いに頷きながら、

「今のでいくらかは良くなった筈じゃて。でもそこから先は人間達が大切にするかどうかに掛かっている。いつもと同じじゃな。」

 スベンは少し悲しげな表情をしていた。

「もう気が済んだだろう。」

「ディングは素っ気無いのー。まったく。」

「まったくは、わしの言葉だ。早く帰れ。」

 スベンは仕方なさそうにここを後にした。最後にこう言葉を残して、

「ディング、またな。」

 ディングは首を振りながら寝床に戻った。


 翌朝早くにディングは人の気配を感じた。サンタを直ぐに起こし空へと舞い上がった。

「ディングどうしたの。」

「いや。いつもと気配が違う。」

 足元を眺めるとカイヤが男たちを連れて穴に向っているのだ。鉱山で使う道具を持って男達はカイヤと共にやってきたのだ。

「さあここだよ。せっかくの休みに悪いねー。」

「いや良いさ。カイヤにはいつもかばって貰っているしこれぐらい。それにここに水が出たら楽だしな。」

皆は顔を見合い笑い声を上げた。その数はざっと30人前後だった。

「ディング、これで少しは可能性が広がったね。」

「ああ、おそらく正月休みを返上して手伝いに来てくれたんだな。」

 男達は荷物を降ろすと二人が穴に入り掘り出し始めた。

「カカの体じゃ、ここまでやるのにも大変だったろうに。しかもサンタに鍬を頼むなんて、泣かせるじゃねいか。俺なんてガキの頃は自分の物しか頼んだ事が無いね。」

 穴が小さいので入れない男達が話しながら穴の周りの砂を掘り出し始めている。土嚢袋側を残し反対側をどんどん掘り進めて行く。一時間もすると穴は大人達が20人程は入れる広さになった。カイヤも男たちに負けずどんどん掘り進めて行く。上に残った男達は水嚢を桶に空け水を撒く人やかき上げた砂を遠くへかき出す人などに仕事を分担し始めた。そろそろ水嚢が足りなくなりそうな時なカカの姿が見えてきた。カカの後ろには20人ぐらいの男達が水嚢を5袋背負いやってくる。

「母さん。おじさん達こんなのを用意していてくれたんだって。」

 カカは大人達が水嚢を木で組んだ担ぎ台の様な物に載せているのを指で指し示しながらカイヤに伝えていた。

「ああ、それに似た物を鉱山で使っているんだよ。だからそれを改良して手伝ってくれたのさ。」

 カイヤは作業をしながらカカに教えていた。

「悪いねー。皆―。」

「良いでっさ。別に休みだからってやる事はねえっさ。」

水を担いできた一人の男が答えた。

「じゃあ、また運んできっさー。」

 水を運んできた男達は空の袋を持って戻っていった。

「カカは水桶の水を張っていなさい。」

「はーい。」

 カカは素直に聞き水桶の水張り係になった。本当は手伝いたいのだろうけど邪魔になってしまうのは、カカの眼から見ても明らかだったのであろう。カカの脇にはバケツの半分が長く並べてありぐるりと一周する様になっている機械が置かれていた。サンタは何に使うのか気になっていた。そこにティティが走ってやってきた。

「カカどうしたの?」

ティティは驚きを隠せない様子だった。

「水を汲みに行ったら、おじさん達が運んでくれるから早く穴を見に行けって言われたのよー。」

「母さんが頼んでくれたらしい。僕も水を汲みに行って教えられたんだ。」

 カカもティティと同様にはしゃいでいる。

「おば様ありがとう。」

ティティはカイヤに声をかけた。

「やあ、ティティ。いつもカカのお守りをすまないねー。」

「いいえ。カカと居ると私にも勉強になる事が多くてお互い様です。」

「そう言って貰えるとありがたいよ。」

 カイヤはティティにそう伝えながら掘り進めていた。穴は深くなりバケツで砂を上げていたが、

「そろそろ、あれを降ろしてくれ。」

 穴の中から上の人間に声が掛かった。するとカカの横にあった機械を男達が抱え降ろし始めた。穴の下と上の方には肢の様な物が折りたたまれていて、それを調節し高さを合わせている。

「よーし。これで良いだろう。」

 すると一人がその機械に直角のs字に曲がった棒を差し込み回し出した。

「コンベアーよ。」

 あっけに取られているカカにティティが教え始めた。

「へぇぇ?」

「あれはね、穴を掘る時に砂や土を運び出す機械なの。鉱山で使う機械なのよ。借りてきてくれたのね。」

 カカとサンタはティティの言葉に頷き機械に見入っていた。コンベアーは棒をまわす事によりバケツみたいな物が付いた周りのゴムが回りだす。そこに砂をかき上げるとコンベアーにより上に運ばれて外まで来ると砂が落ちる仕組みだ。

「ディング凄いね。」

 サンタは息を呑んで見入っている。

「ティティ凄いねー。」

 カカもまた感動している様だった。

「これ、貴方のお父さんが考えたのよ。鉱山の仕事がはかどるようにって。」

 カカは更に驚いていた。

「カカ、お前の父さんは立派だったんだぞ。皆、手伝いたかったんだ。お前の父さんをでもあの時代では出来無かった。だからせめてな。」

「いいのよ。過ぎた事。確かにあの時は出来なかったわ。あの強情っり張り以外わ。」

「カイヤ・・・。」

「いいのよ。今貴方達は手伝ってくれている。」

 皆は、ますますやる気を出してきた。

「ティティ、僕もなれるかなー。父さんみたいに。」

「カカしだいよ。勉強をこれ以上サボらなければね。」

「そ、そんなー。」

「そんなー、じゃ無いわよ。字が読めればコンベアーの事だって、カカの家に有った本に書いてあったんだからさ。カカの方が先に知ってた筈よ。」

 ティティの言葉にまたまた言い包められてカカは思いつめていた様だった。作業はどんどん捗り丁度昼ごろになった。


すると水を汲みに戻っていた男達と共に手伝ってくれている男達の奥さんが昼飯を携えやって来たのだった。

「あらー。だいぶ進んだわね。カカおめでとう。」

一人の女性が穴を覗き込み言った。

「何で知っているの?」

 カカもティティもこれには驚いていた。

「ティアラが毎日、私達に話して聞かせてくれてたのよ。」

 二人の顔が明るさをますます増した。女性達は次々に二人に頷きながら昼食の準備をしている。

「さあ出来たわよー。男達はぞくぞく作業をやめ座りだした。その人込みの中、ティアラもようやく駆けつけた。

「カイヤ凄い人ねー。これもあなたの家の徳がなせる技よ。」

「ティアラ、男はね、女に弱いのよ。あなた宣伝のお蔭でもあるのよ。」

 皆がどっと笑い声を上げた。

「違いねえや。なんせ休みに家に居て寝っ転がって居るなら、カカの手伝いに行けって、前から言われてたかんなー。」

「ああ家もさ。行かないなら、今年の休みにはストライキをして飯を造らねーって癇癪お越しやがんだもんなー。」

 またどっと笑い声が上がった。

「カイヤそろそろ飯と小休止の酒を飲ませてくれや。」

「はいはい、この飲んだっくれども。」

 笑いが沸き起こった。

「今日はすまないねー。それぞれの奥さん達も感謝するよ。私が大金持ちならご馳走できたんだが、持ち寄ってくれてありがとう。じゃあ頂こうかね。」

「おおー。」

男達はジョッキーを上げ歓声を上げた。カカとティティは顔を見合いほくそえんでいた。

「カカ必ず掘り当てような。」

 男達は次々に料理をたいらげながらカカに話しかけていた。

「カカ、本当はあなた一人に遣らせる積もりだったの。ねを上げるまではね。でも皆が手伝いたいって、それにまとまった休みは今しか無いからって。皆にお礼を言うのよ。」

「うん。」

「おば様、私も言うわ。二人で始めたことなんだから。」

「ティティそうね。ありがとう。カカは照れ屋だから一緒にお願いね。」

 ティアラとカイヤは一瞬、眼を合わせ微笑みあっていた。

「ディング凄い事になったねー。」

「ああ、これで望みが出来てきたな。」

 昼食の宴は楽しそうに続いていた。

ある程度経つと男達は立ち上がり作業に戻っていった。

「さあ片付けるわよ。」

 女達は手早く片付けを始めた。片付け終わるとなんと女達も手伝い始めたのだ。

「さあ、軟弱野郎に任せちゃおけないわ。」

「何をー。」

 男達と女達は競う様に砂を掘り始めた。

「これじゃあコンベアーが足りなくなる誰か借りてきてくれ。」

 誰かが、

「あいよー。」 

 と叫び四・五人で鉱山の方に走っていった。その時、

「土になったぞー。」

 深さは大人達がすっぽり隠れ手を伸ばしても外からは見えないぐらいだった。

「やったー。」

 歓声が上がった。掘り進めては土嚢と水で砂を抑えながらついに土まで掘り下げたのである。今度はその土を使い砂を留め掘り進め始めた。

「ディング。」

「ああ、一人の力ではここまでは出来ないだろう。しかしそれが集まればこれだけの力になる。」

 そのうちにコンベアーも二台追加された。

「この土は良い土だ。作物を育てるのに使えそうだ。」

「じゃあ砂とは別にして取っておこう。」

コンベアーの周りに居た人込みから声が上がった。夕暮れもせまり出した時に今度は、

「岩だー。」

「こっちもだ。」

 掘り進めてみると穴の全体を岩で塞がれていた。

「でかいなー。」

 村人達は息を飲み静まり返った。カイヤとリーダー的な数人が集まり相談をしている。

「今日はここまでにして山留めをしたら終わりにしよう。今夜親方に取り合ってあれを別けてもらってくる。そういうことだ。」

 男達は皆、頷き後片付けを始めた。女達は訳が分らず男達に問質すが誰も彼も一様に

「明日になれば分るさ。」

しか教えてもらえず家路に帰っていった。


 サンタとディングは岩盤の上に寝そべっていた。

「ディングこれは無理かなー。やっと希望が見えたのに。」

「そうだな。ここまで来たのにこんなにでっかい岩に突き当たるとは想像もしていなかった。人間たちもそうだろう。」

「でもカイヤは自信ありげだったよ。」

「明日にならないと分らんな。今日は休むとしよう。」

 サンタ達は早めに眠りにつくのであった。

 

ディングはまた何かに気づいて目を覚ました。ディングが恐る恐るその気配に近づくとやはり予感は的中していた。

「おはようディング。」

「スベン毎日毎日、何のようだ。」

「そんなに怒るでない。おんしも歳なんじゃから血圧に悪いぞ。」

「スベンに言われたくないわ。それにそう思うなら、夜中に起こさないでくれ。」

「よく言うは、歳よりは眠りが浅くて起きてしまうのじゃろう。」

「それはスベンだろう。夜中にほっつき歩きよって。じじいの証拠だ。」

 ディングは毎夜毎夜の登場に半ば呆れていた。

「岩が出たようじゃったな。」

「昼間も居たのか?」

「いやいや。帰らんかっただけじゃ・」

 スベンはさらりと言ってのけた。ディングは呆れて背を向けた。

「待て、待て。ワシは岩に少し細工をしに出てきたのじゃ。ディングにばれると煩く言われるから内緒でしようと思ったんじゃがばれてしもうた。」

 スベンは岩盤に向って

「シャノン。」

 昨夜と同じ呪文を唱えた。これはスベンにしか出来ない魔法で土や岩や総ての大地に、地球の骨格の物なら自由に少しだけ変えられる呪文だった。

「便利な呪文だな。」

 ディングの皮肉に

「おんしのお蔭で覚える事が出来たんじゃろう。」

 スベンはにんまりほくそえんだ。

「これでいけるか?」

ディングの問いに

「ああ、でなければ出てこん。お前さんに説教を食らうためだけにわな。カイヤとやらが爆薬を別けてもらっていた。雇い主がけちで量が少なかったんじゃだからワシの出番じゃと思ってな。」

「それは良かった。また無理をしたのかと思ったよ。」

「もう歳じゃからな。無理は出来ん。ではまたな新米を頼むぞ。」

 スベンはすっと姿を消した。

「無理しおって。」

 ディングは独り言を漏らしまた眠りに付いた。


 翌朝は朝から大騒ぎだった。サンタ達は早々と上空に待機していた。

「ディング何が始まるんだろう。」

「さあな。」

 ディングは素っ気無かった。

 カイヤ達は朝から穴の周囲に人が寄らないように注意を呼びかけていた。岩盤の上には男達が袋を並べている。袋からは紐の様な物が伸びている。その脇では桶やコンベヤーなどを片付けている男達が居た。総てが片付き白い紐がカイヤ達の前まで引かれていく。辺りに静けさだけが漂っていた。周りを大きく囲む男達が次々に白い旗を上げていく。最後の旗が上がった時、ディングは上昇を始めた。

「なんで?」

「直ぐに分る。」

ディングはカイヤ達の上へ移動しながら上昇している。カイヤの上空に着き穴へ向きを変えた。カイヤがその時手を下ろした。カイヤの横に居る男達が白い紐に火を放ったのだ。それは導火線だった。カイヤの手が下りた瞬間に大きく穴を取り囲んでいた男達は地に伏せた。導火線の火が穴へ近づくと人間達は皆地面に伏せた。

『どっカーン。』

 辺りに物凄い爆音が響き渡った。地面は揺れサンタ達も爆風に曝された。煙が上がり静けさが辺りに戻った次の瞬間。あの岩盤が裂け崩れ落ちた。人間達には見えないがディングはすばやく穴に駆け寄ってくれたのでサンタには見る事が出来たのだ。大きく崩れる岩の下に流れる水の流れを。その瞬間崩れた岩や砂が流れを堰き止めて水が溢れ出したのだ。水は高々と吹き上がり徐々に溜まり始めた。

「やったー。」

カカの声がした。人々は手を取り合い喜びの声を上げ始めた。

「ディング良かった。」

「良かったな。これであの鍬もプレゼントしたかいがあったな。」

 ディングも実に嬉しそうだった。やがて水は穴から溢れ出し辺りへと広がり始めた。

「皆―。水よりも高い位置に移動して。」

 村人は喜びお互いを称えながら高台に移動した。水はあの水溜りまで伸び止まった。辺りの砂漠は一面水で覆われた。高台に集まった人々は昨日の昼食より豪勢な宴を催し始めた。

水はなおも増え砂に滲み込んでいく。南へ南へと先を伸ばしながら。宴は新年をはさみ三日三晩続いた。その間にも徐々に水は南へと進んでいく。


「ディングこの先を見てみたい。」

 サンタは我を忘れていた。ディングは水が向う砂丘の渓谷に沿ってゆっくり飛び始めた。すると渓谷の所々が陥没を始めていた。なおも進むとあのオアシスに辿り着いたのだった。

「ディングこれは。」

「ああ、これが答えだったんだな。河になっっていく。」

「それじゃあ滝も見られるかなー。」

「春になる頃には見られるんじゃないか?」

「すげー。早くみたいなー。」

 

サンタ達はそれからは水の歩みを追いかけた。毎日毎日。二月に入る頃にはオアシスの直ぐ側までやってきていた。

「後二~三日でたどり着けるだろう。」

 その言葉に安心した僕は、

「ディング、一度河を上りカカ達の所まで戻って見ないか。」

 といった。

ディングはゆっくりと上流を目指し始めた。暫らく上ると砂の渓谷だった筈の所が岩肌が見え始めていた。

「どうしたんだろう?」

「たぶん地下水脈になっていた空洞が水により崩れて川底が深くなったんだろう。それにそろそろ雪解けの季節だからな。」

「そうかもっと水が早く進み出すかな?」

「そうだといいな。」

 

やがて渓谷を抜け湖に辿り着いた。水辺には動物たちが集い村側の水辺には田畑が広がり始めていた。村の女達が総出で畑仕事をしている。

「人が増えてない?」

「そうだなー。」

 村には新しく家を建てている場所まであった。二人を探して田畑を探して歩くが見当たらない。ティティの家を覗くとなんと沢山の子供達が集まっていたのだった。

「ディング。」

「ああ。」

 壁にはカカとティティの作文が貼ってあった。それによると、

『僕達はズーと二人だった。でもサンタさんがくれた鍬がいつの間にか友達に代わったんだ。水が出たおかげで村に人が集まりだした。その人達の中に友達も沢山いたんだ。僕は勉強して皆を救える大人になりたいです。』

『私は可愛くて強いお嫁さんになりたいです。カカと一緒に貰った花は枯れてしまったけど種が取れました。その種を庭に植えてあります。カカと頑張って探し当てた場所からは水だけではなく多くのものを恵んでくれました。村には活気を私達には友達を本当に嬉しいです。ただライバルが増えたのは困るけど。サンタさんありがとう。』

 サンタは心苦しくなっていた何も手伝う事が出来なかった自分に優しくしてくれて。サンタはお礼に今まで集めていた種を湖の周りへ蒔いて回った。

「ディングこれ位良いよね。」

「ああ。」

 ディング達は河の先端へと戻っていった。


先端は徐々に徐々にオアシスの手前の切れ目へと近づいていた。

 次の日の朝あの切れ目から水がこぼれ出した。砂を押しどけ水はどんどん下へと落ちていくオアシスが埋りかけたその時だった。一面の砂が崩れ水が落ち始めたのだった。オアシスのあった場所は滝と滝の間だったのだ。

 

 一段目の滝が砂を洗い出すと滝の後ろには見事な神殿が隠れていた。

「ディングこれを護らす為にクスコ達はここへ通い続けるよう言い伝えられてたのかなー。」

「そうかもしれないし、違うのかもしれない。過去の人間たちのみ知りうる事実なのかもしれないな。」

 サンタはその壮大な神殿に見とれていた。滝が飲み込み見えなくなるまで。


二日後には神殿は完全に滝に覆われて見えなくなっていた。サンタ達はそれでもそこに居続けていた。

「クスコ達は来ないね。」

「そうだな。村へ行って見るか。」

 クスコ達の村へはカカの村から知らせが来ていて、水が落ち着くまで近づかない方が良いと伝えられていた。その代わりに10日に一度小さな宴が催されていた。

「ディング。」

 サンタは驚いていた。クスコとアレキが話をしているのを見つけた。

「ディングあそこ。」

 ディングはさーっと二人に近づいた。

「クスコ、早く行きたいよ。」

 アレキは我慢が限界に来ているようだ。

「いかん。自然の怒りに触れてはいかん。神の怒りに触れる事になる。言い伝えではその為に川が溢れ国が滅んだと言い伝えられている。春が終わり夏が来るまで待つのだ。

「なぜ夏なんだい。」

「春は雪解けで水が暴れるのだそうだ。夏まで待てば水も落ち着く。」

アレキは浮かない顔をしていた。

「我ら先祖はこの時の為にあの聖地を護ってきたのだ。必ずあそこを守り抜けば水が戻ってくる事を信じて。だから水が戻った今慌てる事は無い。ゆっくり時を愉しめば良いのだ。自然の導く通りに。」

 クスコの諭しにアレキは頷いていた。

「これがこの村の仕来りなんだね。」

「サンタにも犯してはならぬ決まりがあるのと同じだな。」

「そうなんだね。世界には他にも色々あるんだろうなー。」

「わしでさえまだまだ知らない事ばかりだ。サンタではまだまだだろう。」

「あ、僕をサンタと呼んでくれた。」

「まだまだひよっ子だがな。カカやティティへの思いやりがここまでの人々の幸せに繋がったのだから呼ばずにはおれまい。」

「ディングここに在る木々や草花の種も集めてきて良いかな。」

「ああ好きにしなさい。」

 サンタは橇から飛び降り辺りの植物の種を集めだした。いくつもの袋に色々な種を詰め込んで戻ってきた。

「ディングあの村に戻って。」

「しょうの無い奴だ。」

ディングはカカ達の村に向って飛び始めた。ディングは最短距離を一直線に最速で飛び始めた。景色は流れ飛ぶ様に後ろへ消え去っていった。


その日の夜には村の上空に辿り着けていた。ディングはあの水溜りがあった脇のいつもの場所へ降り立った。そしてあの種を蒔いた場所へ横たわった。サンタは何気なく種を蒔いた場所が気になり見詰めていた。すると土からゆっくりと芽を出し始めたのであった。

「ディング、見て。」

「ああ。」

 ディングは片目だけを明けサンタを覗き込んだ。サンタの黒ずんでいた洋服の色が緑に変色したのだった。

「ディング見てよー。あの蒔いた芽が出たんだよ。」

 ディングは仕方なく、首を上げて新芽を覗き込んだ。

「丈夫に育ちそうだな。今夜はここで休むぞ。行きたいところがあるんだろう。」

 ディングはそう言うと目を閉じ寝息を立て始めた。サンタは村の田畑を回りクスコ達の田畑から分けて貰った種を隅の方に少しずつ色々な種類を蒔いて回った。それが終わると湖の周りにも種を蒔いて回った。一通り撒き終わるとディングの隣に行き眠りに付くのだった。


 翌朝目覚めると、あの新芽がまた少し成長していた。

「ディングゆっくり川下に向かって行きたいんだけど良い。」

「ああ。」

ディングはサンタを橇に乗せ湖の周りを旋回した。

「昨夜は何をしに行ってたんだ。」

「田畑に種を蒔いた。」

「他にはここの周りにも蒔いて回った。」

「それだけか?。」

「カカの寝顔とティティの寝顔を覗いてきた。」

 ディングにはなぜか素直に話せた。

「じゃあ行くぞ。」

 ディングはゆっくり下流へと向い出した。サンタは所々でその場所にあった種を蒔いていった。

「ディング、最初はあんなに怒ってたのに今はなぜ何も言わないの?」

「サンタお前はちゃんと仕事を理解し始めたからさ。もし種じゃなく植物を直接植え始めたら叱っただろう。しかしサンタは気づいているのだろう。何が大切か。」

「自然体。種を蒔いても自然に生えるか生えないかは運しだい。それにちょこっと手伝いをしているだけで、人間からは風が運んできたものに見える。僕達サンタが出来る事はプレゼントをクリスマスに届ける事とこれぐらいだからさ。」

「そうだ。しかし最初に言ったとおり。驕るなよ。それを間違えればまっ逆さまに落ちていくからな。」

「うん。」

その日はオアシスまで行かずに途中で夕暮れを迎えた。

「今日はここで休むか。」

 ディングはそう言い体を休めた。


 翌日もまたゆっくり川を下りながら種を蒔いた。オアシスのあったところまで辿り着くと、そこはまた別世界に変わっていた。

「なんで。」

「水で砂か流され、風もまた手伝ったのだろう。」

 しかし、綺麗だ。オアシスだった所を中心に岩肌が盛り上がり島を造っている。その周りには浅瀬が広がり辺り一面がエメラルドの様に輝いている。所々に飛び出た岩が川面に浮いているようにも見えた。

「ディングこのみなも両端に回ってくれないか。」

 ディングはエメラルドの絨毯の上を踊るように横切った。

「ありがとう。」

 サンタは両岸に種を蒔いた。


「さあいくぞ。」

 ディングは未知の世界へと足を踏み入れた。

「凄い落差だ。」

 水は空を舞い飛んでいるようにも見える。滝つぼは綺麗に洗い流され壮大な水を湛えていた。

「ディング。こんなにも凄かったなんてわしも想像していなかった。」

 その滝つぼにも種を蒔き下流を目指した。河は曲がりくねりながら先へと延びていた。

「ディングどれ位かかるのかなー。」

「2~3ヶ月かかるかもな。」

 

 海に辿り着いた頃には春を過ぎていた。

「やっと海に出たな。」

「うん。」

「これでこの海までも潤うわけだな。」

「え?何で。」

「山で蓄えられていた栄養が河に流れ海に流れる。その結果総てが潤うんだ。」

「そうなの。川辺はまだまだ裸なのに。」

「時間が掛かるが必ずそうなるだろう。カカやティティの子孫ならばきっとな。」

「それなら僕にも分かるよ。あの二人なら良い言い伝えをしてくれるよ。」

「ああ。クスコ達もいるしな。それにしても暖かくなったな。」

「カカ達の村へ寄ってから帰るとするか。」

「ええ、他の国も回ってみたいよ。」

「まだ一年目だろう。」

「そうだけど。」

「欲張るんじゃない。普通に行けばサンタに寿命は無いのだからな。」

「そうだけど、好奇心を抑えきれない。」

「サンタよ。クスコに似ているな。」

「最長老に似ているわけ無いじゃないか。」

「いいや。わしの知っているクスコにそっくりだ。」

「あんな怖そうな長老に似てる訳ないよ。」

「そのうちに分るさ。クスコは二人居る様なものだからな。」

「え?」

「皆の前で気取っている。奴ともう一人な。」

 サンタは頭の中がグシャグシャになってしまった。

「さあ行くぞ。」 

 ディングはゆっくりともと来た道を戻り始めたのだった。


 途中の道中では若木や草花がサンタの帰りを湛えるように少しずつではあるが根付いてくれていた。あの滝つぼに辿り着くと大勢の草花達や若木が出迎えてくれた。

「何でだろう。」

「流された種たちがここに溜まったのかもな。」

「上も、あのオアシスだった場所も早く見たい。」

 ディングは上昇を始めた。登り切り水平になるとそこには緑のオンパレードだった。

「ディングやったよ。」

「良く此処まで根付いたな。」

 スベンがかけた呪文の土が流され此処に堆積したのがその理由らしいがサンタ達には分からなかった。

「あの神殿といい。此処は本当に神聖な場所なのかもね。」

「確かに、偶然と自然の賜物かもしれないが、それを呼び込む何かがあるのかもしれないな。」

サンタ達は更に上を目指した。カカ達のいる村へ。


ティティの家の庭に二人が立っている。

「カカこれよ。」

ティティがあの可憐な花をカカに紹介している。

「この花なら湖の畔にもあったぞ。」

「違うの。サンタさんがくれた花から取れた種よ。」

「へー。じゃあこの鍬を隣りに置いておこう。」

「いつまでも忘れないために。」

 そう言うと二人は湖へと走り出した。

「ディング良かった。二人に会えて。」

「そうだな。さて夏にはなっては無いが帰るとするか。」

 カカとティティは草花の中を笑いながら走っていた。サンタ達はその上空旋回し村を後にしたのだった。


 ディングとサンタはスベンの前に座りこのたびの出来事を報告していた。奥の部屋では長老たちが聞き耳を立てている。

「そうか、そうか。まだまだこれからじゃ修行に励むのじゃぞ。」

「はい。」

「ディングやご苦労であった。ゆっくり休んでおくれ。」

 スベンはディングにウィンクをした。

「サンタよ。先に休むがいい。ディングとまだ少し話があるからな。」

「はい。」

 サンタは部屋を後にした。サンタがいなくなると。

「後ろのものはもう良かろう。」

 隠れていた長老達も散り散り散っていった。誰もいなくなるとディングに一言スベンは頼んだ。

「まだ、グリーンにはワシの事をばらさんでくれ、頼む。」

ディングは

「スベンそれなら気を付ける事だな。」

 軽く笑って部屋を出て行った。


 ログハウスの中の暖炉の前に緑色のサンタが座ってこちらに話しかけている。

「どうだったかな?来年のクリスマスにはもっと楽しいお話をプレゼントしよう。さそろそろ朝だ。プレゼントがある筈だぞ。メリークリスマス。」


「ほら早く、朝よ。」

可愛い少年が目を覚ました。

「あ、プレゼントだー。ママー。サンタさんからのプレゼントだよー。しかもグリーンのサンタさんからの・・・。」

「はいはい。」

「ねえ、聞いてよー。」

「はいはい。」

 

またあのログハウスだ。

「大人はこの夢は見れないから仕方ないね。ではまた来年会えると良いね。」

白い煙と共に消えて行った。 


フィクションです ただこんな成り立ちの湖があっても良いかなと

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